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娘と私は別の人間であるということ。

娘(2歳2ヶ月)のワガママが 相変わらずすごい。

たしかに月齢的にイヤイヤ期なのだけど、生まれてこのかた、イヤイヤ期じゃない期がないので、その言葉で片付けられてしまうことにちょっとためらいがある。

娘の場合、「イヤイヤ期もあるけど、ワガママと、頑固、プライドの高さは確実に性格。イヤイヤ期はいつか過ぎるけど、性格はそのままよ」との旨を保健師さんやら保育園の先生、習い事の先生から念を押されているので、もうそのつもりでいる。だって私の娘だもん。育てやすい子が生まれるはずもないし。

※それを補ってあまりあるほど、かわいく優しく賢くひょうきんな子であります。

○通常営業の今日についてメモ。

7:30 まだ眠たいと泣き叫びながら起きる。

8:00 朝ごはん拒否。着替えさせようとすると泣き叫び、トイレに連れて行くと泣く。

8:30 登園に向けて声かけ開始。「もう行くよ」「早くおいで」「ママもう出ちゃうよ」「バイバイ先行くね」「ねえ、一緒に行こう」と、声をかけること20分。「いかなーい」と言いながら遊んでいる。優しく言い聞かせる。厳しく言う。おだてる。突き放す。キレる。のルーティーンをエンドレスリピート。

「もう、ママ行くから」と玄関から出る茶番劇を10回くらい繰り返し、ようやく玄関にやってきた娘。

洋服は自分で選ばないと着ないので、上着を選ばせるも、ここにはない「ぷりんしぇしゅがいい」と泣く。ちなみにぷりんしぇしゅ(プリンセセス)とは、ハワイで友達にもらったアナ雪柄のパーカーで、真冬のアウターではない。

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しかもぷりんしぇしゅは昨夜洗濯して、まだ部屋干しで濡れている。だから着られないのだとその旨を何度も説明するも「ぷりんしぇしゅがいい」と座り込んでスト体制に突入。むりやりダウンコートを着せようとするとひっくり返って癇癪。この時点で私は仕事に間に合わない危惧でイライラが限界を超えている。しかたないので、濡れたままのぷりんしぇしゅを着せる。そしてお散歩と帰りようのダウンコートをバッグに詰め込む。

濡れたぷりんしぇしゅを着た娘、スニーカーを履いてもらおうとすると(手を貸すとプライドを傷つけるのか激怒してしまうので手伝うことはできない)、「うしゃぎがいい」(うさぎ柄の長靴)と泣き出す。うしゃぎは、長靴なので雨降ってないから履けない。これじゃお散歩に行けないよと言うも、「うしゃぎがいい」と泣きわめく。私、本当にブチ切れそうになりながらも、仕事に出かけるにはうしゃぎで出発するしかないので、スニーカーを持参するしかないと判断。ビニール袋を取りに戻り、コートと一緒に荷造り。

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ようやくぷりんしぇしゅうしゃぎに身を包んだ娘。「きらきらのおかいものは?」と泣き出す。きらきらのおかいものとはスパンコールが装飾されたお気に入りのリュックサック。それを持って行くのだという。そんなもんは保育園に持っていかないんだよと思いながらも、ぷりんしぇしゅうしゃぎの下りがあるので、ともかく持たせるしかない。

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ぷりんしぇしゅうしゃぎきらきらのおかいもの を装備した娘とようやく外に出ると、玄関開けるとすぐそこは公園という最高の(最悪の)立地のため、例によって遊び始めてしまう。この時点でもう9時。早く行かないと保育園の散歩においていかれてしまうので本気で焦り始める。私は今日の締め切りがあるから早く仕事に行きたいのに、無視して遊具で遊ぶ娘。

「ママ、もう行くから。ばいばーい」と言って自転車を漕ぎ出す茶番劇を20回くらいする。

ようやく自転車のところにやってきた娘。「かぎやる!じぶんで!」と、自転車の鍵を一回閉めてから自分で開けるという日々のルーティーンを始める。2歳だからすっごい時間がかかるも、これも手を貸すとひっくり返って泣くので、成功するまで見守る。

ようやく鍵が開くも、今度は自力でよじのぼって自転車に乗るという。当たり前だけど、乗れるわけがない。でも挑戦しないと気が済まないので、20回くらいチャレンジをしている。その間私はずっと白目。もう、空を見ながら数を数えると言う作業に突入する。

ようやく抱きかかえてチャイルドシートに乗せる段取りになるも、きらきらのおかいものを背負ったまま座席に座れないので奪い取ると、ギャーギャー泣き始める。でも、納得するまで説明することもできず強行。チャイルドシートにシートベルトで貼り付けにしたあとで椅子の背もたれの向こうからリュックを背負わせることでどうにか泣き止む。

