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兄とサルサ、ぼくと合コン

 年が明けて少し経ったころ、祖母が入っている施設で、家族でお昼を食べた。祖母、両親、そして、今は実家で暮らしている、兄も。
 入居者と、訪ねてきた家族が、一緒にお昼を食べられるサービスだったのだけれど、兄は出てきたプレートを一瞬で平らげ、全く足りないと言って母のハヤシライスをつつきながら、祖母との会話を楽しんでいた。食事の後、入居者が集まっているロビーでアップライトピアノを見つけ、ジョン・レノンの『イマジン』を弾いて、拍手をもらっていた。

 兄は、そういう人だ。小学校のときは、真面目で正義感が強くて、小さな活動家みたいだったのだけれど、中、高、大へと上がっていくうちに、適当にやる、という業も手に入れた。一流大学で友達と馬鹿なことをして馬鹿みたいに笑う飲み会とか、中米の大学院で学びながらクラブで女性と踊るサルサダンス(兄曰くバーチャルセックス)とか、出張先で自分のyoutubeチャンネルに上げる動画の撮影とか、そういうことをしている。

 兄は正月休みに合わせて「奇跡の17連休」を取得して、ウィーン、プラハ、ブダペストへ行ったらしい。
「おれ日本ではもともとモテてたけど、今回ウィーン行って、グローバルでもモテ始めてヤバかった」
 ウィーンのサルサクラブで、それはもう色々な女の人から声をかけられたのだという。兄は、友達が多くて、よくモテる。

 ああなりたい、という言い方をすると、だいぶ語弊があるのだけれど、そういう飲み会をしてみたいし、人目を全く気にしない楽しさは羨ましいし、モテたいかモテたくないかというと、当然、モテたい。

*     *     *

 フットサルで知り合った友達に、急に合コンに誘われた。

 当日の朝の連絡で、当然、人数合わせで、だから、ものすごく気楽で、ぼくは人生二回目の合コンに行くことを決めた。OK、とだけ返事を送ると、時間と待ち合わせ場所だけの簡単な連絡が来た。知り合いはその友達だけ、どんな繋がりの人が来るのかも、相手はどういう人なのかも、そもそも何人対何人なのかもわからない。何も知らない状態で、仕事を早めに切り上げて、待ち合わせ場所に向かった。

 フリーで営業代行の仕事をしている、ヤスというその友達は、ぼくと店の最寄り駅で待ち合わせて、店まで連れて行ってくれた。店には他に男が二人いて、これで男性側は全員だという。彼らはヤスの別のフットサル仲間兼飲み仲間らしい。男性側で簡単な自己紹介をしてから、ヤスとの繋がりなんかを話していると、女性たちが来た。

 名前だけの自己紹介から、いくつかゲームをやって(○○だと思う人を指さすゲーム、相手の仕事を当てるゲームなど、よくこんなの思いつくなと思うほど、急速に人間関係を作り上げさせることに特化したゲームばかりだった)、場が温まったところでフリートーク的な時間になった。

「どんな本が好きなの?」

 前の席に座っていた女の人に、そう聞かれた。ミカさんという、IT企業で企画の仕事をしている人だった。ぼくの仕事を知って、それが気になったらしい。山田詠美さんの名前を挙げると、彼女は、おっ、という表情になる。

「いいね。特に好きなのは?」

「んー、『ぼくは勉強ができない』と、『ハーレムワールド』かな」

 ぼくがそう答えると、彼女は、にやっと笑って、話せる人だ、と言った。

 ミカさんは、山田詠美の小説に出てくる女性のカッコよさを熱弁して(既に結構飲んでいるみたいだった)、ぼくが、小説に描かれている、「性」に対する社会通念への圧倒的な違和感について話すと、彼女はまた悪戯っぽく笑った。顔を寄せてきて、口の横に手を当てて、小声で言う。

「実は先日、ハプニングバーに行ってきまして」

 ぼくは思わず、あっはっは、と大きな声で笑ってしまった。隣にいたヤスが、どうしたどうした、と言って、話に入って来た(ヤスはぼくが場から浮かないよう、フリートークのときも隣に座って、気にかけてくれていた)。いや、好きな作家の話、と言って、それからはヤスと、ヤスが話していた人も合わせて、四人で話した。

 ヤスの前に座っていたのは、ミカさんの同僚のマユコさんという人で、おとなしそうな感じの人だった。四人で話すことになったことで、彼女は一対一で話していたさっきまでよりも、明らかにほっとした表情になっていた。
 ヤスは、場を盛り上げるのがうまくて、それ以上に、場から浮く人を出さないようにするのがうまい。

 合コンは盛り上がったほう、だと思う。ぼくとヤス、ミカさんとマユコさん以外の四人も、あちらはあちらですごく盛り上がっていて、会計を済ませた後、二次会に行こうと息巻いていた。ヤスは、じゃあそっちはそっちで行ってきなよ、と言って、彼らを先に行かせた。
 その後、ぼくらは自然に解散した。

 後で聞いた話で、この合コンは、二次会に行った中の男一人と女一人、それぞれ別の要望があって開催が決まったものらしいと知った。それまで全く意識していなかったことなのだけれど、男性側の幹事はヤス、女性側の幹事はミカさんだった。ぼくは、まあ、そうだよな、と思った。

 ぼくは、ヤスみたいにはなれないし、ミカさんみたいにもなれない。そして、兄みたいにもなれない。

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