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ふるせらる(2) 日本はなぜ敗れるのか 読了1 

人手不足の波が押し寄せているが、ようやくひと段落見えそう。考えたら今年は年始から働いてた。。
久しぶりにちょっとこれは感想をまとめておきたい!という本が出てきたので気が付いたことを書いておきたい。良い本とはこうやって自分を動かしてくれる本のことんだなと思い出させてくれる。

日本はなぜ敗れるのか ――敗因21ヵ条
著者:山本 七平

失敗の本質とよく対比されるようだが、こちらは技術者としてフィリピンに赴き戦後捕虜となった小松氏の記録「虜人日記」がベースとなっており現場の実感が伝わってくる。

第1章 目撃者の記録

ヒストリアというギリシア語は通常「歴史」と訳されるが「目撃者の記録」という意味もある。その意味で本書はまぎれもなきヒストリアである。

33ページ 第1章 目撃者の記録

まず第1章。この本の導入部で虜人日記とはについてのことが書かれている。この日記の価値とは。それは客観的な記録に価値があるということ。ここに出てくるエピソードは人は見たいものを見て、聞きたいものを聞く。という話であるが、この日記にはそれがない。見た事聞いたこと考えたことを書いた。ある程度軍とは離れた技術者だから出来ることでもあると思う。以前読んだ「夜と霧」に近いものがあるかもしれない。

第2章 バシー海峡

一五。バアーシー海峡の損害と、戦意喪失

36ページ 第2章 バシー海峡

バシー海峡。台湾とルソン島の間の海峡。失敗の本質では特に出てこない海峡であまりメジャーでもない。しかしなぜ出てこないかというと目立つ戦闘もないのにかなり撃沈されたという点。ホームズの白銀号事件の鳴かなかった犬と同じようなものか。思考停止を象徴する話だが、今でもこの日本で見かけることがある。負けたのは根性が足らんとか言い出すアレである。
武器も食料もなく無理難題を続け、やめるのは精神が足らんと言い無策を繰り返す。あまりに多くの人が海没したといい、私の大叔父も南方で亡くなったがもしかするとフィリピンにたどり着く前だったのかもしれない。あまりに無残過ぎて言葉もない。戦場に着く前に亡くなった人が多数いるのである。

第4章 暴力と秩序

3章については別の本でも記載があるので4章へ。

暴力団は完全にこのストッケードを支配してしまった。一般人は皆恐怖にかられ、発狂する者さえでてきた。

104ページ 第4章 暴力と秩序

捕虜収容所の話である。終戦直後なのでフィリピンから本国送還まで時間がかかる。そのためしばらく捕虜収容所に収められるのだが、そこの捕虜の間で暴力による秩序、つまりご飯やたばこ、薬などの分配が暴力の秩序で決まっていったということである。他の収容所の話、とくに将校のいるようなところでも同じような状態があったとあるが、なぜ暴力での秩序になるのか。続きに興味深い記述がある

小松氏が記しているように、日本軍を支えていたすべての秩序は、文化にも思想にも根差さないメッキであり、付け焼刃であった。(中略)従って人びとは、自己の共通の文化に基づく秩序を把握できない。すべての人の見方・考え方・価値はバラバラであり、これは小松氏の記しているとおりに、将校区画が一番ひどかった。

120ページ 第4章 暴力と秩序 

この先に職人区画の話も出てくるが、職人には伝統的文化に基づく一つの秩序があり暴力での秩序ではなかったとある。70年代などにあった赤軍内ゲバとかを見ると価値観の違いから暴力秩序に訴えて出たことが分かるが同じようなことだったのだろう。秩序を形成する元となる文化、これが江戸期のあと明治に入って江戸文化を壊したものの新しい文化が根付く前に戦争が起きてしまったとも考えられる。また日本でもマフィア街では暴力的秩序があったりするが、あれも色んなグループが居て、価値観の共有ができないから暴力に訴え抗争が起きる原型と見ることもできるかもしれない。
秩序という点でネットが無法地帯なのもうなづける。共通の価値観がないのである。ネット黎明期はそんなことなかったが、あの頃のメンバーは新しいもの好き技術好きというメンバーで価値観が近かったから秩序もあったのだろう。今は無茶苦茶なので力で決まる。ネットでの力は論破力に近い。ただ、暴力秩序に置いても人格的なもの(人格者と呼ばれるような人)は考慮されていたようで最低限の秩序は残っていたようだ。

第5章 自己の絶対化と反日感情

昭和十九年、私がマニラについた時以来、朝から晩まで聞かされていたのは、フィリピン人への悪口であった。「アジア人の自覚がない」「国家意識がない」(中略)「利己的」「無責任」等々ーー。だがだれ一人として、「彼らには彼らの生き方・考え方がある。そしてそれは、この国の風土と歴史に根ざした、それなりの合理性があるのだから、まずそれを知って、われわれの生き方との共通項を探ってみようではないか」とは言わなかった。従って、一切の対話はなく、いわば「文化的無条件降伏」を強いたのである。

