短編小説『犬』#2


犬山の話を聞きながら元の飼い主の家までの道を歩いていると、話の全容が徐々につかめてきた。

 犬山の家は世田谷に競うように並ぶ他の新築住宅らとは違い、昔からそこにある古風な家であり、庭を野良猫の住処にされてしまうことは以前からあったらしいのだが、そこに綺麗に手入れされている飼い猫が来るようになった。元の飼い主は比較的早く見つかり、返しに行くことができたのだが、その日を境に次から次へと迷子の犬や猫が住み着くようになったのだという。

「この前連れていたチワワも迷い犬だったんですか?」

「いや、あのチワワは僕が飼ってる犬です。本当は動物あまり好きじゃないんですけどねー」

 作家は先ほどからそこが気にかかっていた。犬山は、自分は動物を飼うような人間じゃないと言っているにもかかわらず、何匹かの犬や猫を育てていた。話していた内容から察するに少なくとも犬猫合わせて5匹はいるだろう。めまぐるしく思案を巡らせる男は、まさに作家そのものの顔になっていた。

 今まで歩いてきた二車線の道路を左に曲がり、片側一車線の道路に入る。いよいよ目指す家が近くなってきたのかもしれないと作家は思った。

 各々のこだわりが見える家々は、色合いの違いはあれど、綺麗にムラ一つなく単色で塗りつぶされたサイディングが外壁に施されており、気品という名の統一感でまとまっている。その中でも特に存在感があり、二台は余裕で収まるであろう駐車場と大きな桜の木を備えた家の前で犬山は足を止めた。

「こんないい家に帰れるなんて幸せですね」犬山の家はどうか知らないが、少なくとも作家の住居はこの家の足元にも及ばない。こうした家を見せつけられることで、自分のスケールの小ささを痛感させられてしまうのも、この辺りに住み始めてから作家にとって憂になっていることの一つだった。

「帰れるといいですね。この子も」

 犬山は一瞬、哀れむような表情を柴犬に向けた。犬山の家にいる犬や猫たちは、きっと何らかの理由で家に帰れなかった子たちなのだろう、と作家は推測した。しかし、その理由が作家には分からない。飼い主ならば喜んで家に迎え入れるのが当前のはずだ。


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