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尽くす女

夜勤も何度か経験すると、夜勤をやってくれるスタッフが少ないということで、夜勤専門のシフトかと思うように、
17時から翌朝10時までというロング勤務である。
デイタイムとは異なり、19時を過ぎると各々の居室に入って休むので、フロアは自分一人、部屋の照明を落として静かに見守り、巡視、排泄介助、洗濯、掃除などを行うのだ。
 結構暗めのフロアでのフロア掃除は好きだ。トイレ掃除も嫌いではない。黙々と作業することで、自分の置かれた現状を忘れることができるからだ。しかし、夜勤は自分一人しかいないので同時にコールが入るとパニックになる。
以前卓球で隠れた才能を見せてくれたMさん。まだ70代後半だ。
 認知症は若いうちに発症するとその進行が早いと言われている。僕が施設で働き始めた時は、まだ認知症の症状は軽かったが、今では摘便をしたり、お気に入りの入居者さんの後をついて行って「私寂しがりやさんだから・・・」としがみつくのだ。
施設では摘便をされると壁になすりつけて掃除が大変なので、トイレは必ず一緒に職員がついていくことがルールとなった。
その日の夜もトイレに行こうとするので、
「あ、一緒に行こうかね」と、トイレについていく。
何を好き好んでおばあさんのトイレを見届けないといけないのか、、、と悲しくなるがこれも仕事だ。
床に座ってそこで排泄をしようとするので、
「お・お・お・Mさん、ダメだぜ、便座に座ってちょうだいよ」
「え、見られちゃうの?アタシ、見られると出ないなー」
と、体をくねらせる。
「ん・グゥ、ヒィィィー!!っぐ、ぅーンンン・・・」
いきみはじめた。密閉された空間におばあさんと自分。おばあさんは目の前でいきんでいる。
夜中の2時だ。
「Mさん出そう?」
うっすら額に汗を滲ませながら
「出そうなんだけど・・こんな感じ?」
と言ってケツをこちらに向けて開いた肛門を見せつけるのだ。
パソコンのマウスボールみたいに、肛門からうっすらウンコが顔をのぞかせるのだ。
この状態では出てはこない。うんざりだ。でもどこか滑稽なこのシチュエーションがシュールだ。
Mさん、便座に座りなおして、いきなり自分の生年月日を言いはじめた。
「私はね、昭和16年生まれ。お兄さん私らよりは大分若いけど、年齢は関係ないよ。
アタシはね、基本的に尽くす女だよ。料理も得意だし、ウェヘヘ」
第一関節がボコッと曲がった指を自分の胸に当ててアピールしてくるのだ。
 勘弁してくれ。
なんやかんやでトイレが終わって部屋へお連れして寝てもらう。
繋いだ手をぎゅっと握りしめるMさん、
「梅屋敷でアタシ、ダンスを習ったの!」
と突然聞いてもいないのに言いはじめた。なかなか寝ないので仕方なくダンスに付き合うことにした。
 Shall We Dance
誰もいない照明を落としたフロアで、適当な音楽をiPhoneでかけて、Mさんとダンスをする。
「ワンツー、ワンツー、ワンツー・・・チャチャチャ」
ちっちゃいおばあちゃんがパジャマ姿でステップを踏みながら踊り始める。
俺、何やってるんだろ。YouTubeで適当に検索して再生した音楽が悲しい・・・
「ビーコーズ、アイラーブユー・・・」
ついさっきまで肛門と肛門の内側から覗かせるうんこを見せつけられたのに。
そんなおばあさんとムーディーな音楽に合わせて、ダンスを踊っているのだ。
これで銀行の借金が朝に消えてくれたら・・・ないわな。。

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