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ついに…。形勢逆転!!

2018年1月27日。

集会の前日がやってきました。
わたしは明日に向けて自宅の片付けに奔走していました。
わたしの“個性”を1ミリでも感じさせるものは一切隠すー。

たとえば本棚には布を覆いタイトルなどが一切見えないようにしました。
包丁など、掴まれると危険なものは見えない場所にしまいました。
調理器具やコップ、壁にかけた絵や花瓶に至るまで、とにかく生活を感じさせるものは一切隠し、集会に使うリビング・ダイニング以外、閉められる扉という扉を閉めました。
親しい友人たちが集まるわけではないので、「わたし」という個性を誰にも記憶したり感じたりしてほしくなかったためです。

狭い玄関は上がり口にピクニックなどで使うシートを敷いて、靴が置けるスペースを拡張しました。
悪意があると思われても結構と思っていたので、室内の一切の暖房は切りました(日当たりがよいので寒くはないはずでした)。

コンサル候補のヤマダさんやマン管ネットのサトウさんには、もう一度コンサルを導入すべき理由や、導入のメリットを話してもらえるようお願いしていました。
当日、ヤマダさんがプロジェクターを持ち込んでくれたので、白い布を画鋲で壁に止めて即席のスクリーンを作りました。

午前10時ー。
居住している区分所有者(賃貸の方は当然とはいえ、だれも参加しませんでした)が15名ほど、管理会社のフロントや工事部の方、マン管ネットのサトウさんとコンサル候補の建築士・ヤマダさんらがわたしの部屋にそろいました。
無論K氏や監事I氏もやってきました。

「本日はありがとうございます。今日は〇〇マンションの大規模修繕について、もう一度皆さんに考えていただこうということで、お集まりいただきました。告知したとおり、今日のこの会は大規模修繕のいろいろな可能性を考えるためであり、恣意的に意見を寄せていこうとする意図はありませんので、よろしく願いします」

わたしが挨拶すると、当たり前のようにK氏がまた、夏の裁判(=第2回臨時総会)のときのような口調で話し始めました。本日最初の攻撃相手は、マン管ネットのサトウさんです。

K氏の一言一句は覚えていませんが、必死でサトウさんにマウントを仕掛けているような印象でした。この会全体のイニシアチブをとるのは自分だと必死になっているようでした。
もと関西建築界のドン(という事実はないですがw)であったサトウさんは、悠然とした態度でK氏をいなしていましたが、わたしはしつこくサトウさんに突っかかるK氏の態度にとうとう堪忍袋の緒が切れました。

「ちょっと待ってください。今日は誰かを追及するために集まったんじゃないです。みんなで話し合うためです」

K氏の発言を遮りながら、わたしはここが自分の部屋であることを、なぜかすごく追い風のように感じていました。
(これがホームの強さかなのかな?)
どういうわけか、このときはK氏もわたしに反論することなく黙りました。

「あの、ちょっといいですか」
次に声を上げたのは監事のI氏でした。
I氏はなにか、自分の思いの丈を話そうとしているようでしたが、その発言は今一つ的を射ず、言い訳というかお説教というか、申し訳ないけれどハッキリ言って時間の無駄と感じました。
なのでわたしはこれも遮りました。
「Iさん、あまり時間もないんです。皆さんには週末にせっかくお集まりいただいたんですし、コンサル候補のヤマダさんたちにもご参加いただいていますので、コンサルを導入するメリットをもう一度、お話しいただきませんか?」
そして参加者をぐるりと見まわしました。

白状しましょう。
何の意図もなく、これまでのことは一度忘れてもう一度みんなで考えなおしましょう、なんていうのはわたしの方便です。
昨年企画した勉強会には来なかった人たちが、今日この場には参加しています。

K氏を含めて教養深い人が多いわたしのマンションで(大学の先生が、すでにリタイアした方も含め何人もいるんです!)、その方たちがヤマダさんやサトウさんの話を聞けば、大半は理解を示してくれるだろうという目算がありました(K氏とその一派は含まないけど)。

「サトウさん、ヤマダさん。お手数ですがもう一度、コンサルを導入した場合のメリットをお話しいただけませんか? で、その後皆さんからの疑問点に、ヤマダさん・サトウさんでお話しいただけたらと思うのですが」

