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連作ミステリ長編☆第2話「探偵助手は、2度ベルを鳴らす」Vol.2

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
「MUSEが微笑む時」

第2話「探偵助手は、2度ベルを鳴らす」


○ ーーーーーーーー あらすじ ーーーーーーーーーーーーーーーー ○
  私立探偵小嶋雅哉は法律事務所書記担当を退職し、京都に戻り元裁判所所長の叔父政之との共同経営が軌道に乗り始めた頃、検察官中原麻衣子と出逢った。仲が定着し始めた晩秋、退職前の元恋人から極秘の依頼を受けた。
 組織的な音楽LIVEチケットの転売に、警察庁のトップが絡む疑惑を調べて欲しいとの依頼。他方で、巷の個人ネット販売による転売送検で停滞なく、麻衣子も忙殺されていた。警視庁と警察庁の相殺監視で、犯罪を未遂に留める動向の、互いのトップに犯罪疑惑が被せられている。
 音楽を創る側、消費する側、違法を取り締まる側。各々の生活も絡み、最後に音楽の女神MUSEが微笑んだのは、誰の為なのか。。。


Vol.2‐①

 京福電鉄の通称『叡電』終点の出町柳駅から、麻衣子は、バスも乗らずシェア・サイクルも使わず、京都府の地方検察庁に向かって、ゆっくりと歩いていた。

 ゆっくりと云えば聞こえは良いが、ポツポツブツブツ呟きながら、気乗りしなさそうに足を引きずるように、通勤しているのだ。
 周りを観ることもせず、通い慣れた道のりを進むけれども、頭の中は、送検されて来た書類の山の事でいっぱいだ。

 スマホ見ながら歩いて電柱や看板にぶつかるサラリーマンよりも、周囲の交通状況が視えていない。
 おまけに、夢中でゲームやる高校生とは反対に、とってもうんざりな気分が充満している。

 あぁあ~。今日も、あの書類の山積みと戦して、「知らなかった」で済ませるお決まり問答の繰り返しかぁ。。。
 いったい、いつになったら転売チケット、無くなるんやぁ!
 ああぁ~~~あ!。。。

 麻衣子は叫びそうになりながらも、自転車で横を通りすがる誰か住人に、それを制限されていた。

 ちょっと小マシなKETTYのコートと、サマンサ・タバサのバッグと、フルオーダーメイドのREGALのヒールパンプスの出で立ちは、けっこうなキャリアウーマンに見えなくもないのだが、その実毎日、ほぼ手順の変わらない事務仕事のような最近の任務に、うんざりしている。

 スムーズでも一日15件。一日中。毎週毎週。一ヶ月。これが、他件も含めて延々と続くのだ。

 これが、、、雅哉さんみたいに難事件の一大事件とかだったら、私も張り切り甲斐があるのかな。。。
 面倒くさいくらい、同じような簡単な手順が延々と毎日続いてる、、、でも。なんとか、眼の前の現実を楽しんでみよう🎶

同じ給料で、ブラック3Kな調査するより、BGMでも楽しんで、、、こなせる、、、んな訳ない。
 3K調査の方がアクティブで変化に富んで、ええわ。。。

 無理や。延々、こんなん続いたら、気が遠くなるわ。
 いやもう、心折れたわ。。。

ーーーと、呟く愚痴を言えているのは、検察官として着席するその瞬間までのことだった。



 検事室2⃣の扉を開け、被疑者と向かい合うセット、自分のデスク、そして事務官席と書棚。。。
 整然としていて、東側と南側から陽射しも届き、とても清々しい情景だ。さっがんばろ!という気合いが入ったこの印象に、麻衣子はしばらく気づかないでいた。

 だが、今朝のこの整然とした感覚は、いつものと違うゾ、、、と、麻衣子は「間違い探し」を始める。

 「ぁ、おはようございますぅ。本日もよろしくです」
 
いつもそばに居る事務官は、いつもの挨拶だ。書類束の山積みの高さも、いつもと同じくらいだ。朝の陽射しの角度も、同じくらい。

 何かが違うんやけど、何やわからん。

 心でそう呟いた時、事務官の男性が少し顔を上げ、ニヤッとしてから、また作業を続行した。
 自分のデスクに置いてある書類の位置も同じ。一番上、最初の1件の書類を手に取り、、、いつもと違う所探し。ページをめくりながら事務官に声をかける。

「おはようございます。今日の件数は❓」
 麻衣子はいつもの一言めを交わす。
「はい。予定は21件です。
 3件目までは、本日は対面調査あります。18件目まで、今月送検されて来た転売チケット、今日の分です。4件目から残り15件は、書類上のみもしくは、民事で収まるものばかりです。
 あとの3件は別件。対面はなく本日中に完了分。先に差し込む場合は、早めに声かけてください」
「わかりました。あれ❓これは、、、?」

 1件目の書類に挟まれたメモには、18件目までの追加PDFの場所が添付されていた。
「はい。出来る範囲での下調べです。接見始める前に、情報として観ておいてください」
「えっ❓土日に、これを作成してくださったんですか❓」
 事務官はまたニヤッと笑って「はい」とだけ返事した。

 コノヤロウ🎵私のブルー・マンデーを先回りしてくれたな。
 週末に「うちのワイフさん」と何か好い事でも❓子供の合格祝い❓
 時間外労働は極力避けるマイホームパパなのに。

 麻衣子は「ありがとうございます」と言うが速いか、すぐさまコートとバッグをラックに掛けると、さっそくデスクのパソコンを開いた。

 1件目のPDFと追加PDFを探し、送検書類と共に作業を開始した。
 だが、1件目の接見が始まった段階で、まったく予想もつかなかった情報が、麻衣子の眼に飛び込んで来た。

 


 向かい合った椅子に着席する女性は、うつ向いたまま。歳の頃は麻衣子と同じアラサー、書類には33歳と記されている。

 1泊2日の拘置所暮らしでは、まともなスキンケアも出来なかったのらしい。本来は着飾るのが得意なタイプの、寝起きのスウェットパンツ姿といったところだ。

「こんにちは。担当検事の中原です。
 多少、言葉がキツく感じても、正直に反応してよいので答えてください。貴女のこれからにとって大事な判決です。貴女の生活に関わる人達にとっても、左右される判断をしなくてはなりません。必ず、自分なりの答えを伝えてください。
 黙秘権も認めますが、不利にしか働かない事を、前もってお伝えしておきます。そこまでは、よろしいですか❓」
 女性はうつ向いたまま、小さく「はい」と答えた。

「すみません。差し支え無ければ、顔を上げて「はい」と言ってみてください。私も、すっぴんは恥ずかしいです。でも、その恥ずかしさより大事な判断なのです。お願いできますか❓」

 また小さく頷いたが、被疑者の女性は下を向いたままで居た。
 事務官が立ち上がり、被疑者の傍に来て膝をついて目線を下から見上げる形で、同じ事を伝える。
「顔を上げて、担当検事を確かめる事を、お願い出来ますか?」
 女性はまた小さく頷いてから、すっくと顔を上げて検事の麻衣子を見つめた。極力感情を消す表情をしていたが、その眼には動揺が走っていた。

「はい、ありがとうございます。担当の中原です。
 私は警察ではありませんから、検挙が目的ではないのです。これは罪なのか、そうでないか。民事か刑事か、前科にはならないかどうか、判断しなくてはならない立場です。
 私が1日何件抱えていようと、貴女の人生にとっては、一大事な1件です。口調が厳しかったらすみません。真実からしか解決への最善の決断する事は出来ないのです。そのために眼を見て、私を一度確かめてもらう必要がありました。ごめんなさい。始めてよろしいですか❓」

「、、、変わらないですね。優しいけど、職場の上司みたいな言い方」
「覚えてらしたんですね。。。
ありがとう、、、は、おかしいですよね❓2度目です。デパートでの万引きの件でした」

 作り笑顔ではなく、麻衣子はほんのり微笑んでいるように見えた。少なくとも、傍に控えた事務官の男性には。

 ただ、麻衣子はどんな態度でも表現でも、ひょっとしたら悪態の一つも衝かれてでも、受け止める気持ちで居たのだ。

 まつエクが取れかけていても、口角は左右とも上がっている。少し悲しい愁いを浮かべた瞳が、麻衣子の姿勢に応えようとする意志を映しているかに見えた。
 だから、相対する麻衣子も、本当に微笑んで見えたのだ。



Vol.2‐②

 心持ち、打ち解けた表情で向かい合えるようになった、同年代の二人の女性。だが立場は、検事と被疑者であることに違いは、ない。

「さて。まず、順を追って経緯を述べます。
 こちらの送検書類に基づいて進めますが、付け加える何か、異議や質問その他、のどが渇いて声がかすれる等、途中何度か区切りを挟みますので、その都度おっしゃってください。
 何度も言いますが、私の立場は、逮捕者や犯罪者を増やす事が目的ではないです。さらに、真実過ちを犯していたら、見逃す事も出来ないのです。情状酌量な判断も下します。つまり、公明正大な決議です。
 そこまでは、よろしいですか❓」
「はい」
 かすかに頷きながら、被疑者の女性は返事した。

「最初に、本件の逮捕日時、場所を述べます。
 2020年2月28日、午前11時45分。場所は、京都府京都市左京区川端通三条上ル法林寺門前町。これは鴨川沿い東側つまり、京都会館のすぐ近くの路上、で、よろしいですか❓」
「はい、間違いないです」
「その日、初顔合わせの待ち合わせをした、女性2名とその子供、貴女の子供合わせて、大人3名子供2名。SNSで繋がり打ち合わせをした場所、京都会館第2ホール(現在跡地にロームシアター京都在り)に午前11時。
 5名全員で移動して川端通のカフェで、その日第1ホールで行われる予定のコンサートのチケット2枚を、定価の2倍つまり1枚1万7千円で、あなたが転売しました。
 そこまでは、間違いないですか❓」
「はい。2枚分の料金を受け取りました」
「それは現金と引き換えの取引でしたか❓」
「いえ。カフェ店内での現金やり取りはしてません。
 アマゾンのネット金券35000円分と交換。8500円チケット4枚分プラス手数料の金額です」
「ちなみに。2歳半の貴女のお子様とベビーカーは、所轄の府警下鴨署内で預かり、ご自宅へ届けられています。
 貴女のその日の所持現金、服装、アクセサリー、バッグ等は、検察庁に渡されています。確認作業は後ほどですが、安心してください。そこまでで何か、伝えたい事や見落としはありませんか❓」

