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新生祭を歩く

 イフリートの怒りを思わせるような日差しから逃れるため、流麗な踊り子の舞に目を惹かれつつも私は足速にゴールドコートへと駆け込む。いつもであれば煌めく黄土色が異邦の私を押しのけるかに思われるその空間は、今日に限っては郷里の草花ほどに優しく私を迎えてくれるように感じる。それは頭上に結ばれた無数の言の葉の群れのためだろうか。噴水を取り囲むように中空に留められた色とりどりのそれらは、無機質であるとは思えないほどに目に優しい。今夜は新生祭であるらしい。

 冒険者の、銅刃団の、門番の書いたらしい手紙を眺める。便箋の選び方、文字の書き方ひとつとっても書き手の色が出る。文章が思い出を語り、文字が人生を語る。商人の、司祭の、幻術士の。久しく手紙を読むことも書くこともしていなかったからか、いやに目に染みる。これは良い物だな、などとひとりごちながら言葉の森を歩く。

 インクの流れに身を任せていると、どこからか誰かの会話が聞こえてきた。

「なぜ冒険者になったのか、思い出してみなさい」


 決して私に向けられたわけではないその言葉は、しかし私の耳を通り、私の頭に至り、少しの間、私の思考を攫った。


 私はなぜ冒険を始めたのだろうか。誰もがそうであるように、私も初めから冒険者であったわけではない。そこには生活があり、行く先には仕事があった。しかしいつからか、この世界を旅するようになった。

 きっかけは日々の退屈だった。初めのうちは単なる一日でさえも朝露に輝く花のように新鮮だった。目にする全てが新しかった。しかしそう思えたのも束の間、朝が終われば夜が訪れ、夜が終われば再び朝になることを知った私は、次第に朝露にも、空の色にも、花の香りにも意識を払わなくなっていった。そうして日々の色は失われていった。いや、私の目から色が抜けたのだろう。

 そうして消えゆく何かに耐えられなくなった私は、いつしか冒険者になった。そして世界は色を取り戻した。これでよかったのだと思っている。
 けれど失った物もある。変わらぬ生活、安定した日々、隣人、食卓。これは本当に正しい選択だったのか、今でも時々わからなくなる。



「誰かに評価されない限り、あなたの旅に意味はないのかしら。認められなくても、あなた自身の旅の理由があるのだから、それでいいじゃない」


 誰かの言葉で物思いに攫われた私は、また誰かの言葉で現実へと引き戻された。

 自由を手にしてなお、何か絶対の正しさというものがあるかのように思ってしまう。そんなものは無いと信じて旅に出て、そんなものは無いとイシュガルドの空の下で悟り、そして今、そんなものは無いと街中の誰かの言葉で思い出す。つくづく、人とは不思議なものだなと思う。


「あなたは英雄じゃなく、自由な冒険者を目指したの。だからこうでなきゃなんて縛られず、好きに旅をすればいい」

 趣味の悪い盗み聞きはここまでにしよう。顔も知らない誰かに感謝しながら、私は噴水に背を向ける。

 ゴールドコートを離れる間際、この祭りを取り仕切っていると思われる人から、ニメーヤリリーという花をもらった。花言葉は「旅の無事を祈る」、らしい。

 祈られた側には祈りを叶える責任がある。また無事にここ戻ることを誓い、私は街を出た。

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