紙を捨てるのか、布を洗うのか。
突然だが、わたしは生理のとき、布ナプキンを使う。
とは言っても、量が多い日はタンポンも使うし、布の下に紙ナプキンを敷く。
外出するときは、布だと不便なため、100%紙である。
絶対に布!といったこだわりや哲学などはなく、ケースバイケースでどちらもありがたく使っている。
布ナプキンというと、きちんと成形されて縫われたものを思い浮かべる人も多いかもしれない。
しかしだ、わたしは布おむつを細く折りたたんでいる。ダサいし、厚みがあるから多少ごわつく。でも吸収性にすぐれていて、もっぱらそこがいちばん気に入っている。
使うようになったきっかけは、娘にたまーに使っていた布おむつが大量にあったから。それだけの理由。このまま掃除用にするのもどうかなと思ったので自分用に。もう何年もこのスタイルで、すっかり慣れてしまった。
洗濯は、水洗いで落ちないときは、酸素系漂白剤をお湯で溶かした液に、どぼんとつけておく。朝には他の洗濯物といっしょに洗う。まっしろになるので、気持ちがいい。あ、白くなる気持ちよさも、布の気に入っているところである。
ある日、ふと疑問に思った。紙ナプキンを捨て続けるのと、布ナプキンを洗い続けるのは、どちらが環境への負荷があるのかと。
石けんで落ちきれない経血のシミを洗い、さらに酸素系漂白剤液につけ置き。その水を毎度流すのだから、環境への負荷は紙とどっこいどっこいなのでは?なんて思ってしまう。
人間なんて、自然界にいたらジャマなだけなのでは?自然至上主義寄りなわたしは、いつもそんなふうに感じている。
紙と布、どちらがいいとか、そんな論争に加わるつもりなどこれっぽちもない。そんなことは使う人が自由に決めればいいだけ。使いやすいほうを選べばいい。
紙ナプキンは需要があったからこそ発明されて、女性の生活をラクにしてくれた画期的な発明品なのだから。凡人のわたしにもってはとてもありがたいお話である。
タイトルの、紙を捨てるのか、布を洗うのか。
経血のついた布ナプキンを洗うときはいつも、そんな答えのない疑問が頭に浮かんでしまう。
そんなん考えんでもええやん!と総ツッコミされそうだが、どうしてもモヤモヤがぬぐいきれないのである。
これまで誰にも言えなかったことを、ここで言語化してみて、少しすっきり。でも毎月モヤモヤし続けることはきっとこれからも変わらない。
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