 被疑者の女性は、スウェット・パーカの紐を片方いじりながら、下を向いていたが、すっくと顔を上げて告げた。
「おおまかな所は間違いないです。それから。娘のこと、ありがとうございます。夫のもとに、自宅へ届けられたのですね❔」
「私が行ったわけではないけど、報告を受けました」
「ありがとう。手荷物や洋服のことも」
「ですよね☆
 拘置所の女性看守から、後で受け取れます。所内で簡単な洗濯もしてくれてますよ❓まあ、エマールとか柔軟剤とかはしてなさそうだけどっ」
 
被疑者の女性がほんの少し、笑みを浮かべた。
「少し、安心しました。時間がかかっても、本当の事全部話します。お願いします」

「話を元に、戻しますね❓
 貴女は、最初から転売目的でしたね?以前に別件を数回実行している、と調書にあります。
 今回は、その別件の捜査により、京都府警の現行犯の起訴です。そして貴女に関しては、今回の送検となりました。知ってか知らずか、チケットを買った側の2名も別の審判で送検されて来てます。グループ犯行という扱いではありません。そこまでは、よろしいですか❓」
「はい、友達同士の交換ではありません。SNSのダイレクト・メッセージでやり取りしました。子連れの方の女性が〈ウラ垢〉なので、通常のフォロワーも知らないと言ってました」
「そうなんですね。Twitter(X)とかのあのメールのマークから、直接取引できるわけですね❓」
「はい。今回はそれです」
「なるほど。私は特に誰のファンって事なく、海外アーティストの来日公演を、イベンターのメルマガから知って買うんですが、洋楽もけっこうなプレミアついた高額なチケットが出回るんですよねぇ。
 ジャンルにも依るんですけど、日本のアイドルさんのは、通常どうやって手に入れるんですか❓」

「ファンクラブでの先行予約ですけど、めったに手に入らないんです。で、デイヴィッド事務所公認ではない情報サイトで、仲間作って〈担当〉はずれたモノを、回す、売る、譲る、そんな感じです」
「ああ、なるほど。そのサイト自体が違法ですね。そのチケット流通会社の情報サイトというのは、〈フォンサ〉って名前ではありませんか❓」
「違います」
「では、そのサイトの運営会社は〈MYKEE〉ではありませんか❓」
「はい。以前〈ソワレ〉にサイト名が替わる前、〈MYKEE〉が運営してました。〈マチネ〉の時に〈MYKEE〉が運営している会社で、途中でサイト名が〈ソワレ〉に替わってから、会社名も〈好伯〉に替わりました。
「コウハク❓どんな漢字ですか❓中国語ですかねぇ❓」
「スキという字の『好』にハクはニンベンに、シロの『ハク』です」
「伯爵の『ハク』ですか❓」
「はい。多分それです」
「わかったっ!!」

 ビックリして飛び上がらんばかりにデスクの裏面に膝をぶつけたのは、三者面談のように向かい合って書記を担当していた、事務官。
「あっごめんなさい。こちらで繋がったもんですから。すいません、大きな声出して」
「ぁ、いえ。私も〈MYKEE〉って社名は以前から知ってて捜査が入ったニュースは見ました。でも、ヤバイって思ってもあれから会社名変わってるんで、勝手に大丈夫やろ、って。。。」
 正気を取り戻した男性事務官が、潜めがちな声で、麻衣子におそるおそる尋ねる。
「それは、その、、、別件の大きなのに繋がったって事ですね?」
「はい!そうです、安田さん!
 ぁ、ごめんなさい。本件には直接関係ないです。すみませんが、その情報サイトの住所とか、問い合わせ先入会先みたいの、わかりませんか❓」
「あ、えっと。スマホ見たら分かります。たしか、東京都だけど23区内ではないです。ナントカ市です。えっと、、、」
「八王子市?昭島市?町田市?稲城市?狛江市?」
 被疑者の女性は都市名の羅列に首を傾げ続けていたが、ふと笑顔を満開にして応える。
「その、、、最後から2番目、も一度言ってみてください」
「あ、ハイハイ。えっと稲城市」
「それです!漢字は『イネ』と『シロ』ですか?」
「はい。稲作のイネに二条城のシロです」
「まちがいないです。その稲城市の住所でチケット届きました」
「どんな封筒でしたか?〈ぴあ〉や〈ローチケ〉みたいな定型の封筒でしたか?」
「いえ。それが、普通の茶封筒で、中味は〈eプラス〉の発券でした」
「差出人名は?」
「ハンコで〈ソワレ〉と読むんでしょうけど、英語じゃなさそうでわかんないけど、サイト名の〈ソワレ〉と住所が角版のスタンプで」
「その封筒、取っておいてありますか?」
「自宅に在ると思います」
「ありがとうございます☆」

「やりましたね! まだ糸口だけですが、大口に繋がります」
「はい!あ、ごめんなさい。府警からの組織的な別件の糸口が掴めました。ご協力くださいますか?」
「私で力に成れるなら、協力します。
 だからって、罪が軽くならなくってもね!?」
 
麻衣子は首をすくめて、きまり悪そうに苦笑した。

 安田事務官の、休日返上した下調べが、功を奏した。
 総じて、転売チケットの送検では、デイヴィッド事務所の男性アイドルのコンサート・チケットの大部分が特定の違法サイトからの売買である、というデータが添えられていたのだ。
 それもこれも、データ分析出来るほどに、件数が多発しているという悪しき現象ではあるのだが。。。

「では、本日は残り時間はスムーズに流して、明日もう一度この検事室2⃣で、伺います。私も、本件に関わる事として、この組織についての調査を深めますので、また思い出した事付け加える事ありましたら、明日のこの時間に述べて頂けますか❓
 多分、いきなり寝起きにここに連れて来られて、疲れていらっしゃるでしょ❓拘置所の看守と話し合って、今晩はどこに寝泊まりになるのか、決めます。場合によっては釈放・後日出頭もあり得ます。

 送検書類とほぼ相違なく、新たな事実の陳述からになりそうなので、一旦本日の接見は終了致します。この後向かいの控室で別の事務官と共にお待ちください。その前に1点、伺ってもよろしいですか❓」
「はい、お願いします」
「前回接見し、結審したデパートでの万引きの件。あの件もこのアイドルのコンサートに絡んだ出先での事でしたね❓」
「はい。次の週の夕方のコンサートに合わせて、ワンピースを買おうとして藤井大丸に、行きました」
「お気に入りのブランドの、片方失くしたイヤリングと同じモノを見つけて、予算が足りずに、、、という経緯でしたね❓」
「はい」
「その件より前に、今回のようなチケット転売はしたことありましたか❓」
「売った方ではなく、買った方はあります。『担当』の違う友達から、現金で買いました」
「ありがとう。もう一つ。やっぱり、オシャレして女らしい気分で、そのアイドルに会いたいですか❓」
 
被疑者はすぐには頷かなかった。

 本日の最初に浮かべた少しもの悲しそうな笑顔を見せて、被疑者はゆっくりと告げた。
「、、、生活に埋もれて、女として視てもらえないのは、寂しいですね。。。外に出れば、子供や旦那が居ること関係なく、女性として着飾った自分を忘れたくないです。、、、しあわせって、何なんでしょうね。。。」
「、、、ありがとう。私もなりふり構わず仕事に没頭してる姿は、ホントは彼氏には見せたくないです。気の強いとことか。
 穏やかに包んであげたいです。日常全部、アイドルを拠り所にしてるわけじゃないんですね❓安心した。これからも幸せを感じて行ける人やわ。
 趣味は『推し』でもいいじゃないですか。犯罪じゃなければ。でも、私だったら出かける前に『見て見て♪このワンピースとイヤリング♪』って披露しときたいなあ。シャイなダンナも三顧の礼、ですよ」

「何ですか?それ」
「私の同級生が言ってました。旦那様がシャイすぎて女として物足りないって。学生時代モテ女子だったから。けど、1回2回の揺さぶりには素直じゃなくても、3回目の女っぷり攻撃には負けてくれたって」
 
被疑者の女性はここが検事室だと忘れるくらいに、笑った。


 
 
あんまり笑えない安田事務官も、これがこの検事の好さやな。。。と認めている。年配者として、ともすると枠を外しやすいこの検事を、誰が批判しても支えていきたい、と感じていた。

「午後から、本日結審で終了の転売以外の別件書類のみ3件を、片付けます。今から、組織的転売案件でアポ取って動きます。
 戻って時間の余裕あれば、出来る限り残りの15件、進めましょう!お昼休憩含め、15時までに戻ります。この流れで、動いてもらえますか?」「了解しました。先程の留置の件は?」
「できれば、一旦釈放してあげたい。お子さんや家族に罪はないです。2回目の接見日程は、任せます。看守の女性には、手荷物確認を兼ねて相談してみるので、あとは、検事長の判断に委ねてください。よろしくです!」
「はぁいィ。かしこまりました」

 安田事務官は、面倒くさそうに苦笑したが、本心はまんざらでもなく検事長との交渉にやりがいを感じている。即決がお得意で結論が先に出てくる検察官麻衣子は、もう証明問題に取り掛かっている。

ーーーハイ。〈プライヴェートEYE小嶋〉です。
「あ、雅哉さん、今日は道兼さん、居る?」
ーーーはいはい、居るよ。
「チケット転売の件、個人売買から〈MYKEE〉につながったって。伝えて?府警案件の方」
ーーーぁ、はいはい。内線回そうか?
「大丈夫。今から事務所行く。そこに居て〈MYKEE〉の件の資料集めて待っててって、伝えて?」
ーーーりょーかぁい。美味しい珈琲とケーキが待ってるよ♬
「ありがとー!あいしてる」
ーーーいっつもは、あいしてないのんけ?
「今日これから愛しに行くから」
ーーー了解。

 経理事務の真希ちゃんが、電話の向こうですかさずシャトレーゼにショートケーキを6個、テイクアウトでオーダーしていた。




Vol.2‐②

 〈プライヴェートEYE小嶋〉の3階、コンクリート打ちっぱなしの通称『モテ部屋』には、5名が集合していた。

 まず、メインデスクに菅原道兼。その横付けのPCデスクには、速記のスキルも持つ真希ちゃん。応接セットの長ソファに、別件クライアントである、麻衣子。
 向かい合う一人掛けソファには、本件と麻衣子の別件の統括指揮である、小嶋雅哉が位置していて、その隣の一人掛けには、当事務所探偵助手の、神田宏記。