「わかりました」とサトウさんは小さく言いました。
プロジェクターに光が点り、壁に張った白布が輝き始めました。

サトウさんは自己紹介を軽くしたのち、なぜマンションの大規模修繕にコンサルをいれるべきなのか、わたしが足掛け3年の間に何度も聞いたことを、再びこの場で話してくれました。
うちのマンションのように、管理会社がデベロッパーと同じグループ傘下にいる場合、利益相反に陥りやすいこと。管理会社主導で大規模修繕を行うと割高になりがちなこと、専門的な知識がないばかりに、効果が薄く高い工事をされても気づけないこと、などなど。。。

続けてヤマダさんも、コンサルを導入するのがなぜよいのか、そのメリットについて話してくれました。
コンサルはマンションの管理会社の味方であり、施工業者との間に立って、管理会社のために尽力すること。建築のプロがいない中で、工事のよしあしが客観的に評価できること、それらの結果として、コンサル料を払っても工事が割安に収まること、などなど。

二人のお話が終わったところで、わたしは参加者の方の質問タイムを設けました。
「ここまでをお聞きになって、質問などあればせっかくなので答えていただこうと思います」

まっ先に口火を切ったのは、天井から水漏れが起こり、昨年の秋に保険で点検や応急の修理を行ったおうちの方でした。
雨漏りが今後も起こることを心配されていたため、そうしたところもちゃんと見てもらえるのかといった質問でした。

こうした具体的な質問が出ることはよいことです。

それだけ大規模修繕や、サトウさん、ヤマダさんの話を自分ごとと考えてくれ始めている兆しですから。

この方の質問については、ヤマダさんが丁寧に回答をしてくれました。ヤマダさんは結構職人気質な建築士さんです。
のちにわたしは、彼が当然のように使う専門用語に何度も「今のそれ、わかんないよ!」を言うハメになるのですが、このときも専門用語を織り交ぜ、詳しく説明してくれました(とはいえ、このときもやはり、わからないことばがあった気も…ww)。

しかし質問した方も大学の先生でしたので、少々難しいヤマダさんの説明の方が結果的には刺さったのでしょうか。最後には納得されました。

このほかにもいろいろな方がヤマダさん・サトウさんに質問をされましたが、二人はどの質問にも臆することなくスイスイと答え、参加者を安心させてくれました。

参加者の疑問点がほぼ出揃いました。
すると最初に雨漏りのことを質問した方が「コンサル賛成だわ。コンサル入れて、はやく大規模修繕やった方が絶対いいと思うわ!」と大きな声で言ってくれたのです。

それは2年半という長く分厚い曇天の隙間から、ようやく光明が射した瞬間でした。

この方が大喜びし始めたことで、場の雰囲気がガラリと変わりました。それまで押し黙っていた参加者たちも、前後左右の人たちとザワザワと話し始めたのです。
それはまるで、乾ききった大地に慈雨が大きな音を立てて降り注ぐかのようなでした。

冬の日が長く部屋の奥まで少し届き始めたころ、集会は終了しました。
三々五々、参加者が部屋を出ていく中で、例の雨漏りの方がヤマダさん・サトウさんを前にもう一度大きな声で言いました。
「早く大規模修繕やりましょうよ! もー、絶対コンサル入れるのがいいと思う! 賛成!!」

参加者がうちの玄関に向かう中で、K氏がわたしを手招きしました。
何ごとかと思いましたがわたしはK氏に近づきました。
「コンサル入れて、大規模すすめたらええから。ただ、I氏はもと公務員で頭が固いから、うまくやってな。あんたはワシが後継に見込んだだけのことはある」
そういって機嫌よさそうにK氏は出ていきました。

はあ?

あんたにいまさら後継指名される理由なんて、まったくないんですけど!?

もうそんなヨイショにルンルンできるほど、わたしは初心(うぶ)でもバカでもありません。
「ダメな方の昭和のジジイ」、ここに極まれりと言った感のK氏の背中に向けて、わたしは「もう二度とここに来るな!」と無言の悪口を投げつけました。


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