1場面物語―波―
「まぁた、失敗したの?」
親友は軽い口調で夕日を眺める私に話しかけた。
「まぁ、ね」
私は夕日を見つめたまま、それだけ返した。
「海のことは…すきなんだけどなぁ…」
どうして、こうも、上手く行かないのだろうか。
波に乗っている時は、まるで、私自身が海みたいで、どんな動きをすれば、どんな風に答えてくれるかわかって、ずっと、そうしてられるかもって、これ以上の好相性は無いって思えるのに。
✴
「あんたさ、そういうとこ強欲だよね」
「強欲?」
キョトンとした顔の親友を見る。
あーこりゃ、わかっちゃいないな。と私は思う。
彼女は純粋に心のままに動いているだけだ。そんなの、彼女に慣れればわかる。だから、純粋に強欲。
けれど、一番わかってなきゃいけない本人がわかってないのだ。世話が焼ける。
「あんたは、この海じゃない。仲良しなだけで、海そのものじゃない。そりゃ、あんたの海はあんたのもので、その時はあんたが海だよ。でも、目の前の海はあんたじゃないでしょ?」
目の前の海は、今は波も穏やかで、夕日が綺麗で、やっとゆっくりと夜の星を映す準備を始めたところだ。
彼女にとってソレは、少しばかり不安や寂しさに繋がるのだろう。
そう簡単に思い通りにはいかない。
コントロールしてどうにかするものではない。
馴染ませるように、ゆだねるしかない。
水に浮いてぷかぷかと。
彼女は感じ取りすぎている。もっとシンプルでいいんだよと、私は思う。
✴
「もう、遊んでくれなかったらどうしようって思うの」
星が降り出す夜のように、静かな海が嫌いなわけじゃない。
どの海も、海は海で、私はどれだって、いつだって、すきだよっていいたい。
「たまに、不安になるの。私はここに居てもいいのかな?って。私が波をとらえてもいいのかなって。だから、試したくなる……そんなことは、なんの意味もなくて、それは私が私のこと信じてないって、私が私を傷つける為だけの行為だって知っている。」
乗れる波に乗る。
それが素敵なことだと思う。
いつも最高とはいかなくても、一体感とか、達成感とか、楽しさとか、嬉しさとか、そういうのは波のようにくるもので、大きかったり、小さかったり、凪いだり、大荒れだったりするもので、わかっているはず。
相手は海なのだから。
何時だって其処にあって、何時だって自由で、何時だってその時に合わせて、楽しくやればいい。
わかっているはず。
小さくため息を付く。
こんな私はすきじゃない。
きっと、こんなでは、遊びたくても遊べない。
そんな私を見て、親友はくつくつと笑った。
彼女とあわせて見る風や浜辺は、別になんてことない、いつも通りの景色に見える。きれいな夕日に照らされた小麦色の肌に、温かみを感じて眩しく思う。
なのに、どうして今の私の目からみえる海の波は、ちょっと心がカサつくのか…。
「あんたは………まぁ、それも、あんたの性分よね。周りが振り回されてるよりも、中でぐるぐる渦巻いてる力のほうが強いだなんて、なかなか外からは、わかってもらえないかもね。」
「自分の中の渦と外の世界とがチグハグで、疲れちゃっただけでしょ。わかってほしいのはオマケなんじゃない?今は、それに気がつく元気がないだけ…。けどさ、それでも、どうせ海には来るんでしょ?」
親友の言うとおりだ。わかってほしいのは本当で、でも、それを願う事のおかしさとか、矛盾とか、我侭さとか、寂しさとか孤独感とか、そういうのって結局、私がどうにかしていくものなんだって、知っている。
もごもごして、傷つけたり、傷ついたりは、馬鹿みたいだと思う。もっとクールにやっていきたい。
それでも、たまにこうやって、勝手に一人でこんがらがってしまうんだから、嫌になるよ。
夕日はすっかり顔を隠そうとしている。
濃紺が染み出したインクみたいに空を染めていく。
じきに、目の前の波飛沫さえ確認できないほど暗くなるだろう。
それでも、しゃがみこんだまま動けないのは意地なんだろうか。
でも、もうちょっと風が冷たい。お尻も痛い。
感傷に浸り続けるのって、実はちょっと難しいよね。
親友は、気がついたのかやれやれといった態度で、私に手を差し伸べた。
「まぁ、浜辺に座り込んでてもしょうがない時もある!お尻が冷えるよ!音楽聞いて、ピザ食べて、コーラ飲んで踊ってれば、波も応えてくれるかもしれないよ?」
ねっ、とウィンクする彼女はとびきり可愛い人だと思う。
ほんの少しの、そんな気持ちが、心を解れさせる。
…ちょっと、元気出た気がする。
私は不器用だから、無駄なことも沢山して、ごめんねって思う。
「また…遊びに来るね」
そう、暗くなる海に呟いて親友とピザを食べに行く。
ピザにはパイナップル、いっぱいのってたらいいな。
波の音が優しく背中に触れた気がした。