 1階のカフェには、ランチメニューが無いので、昼時手が空けばもう一人の経営者で元裁判官の小嶋政之が、参加する事になっている。

「えぇ、、、大まかな経緯は前回のミーティングどおりで、本日は、転売チケット別件のクライアント、麻衣子さんにも加わってもらいます。
 新たな進捗、及びより掘り下げた調査データ、そこから推察される転売ルート、及び首謀者達の手段、動機、検挙の状況証拠と物的証拠。
 さらに送検される前、どこまでを府警の警部であるクライアントに伝えるべきか。。。以上を出来る限り先へ進めた打ち合わせをしたいと思います。
、、、すみません。僕だけ、こんなふんぞり返った席で。後で政之さんが上がって来られたら、僕がソファに移ります」

  菅原が、本日のミーティングの概要と、自分の位置づけについての言及を、最初に述べた。普段は民事の恋愛沙汰専門に単独で動く菅原が、抱える件数少ないせいで本件の組織的転売の調査担当になったからだ。

「いいよ、そんな遠慮は。うちは年功序列でもなければ、特に役職があるわけでもない。ただ、転売チケットに関する統括指示はオレで、麻衣子の件は個人売買の調査と審判のフォロー。組織的犯罪に関しては菅原君にオレが頼んだんだ。
 じきに、神田君も独り立ちできるよ。得意分野を持ってくれれば、ね❓ある意味、菅原君は先輩ではなく、神田君の上司的立場に成るかもしれないけど、な❓」

 菅原の居るメインデスクに背を向けたまま、雅哉は穏やかに応えた。向かい合っている麻衣子はその様子を見て、山っ気は多いがまだ上の立場には慣れていない菅原を、引き上げてやろうとしている運営者側としての雅哉を、見つけ出した。
 何かと雅哉のポカミスをつついて来る菅原だが、その生意気さを活かしてやろうと嫌われ役やってるのは、やっぱり上手やな。。。と思う。

  私も後輩のフォローぐらい出来る検事になりたいな。。。

「はい。理解しました。このまま進めます」
「ボク神田は、本件は何をフォローしていけば良いかも、指示出してください。菅原さんから。麻衣子さんの件は、ボクの役目は終わりです。今回は大口に関するパートについて、個人の送検が絡んで来たので、来所してもらったそうです。」
「わかった。雅哉さん、まずは、僕から麻衣子さんへの質問形式で、進めていいですか❔」
「どうぞっ」
「それでは、質疑応答の後で、真希ちゃんの速記を箇条書きにまとめて、議事録に作成します。
 即調書として佐藤さんに提出できるものに成るかは、今日のミーティング次第です。今回は、事務所全体のこの先これからの段取りシェアまでです。異議なければ、さっそく本題」

「麻衣子さん。この個人売買送検の絡み方だけど。
 まず、麻衣子さんが来所直後に告げてくれた事は、デイヴィッド事務所のアイドルのLIVEチケットで、転売の個人売買の件が、〈MYKEE〉の傘下らしきサイトが入手元であった事。
 〈MYKEE〉は2017年に、府警サイバー犯罪担当が家宅捜査に入っていて営業停止等を喰らった、現在僕が探り入れてる組織です。高額大口売買の情報入手元である事は、既に明らかですが、今回、パブリックに名の知れた人物が、最終受け取り人として挙がっていて、まだまだ別件のルートもありそうです。

 そこで、まず個人売買の末端からのルート。
 麻衣子さんに質問。その①、逮捕日時、場所。②、そのチケット面の開催アイドルの名前。➂、どんな取引か。つまり売った方の逮捕の件だから、入手元のサイト名と所在地、売買金額、受け取り方法。あれば、その物的証拠。。。思いつくままでもいいから、話してください。この件だけじゃなく、〈MYKEE〉が絡んでるのは多数で、デイヴィッド事務所の以外にも、バンドやソロにも有りそうなんです。真希ちゃん、詳細漏らさず速記して❔」「了解しました!」

「まず①、逮捕日時、場所」
「2020年2月28日午前11時45分。京都市東山区川端通三条上ル、路上。これは京都会館からほど近い鴨川沿い東側です。カフェで取引成立後、店から出て来たところを現行犯逮捕。被疑者は初犯ではありません」「次②、LIVE開催アーティスト名、つまりそのグループ名。事務所、主催イベンター」
「はい。2月28日当日夕方18時開演の〈TABBY KITTENS〉で、エージェントはデイヴィッド音楽事務所所属。ホールは京都会館第1ホール。3300名収容の所、先行予約も5分前後で完売。ファンクラブも抽選。デイヴィッド事務所に限っては肖像権や版権など厳しいので、イベンターは主催ではないんです。それが原因で違法サイトから出回るのかは、不明。
 あと、アーティスト側で電子チェッカーによる本人確認やリサイクルシステムでのキャンセル引き取りなど、転売防止対策されている場合もあるけれど、今回に関してもそういった対策外の所で、つまり末端ではなく途中ルートでマージン取る転売。
 発券会社は「eプラス」で、被疑者が受け取った差出人が〈MYKEE〉絡みのようです。その封筒が物的証拠になりそうです」

「なるほど。ありがとうございます。
 サイトそのものが、違法なのですね❔そうすると、〈MYKEE〉自体はインターネット情報会社だったので、、、例えば、もひとつ後ろで動かしてる黒幕が居るとすれば、その傘下として違法に活動しても権利面を見過ごして来られたり、別のルートで別の売買も仕切っている可能性もあるわけです。
ずいぶん長きに渡って見逃され馴れ合いになっていた転売なのですから」
「それは例えば、芸能界の興行全体に関わる程の、組織だってことかな❓」「はい。だとすれば腑に落ちるし、元から絶たなきゃ絶滅しないわけで。。。」
「なんかその、、、めっちゃデカい話に成ってますけど」

「そうだ。イチ探偵事務所で出来かねることだし、だからこその佐藤警部からの案件で、調査そのものは動き易いのは民間の、オレ達だよ。
 案ずるな。とことん大物にぶち当たったら、うちの政之叔父にも動いてもらうし、最終的には警察本庁が動ける案件だ」
「たしかに。検察官の麻衣子さんだから話すけど、送検がどこにしろ警察長官も動ける案件です」
「このヤマは、デカい!です」
「たしかにデカい。普段は船岡山登ってる人間が、富士山登頂目指すようなもんや」
「初日の出、見ましょう⁉富士山頂で」
「ですよね!!」
「なんか、女子メンバーの方が大胆ですね。。。」
「あっ。あたしもデイヴィッド事務所の【推し】 いるけど、いっつもチケット取れへんくって、悔しいねんもん」
「そう来たか♪」
「それ、めっちゃモチベーション高いかも!」


 真希ちゃんが、どのくらい入手困難なチケットか熱弁している間に、本件担当の菅原は、PCデスクから速記を読み取ろうとしたが、まったく読解できなかった。菅原にとっては、現実に付き合えない追っかけてくれないアイドルなんて、どうでも良いのだ。
 最近ステデイな彼女になってくれたヒカルこと輝美だけは、自分からアプローチしてまだまだ手の内感が無い。

 だが、それがいい☆彡
 輝美に、大仕事を報告して好いとこ見せたいし、協力してくれてる感謝の気持ちをプレゼントにしたい。
 僕かて、めっさモチベーション高いやんけ!


 打ち合わせからは脱線し始めた「真希ちゃん劇場」に、微笑んでから、小嶋雅哉はこっそり内線で政之叔父に連絡する。
「政之叔父。今からコーヒー6杯と、チルドん中のシャトレーゼのケーキ6個、頼む。手が空いたら参加してくれよ❓お願いしたい事が、できたんや」ーーあいよ。10分待ってくれ。神田君に運ぶの手伝いに、降りて来てくれって、頼めるか?ーー
「大丈夫です。
 彼は菅原君の指示待ちやから。代わりに留守番に降ろします」
ーーあいよっ♪まいどありぃーー



「では、より深く具体的な調査の段取りに移ります」
 
菅原道兼が、皆のリフレッシュ・タイムから次の段階へ進めた。
「真希ちゃん。ここからは具体名や専門用語が出てくるから、速記が追いつかなかったら、ストップかけて復唱と確認してくれな❔」
「はい。どうぞ」
 
真希ちゃんは、PCデスクから掌を向けて合図した。

「デヴィッド音楽事務所所属の、その〈TABBY KITTENS〉のファンである女性が売ったチケットは、どこのグループの❔」
「あ、別のグループに〈推し〉が居て、当日参加するつもりのない入手したチケットが〈TABBY KITTENS〉のです。明らかに持ち回りか営利目的です」
 
麻衣子が菅原の問いに答えた。
「何ていうグループのファンですか❔」
「〈剣心組〉です」
「ありがとう。なるほど。楽器持って歌う方ね❔」
麻衣子は頷いた。

「〈好伯〉は、スキという漢字の『コウ』に、伯爵の『ハク』。ニンベンにシロの『ハク』です。あとで詳細を。送検被疑者が、差出人スタンプ付き封筒を保管しています」
「それは物的証拠に成るよな❓」
 
雅哉が口を挟んだ。
「そのためだけではないですが、被疑者は一旦保釈予定です。第2回接見時の、新たな証明物品として押収します。で、この『好伯』に替わる前、サイト名が『マチネ』の頃は、〈MYKEE〉が親会社だった。途中で『マチネ』から『ソワレ』に変更されてから〈MYKEE〉ではなく、〈好伯〉という社名に替わった。被疑者陳述では、そういう事でした」
「要調査事項①だ。真希ちゃん、マーキング。〈好伯〉の封筒差出人住所、確認だ」
 5名それぞれが、メモに書き留めた。
「なるほど、麻衣子さん。サイト名が替わっても、運営している会社は同じ、又は傘下もしくは元従業員の可能性有り、なんですね❔」
 麻衣子が頷いた。それを目視した真希ちゃんが、PC画面に入力した。
「そうなんです。中国から日本の音楽情報を流してるっぽいけど、実は、社屋は稲城市に在ったって事です」
「ありがとう。助かる!それ、京都府警に流せる類の情報❓」
「それは、今判断出来ない。封筒はまだ入手できていない。今朝、接見審議したとこ」
 雅哉が頷いた。
「ありがとうございます。送検前というのは、ビミョーですね。その被疑者の審判も終了していないし。
 こちらで調べた〈MYKEE〉情報でも、『マチネ』から『ソワレ』に替わる直前の所在地が一旦、中国本土に移っているんです。武漢市の中心部です。そのあと、社名が〈MYKEE〉から〈好伯〉に替わる時に退社した元従業員の知人から聞き出しました。それが、その転売チケットとして動いてた封筒は、稲城市の住所が差出人って事なんですね❓」
 麻衣子が黙って、また頷いた。真希ちゃんは麻衣子を観ていなかった。下を向いてPC入力していた。

