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夫にそっくりな人が作るチーズケーキに会いに行った

「うわっ、瓜ふたつ…」

2024年5月6日夜、神戸新聞をパラパラめくり、ある記事を見て思わず吹き出してしまった。

夫が誌面に掲載されているではないか。

いや、よく見ると「チーズケーキ店店主 Kさん」と書いてある。ひと違いだったか。冷静に考えれば当たり前である。

あまりにも似ているので、子どもたちに記事を見せてみた。

「ふふふっっっ」
中2娘は、目だけ盛大に爆笑。

「はははっ!とうちゃんだー!」
小1娘は、どんぐり眼をキラキラと輝かせて大きな口で笑う。

帰宅した夫に、見せた。
「オレかと思った…」とニヤニヤしながら照れている。自分でも似ていると思うのだな。ホンモノだ。

ケーキなど作ったことがない夫が、チーズケーキを持って微笑んでいる。ただそう想像するだけで、なぜだろう、ケーキを作れてしまう人かもしれないと思わせてくれるから、似ているということは実に不思議なチカラを秘めている。

なので、そっくりなふたりが出会ったらさぞおもしろいのではないか?と夫に提案するも、お店には行きたくないとしきりに拒む。これが、噂のドッペルゲンガーというやつなのか。怖いのか…? そうではなく、自意識過剰な気がある夫いわく、単純に恥ずかしいだけらしい。

この、家族みんなが笑いに包まれたなごやかな1件から約2ヶ月。加古川市に行く機会ができたので、ついに満を持して、夫そっくりの人が作るチーズケーキに会いに、お店を訪問した。

想像以上に年季の入った、個性ほとばしる店構え


「手づくりチーズケーキ店 キダール」

意外や意外、大通り沿いに店があった。

年季の入ったコンテナハウス?のお店。駐車スペースが1台。口コミの通りだ、実に停めにくいのでそろりそろりと慎重に。

きちんと停車できた瞬間に、ガラガラガラ! 窓があいた。勝手に私たち家族が会いたがっていた、店主Kさんの登場だ。

頭にタオルを巻き、マスクをしている。しかし、目元だけ出ている状態では、私には似ているかがわからない。とはいえ、「こんにちは」とまっすぐに私を見つめる目に、実直な方だろうなとすぐに感じた。

小1娘は「(わぁ…とうちゃんと同じ顔だ)」の表情を浮かべている。

口数は少ない。ホールケーキはありますか?と聞くと静かに「ありますよ」と答えてくれた。

缶飲料ゴールド50円。近所の子どもたちがうらやましい
物静かな店主のかわりに、建物が語りかけてくる


少し悩んで、チーズケーキ1ホールとポップコーンを注文した。「ポップコーンは5分いただきますが、いいですか?」、はい、もちろん待ちますとも。

包装をしてもらうあいだに、お店の雰囲気を堪能させていただく。

なにもかもが「手づくり」で、味わい深い。

・感動の手づくりチーズケーキ
・SNS映えしません!
・歩きながら一切れどうですか?
・知ってる人は買っている
 知らない人はご試食を

パワーワードばかりが並ぶ。物静かな店主さんからは想像だにできない、ユニークなメッセージの数々だ。

いま似たような小洒落たお店が多いなか、我が道をゆく個性ほとばしる店構えに、久しぶりにこころが躍る。

カッコよくみせよう、キレイにみせよう、選ばれるためには多少のハッタリも大切、誰も彼もがブランディングせよと、声高に叫ばれる、いまの世の中。

だからこそ、気取らない、飾らない、等身大の姿に、勇気づけられる。

「こういうのが、いいんだよ」

脳内で「孤独のグルメ」イノガシラゴロウボイスが再生される。

おやつがわりにしないでください。試食コーナーあるあるをズバッと指摘。潔い

店先には試食ボックスが。おそるおそるオープンしたらば、レゴブロックほどの小さなチーズケーキがお行儀よく並び、ひとつひとつ丁寧に爪楊枝がピックされている。これだけで店主さんの人柄がうかがえるようだった。

小さなピースだけでも、クリームチーズのねっとりまろやかさが広がる。濃厚なのになめらかで、後味さっぱり。

小1娘も、いいね!とサムズアップしている。この時点でもう大満足。

箱詰めしてもらったチーズケーキとほかほかのポップコーンを受け取って、車に乗った。

「みんなで食べるのがたのしみだねぇ!」

助手席で、小1娘がつくりたてのポップコーンを頬張りながら、ニコニコと微笑んでいる。


帰宅して箱をオープンすると、つるんと美しいチーズケーキが目に飛び込んできた。

映えないなんて、ウソだ。

上部はやさしいクリーム色、サイドはこんがりきつね色のグラデーションにうっとりした。

りくろーおじさんの軽やかさとは正反対の、ずっしとした品性まとうたたずまいに威厳すら感じる。

穏やかになにかを語りかけてこようとするチーズケーキに出会えてうれしい。

そもそも店主Kさんが夫に似ていなければ、訪れようとも思わなかった。まあそんな動機でケーキを買いに訪れる客など私たちだけなのだけど。

とにもかくにも、どんなことがきっかけであろうと、初めてのものに出会うよろこびは、ひとしおである。

新聞によると、Kさんは2014年に脳梗塞を発症し、手術後に退職。ご友人に振る舞っていたチーズケーキが好評で「お店を出したら?」と背中を押されたのだとか。趣味が高じたチーズケーキづくりを追求して9年。来年は開店10周年を迎えるという。

この場所で、たったひとり。Kさんのこだわりの味を求める人たちのために、チーズケーキを毎日作り続けておられると思うと、胸の奥がほんのりと熱くなった。


▶︎手づくりチーズケーキ店 キダール
加古川市加古川町備後1-8

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