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母親に育てられた影響って根深いんだ〜セラピー体験より

母は、私をどんなふうに、どんな思いで育てたんだろう?
本当の母の気持ちはわからない。
でも今日、セラピーのモニターをさせてもらい、私は想像以上に根深く残っている母への違和感を知った。根深いし、想像以上に小さい頃から感じてたことも知った。

私は、寂しかった。
知ってたけど、足りなかった。
まだまだ成仏できずに、残っていた。

私が自分を責める癖
自分に✕を付ける癖
私が自分を下に見る癖
人を上に見て落ち込む癖
その割に自分を特別視してるとこ
「やりたい」が「やらなきゃ」に自然変換してしまう癖
総じて、私がいつも何かに追い立てられているような感覚
それらは、
母に向けての、10代に返った私の、
「寂しかったんだよ」の一言から繋がった。
セラピーで、私は子供に戻って母に言えてなかった本当の気持ちをぶつけた。

私の寂しさは、仕事ばかりで放っておかれた寂しさだけではなかった。
兄や姉と同じ扱いを受けなかった些細なことや、
同じ扱いは満たされてても
逆に、当然のようなレールを歩かされた私に、自分の意思が存在しなかったことが大きかった。
「私の意思が存在しなかったこと」
これが、一番の寂しさだったのかもしれない。
私というただ一つの存在を、大切にしてくれていなかった。
また、母が折りに触れ何度も、自分はいつも成績が一番だったこと、2歳の頃から病気の母親や妹の世話をしていたこと、みんなに可愛がられていたことなどを話して聞かせて来たことが、暗に私にプレッシャーになっていた。兄や姉ほど勉強ができなかったことも、きっとその流れで私には勝手にプレッシャーになっていた。
これも、私を追い立てた。
安心して、私という存在の上に存在していることができなかったんだと思う。
母への違和感や反発心を、私は大して自覚もせず、いや、自覚を抑え、母を思い、無意識にやり過ごしていた。

次には
私のこの訴えを聞いた母に、私が入ってみた。
母の立場になって、泣きじゃくる子供の私を見た。
母は、私に甘えていたかもしれない。いつも明るくて素直な私に…そして、ごめんねと言ってくれた。ただ、私の幸せを願ってのことだったということに間違いはないということも、分かった。
それが真実かは分からないけど、私からはそう見えた。
自分が今子供を持ち、子供の幸せを考えることが、子供の求めて居ることとズレているという過ちがあることは、重々わかる。他の親子を見ていても…。
自慢話のような話を何度もして来たのは…
やっぱり、母は私達子供に甘えてたんじゃないかな?母もやはり、愛されたかったんだと思う。そうか、母もまた寂しかったのかな。
私は、まだ、完全にではなくとも、母を許せたと思う。

最後に、泣きじゃくった子供の私に、今の私が声をかけてみた。
「いつも隣にいるから、なんでも、心に浮かんだこと、ポロッと言っていいんだよ」
子供の私は、顔の余分な力がほどけた。柔らかな顔になった。

きっと、一度のこの体験ですべて消えたわけじゃないと思う。こうして、自覚して声を出して感情を乗せて向き合ったことが、大きな一歩だと思う。無理してやらなくていいと説明されていて、私は一瞬、恐くて避けようかと思った。三瞬ぐらい怯んだ。でも四瞬目にはやろうと決めていた。
それが、私が自分を生きようとする立派な力だ。私の力だ。私は、私を信じて動いている。

この一歩から、薄皮が何度も何度も剥がれて行くように解消して行くらしい。そうだね、今までもそうだったもの。少しずつ剥がれて、ここに来たんだもの。

これから同じような自分の癖が見えた時には、
一度立ち止まって、「私はどうしたい?」「なみちゃんどうしたい?」って、聞いてあげようと思う。

そうしてやっと、本心に私は辿り着けるんだね。
私のコンセプト、本心に。

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