 神田君が真希ちゃんに尋ねる。
「真希ちゃん。『あした封筒入手後、確認』と書いといてください。それ、ボク神田が麻衣子さんから預かれるシロモノですか❔」
 麻衣子が黙って、頸を横に振った。
 真希ちゃんが顔を上げ、それを確認した。
「大丈夫です。差出人住所より、消印の場所です!」
 
真希ちゃんが結論のごとく、告げた。


「わかった。現物は預かれない。でも、どこの郵便局の消印かだけ、伝えてくれ。麻衣子」
「了解です」
「これ、要調査事項②、です。他には❔確認調査事項ないかな❔」
「はい。支払方法、取引手段からルートを探れます」
「私の持ち込んだ件では、カフェで、現金では受け取っていません」
「あ、そうなんだ❔金銭授受なし❔その場で❔」
 麻衣子は首を横に振る。今度は真希ちゃんも見逃さなかった。

「チケットは8500円カケル2枚の2倍で取引されて、3万4千円。所持金は3万6千円だったので、ありえますが、それは生活費で偶然所持されていただけ。実際の取引は現金受け渡しではなかったんです」
「それは接見の陳述で❔」
「いえ。送検されて来た調書では、アマゾンのギフトカード合わせて3万5千円分を、カフェの中でチケットと交換という方法でした」
「手数料1000円とすれば確かに取引ですが、それ、換金できるの❔」
「いえ、直接ネット通販に使うそうです。被疑者は」
「ぁ、なるほどね。さすが主婦だわ」
 真希ちゃんが合いの手を入れて来た。
「現金数える手間と目撃の危険を回避したんだな❓」
「たしかに。直接使えるし」
「相手は〈ウラ垢〉だし」
「ただし!それはアシが付くかも。ルート割れるかも!」
「雅哉さん!それサイトによっては番号と価格だけでいいんです」
「要するに、現金と同じプリペイド番号か。。。」
「誰に渡ったかルート探れるかな❔」
「時間かかりますが、出来ます。」
「よし!要調査事項➂。ギフト・プリペイド追跡」
「はい!ボク神田、それ担当したいです!」

 菅原は、雅哉の答えを待ってみた。残り3人も雅哉の方を向く。おもむろに腕組をほどいた雅哉が、大きく縦に頷いた。
 真希ちゃんも、別のインデックス・ページを開いて、要調査事項3項目を箇条書きに、速記とは別に入力した。

「他の支払い手段は、ありますかねぇ❔」
「その被疑者は、最初に購入した取引方法は、現金受け渡し。
 自分が売る時には警戒して、公衆の場ではギフトカードとチケットの交換です。迅速に取引済ませられるからです。他に、電子マネーで先に額面を受け取り、当日はチケット渡しのみで成立するそうです。
 ただし、これは顔見知りとか信用できる関係でないと、先払いしときながらチケット入手できない、とか、別の余罪も生み出すんです」



Vol.2‐③

 高瀬川にかかる一番小さな狭い、橋。
 木屋町通り側から渡ると、私道の小径には、近隣の従業員だけが利用する坪庭みたいな喫煙エリアが存在する。

 S字クランク状のその場所は、河原町通からも木屋町通からも奥まっていて、様子が伺えない仕組みになっている。もちろん、通り名などは無い。

 佐藤警部がこれから向かう料亭「たちき」からは、楓と伽羅ぶきの枝ぶりが伸びて来ている。反対側の塀の上からは、ハナミズキとイチョウの幹先。隣の料理旅館は、どうやら和洋折衷のモダンな店らしい。

 ぼんやり新緑の季節を愛でているようにも見えるが、佐藤警部がこのエリアに来た目的は、二つ。
 一つ目は、料亭「たちき」の女将である神山真澄に、しばらく逢う事も連絡する事もできずにいたお詫びと、小さなプレゼント。そしてもう一つは、仕事上の大事な「待機」である。
 なので、煙草を吸わなくなった佐藤警部が、この喫煙エリアに居るのだ。

 今夜は、逮捕もアリかもしれない。
 一応、ソヤツの逮捕状は用意できたが、元締めの黒幕が別件逮捕されるまで、お預けかもしれない。
 ひょっとしたら、ウチの管轄の邪魔が入って抵抗するかもしれない。いや、長官が酔っ払って手筈が上手く行かないかもしれない。
 真澄の店では、事を荒立てたくない。だけど、この件だけは現行犯でなくちゃならない。
 とりあえず、プレゼント渡して伝えとくべきか。。。知ってしまうと、動揺して逮捕に至らない事態が起こるかもしれない。。。どっちだ、自分❔ 黙って実行❔どうする自分❔、、、いやいや。がんばれ自分!

 伝えて信じるんだ。真澄と自分を。
 粛々と厳かに、静かに、何事もなかったかのように周囲をざわつかせずに、任務を完了したい。

 まだ、16時。板長がそろそろ、ここに出てくる筈だ。

 板長は、担当の探偵菅原君には、なぜだか敵愾心を見せて来る。この僕にはそうでもないのに。板長。本当はヒカル君が好きなのかい。。。❔

 料亭「たちき」の勝手口、狭い木戸をくぐり抜けて出て来たのは神山真澄ではなく、板長が一服に来たわけでもない。現れた二人は、接待課長のヒカルこと輝美と、華板の榊だった。
 ヒカルはまだ私服のままで、榊は、下仕込みを終えた後のような板前らしい前掛けが、多少汚れていた。

「佐藤さん。お待たせしました。本日、よろしくです。菅原君から聞きました。女将さんは今日は公休取ってます」
「あ、そうなんだ。。。連絡せずに来たから。」

 佐藤警部はホッと安堵したような、ちょっと残念そうでもあるような、複雑な溜息をひとつ、着いた。

「石友長官は、本日は〈白鷺の間〉18時半にお見えの予定で入ってます。予約者は、府警様ではないです。ゲスト側です」
 
ヒカルの報告に、華板の榊も頷いた。
「ぼくが、今日19時頃に【お席前パフォーマンス】に入ります」
「よろしくです。合図を決めよう」
「たちき」の2名が同時に頷いた。
「あ、僕吸わないけど、どうぞ。落ち着いて話そうよ」


 作り付けのベンチに、三人並んで腰かけ、ヒカルとその向こう側に落ち着いた華板の榊は、それぞれに煙草を吸い始めた。
 ひと心地ついたところで、ヒカルが今夜の宴席についての概要を続けて話し始める。

「石友長官は、主賓席です。招く側の末席とゲスト側の末席は、17:00にお見えで、別席を控室的に設けています。一番小さい部屋の〈梅の間〉です。
 〈梅の間〉には、にぎり盛り程度のお食事を17:30に運んで、アルコール無しでのドリンク注文も出ます。込み入った商談をされる時のパターンです。ただ、ややこしいのは、、、」
「ちょっと待って。メモするから」

 榊もヒカルも、いわゆる警察手帳の黒い本物を拝めると、期待したがハズレで、佐藤警部は『警官帽を被ったKITTYちゃん』のMEMOノートを取り出した。おもわず榊はクスッと笑った。ヒカルはこの茶目っ気が女将さんにウケたのかと、感じた。

「ぁ、僕ネコ好きなんだよ。KITTYちゃんは同じ年くらいだしね♪
 はい、どうぞ♬」
 ここまでの概要を記してから、佐藤警部が声かけた。

「招く側ホスト側真ん中は、〈烏丸セラミック〉CEOの島内様。計6名のお席」
「、、、なるほどっ」
「ホスト側2番手は、同じく〈烏丸セラミック〉の営業部長、宮垣様。
ゲスト側2番手は、府警の警視正、釘村様」
「、、、出たね、やっぱ」
「メニューは通常の〈新緑会席〉なんですが、主賓の石友様がお好みのボトルをオーダーされた時点で、ぼくが席前料理パフォーマンスに入室します。
 だいたい開始30分。【焼き物】として『鮎のたで酢』をお席前で七輪持ち込んで焼きながら、お席の様子を見ます。手筈はヒカルさんに任せるけど、タイミングをボクも確認する予定です」
「了解です」

「そこまではややこしくないんですが。
 ホスト側とゲスト側の取引ではなく、その間に業者様が絡んでいます。ゲスト側の末席は、JASMACの第一営業部、万原様。ホスト側末席は海外資本の「好伯」流通事業部、金山様。
 直接取引は、JASMACと〈烏丸セラミック〉であり、「好伯」が仲介する形。で、警察庁長官が個人でなのか、警視正がらみか、何らかの受け渡しがある、と云う事です。
 控室というのは、幹事役の宴席控えなのですから」
「ありがとう♪ 公務員や警察の人間が、業者に宴席を用意されること自体が、違法なんだよ。長官は購入したいチケットがあるんだが、正規の支払いするつもりが、業者が絡んできたんだ。何かしら、警察に介入させたくない事項がある筈なんだ。だからこそ長官が、自由に動ける僕に依頼したんだ。この件。この事は、その釘原警視正は、知らされてない。
 今回は、場合によっては最大3名の逮捕で、1名内部摘発。もしくは、1名任意同行。もちろん府警でなく本庁の人間が、僕の連絡一つで動くよう、待機している。
 長官の指示だから、受け取り未然に防いで、長官はシロだよ❔」
 
華板の榊と担当接待係のヒカルは、同時に頷いた。

「調理場は、いつも通りで善いですか❔」
「いいよ。板長にだけはその旨伝えといてくれるかな。あとは、調理場責任者の判断に任せる」
「承りました」
「配膳サービスする側のみんなには、朝礼的にシェアしといて欲しいんだ。担当が、ヒカル君以外に居るのなら、控室に2名通す前に、宴席での流れだけでも打ち合わせしといてくれる❔」
「かしこまりました!今回は、リンちゃんでなく、係長のゆうみちゃんです。〈白鷺の間〉のフォローと、控室の〈梅の間〉担当です。それ以外接客係は、この席には関わらないでシェアだけにします」
「わかった。ありがとう。事を大げさにはしない。それは安心してくれよ❓
他の宴席には気づかれないよう完了するから。
 女将さんの真澄には、以前から伝えてあるんだ。いつ実行するかは決定してなかったけど、ね。大丈夫、承知している」
「かしこまりました!」
「承りました」


 酒類のストック庫から、『吉四六』(きっちょむ、麦焼酎)の陶器ボトルを、接待課長ヒカルが両手で支えて運んで来た。
 接待課係長のゆうみは、次の間でその様子を目に留めた。〈白鷺の間〉の次の間で、煮物椀を小分けのお膳に準備していたからだ。

