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「農水省の「有機農業推進」が"脅かす"食の安全」への反論

オーガニックを広めたいな、と思っているので、好きなもの、良いものを発信していきたいと思う一方で、誤った見解があれば、きちんと反論もしていかなきゃ、と思う今日この頃です。

松永和紀さんという方が、「農水省の「有機農業推進」が"脅かす"食の安全」という記事を書いていたのですが、検証してみると、全く論拠がない主張だなと思うので、食の安全部分について、反論していきたいと思います。

有機栽培が増えれば、カビ毒のリスクは増えるのか?

国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子・安全情報部長は別のリスクを懸念します。「農薬を使わず栽培する場合には、カビ毒の増加に注意しなければならない。とくに、日本のような高温多湿の気候では、心配だ」と言うのです。

有機栽培が増えれば、カビ毒リスクが増えて食の安全が脅かされる、という論調なのですが、そもそも、松永さんが出典として示している論文を読んでみると、有機栽培と慣行栽培の小麦を比較して、有機栽培の小麦の方がカビ毒リスクが高いということはないのです。むしろ、有機栽培の小麦の方が、カビ毒リスクが低い、とされています。

有機栽培面積の世界1位はリヒテンシュタイン(38%)、2位はサモア(34%)、3位はオーストリア(24%)ですが、これらの国で、果たしてカビ毒汚染が問題になっているのでしょうか。少なくても、私はその事実を見つけることはできませんでした。有機栽培の面積が増えることでカビ毒汚染が食の安全を脅かすのであれば、これらの国々の食はカビ毒で危険で仕方ない、ということになるはずですが、そんなことにはなっていません。

私の知り合いの有機農家は、米や野菜ばかりで、小麦をやっている人は知り合いにはいないのですが、有機栽培をやる中でカビ対処に苦慮している、という話は聞いたことはありません。むしろ、米について言えば、米のカビの病気であるいもち病発生は、慣行栽培より有機栽培の方が少ないのです。(有機栽培の特徴的な内生細菌の中に、いもちに抑制的な効果があるものがあるため等)

日本の場合、湿度が高いためカビが増殖しやすく、欧米に比べてカビ毒のリスクは高いとみられています。以前は、発がん性の強いカビ毒アフラトキシンを産出するカビは日本にはいない、と考えられていましたが、国産米でアフラトキシン汚染が見つかっており、温暖化によるカビ毒汚染の増大も懸念されています。

いかにも、日本の米も有機栽培が増えればカビ毒リスクが増加して危ない、というような書きぶりですが、国産米のカビ汚染は、2011年に宮崎大学農学部が生育した米から初めて基準値超のカビ毒アフラトキシンが検出されたことが、ただ1度だけあるのみです。そして、その栽培方法は、有機だったのか、慣行だったのかはわかりませんし、生育段階だったのか、貯蔵段階だったかも不明です。
米については、カビ毒発生は、生育段階よりも、むしろ乾燥・貯蔵段階に起こるリスクがあり(事故米がその例)、米のカビ毒リスクは、有機栽培か慣行栽培かは関係ありません。

家畜の飼料の自給も推進されるようですが、飼料を国内で栽培するようになれば、そのカビ毒で牛乳などが汚染されるリスクも生じます。化学農薬はカビ毒を抑える重要な方策の一つです

これも全く根拠はありません。既に現状において、アメリカ等からの輸入トウモロコシ(おそらくほとんどは化学農薬を使用した慣行栽培のもの)からもカビ毒は検出されています。むしろ、輸入トウモロコシよりも、きちんとカビ対策(殺菌剤以外にも方法はたくさんあり)をした国産トウモロコシ、もっと言えば、牧草(青草)を食べさせる放牧牛の方がカビ毒リスクは低くなります。

つまり、「有機栽培は化学農薬を使えないのでカビ毒リスクが増える、慣行栽培の方が化学農薬を使えるのでカビ毒リスクは少ない、有機栽培が増えると日本の食の安全はリスクが高まる」、という主張は、根拠がないのです。現状の慣行栽培でも、生育段階・保存段階でカビ毒リスクはありますし、むしろ有機栽培の方が生育段階でのカビ発生が少ないこともあるのです。実際、有機栽培面積が多い他の国々で、カビ毒汚染が増えた、ということもないのです。

有機栽培で使われる薬の方が危ないのか?