148ページ 第5章 自己の絶対化と反日感情

これは私みたいな人には犯しがちな失敗で耳も痛いが、いまだにある風景。自分の正義を絶対として、相手の価値観を見ない聞かない。政治や会社学校などの組織に置いても見られる。
交渉における大事なポイントとしてまず共通項を探るというのがある。そこから妥結点を見出す。もちろんどうしようもないケースと過去の因縁が絡んでいるようなケースもあるが、ここでは、こういった細かいことは脇に置いて話し合いをするということを、実際の南方戦線で現地ゲリラ軍と交渉できた人とできなかった人が居るという事。現実的に考えれば交渉できた方が良いわけだが、いまだ揉めてる政治の世界を見ると簡単でもない。自分に自信がないから相手をこき下ろすのであって、自信があれば相手を立てる余裕があるとも聞く。4章にもあるように自分の中に根付いたものがあるのかどうか、他人に言われたものではなく、自分で醸成したものがあるのかどうかなのかな。

第7章 「芸」の絶対化と量

この章もかなり秀逸な章である。いまだに芸の絶対化に囚われているということに気が付かされる。

「いろいろ言われますけどね。何やかや言ったって日本軍は強かったですよ。あの物量に対して、あれだけ頑張ったんですからなあ。確かに全世界を敵にまわしたから敗れたんで、こりゃ、軍の責任でなく、政府・外交の責任でさあ。(中略)」こういった意味の発言をする人は少なくない。そしてそういう人があげる具体的事例は、その実例があくまでも事実であるだけに、非常に説得力があって反論できない。

179ページ 第7章 「芸」の絶対化と量

よく言われる物資さえあれば勝てたのに。なぜなら個別の初戦では勝っていたから。そういわれると確かにそうなのだ。だがそれは間違いだという。ここで言われる強さは何か。それは中小企業的な強さだと著者はいう。中手企業と言うのは物資の制約が大きく、特定の技術のみで生き抜いているケースがある。それに依存している限りはその技術があるので強い。日本刀同士であれば剣豪が勝つのと同じように。また旧型銃に精通した職人なら近距離戦でも無敵だろう。それなら近代化銃ならもっと強いのではないか。これが一芸主義の間違いだという。錯覚だと。
いわばこれは受験戦争型訓練と似たようなものである。受験戦争においては試験突破力がモノを言うがその後の大学に入ってまた優秀かというと別というようなもの。いくらそこに力をかけても、意味があるのは受験戦争の時だけなのである。
中小企業の古めかしい機械で何かを作るときに職人的技術があれば、ある程度勝つこともできるが、前提が変わって緻密さより大量生産となるとどう頑張っても無理という事と同じなのだろう。
またこの欠陥はその職人がなくなると、交代要員がいないということだ。よく言われるゼロ戦なんかと同じであれもゼロ戦職人が戦死して、同じレベルに必要な交代要員を訓練している時間も無くなってしまった。

例をあげれば、「百発百中の砲一門に一発の砲弾があれば、百発一中の砲一門に百発の砲弾があるのと同じ威力があるという事になる。この考え方は一見、数理的合理性をもっているような錯覚を抱かし、芸至上主義の”科学的裏付”のような形になってしまう」だがしかし、あらゆる火器には公算誤差が存在する。(中略)これは、訓練では克服できない。

192ページ 第7章「芸」の絶対化と量

百発百中なら勝てる、無理でも訓練すれば当たるだろうというのが陸軍的発想であり、こうなるのも物資制約があるせいだ。足りない物資の中でどうにかするには効率を極限まで高めればなんとかなるという発想が出てくる。しかし物事には限度がある。科学的に乗り越えられない誤差。鉄道各社と同じで極限まで定時運行を高めようとしたが事故が出てしまうので限度を超えるより安全を選んだようなものか
そして物資についての認識も物資さえあればいいと考えるが、そう簡単な話ではないらしい。

今度の戦争は、日本は物量で負けた、物量さえあれば米兵等に絶対に負けなかったと大部分の人は言っている。確かにそうであったかもしれんが、物量、物量と簡単に言うが、物量は人間の精神と力によって作られるもので、物量に中には科学者の精神も農民、職工をはじめその国民の全精神が含まれていることを見落としている。こんな重大な事を見落としているのでは、物を作る事も勝つ事もとても出来ないだろう。

197ページ 第7章「芸」の絶対化と量

ここは難しい一文だ。物量があればいいというが、物量を作るのは人であると。前に戻って芸さえあれば勝てるというが、前提が変わっていく中で今までの芸も強さを失っていく。物量を作るという事も同じで必要な物量が変わっていくという事である。ということは芸を磨き続けることはできず、変えていく必要があるのである。そういう意味で見ると、バブル期に白物家電や機械でトップに立ったがその後低迷期に入ってしまった。その原因を円高に求める声も未だにある。しかしその間にアメリカはITを推し進め巨大なIT企業が作られた。EVでも新しい会社ができた。日本ではいまだに頼っているのは五輪や万博のような巨大開発。要は大してプレーヤーが変わってない。

一芸主義は、資源に限りがある日本だから生まれた主義である。そしてそれを磨いて勝てるのはその分野だけであり、その分野の前提が変わっても、別の分野でも勝てない。変わらないものといえば文化であり観光資源だ。しかしなぜかこの観光資源を新しく作って作ってということを行っている。
逆に変わるものは工業や商業だ。しかしこちらは変えずにもしくは外見だけ変えて凌いでいる。
一芸主義についてはもう少し考えたいが、一旦ここで半分なので次回へ持ち越したい。


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