 ゆうみが、ヒカルに声をかける。
「ぁ、長官のリクエストですね❔」
 
ヒカルは頷く。
「長官は、ロックで呑まれるそうだから、引き戸の中のロックグラス、3つ以上用意しといてくれる❓」
「はい。氷は❔」
「あれ。丸いの。厨房の冷凍庫から持って来る」
「球体のアイスですね❔お盆にいっしょにセットします」
ヒカルはにっこりとまた、頷いた。

ゆうみちゃんと組むと、ほんとに楽だワ。ちゃんと分かり易い言葉に直して、確認してくれるから。さすがに、係長まで生き残った感。。。

「上座2番手の釘村警視正は、吉四六のお付き合いでウィルキンソン1本。あとは、ミネ1本とカボス1/4を1個分、アイスペール」
「承りました」
「次は、焼き物で〈席前〉に榊クン、入るから。それに合わせて、ポン酒。冷酒の大吟醸で『竹泉』。これは、上座の万原様リクエスト。JASMACの万原様は、丹波の産まれだからね❓覚えといて。
 万原様が、石友長官にお酒を注ごうとしたら、未然に防ぐ為に、ゆうみちゃんか私がお酌するんだよ❓」
「なんでですか❔」
「あとで話す。『竹泉』の分の冷チョコ5個ね❓」
「はい」
「〈烏丸セラミック〉の側は、白ワイン。下座ホスト側もう一人も。
 2番手が『好伯』の金山様。ゆうみちゃんは、下座から上手の府警二人にお酒やワインを注がせないように、気を付けて。私は、上座に着くから」
「、、、今、わかりました。接待のお酌をさせないのですね❔」
「はい、そのとおり!」
「ワインとグラスは、私が取って来るから。シャブリの720mlの7200円のやつ。3人で呑むって」
「了解です」
「先に、煮物椀出しといて。蓋の開け方、カニヨロ!」
 
ゆうみは大きく頷き返した。
「あとね。バックヤードに、オレジュ―をグラス1杯」
「なんですか、それ❔」
 ゆうみが眼を丸くして訊いた。
「パソコンデスクんとこに、佐藤警部が待機してるから」
「あっ、それで!?わかりました!承りました」
「警視正やホスト側にも万原様にも、内緒ね❓」
「理解しました。石友長官だけ、ご存じなんですね❔」
「ナイス返し♪長官が出て来られた所で、佐藤警部らが踏み込むから」
「ハイ!」
ヒカルが唇に人差し指を当てて、シィーーっと鎮めた。
「〈梅の間〉は任せる。あと10分で17時半」
「承りました」
 
云うが速いか、ゆうみは立ち上がり全てのセットをお盆に準備してから、〈梅の間〉に向かう。

 穏やかに喋り、おっとりしているイメージのゆうみだが、行動は素早い。通りがかりに、オレンジジュースをグラス1杯持って、バックヤードに声をかける。
「お世話になります。佐藤警部」
「今夜は、よろしく」
 ゆうみがジュースのグラスを差し出す。
「ありがと。あのさ、『オレジュ―』と『ぽん酒』は分かったけどサ、『カニヨロ』って何のこと❔夏だし、蟹料理は出て来ないよね❔」
 
聞こえていたのが不思議そうな、ゆうみ
「女将さんも、よく使うみたいだ。カニヨロ」
「それも省略した用語です。【確認よろしく】の略なんです」
「なるほどねぃ🎶」
「先に控えの〈梅の間〉17時半、行ってきます」
「ありがとっ🎶」
ゆうみ
もニッコリほころんだ。

 警部も余裕ありそうやから、女将さんが居なくっても、上手く運びそうや、と安堵して、仕事モードのカオに切り替えた。


 ゆうみが〈白鷺の間〉の次之間へ、出て来た。
 三畳程の次之間の上がり框には、華板のが席前パフォーマンス用の衣装に着替え、スタンバイしていた。
 七輪を乗せた長盆には、まだ水槽の中で泳いでいる天然の鮎が7匹、喰われ時を待っていた。

 ゆうみがニッコリして縦に頷き、準備完了の確認をした。
「今、中にヒカルさんが居ます。上座。席前の位置は、下座の末席よりでお願いします。主賓の警察長官からも、烏丸セラミックCEOからも見える位置で。蓼酢6個、下座側に用意してます。」

 浅葱色の作務衣のような衣装に、同色の板前帽をかぶったが頷くと、頭から板前帽がずり落ちて来た。ゆうみは七輪には被さらずに済んだ事の安堵と共に、含み笑いを堪えていた。

「ダイジョブッ。大丈夫だからっ。
 ちょっと緊張してるけど、チョットじゃなくキンチョーしてるけど。
 この後の大捕物、気にしなけりゃいつもみたいに、大丈夫だから。
 ダイジョブダイジョブッ」
「わかってる♪」

 おもむろに、榊は長い菜箸でドラムのスティック代わりに、リズムを取り始めた。

「BPMが違ってるゾッ」
 ヒカルが襖を閉めてから、いなした。
「ゆったりおもてなし、ですね」
 ゆうみが云うと、ヒカルが頷いた。

 3人が視えない所で、オレンジジュースのお替わりを切望している、バックヤードの佐藤警部

「もう少ししたら、長官が出て来られるから」
「ほろ酔いですか?」
 が尋ねる。ヒカルが頷く。
「予定変更。席前パフォーマンスの間は、お客様は5名。
 場を保っておいて」

「はい。承りました。」
「2人で」
「承りました」


 佐藤警部は、片付けが済んだバックヤードのとなりの〈松の間〉に入り、襖を閉めた。本庁から来ている待機組に、スマホで連絡する。もちろん京都府警の協力体制も、店外で一斉に整っていた。
 さっきまで普通乗用車だったセダンの屋根上に、赤いランプが乗せられ、サイレン音はミュートされていた。各々、準備体制の連絡を取り始めた。

 その頃、女将の神山真澄は、自宅のリヴィングで両手を合わせて、無事に終える事を祈っていた。もちろん、警視庁側の谷警部とは通じていない。

 内部捜査とはいえ、逮捕状も出ている体制が整っていた。佐藤警部が、本庁待機組からの情報を、石友長官に伝えに来る。
「別件、かなりありますねって、言ってます」
「当たり前だ。本庁はそっちがメインだ」
「とりあえず 、烏丸セラミックはAÎ特許の件で不正が有ります。好伯って会社は存在しませんが、例のMYKEEの転売の元締めが、金山って男です。」「了解。物的証拠は揃ってるか?」
「いえ。不充分なんで、本件で現行犯、別件追及です。」
「分かった。俺はバックヤードに引っ込む。始めろ」
 佐藤警部
は頷いて、料亭玄関ののれんを上げた。

 と同時に、制服警官を含む50人近い警察庁の群れが、音を立てない留意をしながらなだれ込んで来た。
 ものの5分の出来事だが、4名が手錠をかけられた。1名私服非番の警視正が任意ではない同行扱いとなる。

 府警のパトカーに烏丸セラミックCEOと営業課長の2名、本庁のセダンに万原と金山、別のセダンに釘村警視正が、それぞれ押し込まれた。
 府警の刑事達は、残って料亭の従業員達から、事情徴収を行う。

 ヒカルは女将の真澄に連絡後、他の客間を誘導の指示してから、のれんを外して店頭を閉めた。
 それを見届けて後、パトカーや警察車のセダンは発進し、五条通りへ抜けてからサイレンを鳴らして護送を続けた。

 警察長官石友は、佐藤警部と硬い握手を無言の笑顔で交わし、ゆうみから差し出された氷入りチェストを 、それぞれ口へ運ぶ。

「女の子が渡してくれるだけで、ただの水でも美味いよな?」
「僕も、その気持ちが分かるようになってしまいました」
「佐藤。お前からも、女将さんに連絡取っとけ、な?」
「ええ。後でゆっくり。あの外タレのチケットは、結局どうされますか?」「ああ、あれか。フラレたから、どっちにしろ要らんのだ。」
「えっ❓」
「誘ったライヴの当日は、彼氏のお母様に会う約束なんだとヨ。」
「そっちを先に初動調査するべきでしたね♪」
「ホントだワ。結婚するつもりの相手が居るとは知らなんだ。」
「あっでも。でもでも知らないからこそ、今回の逮捕にも繋がったんですよォ~♪」
「俺はまた、長官の仕事まっとうしただけか」
「いえいえ。美味しいお酒も呑んでます。経費で落としてもらいますから」
「佐藤。また普通の飲み会開こう!女将さんも呼んで、な?」
「あ、真澄は仕事以外で飲まないです。僕の彼女」
「、、、ヤラレタ。。。」



Vol.2‐④

 梅雨時の京都の雨は、情緒があると他人は云うが、実際のところ湿度が高すぎて、日々暮らす市民には鬱陶しい空気だ。

『祇園さんがはよ始まらんかいなぁ』と老若男女願ってる様子で、雨傘の端からどんより空を見上げて溜め息ついては、行きつけカフェの決まった席へ急ぐのだ。はっきりモノを言いたがらない京都人でさえ、『ハッキリせんかい、この天気❗』とブツブツ呟いている。

 オレは備品の購入から、探偵事務所に戻って来た。そうさ。あの何でも揃ってる【大丸さん】のインテリア雑貨売り場なのさ。
 共同経営者としては、出来る限り依頼人が居心地良い客間を創りたいんだ。けれども今日は、けっこう心は晴々な佐藤警部が、解決の報告に来てくれる。

 何にも施し無くっても、菅原・神田両名もゴキゲンな筈。それぞれのカノジョにも、就業時間中に逢えるのだから。
 不規則な暮らし振りでゴメンよ💘の気持ちも込めて、重大事件に発展する前に逮捕に繋がった御祝の、細やかながらの慰労会。

 経理の真希ちゃんも〈鶴屋吉信〉の『雲竜』を買いに行けるから、朝から機嫌が好いのだ。ついでに、検察官であるカノジョの麻衣子も呼んでおいた。実を云うと、ついでなんかじゃない。

 総勢8名が、オレの事務所〈プライベートEYE小嶋〉の2階に集まった。

 午後3時に階下のカフェを臨時休業にした、マスターで共同経営者の政之叔父も、男子みんなのコーヒーをトレンチで持ち、2階のドアをノックした。手伝っていた神田君麻衣子のカフェオレとヒカルくん(輝美)のミルクティーを、運んで来た。その後ろでアイスレモンティーを持った、みづきちゃん

