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【Netflixオリジナル】「移民国家は語る」レビュー

Netflixにて7月22日から配信されているドキュメンタリー番組「移民国家は語る」を見た。

同作品は、人口の13%を移民が占めている移民大国・アメリカで長く課題になっている不法移民問題について、移民関税執行局(ICE)に密着したテレビシリーズである。

全6話あるなかで、第1話では2018年ごろにトランプ政権下で行われた「不寛容政策」について主に語られている。

当時のアメリカの世論の様子(デモやテレビ番組)なども知ることができ、日本にいてはなかなか知ることができない現地の温度というものもよく知ることができる作品だ。

以下、レビューを記載(2,947文字)。



トランプ政権になって大きく方針転換した不法入国者の取締り

いきなり、ICE逃亡者部隊の職員が不法入国者の家に突入するシーンからこのドキュメンタリーは始まる。

なかなかショッキングな始まりだ。

特殊部隊さながらの装備で住民を呼び出し、「まずは中で話しましょう」と入室の許可を求める。最初は逮捕状があることをチラつかせるが、一度家の中に入ってしまえば、住人に逮捕状を詳しく見せることも拒否していいらしい。

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Netflix 移民国家は語る 予告編(https://www.netflix.com/jp/title/80994107)

冒頭で映されるのは、キープセーフ作戦と呼ばれる、大規模な移民取締りの様子である。

この期間、ICE逃亡者部隊は1日に15〜16時間働き、毎日60人近くを逮捕した。ICEの歴史上でも類をみない逮捕数だという。


これほどまで大規模な不法入国者取締りを行っている背景には、トランプ政権の移民に対する強行的な方針がある。

トランプ大統領は大統領令によって、ICE職員の1万人増員を指示。不法滞在者を逮捕するICE逃亡者部隊は、2003年の8部隊から129部隊にまで増加した。

そして、それまでの政権では不法滞在者のなかでも犯罪歴のある人間を優先的に逮捕の対象にしてきたが、トランプ大統領は就任直後から逮捕の対象を犯罪歴の有無にかかわらず不法移民全般に拡大した。

これは、さながら現代における大量投獄時代といったところであろう。法と秩序を掲げたニクソンを今のトランプ大統領がなぞっていることはよく知られている。


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同予告編

もちろん、ここまで強引な政策に対して、反発の声も大きい。番組中にはICEの事務所の目の前でデモが行われている様子も映し出された。

人道的な立場から反発の声を上げる市民に対して、当時のICE事務所副所長のスコットは以下のように語っている。

世間の声は明らかだ。昨今は特にICEは反感を買ってる
ナチスとか非道とか言われる。

慣れたもんだ。この仕事は気に入っている。
いい生活を安定して遅れるからね。
給料は悪くない。

人種差別主義者だと言われることもある。
そういう発言は、事実をわかっていない。
私たちが標的を決めるときの理由は人種や宗教じゃない。
強制送還の対象者だ。

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同予告編

彼らは10年も前から不法移民に対する法に則って仕事をしてきたのであり、その法そのものが突然変わってしまったときに、彼らに残されているのは新しい法に則って仕事をすることだけ。

ICEの冷徹な部分を映しながら、この番組は一方で政府に振り回される職員たちに同情的な視線を向けてもいる。

例えば、人権派弁護士のベッカ・ヘラーは以下のように語った。

ある意味で官僚制は優れています。トラウマを生み出す組織の場合ですね。

業務が細分化されるので、一人一人の仕事は大したものに感じません。
全体の一部です。トップに立つ少数の人間が、人々を脅かすシステムを構築しています。

しかし大半の職員はそれを感じません。
ICEは政府機関です。全ての政府機関やICE職員が悪ではありません。

しかしトランプ政権下でICEは蛮行に及んでいます。それは職員全体が悪だからではありません。
理解を超えた政策に巻き込まれているのです。


そうした、"理解を超えた政策"の最たるものが2018年の「不寛容政策」中の「親子引き離し」である。


親子引き離し政策

【親子引き離し政策とは】
国境を超えてアメリカに不法入国してきた移民が未成年の子供を連れていた場合、子供をアメリカ内の保護施設に残したまま、強制送還させるという政策。保護された子どもはその後、アメリカに残り一般家庭を転々とする。

逮捕された親と子供はそれぞれ別の場所に送られ、そこでお互いに一生会うことはできないと伝えられる。

あまりに酷だと批判されながら、トランプ政権がこの政策を強行したのには「不法入国者に対する抑止力」を作りたかったという事情があったと言われている。

政府としてはその考えを否定していたが、現場の人間の話からは他の国に対する見せしめとして政治利用される不法入国者の実情が浮かび上がってくる。

政治とメディアの役割は大きなものです。”家族の引き離し”を大きく取り上げています。

重要なのはその情報が他の国まで届くことです。強制送還されたものが母国で話を広めれば、不法入国の抑止力になります。
───ICE退去強制執行員、サム

「親子切り離し」を取り上げたメディアはいくつもあったが、そのなかでも特に印象的だったのが、とあるテレビ番組での司会者と当時ICE取締官代理を務めていたトーマスホーマンのやりとり。

司会:世界中の人間がICEのやり方に強い懸念を抱いています。

ホーマン:理解しています。

司会:司法長官の不寛容政策は大統領も支持しました。
   しかし、人道的と言えますか?

ホーマン:これは......法律です。

司会:法律だとしても、人道的でしょうか?

最後の質問に対して、ホーマンは答えに窮した。ICEの人間も政府のやり方には思うところがあったのだろう。

結局、その後も加熱し続けるデモやマスコミによる批判に屈するかたちで、6月、トランプ大統領は親子引き離し政策を撤回した。

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Pars Today アメリカ大統領が譲歩、親子を引き離す移民政策を撤回(https://parstoday.com/ja/news/world-i45710)

しかし、撤回から1年後の2019年にはこのような報道も出ている。

そして今年の4月からは、コロナウイルスの影響を受け、国外からの移民受け入れを全て停止した。

コロナウイルスの流行が収束したあと、一度強く引き締めた移民受け入れは果たして緩和されるのか、これまでの流れからすると疑わしいと言わざるを得ない。



日本にとって他人事か


日本でも移民に関する話題は度々ニュースに上る。

政府としては、移民を受け入れないという姿勢をとっていながら、外国人労働者として日本に住む人は年々増え続けている。

そのなかでも、外国人技能実習生に対する不当な扱いは昨年、ドキュメンタリー番組の影響もあり話題となった。

過酷な労働環境に耐えられない技能実習生も多く、毎年9,000人程度が失踪しているという。

そのような現状を指して「現代の奴隷制度」だと批判する人もいる。

「母国から離れてその国に行きたい、という思いを政治利用する」という観点で言えば、アメリカで他国への見せしめのために親子引き離しにされた不法入国者も日本の労働力不足解消のために過剰な労働を強いられる技能実習生も同じようなものかもしれない。

また、このまま将来日本が外国人の受け入れを拡大していった場合、外国人による犯罪も多くなることは必至だろう。
異文化同士の分かり合えない部分は必ず、大なり小なり衝突を生む。

そんなとき、日本にもICEのように強権的な組織が台頭してくるのかもしれない。ではもし仮に、今後私たちが"理解を超えた政策"に出会ったとしたら、アメリカの市民と同じようにそれを覆すことはできるのだろうか。

このドキュメンタリー作品で描かれていることは日本にとって決して他人事ではなく、日本人としても考えさせられることは多い。

コロナウイルスの影響で、移民受け入れに関する議論がストップしているいま、見ておきたい作品である。

8/9



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