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身体の感覚を取り戻すこと

ついに新しいあひるさんが見つからない日が来てしまったので、darazさんのネコさんを使わせていただきました。この方のイラストも好きだわぁ。

ホノルルはロックダウンで、街がし〜んとしています。火曜日だけれども日曜日の朝より静か。子どもたちも長い春休み状態で、PC前で一日過ごしています。深刻な顔してコロナのニュースを見ている私のところに、「これでも見れば?」と息子がネルソンズの動画を見せてくれました。

娘はリモートワークで、長期戦になると観念して、本格的ロックダウンになる前に仕事場に資料の山を取りに行き、部屋に籠もっています。レイオフにならなかっただけ、ありがたいというべきかもしれません。まさか、こんなことになるとは。気分としては3.11のときとそっくりで、漠然とした不安が大きくなったり縮んだり。流通はちゃんと動いているとわかっていても、スーパーの空っぽの棚を見ると、なんとなく焦ります。

ベッセル・ヴァン・デア・コーク著『身体はトラウマを記録する』によると、9.11の後、人々が通ったのはカウンセリングではなくヨガや瞑想、禅だったとか。今の時期に感じる漠然とした不安は、心や頭の側から「大丈夫、大丈夫」とときほぐすよりも、ヨガやマインドフルネス瞑想など身体感覚の側からなだめる方が効果がありそう。幸い、YouTubeなどにたくさんのコンテンツがアップされてますもんね。日々、ルーティンを守りつつ、サバイブしようと思っています。

今日も今日とてエコマム記事のアップです。

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ディズニーの揺れないボート
先日、ディズニーランド&シーに行ってきました。娘の学校が創立記念日で休み。大雨だったのですが気温はまあまあだったので、カッパ着用の上決行しました。かなりな雨で平日にもかかわらず、意外と人出はあってびっくり。そうはいっても、ファストパスは要らないほど、何でもスイスイ乗れました。「これだけのものをよく造るよな~」と思いながら、午前中はトイストーリーのシューティングやプーさんのハニーハントなどを堪能し、午後にシーに移動。海底2万マイルで海底人に手を振り、最後にアラビアンコーストに到着。アラジンの冒険に入りました。これはボートタイプのフロートに乗って、いろんなシーンを通り抜けるという、穏やかなものです。

「気をつけてお乗りください」というキャストのお姉さんの声に娘はホイホイと乗り込みました。私も乗り込みながら「お!?」と、とても不思議な肩透かしをくった気分を味わいました。もう一段あると思って階段がなかったときの足の感じ、といえばより近いかもしれません。
水に浮かんだボートだという思いがありました。無意識に、乗ったらボートがかしぐぞ、という構えがあったのでしょう。乗り込むときに身体が「バランスをとらなくちゃ」というつもりになっていたのに、ボートはがっちりと大地のように揺るがない。せっかく構えた身体のほうは予想を裏切られて、「あれ?」となったんだと思います。ボートは水面下のレールに固定されたものだったのですね。

自分で自分を笑っちゃったのですがその一方で、「あれ、娘が本当のボートに乗ったのっていつだったかな…?」とちょっと心配もよぎりました。本当に水に浮かんだボートに乗るときに、ディズニーのボートに乗るときみたいに乗ったらひっくり返るだろうから。

揺れるボートと身体感覚
関連して、自分はどこでボートに乗ったかな、なんてことを思い起こしました。どこかの観光地の公園とか、お堀とか。親に連れられて行った先で、もちろん手漕ぎボートでした。そういえば、叔父がふざけてて、ボートがひっくり返ったこともあるし、海で小さなビニールのボートで大はしゃぎしたことも。釣船や湖一周の船とか、客船にも。大人たちにつきあって何かを受け継いでいたのかもしれません。

さて、ボートのことから現実の体験が少ない子どもたちって大丈夫なのかな、とまで思いながら、娘が前回、ボートに乗ったときのことを思い出して「あらら」。彼女が乗ったボートは、半年ほど前に誕生日のお祝いを兼ねて来たときのディズニーシーのゴンドラなんです。まあ、こっちは揺れるボートだったか。歌もついていたね。

やれやれ、私たち親側がどんなところに連れて行ってるか、ということでもあるのだなとふりかえる出来事でした。

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