「えーっと。今日は、転売チケットの2件に関しまして、それぞれ佐藤警部側の逮捕と、麻衣子さん側の審議の3分の2が片付いたという事で、御祝いのお茶会です。
 小嶋政之GMの大好きな『雲竜』です。8等分したんで薄くなって、ごめんなさい。どうぞ!」
 神田君
が自らMCを買って出て、歓談の始まりを告げた。

 オレはといえば、2階の〈和モダン部屋〉よりも、3階の〈コンクリ打ちっぱなしモテ部屋〉の方が、平均年齢的にも良かった~⤵️と、未だ後悔していた。
 だが、コーヒーは旨い。

「麻衣子ちゃん。あの〈好伯〉からチケット発送の、封筒が決め手になったらしいね❓」
 
政之叔父が声をかける。
 菅原君ヒカルくんは黙々と、目の色を変えて『雲竜』にありついている。よく似たカップルだ。

 【別れさせ屋】のスケコマシはどこ行ってしまったんや❓
 ヒカルくんの手料理で胃袋摑まれたんかいさぁ。。。❓

 麻衣子が温かいカフェオレをひと口飲んでから、政之叔父の問いに答えた。
「あの万引き前科の主婦が持ってた、封筒ですね❓
 あれで、住所の稲城市ではなく、消印の郵便局から付近で割り出したら、簡単に転売チケット発送している事務所に、辿り着いたんですよ。
 んで。そっから先は証拠物件ごと、佐藤警部に引き渡しました。刑事裁判になれば、また、私のとこ戻って来ますからね」
「そういう事か❗」
 合いの手を入れてみたが、渋みの足りなかったオレは、またしてもスベってしまったようだ。

 皆、次の言葉より、眼の前のコーヒーと〈雲竜〉だ。

 甘党の佐藤警部が、口をはさむ。
「これっ、めっちゃ美味いっ♪甘すぎなくって。こぉんな美味い和菓子初めて口にしましたっ。」
 
オレを助けたつもりだろうが、すぐさま全員目尻下がりのニッコリ笑顔で、頷く。オレは余計に立場を無くした。

「あっ、その幽霊事務所のHP上の社長が、金山だったんですよ。
 えっ❗こいつMYKEEの元役付きじゃん❗❓って。それで逮捕状、出ました。 但し、転売やり取りの現行犯のみで、有効なんですが」
 
ヒカルくんが、口をはさむ。
「それと、烏丸セラミックと、JASMACが何の関係あるんですか❓」
 オレは、カップとソーサーを手に持ったまま、応える。
「いいとこ突いたね❗別件の不正をゴマカシの為に、石友長官に取り入ろうとしたんじゃないかな❓」
「何造ってる会社だっけ?神田君」
と、菅原君
「ハイ。ぼく、元カラセラ社員ですけど、セラミック合金製品の考案や受注生産がメインでした。けど最近、接客ロボットの需要が増して来て、烏丸セラミックでも、受注するようになったんです」
「んで。JASMACが絡むのは?」
と、また菅原君
「はい。多分、AIでの翻訳機能です。特許と翻訳者の著作権問題です。ですよね❓」
「そうなんだ。」
と、佐藤警部が続ける。

「ある脚本家で翻訳者が、実は、草津製作所と専属契約していたんだが、次回案の製品機能については、買参権を烏丸セラミックが取っていて、入札方式に変わった。
 ところが、JASMACの万原が絡んで、懇意な烏丸セラミックに有利なように、情報を流した。インサイダー取引の法に触れてしまうんだ」
「それで‼️長官を巻き込もうとしたわけですね‼️」
「長官、女好きだしね。。。プレゼント攻撃作戦の事を知っていて、会席を設けたのが、釘村警視正だった」
「うわっ!?!警察長官を不正に巻き込むつもりで❓」
「大丈夫。未然に取引直前逮捕♫」
「長官もね、、、最愛の奥様が亡くなられてからサ。定まらないんだ、、、相手が」
「、、、理解ある女性でも、付いて行くのは大変ですよね。。。」
 
なぜだか麻衣子がしおらしい感想を述べた。

 麻衣子。おまえは、付いて行くとか支えてもらうとかじゃなく、ふたりで並んで一緒に歩いて行こうよ。
 コミュ力めっちゃ高いオレやゾ⁉安心しろ。付いて来い❗なんて言わない。麻衣子の方が決断力あるんだから、オレが実行していくだけだ。
 麻衣子の喜ぶカオさえあれば、オレはこの仕事で、ガンバルぞ!!

 その瞬間、こっちを向いた麻衣子。ニタっと眼を細めて、オレに問う。「あたしも、アイスティーもらって好い❓」
「OKOK!!ヒカルくんも、みづきちゃんも、お代わりして❓」
 菅原君が穏やかに微笑んだが、それより先に神田君が、すっくと立ち上がっていた。
「ボク、女性3名分のアイスティー、持って来ます」
 
言うが速いか、階下のカウンターへと降りて行った。麻衣子みづきちゃんが顔を合わせて、ニッコリ頷いた。

 ヒカルくんは〈雲竜〉を完食していた。完食ついでに、菅原君の皿の分まで、フォークを伸ばしていた。菅原君の顔を伺うと、よく有る事らしく、まんざらでもない笑みを浮かべていた。

 神田君が、3名分のアイスティーを運んで来た。

「あの。ここで、シンガーソングライター兼イラストレーターの卵、のみづきから皆さんに、お願いがあるそうです」
 
少しはにかんで俯いてから、すっくと顔を上げてみづきが告げる。
「あの、来月なんですけど。海の日。夜7時から〈シルバーウイングス〉ってライブハウスで、歌います。
 ほぼほぼギターの弾き語りですけど、リズムBOXとか使ったり、曲によってはキーボードの人も演ってくれるんで、ぜひ、来てください。7月です。
 お願いします❗毎月出演してる所とは違うんですけど」

 神田君が、3名分のアイスティーを運んで来た。
「僕、行きます。ある意味ボイトレ·スクールの生徒さんが、ここまで頑張ってるの、見届けたいです」
 佐藤警部が真っ先に名乗り出た。
「ホイッ。それはわたしも行くぞ!」
 おもむろに政之叔父も手を挙げた。
「政之叔父は昔、グループサウンズやロカビリーのコピーバンド、演ってたんだよ」
「えっ?何の楽器ですか?!」
「サックスだよ。たまにサイドギターやトランペット🎺」

「へぇ~~~~~❣️」と、麻衣子が素っ頓狂に感激した。
「まったく想定外ですぅ」

「ぜひ、いらして下さい」
「ハイ!私も行く!行くよね、ミッチー⁉」
 菅原君が何度も首を縦に振った。口をモグモグさせながら。
「佐藤警部。女将さんも、誘ってね❗」
「はい。デイトのつもりで」

 場の空気を心配するように、菅原君が周囲をキョロキョロ見渡した。
「あ、大丈夫。真澄さんは佐藤警部にべた惚れや。
 オレは、麻衣子と待ち合わせやぞ❓」
「マイコ、元カノにも会っておきたいでぇーす。そいでもって、何かやらかした時に相談しまぁーす」
「やらかしたって、何や❓」
「ぁ、いや。困った時にアドバイスをと。困らなきゃ仲良しで好いけど❓」

 オレは「、、、はい」とだけ答えるしか出来なかった。

 でも、皆が皆、笑顔だ。
 オレはこれで、良い。これでいいのだ。
 〈天才バカボン〉よりも〈バカボンド〉の方が好きだ。
 だが、これがいい。
 いつもいつもハードボイルドにキメられないオレは、これが、好いのだ。



Vol.2‐⑤

 ボク神田宏記は、久しぶりに京福電鉄の嵐山線に乗り〈西院(さい)〉駅で降車すると、北に向かう。

 ここに来るのは、2度めだ。なのに、初めて来た時から、仲間内のように迎えてくれる、メンバーだった。
 ボク神田の勤めてた〈烏丸セラミック〉には、あまり馴染めなかったのに。それぞれのプライベートなんて、毎日顔合わせてても、知ろうとしてなかった。
 けど〈草津製作所〉では、プライバシーなんて知らなくっても、共通の趣味や没頭出来る事で、繋がっている。

 シェアハウスのような、血が繋がらないのに既に家族のような、、、なんと言えば良いのだろう、、、SOHOで共同生活するアーティスト達❓

 いや、違うけど。

 モノを創る仲間というのは、作品が出来上がるまでに、こんなにも当たり前のように、生活の全てがそこに在るように、馴染めるものなのか。。。

 だからあの人は、〈からセラ〉のCEOとは結婚を選ばなかったのか。。。

 もう一度あの仲間に会いたいのか、自分の中で処理できていない何かを、あの人に教えて欲しいのか。。。とりあえずボクは、ボクの担当した案件の仕上げとして、どうしてもやっておきたい事を、彼らに手助けしてもらうお願いに来たのだった。

 工場の門前で警備員にアポイントを取ると、あの人ではなく、なぜだか同じ研究室の黒木課長が現れた。
「オッ久しぶり❗」
 片手を上げて、あいかわらず膝丈の白衣をなびかせて、少し猫背気味にやって来た。
 メガネを取ったら、随分ワイルドなんだけどな。。。飄々とした不思議な人だ。

「あの、先日のLIVEに誘ってくださった皆さんに、お願いがあって来たんです」
「わかってるよ、コウスケだろ❓」
 ボクは縦に頷いた。
「今、室長もコウスケも、手が離せないんだ。けど、シュウジもみんな居るから、入ってくれよ」
「分かりました」
「他に1名客人が居るけど、いいかい❓」
「差し支えなければ」
「大丈夫。新聞のニュース見たぞ。
〈草津製作所〉の特許を取り戻せたんだ。借りを返さねば、な❗」
「佐藤警部のおかげです。ボク等は調査の任務を遂行しただけです」
「その件で、その専属の翻訳者も事情徴収受けたんでね。
 客人ってそのライターだよ❓」
「はい。その件に関わる、大事な権利の事です」
「じゃ、みんな大歓迎だ」

「オイオイオイオイ❗ちょっ待てよ!えっと、、、神田君」
 ボクが振り向くと、門前で引き止めたのは、母校大学の先輩OBカケルさんだった。現役時代、あんなに会いたくっても滅多に見かけない憧れの先輩が、自分から声をかけてくれた。
「オッ、カケル。お前もウチに寄ってけよ。シュウジも手が空いてるぞ❗❓」

 黒木課長は気軽に声掛けられるんだな。。。ボクは緊張マックスだ。

 こないだミスチルのLIVEに一緒に行けたばかりで、しかも、向こうはボクを覚えていなかった、、、というか初対面の認識。

 けど、けどけどけど、、、今日!声かけてくださったぁ〜!!