ようやく娘、自転車に乗る。家を出ようと試みてから40分経ってる。出発と思ってヘルメットをかぶせようとすると、「やだ!これ、かぶらないの!」と断固拒否。仕方ないから帽子をかぶせ、ヘルメットを玄関に置きに戻ると、「ヘルメット!!ここに入れて!!」と泣き叫んでいる。かぶらないけど、かごに入れて持って行くというよくわからん主張を繰り返している。なんで。なんでなのよ。私も意地になって「じゃあ、かぶりなさい!」「やだ!」「かぶらないなら、置いてくる!」「やだ!!ここに入れるの!!」のよくわからん押し問答を繰り返す。これ、無駄だった。。悔しかったから対抗したけど徒労に終わる。当然のごとく私が折れて、ヘルメットをカゴに入れるとようやく出発。

私もあまりにもブチギレたのと、娘は怒られすぎたので、無言のサイクリングとなり、じつにきまずい。

さすがにこれではいかんと思って、育児書通りの声かけをする。

「あんなに怒ってごめんね。本当はペン子ちゃん(仮名)のことが大好きなんだよ」

言いながら、これってDV男の常套句ではないかと、虫唾が走りはじめる。

「殴ってごめん。本当は愛しているんだ。二度としないから許してくれ」と妻を抱きしめながら泣く、クソ男になった気分になりげんなりする。


とはいえ、キレすぎたのは確かなので、さめざめ謝る以外の方法で折り合いをつけなくてはいけないと思い、事態を説明しはじめる。


「ペン子ちゃん、ママすごい怒ったけど、いやだった?」

「いやだった」

「いやにさせてごめんね。ペン子ちゃんもワガママいいすぎてごめんねって言って欲しい。ママ、けっこう辛かった。それで仲直りしよう」

「ペン子ちゃんもごめんね」

これで、ひとまずは仲直りということにする。

その後、しばらく自転車を漕いでいたら、しばらくじっと考え込んでいた娘にこんなことを言われた。

「ママしゃん。ペン子ちゃん、ぷりんしぇしゅ着たの、いやだった?」

……。

力が抜ける。

いやじゃないよ。ぷりんしぇしゅ、着たかったよね。濡れててごめんね。洗濯して濡れてるなんて、知ったこっちゃないよね。親が勝手にやったことだ。どうして本人の意思を無視してやったことに、ママが逆ギレしているんだろう。反省したよ。

同時に、そこまで深く、時間を遡って、ママを怒らせてしまった経緯を考えることができるようになったんだ。

今までは「泣いて怒っている私に対してママが怒ってる」ことは理解できていたけど、「その原因を時間を遡って思い出して、言葉にする」という成長に感動した。


でもね、娘よ。寒い日は暖かい格好をしてほしいし、

叶えたい希望があるなら、そんなに怒ったり叫んだり泣いたりしないでほしいんだ。

あなたは言葉が早く、普通に喋れるんだから、

「コートじゃなくて、ぷりんしぇしゅを、着ていきたいの」って怒らずに伝えて欲しい。

そしたら「洗濯していたばかりだから、今日は諦めて欲しいの。どうしても着たいなら、少し濡れているよ。だから、ママは本当は着て欲しくない。あなたが大切だから、風邪をひいてほしくないの。それでも着る?どうする?」って言えるのに。

2人してかんかんに怒っているから、大切なことなんて何も伝わらずに傷つけあっただけ。

似た者同士なんだから、うまくやろうよ。

親子は、とくに母と娘の関係性って、相手と自分が一体化してしまうという問題が生じることがある。

わかりやすいのが母が娘を自分の所有物のように扱ってしまう毒親問題。

私は娘が所有物だとは思わないけど、自分の一部のような錯覚は起こしてしまうことは、ありえる気がする。

だからここまで癇癪を起こされて、私が真に受けて激怒してしまう理由は、自分の手や、足が、勝手に暴走してしまう様子と、きっと似ているのからだ。そんなことが起きたら「ふざけんじゃねーよ手!切り落とすぞ!!」みたいな乱暴な心境になるだろう。だって当然腹がたつし、また恐怖でもある。

つまり娘を自分の一部のように思うから、露骨に乱暴な気持ちも生じてしまうのだ。よその子供がどんなに癇癪を起こしても、自分の体が暴走したような気持ちは起きないもの。だからこそ、元気だなあとしか思わないし、微笑ましく感じることすらある。

とにかく、お散歩出発時間ギリギリに保育園に押し込み、私は仕事に出かけた。

さすがに「今日の夜は優しくしよう」なんて思いながら。


しかし、その決意はあっさりと破られるのだった。

次回 怒りに任せてりんごジュースをぶちまけたのは母?それとも娘!?

こんな締めでいいのかしら。お後がよろしいようで…

PS  次回予告…さすがに私じゃないわw









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