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介護施設面接の日

 いよいよ介護面接日当日。面接日までに本業で何か良い話があることを期待していたが、そんな都合の良い話は
あるはずもなく、介護面接当日を迎えた。指定された場所まで最寄り駅から歩く足取りは重い。
俺の人生、終わったな、このまま売り上げを上げる展開がまるで想像もつかないし、介護なんてできるのかよ・・・
駅からかなり遠いその営業所はなかなか見つからない。このまま見つからなくて、面接を結果としてすっぽかす、でも見つからなかったんだから仕方ないよね、と自分に都合の良い言い訳を言って正当化しようかとも思ったけど、それでは、現金収入は増えていかない。後ろ向きな気持ちの訪問にも関わらず、指定の営業所が見つかってしまった。
インターホンを押して中に案内される。もう、後戻りはできない。
 目の前に現れたのは物腰の柔らかい、人事担当者の女性。介護施設グループの説明から始まる。介護って介護施設という
名称しか知らなかったけど、いろいろなジャンルの施設があることを知る。
特別養護老人ホームやグループホームなどがある。一方、面接で自分は、本業の動画制作の仕事をしていることを改めて告げ、介護の素養や経験など皆無であることも伝える。そんな自分でも務まる施設なんてあるのでしょうか?と。
人事担当女性の言葉は意外なものだった。
「ええ、私どもは大手建設会社が親会社で運営自体は安定しています。M & Aで赤字の事業会社を買収して運営ノウハウを
移植して、事業運営の黒字化にも成功しています。
介護施設のルールもしっかり明示しておりますので、初めての方でも無理なくできる仕組みができています。」
なるほど、介護施設にも独立系の小規模事業者が運営している施設と、ここみたいに他業種で成功した大手企業が
介護ビジネスに乗り出して運営している施設があるのだなとわかった。
これから介護士を目指してみようという人の参考になるかはわからないないけど、なるべく理不尽なルール、いわゆる長く勤めている職員のマイルールがそのまま適用されている事業所よりは、多少硬くても、しっかり運営のルールが定められている
施設の方が初心者には馴染みやすいだろうと思う。
 自分は大手が運営する介護施設の方が馴染めそうだなと思い、そのまま話を聞いた。
さらに初心者には特別養護老人ホームではなく、グループホームがお勧めと教えてもらった。
グループホームとは簡単にいうと、入居者が小さな単位で毎日同じ施設で寝泊まりする、自分でできることはなるべく
自分で行うことで認知症の進行を食い止めようという施設である。
 話を聞いているうちに流されるまま施設の見学をしてくださいと言われ、なすがままに電車移動で実際の
グループホーム施設に向かった。
 電車で20分、徒歩で10分のその施設に入ると、昔なつかし昭和の歌謡曲のテレビ映像が流れている。歌手の歌に合わせて、入居者さんが一緒になって歌っているのである。グループのホーム長が出迎えてくれて、施設の案内をしてくれる。
「ここでは1階から3階まで各9名の入居者さんが共同で生活しています。昼間は歌を歌ったり、何かしらのレクリエーションをしながら過ごします。」
と、各フロアを案内される間、あることに気がつく。入居者、おばあさんばかりだ。男の人、ほとんどいないや。そうか、
長生きするのは女性が多いんだな。ホーム長の説明も上の空で聞きながら施設を見て回る。
すると一人のおばあさんが話しかけてきた。
「にいちゃん、にいちゃん、あんた誰?」
「これからここでお仕事される人ですよ」、とホーム長。
おいおい、まだ働くとは言ってないし、そもそもそちらも採用するかどうか考えなくていいのか?
まぁ、と言ってもここまで時間かけたらやっぱ行きません、だと無駄になるからなぁ、なんてグルグル答えの出ない考え事をしながら入り口に戻ってきた。
「それでは、まずは早番から研修に入りましょうか。シフトはこちらで決めてもいいですか?」
 NGの曜日だけ伝えて了承する。施設を出た後不安になる。本当に俺、介護なんてできるのか?
今更やっぱやめますとは言えないよなぁ。親が倒れたなんて嘘もこの歳では恥ずかしくて言えないし、
どうせ務まらなくて一ヶ月で逃げ出すことになるかも、それでも一ヶ月分のアルバイト代もらって、そのあとのことは
そのあと考えよう。あまり深く考えても始まらない。まずは介護を始めると決断したのだ、一歩を踏み出した、
そこまででいいじゃないか。その先の見通しはその都度考えよう。
 帰りの途中、携帯が鳴る、銀行からだ。
決算書についてと、条件変更手続きが必要かの連絡だろう。今一番嫌な時間は、銀行からの電話である。
自分でもできる限り営業、人脈つくり、頑張ってはいるが、なかなか結果も出ず1年が経ってしまった。
「社長、状況はどうですか?」
「頑張ってはいるのですが、結果は今の所ありません。4月から週2日、介護のアルバイトをします」
「そうですか、介護ですか。コロナは我々も想定外ですからね。また連絡します。」ガチャ。
何にしても銀行とのやりとりは今辛い。切れたことが何よりホッとする。
どうなるかはわからないけど、新年度に向けて何か動かなきゃ。
動かなきゃ、動かな・・・きゃ・・でも、動いてどうなる・・・どうせ・・・
このままずっと本業での仕事がなくて借金払えなくて、自己破産しかないのかな・・・
悪い方悪い方へ考えがどうしても向かうのは仕方ないにしても、気持ちだけでも明るくしなくちゃ。
 春風が心地よい新横浜国際競技場前の橋を渡りながら、空想だけでも良い方向に向かっているイメージをしつつ帰路につく。
その日、駅中で食べたハンバーグの味も思い出せない。

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