まず、有機農業では化学農薬は使えませんが、生物農薬等は使えます。化学農薬に比べてそれらのリスクが低いとは言えません。たとえば、スピノサドやミルベメクチンは微生物が作る生物農薬で、有機農業でも使えることになっています。これらのリスクは、一日摂取許容量(ADI)という指標から見ると、一般的な化学農薬とあまり変わりがなく、これらよりもリスクの小さな化学農薬が数多くあります。また、有機農業では、銅や硫黄といった鉱物も自然だとして農薬利用を認められています。しかし、これらは元素なので分解せず蓄積します。DDTなどの有機塩素系農薬は難分解性で環境を破壊するとして禁止されたのに、まったく分解されないものが有機農業では多用されているのです。とくに硫酸銅は、毒性が高いのにワイン向けのブドウ栽培において大量使用され、問題化しています。一方で、化学農薬はより蓄積性の低いものへと開発が進んでいるのです。

有機農業で使用される生物農薬や銅・硫黄の方が、化学農薬より危険だ、という論調なのですが、これも有機栽培の方が慣行栽培より危険だ、ということにはならないと思います。有機のブドウ農家が、硫酸銅(ボルドー液)を大量にかけていて危ない、という記載もありましたが、慣行栽培でもボルドー液は使用している農家もいるので、比較にはならない、むしろ、有機農家の方が、他の防除も取り組む中で、年4回までに散布を抑えようとしていたり、努力をしているかと思うので、慣行栽培のブドウより、有機栽培のブドウの方が、硫酸銅のリスクが高い、とは全く言えないと思います。ちなみに、硫酸銅が問題だと取り上げられていますが、有機栽培で硫酸銅が使われるのは、主にブドウやリンゴなどの果樹であり、米や野菜の有機栽培の現場ではほぼ使われていません。重箱の隅を突くような議論であり、かつ、有機栽培と慣行栽培の食品リスク比較にはなっていない議論です。

食品安全専門家が、みどりの食料システム戦略策定に入るべき

みどりの食料システム戦略の(1)化学農薬の50%削減と(3)有機農業面積の拡大……という農薬がからむ二つの目標設定において、「食の安全」の確保からの検討がなされた気配がありません。この計画案は、農水省に設置された「みどりの食料システム戦略本部」(構成員は政治家と官僚)が20回に渡って各界の関係者と意見交換会を開き、それに基づいて作られた、という形式をとっています。しかし、ヒアリング対象の中に食品安全の専門家がいません。

農水省の「みどりの食料システム戦略」策定に、食品安全の専門家がいない、いるべき、という指摘はその通りだと思います。有機栽培は慣行栽培より食品安全上リスクが高い、といった批判が妥当なのか、検証し、きちんと科学的データ等により反論し、有機を推進していくべきだと。日本においては、農薬の安全性を主張する側の科学的研究に力が入れられ、その安全性にチャレンジするような研究は脆弱なのが現状です。科学的研究・知見の蓄積にも、もっと力が入れられるべきかと思います。栽培技術向上のための研究ももっとなされるべきだと思います。

有機農業の推進の際に直面する議論は、「環境」か「食の安全」かというトレードオフではありません。「慣行農産物による食の安全へのリスク」と「有機農産物による食の安全へのリスク」がきちんと科学的に比較研究されるべきかと思います。

有機栽培面積25%目標は荒唐無稽なのか

結局のところ、見栄えの良い素人受けのする言葉が並ぶハリボテが、「みどりの食料システム戦略」の中間とりまとめ案です。その象徴が、荒唐無稽な有機農業面積25%なのです。食や農業に詳しければ詳しいほどしらけた気分になり、プロフェッショナルは「そんな計画、ほっとけば」という気分になっている、というのが私の取材の感触です。

最近、昔の「ドラゴン桜」の再放送を見ていましたが、バカ高校の高校生が東大に行くと言って、周りに荒唐無稽だと笑われているようなものかな、と思いました。
バカにすることには何の意味もありませんし、バカにされたからと言って、その通りですね、大学進学は諦めます、あるいは三流大学を目指すことにします、ということにも何の意味もないと思います。目指すべき目標が、あるべき未来の方向なら、バカにされても気にせず、ひたすらに、進むべし。1980年代のEUでも、有機はナンセンスというのが大方の論評だったようです。今の日本は80年代のEUレベルなのかなと感じています。

オーガニック推進の道は、色んな議論や摩擦がイバラのようにあるのだと思います。科学的議論や技術の向上、生産者の長年の実践、消費者の理解促進、色んなことを積み重ねて、広がっていったらいいな、と思っています。


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