 〈草津製作所〉の研究室。

 什器やデスクの配置自体は何も変わっていなかったが、何かしら、緊張感の支配するピリッとした空間。
 入室して良いかどうか、躊躇しているボク神田の背中を、促し軽く押したのは、真顔のカケルさんだった。怒っているわけではないがカケルさんも、いつもの和やかな雰囲気とはちがう事に、感づいていた。

「あっ、いいんだ。カケル、室長が入って来てもらってって、言ったんだ」
 黒木課長
が、察した様に微笑んで見せた。
「いつも思う事だけどサ、室長は不用心だよな❔
 営業のオレでも機密の事心配するのに、神田君は完全に部外者だよ❔それだけ信用してるんだろうけどサ」
「兄貴。いいんだよ、神田さんは。僕ら、他の研究室チームよりも、今は出入り業者さんの方が、マジ信じられるよ」
 
弟であるシュウジが顔を上げ、出入り口近くの真顔のカケルに、声をかけた。
「そうだな。今回の件で余計にうちの研究チームが〈離れ孤島〉になっちまうよ。ありがとな。カケル」
と、黒木課長。
「あ、、、いや、ここのみんながそれで好いなら、いいよ。
 ただ、営業部にとっても、室長の立場が悪くなるのは、そういう点なんだ。元は〈烏丸セラミック〉に居た人だから。余計にね」

 奥まったソファ席で、翻訳専門に担当したライターと、向かい合っている遠見室長が、こちらを向いた。

 本件自体は検挙で解決したとはいえ、〈草津製作所〉社内での不穏な空気を起こした根本的原因は、件の製品の著作権は翻訳家に在りながら、商品化する会社側で特許を取れなくなるような、契約内容証明だった。専属契約はしていたが、出版権や登録商標については、詳細があいまいだったのだ。
 したがって、今回のAI翻訳の接客ロボットに関してのみ〈草津製作所〉だけでなく、競合他社との入札方式に切り替えられ、JASMACが絡んでインサイダー取引に関わる〈草津製作所〉側に不利な違法が行われていた。

 そのイタイ所を突っついて来たのが、他でもない〈烏丸セラミック〉CEOの方針である。

 翻訳者ライターのオリジナルである本製品の特許まで、ライター本人の胸先三寸である。1件のみとはいえ、未来永劫にその接客ロボット開発に着手できなければ、とんでもなく大変な非常事態になってしまうところだった。
 研究室自体が、AIに関する部署としては消滅してしまう可能性さえ、有るのだ。

 料亭「たちき」にて取引は未然に防がれ違法接待ホスト側も逮捕されたが、1番のウィークポイントは、JASMACの逮捕された万原が、遠見室長は元烏丸セラミック社員で、かつてCEOと恋人関係にあった事を悪用しようとしていた疑惑があったためだ。
 噂レベルに過ぎないが、信用第一の担当営業部長には、悪しき距離感が生まれ、他チームの批判も集中していた。

 だが、肝心の翻訳ライターは、どこかしら飄々としてそこに座って居る。
 たしかに、低姿勢で詫びを続けてはいるが、契約内容にミスが在った事を指摘しても来ないが、あちらにもこちらにもイイ顔する思惑の理由を、説明しないつもりのようだ。

 多分遠見女史は、積んだ金額か❓安定オファーの約束か❓と、もっと率直に答えを引き出したいのだろう。けれど翻訳ライターはノタリクタリと、問題の本筋を外した返答を繰り返している。
 ただし、静かな押し問答なので、遠見女史も感情を露わにすることは、ない。

 ボク神田は、なぜ今、遠見女史が部外者のボクを入室させたのかを理解した。ボク自身も〈烏丸セラミック〉を退社した人間だし、探偵事務所に転職してから、この遠見室長を頼りにしている1人だからだ。

 多分ボクだけではない。今回以前に、この女性の後について来たのは。
 そして、本件逮捕ニュースで、少なからず〈烏丸セラミック〉の中で異動や退職希望があるはず。

 ボク神田は、自分の『お願い事』はとりあえず置いといて、シュウジ君の入れてくれたコーヒーを飲みながら、しばらく様子を見守った。
 カケルさんも、研究室の扉を締めてからは、同じようにコーヒーを飲んで静かに座っている。そのうちやっと、手が空いたコウスケ君が立ち上がり、同じようにまた、コーヒーを自ら入れ始めた。
 遠見室長と向かい合ったライターとの、2杯のコーヒーは冷めかかっているようだ。

 ボク神田はコーヒーを飲み終えると、ゆっくりと立ち上がり、遠見室長のそばまで歩いて近づく。室長は、ボクを見上げて黙って軽く頷いた。

「あの。それ、ライターである貴方も違法ですよ!」

 ボク神田はおもわず語尾を強めて告げてしまった。立ったまま、言葉を探りながら続けて告げる。
「ボクは、元烏丸セラミックの特別企画部の社員でした。今は全く違う業種に居る、神田と言います。
 すみません。口はさんで。でも云わせてください。それ、権利の転売をしようとした事になります。
 結果、草津製作所に登録商標で製品化になりましたが、知ってても知らなくっても、入札方式を承諾した時点で、貴方も違法行為なのです。専属契約は確定していて、著作権は貴方にあるからです。
 ご存じの通り〈烏丸セラミック〉はJASMACの被疑者と繋がっていて〈カラセラ〉に有利な入札額提示での約束を取って特許を取ろうとして逮捕されました。警察庁官まで巻き込んで。

 で。あの会社は、商標登録した銘柄には第三者の肖像権や著作権を持たせないのです。以前にも、美大生がそのためにあくまで1作品の報酬しか受け取れなかったのです。
 イラストのオリジナル作者ですが、権利の事をその美大生は知りませんでした。けど、だからこそ黙ってて、作品の報酬しか捻出しなかったのです。 プロに成るなら知っておかねばならない常識ですが、好きな絵を描く事で収入を得られるだけで、本人は嬉しかったのです。その心理を利用した、故意に権利を保証しない雇用契約でした。
 貴方はライターとして、その契約内容を事前に知ってから、入札方式を承諾しましたか❓
 買った方も売った方も、犯罪です。知ってても知らなくっても、違法なんです。どちらの会社に決まっても」


 ボク神田は、そこまで10分近くかけて一気に喋り切った。
 緊張もせず、勇気も要らなかった事なんて、初めてだ。珍しく人前でハッキリと、自分の判断を明言した。

 ボクは新卒で〈烏丸セラミック〉の営業部に配属されるまで、自分の愛想の良さやあまり悩んだこと無い素直さが、営業に向いているなんて言われる長所だと、考えてもみなかった。出来ない事は判るのに、何が出来るのか何をやりたいのか、気づいてもいなかった。

 指示される前に予想して行動を取るのは得意だが、自分が他人を指摘するのは、勇気がなかなか出ない男だ。
 だが今、当たり前のように、とても素直に告げる事が出来た。

 その作者の権利を知らなかった美大生とは、みづきの事だったからだ。
 
その件がきっかけで、仕事で会う関係を離れて後、付き合えるようになったのだからだ。

 遠見女史は、ボクが喋り終えた後2秒置いて、ゆっくり穏やかに語る。眼を伏せている翻訳ライターを見つめて。
「早川さん。その件、自主しませんか❓」

 ノタリクタリと交わしていた翻訳ライター早川は、不意に顔を上げた。
 意外過ぎて想定できなかった様子の、貌。相手を女性だとナメてかかった訳ではない。むしろ、こんなに穏やかにたおやかに促す人柄には、見えていなかった。
 キツクて逃げ場のない理屈で追い詰める女性として、煙たがられる存在なんでは、と勝手に予想して策を立てていた自分を、翻訳ライター早川は、悔いた。

 他人は見た目で判断してはいけない、とはこの事だ。

 ボク神田が、遠見女史のそばに立ったまま、言葉を付け足す。
「〈烏丸セラミック〉ではもう、翻訳機能の接客ロボットは扱えません。
 ですが、この〈草津製作所〉のこの研究室チームは、貴方を待っていると思います。遠見室長には話せないなら、警察署の中で正直に伝えて来てください。情状酌量の余地が、十分にあるんです。
 ボクは法学部出身なので、多少判ります。早川さんはフリーランスのライターなので、スムーズに調書が送検されればこれからも、少なくとも専属契約で仕事が待っています。
 知らぬは一時の恥だけど、隠し通すのは「割れ鍋に綴じ蓋」で、また再燃してもっと最悪の事態に成りかねない。大丈夫です。知ってる事を話して来ましょうよ❔」

 少し離れて聴き耳していた黒木課長が、さらに付け足す。
「早川さん。俺が付いて行きます。
 付いて行くだけです。大丈夫。これからの為に、署で話して来てください。JASMACの件の収束に、役にも立てるんです」
「、、、ありがとう。誰も味方が居なくて、頑なに成り過ぎてました。。。」

ボク神田は今初めて、翻訳ライター早川自身の言霊を聴いた、気がした。



Vol.2-⑥

 おれ、カケル
 実は今日、あまり気乗りしなかったんだ。ここ来るの。

 っていうか、おれ営業畑だから、知ってる誰かには顔を合わせるじゃん!
、、、ジャン!だって💦

 おれ一応、京都の某有名企業に居るんだけどサ、生まれも育ちも北関東だから。あんまし関係ないけど、弟のシュウジが中学入学する頃には、西宮に引っ越してるんだ。親父もサラリーマン。

 イヤ、だから京産大から〈草津製作所〉に新卒入社なのかもしれないけどサ。

 それでネ、けっこう京阪神は土地勘あるんだ。あんまし関係なさそうかもだけど、実はだからサイタマ弁なのに、ここに現地集合で簡単に来られたんだけどサ。

 ってか。みんな、大阪城ホールくらい知ってるよな⁉

 おれ、普段はこんなだよ。
 なんか、おれ『硬派のめっちゃ上下関係気にするイケメン』ってイメージらしいんだけど、言っとくけど、おれ優しいんだ。
 ホントは。弟にも。部下にも。彼女にも。

 まぁ、それは置いといて。

 あの、フツーっぽいのにフツーじゃない神田君の『お願い事』で、みんなとみんなの彼女と、なぜだか探偵さんやミュージシャンの卵や何やかや、総動員で、ここ大坂城公園の通称『ジョーホール』のデッカイ石垣の前で、このビラを配ってるんだ。

 シュウジとコウスケとそれぞれの彼女と神田君とみづきちゃんと、、、あと誰❓、、、あっうちの黒木課長。
 みーんなLIVEが大好きで、何回もこのメンバーでLIVEに参戦してサ。みづきちゃんなんか、「アーティストの卵」というよりモノホンでLIVE HOUSEで歌ってるシンガーソングライターなんだ。

 えっ❓ところで、何のチラシを配っているかって❓
 ま、これを見てよ。見るだけでも好い。


〇 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 〇

【違法なんです!転売チケット!】

二度とあの歌声に逢えなくなるんです!


