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屠蘇散について、あるいは屠蘇散づくりの裏側

毎年、大学からの年末のお使い物ということで屠蘇散を作っています。屠蘇散は新年の縁起物として酒に浸け、屠蘇酒として用いられるものです。新年早々に「屠」などという物騒な字を用いる理由としては諸説ありますが、最も有名な説としては「体内の邪を屠り、心身を蘇らせる」意図をもって用いるものだからである、といわれています。
そしてこの屠蘇散ですが、屠蘇散の名は確かにあるものの、その配合内容は、実は一定していません。年末になるとあちこちで売られているのは、日本の漢方家がそれぞれに工夫したオリジナルレシピです。屠蘇散、と、漢方処方っぽい名前がついていますが、薬と言うよりは料理とかスパイスミックスに近い。そして実際に医薬品ではなく食品として取り扱われています。

本学では、薬科大学から配布するものであるということで、たぶん国内ではほとんど流通していない配合で調製しています。

蒼朮、桂皮、桔梗、防風、花椒、酒炙大黄、陳皮

問題となるのは蒼朮と大黄で、これは“専ら医薬品”(きちんと取り扱わないと有害であったり、あるいは日本での食経験がほとんどないなどの理由で専ら医薬品としてのみ取り扱い、流通させるように定められているもの――と普段は説明しているけれど、正式名称は「専ら医薬品として使用される成分本質」)であるため、食品(医薬品を除くすべての飲食物。これは食品衛生法に定められている正式な文言)である屠蘇散には本来であれば使用不可なのですが、お使い物として差し上げるぶんにはいわゆる流通に相当しないので…という諸般の解釈のもと、この配合を通しています。

…今でも、蒼朮に替わる生薬を探しているのですが、これが今のところみつからない。決明子を使ったらごく少量で完全に味が壊れたし、当帰に倣って蒼朮葉を使おうとしたのですが、採集して乾燥・粉砕する段階であまりの困難と非効率(蒼朮葉の周囲はかなり鋭い棘状になっているので、素手だと痛くてさわれないし、手袋をすると引っかかって取れないし…)、そしてなによりも何の香りもしなくて美味しそうじゃなかったので、ココロが折れてやめました。蒼朮を抜くということも考えましたが、味と香りの決定打になっているので(中心になっているのは桂皮、花椒、陳皮あたり)これを抜いてしまうと「本学からのお使い物」にならなくなってしまう。

ちなみに日本では当帰も“専ら医薬品”であり、薬膳材料として使われているのは当帰葉です。当帰はセリ科だから葉っぱも美味しいと思うのでよいのですが…でも台灣では当帰は“健康的なイメージの美味しい煮込みの出汁”で普通に食べられているし、日本でも普通に食べさせてくれてもいいような…

閑話休題。
ともあれ、通常の漢方処方では1日量が生薬量換算で10~30gほど。対して屠蘇散は1包全体が2g、これを2~300mlの酒類に浸けこみ、それをおちょこ一杯ずつ、数人がかりでいただくわけで、生薬の効果というよりは縁起物としての位置づけと考えてよいという判断のもと、いまだに蒼朮と大黄は抜いていません。大黄も一度は抜こうと思ったのですが、酒炙(修治(しゅうち)と呼ばれる伝統的な生薬加工法のひとつ。生薬に米酒を吸収させたのち、加熱する。大黄の場合は瀉下活性の本体であるアントラキノン類が黄色い煙となって昇華するのを確認できるまで大鍋でじっくり乾煎りする。この修治により大黄の下剤としての影響はほぼ問題なくなる)したら格段に味と香りが良くなったので、これまた抜けなくなっています。

本学の屠蘇散のレシピは、前学長が古代中国の伝説的名医・華佗の処方の再現にこだわって作ったのが原型です。前学長の定年退官の際に「このレシピ、あげる。もっと美味しくなるようだったら自由に改変していいから」という、当時はあまりありがたみがないように感じた言葉と一緒に引き継ぎました。華佗の処方は『本草綱目』に『小品方』からの引用として記載された文章によると烏頭(トリカブトの親根。猛毒)なども入っており、いくら「体内の邪を屠り、心身を蘇らせる」にしてもややアグレッシブが過ぎる。そして前学長のレシピにはさすがに烏頭は入っていないものの附子(トリカブトの子根。こちらも猛毒だが、高湿条件下で高温で加熱することにより毒性の本体であるアコニチンのほとんどを分解でき、一般的に流通しているのは加工後のもの)が入っていました。しかしこれが辛い。微妙に舌を刺すような味になる。附子の成分に粘膜が反応しているのか、単に辛いのかの判断はつきかねましたが――こちらはさっくり抜きました。それじゃ身体の中の1年分の邪を滅殺しきれないじゃないかと華佗先生がお怒りかもしれません――が、まぁ、縁起物だし、新年はやっぱり美味しいもので終始させたいよね、ということで。

というわけで、現代においては屠蘇散でリセットしきることはできないので、日々、邪を溜めないように過ごさねば、とかなんとか。

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