1)チケット獲得方法は、次の内どれですか❔
Ⓐぴあ/ローソンチケット/Eプラス、などのプレイガイド
Ⓑイベンターや知人情報からイベンター申し込み
Ⓒライヴハウス、ホールで直TEL直ネット購入
Ⓓファンクラブ先行予約

2)この方法は、手を出さないでおきましょう!
Ⓐ店頭チケット売り場の、正規価格より高いモノ
Ⓑインターネット掲示板のネッ友と直交渉のモノ
Ⓒ手渡し当日の譲り受け
Ⓓ一般発売日以降の購入

3)違法です!犯罪かも!な購入方法
Ⓐダフ屋からの購入、ダフ屋への売り渡し
Ⓑ営利目的の、まとめ買い。そこからの個人購入
Ⓒシリアル番号入りのチケット譲り渡し、受け取り
Ⓓ〈推し〉や〈担当〉ちがいで交換→金額増し

4)チケット販売の関連会社は、こんなに在ります♬
Ⓐ正規音楽イベンター確保分予約
Ⓑファンクラブ先行予約
Ⓒインターネット販売会社
Ⓓ流通(NET)センター会社
Ⓔモバイル・オークション
Ⓕ芸能事務所傘下のキャンセル分リサイクル仲介システム
Ⓖライヴハウス、ホールの現場(当日券含む)
Ⓗリサイクル・ショップ(主にNET)
Ⓘチケットぴあ・ローチケ・Eプラス等プレイガイド

5) 覚えておいてください。この情報☆彡

★同じチケット販売会社の中でも予約方法、支払い方法は複数

★個人取引でも、正規価格より高額は違法の可能性
 仲介者がマージンを得ていれば、正規価格より安くても違法

★NET売買は、主に〈裏アカ〉で取引されるが、これは確信犯。
 取引元と引き取り先が面識なしも営利目的とみなされ、
 音楽興行に関しては、諸権利が絡む

★チケットをNET販売する会社は、インターネットおよび
 IT系会社の傘下の場合、要注意。

★アーティスト側の対策として、当日まで座席指定番号は
 告知・表示なく引換券として、電子改札システムを行う手段も
 実行されている

★そもそも転売がなぜ違法とされるか❓
 どうしてアーティスト側に不利益や被害が起こるのか❓
 知らないまま、チケット欲しさに正規価格でないチケットを
 購入している、そのアーティストのファンも存在する。

【LIVE好きなら、覚えておいてください🎶】


〇 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 〇


 おれは、バカな違法チケット、転売や買ったりとかしないで、ここに来てくれよな⁉ってキモチ。

 おれ達LIVE好きは、まじめにルール守ってチケットを手に入れてるんだ。だから何回もこのメンバーで行けるんだ。
 一部の人間のやった違法行為が、そのミュージシャンやファンを追いつめてしまうんだゾ!?
 警察だって。サイバー警察だってサ。。。
『検挙率UPキャンペーン週間』ってのが有るのサ。

 ってかサ。配布っていうよりは、頭下げて受け取ってもらうのはサ、営業マンと同じだネ!?
 公休日まで、同じ事やってんだゾ⁉おれ。

 でも、「ありがとう💜」って受け取ってくれるのは女子だから、取引先のメガネ男子より、うれしいヨ♫

 あ、ところでサ。本日、ここ大阪城ホールでLIVEするのはサ、LOUIS TOMLINSONさんってシンガーらしいよ☆☆☆
 元ワンダイレクションのメンバーなんだって。
 だから、さっきから通りかかるのや集まってくんの、女の子ばっか。うれしいけどネ。

 笑顔は、おれの彼女「サキ」の方が好きだな。
 あ、こんな事言うからおれ、やっぱ硬派⁉

 、、、じゃな。




Vol.2-⑦

 薄暗いホールの中に、木製の丸いテーブルが複数の、影。
 年齢や性別も判別しにくい、黒い頭数の影。多分、このホールの従業員を除けば、客席は50人、入ったくらいだろうか。

 日焼けしたような、色褪せたステージ後ろの壁には、ランダムな大きさと向きとデザインの、MUSICIAN達のロゴやサインが刻まれている。
 このライヴハウスで奏でた記憶を刻んだ、アーティスト達。

 その手前に、ひと筋のスポット・ライト。
 楽譜台とマイクスタンドと、足長のスツールの真上に差していた。

 丸テーブルを囲んだ黒い頭数の間から、ジン・トニックのお代わりをオーダーした佐藤警部「始まるよ」と、両隣のテーブルに声をかける。

 12名分の席を予約したのは、神田宏記くん。彼女滝花みづきちゃんのLIVEを、本件で知り合った仲間に観て聴いてもらいたかったのだろう。この場所では初ステージだそうだ。

 月イチで弾き語りするライヴハウスとは違う、jazzyなバンド演奏を好む客筋のホールらしいのだ。
〈MIZUQUI〉は、リズムボックスとキイボーディストを従えて、円錐型照明のピンスポットの中に、収まった。

 2名で一礼してから、キイボーディストは電子鍵盤楽器の前に座る。〈MIZUQUI〉に合図。

 アコースティック・ギターを抱えた1曲目は、カヴァー曲で「MILK TEA」。だけどオリジナル曲とはサウンドがちがう。〈MIZUQUI〉のスモーキー・アルトな歌声がハマっていた。

 彼女は英語詞に訳して歌い始めた。

 多分、本人許諾を取って来たのは、佐藤警部なのだろう。ヴォーカリストを志した頃通ったジャズ・ヴォーカル・スクールで、ヴォイストレーニングのお手伝いをした時に滝花みづきという生徒を見つけていた。

  美大生ということで、イラストレーターに成るかシンガーか迷っているという音沙汰を聞いていたが、佐藤警部は京都府警へ転任となり、今回の偶然の巡り合わせで、事件解決と共につながったのだ

「Maybe Maybe」という曲が、なぜだか、オレ小嶋政哉の心にいつまでも残る。隣に並んで座って居る麻衣子には、南米の言葉で何かを〈聞き耳ずきん〉が出来ているようだ。

 佐藤警部が、同じテーブルの神田君に、尋ねる。
「みづきちゃんって、ヨーロッパの音楽、聴く❔」
「ヨーロッパって、、、英語圏じゃないものですか❔」
 
佐藤警部は頷いてから、伝える。
「多分、ラテン語系。僕はわかんないけど。彼女の聴いて来たルーツの中に、英語じゃないもの、けっこう有るね」
「あたし、分かる。スペイン語学科だったから」
 カケルの恋人で、同じ産大の外国語学部出身のサキが、呟くように言う。

 麻衣子がオレの〈聞き耳ずきん〉で聴きつけて、隣の政之叔父に伝える。「スペイン語かな❓わたし、アルゼンチン帰りで外大ではポルトガル語習ってたの」
「あそう。。。」
 政之叔父が納得して、12名みんなが腑に落ちた顔。

 菅原道兼くんは、何度もうんうんうん、、、と縦に頷いている。輝美(ヒカル)くんだけが、眼の前のマルゲリータ・ピザをローラーでカットする事に集中している。
「、、、そういう娘なんやね。。。」
 顔を上げた輝美くんが呟くと、菅原くんが呟き返す。
「人に伝えるべくして、、、シンガーに成るべくしてここに居る子だよ。。。」

 他のグループや他のテーブルの客たちも、ドリンクに手を伸ばしながら、静かに耳を澄ましている。

 LIVE仲間の集まりテーブルでは、コウスケ君がカケル君の方を向いて、話しかける。
「俺、見た事がある。学園祭実行委員やってる頃にね。あんな子居ました」「どこに❔」
「仙台に」
「どうしてる❔その子」
「横浜で唄ってます。『あいみょん』に似てる感じ」
「、、、ああ。。。」

 少し間をおいて、カケル君がまた口を開く。
「そういう子、居るよね。『ハラミちゃん』も。
 ストリート・ピアノの。彼女はピアノの音から聴こえるんだ。
 でも、日本語だよ❔」
「あ、それ。英語圏のPOPS演ってる時は英語ですよ」
「なるほど。ピアノが歌うんだ❔」
「伝えたいんだね、、、伝わるんだね、、、」

 シュウジ君は、鼻声の彼女が瞳を閉じられないまま、涙をポロッとこぼしたのを観て、ウルウル来ている。

 オレ雅哉は、神山真澄も、ここに来たかったやろな、、、と思った。
 川崎に住んでた頃、本牧埠頭のジャズクラブへ何度か出かけた事を思い出した。バイク2台で乗り付けて。
 佐藤警部がチラッとオレを観て、頷いた。真澄は父親の通夜で、今夜は喪主としての役目や準備で来られなかったのだ。


〈MIZUQUI〉の歌声とギターの優しい音色が、12名以外にも浸透しているのか。。。
 自分の声をひとつも漏らさないように、〈MIZUQUI〉の歌う一音も聴き逃さないように、ホールの皆が静かに耳を傾けている。

 夏の浜辺で聴きたいような曲。
 湘南とか須磨浦海岸とかじゃなくって、南ヨーロッパの白い壁の戸建てが丘を覆いつくした海岸沿いみたいな。。。

 あの時。神田くんを尾行して偶然入ったライヴハウスで、初めてみづきちゃんの弾き語りを聴いた時。
 幼い妖精みたいな佇まいなのに、何かしら達観しているような大人の情緒を歌い、そして光よりも闇をみつめてしまった瞳をしていた。

 だけど今夜は、もうその哀し気に移ろう闇を視た瞳は、どこにも無い。
 歌声は、真夏の浜辺の木陰でくつろいでるように、心地好い。

 これが、本来のこのシンガーソングライターの姿だろうな。
 日本人であるだけでなく、ボーダーレスな国籍感覚。

〈MIZUQUI〉の伝えたい波動が、今夜のホール全体に浸み渡って行く。

 オレの3杯目のバーボンも旨い。隣には麻衣子も居る。
『君のしあわせな夜に、乾杯』
、、、と、今夜もハードボイルド小説の主人公に、成りすましてみる。

 いい夜だ。




ーーー The End of The Second Story ーーー



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