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過ぎたるは猶及ばざるが如し

 なんとなく。
 なんとなくなんだけど、今年の夏は蝉の声が聞こえないなあと思っていました。同じように思っていた人も多いらしいのだけれど。
 おそらく、今年は梅雨が短くて、夏が早めに来てしまったから蝉が遅いような気になっているだけなのではないかと、なんとなくそんなような事を考えていたらば、やっと蝉の声が。

 自宅作業は煮詰まるなあと思い、隅田川沿いのカフェにパソコンを持ち込むという東京感丸出しのスタイルで仕事をして、さあ帰ろうかというタイミングで蝉の声に気付きました。「お〜やっと蝉が鳴き始めたか〜」と、なんとなく良い気分で荷物をまとめ、カフェを後にしました。
 日は落ちてもう夜。隅田公園を歩きつつ、ふと目をやると、そこには羽化したての蝉が。 まだ白い蝉と抜け殻が、お手本のように並んでぶら下がっていました。

 生命の神秘。暗い景色の中にぼんやりと浮かぶ青白い蝉と茶色く乾いた蛹の抜け殻は、幼虫が蛹になり羽化して飛び立つという、神秘さと奇怪さのそれぞれが2つ並んでぶら下がっているような、圧倒的なビジュアル。思わず携帯を撮り出して「これSNSとかにあげたら、いいねとかついちゃうんじゃねえか」という邪な気持ちの赴くままにシャッターを。
 羽化したての蝉を見る機会は都会暮らしをしていると稀で、しかもやはりこの季節、この時期だけのものでもあるわけで、なんだか得したような気分になったりもして、しばらく蝉と抜け殻の作る不思議な光景から目が離せませんでした。

 とはいえこんな所にずっと立っていれば、神秘とは程遠い、この季節特有の例の小さい嫌な虫に刺されまくるだろう事は明白なわけで、そろそろ立ち去ろうかと思った矢先、すぐ隣にまた別の神秘が。

 …おいおいおいおい。羽化したて蝉を同時に2匹も見ちゃうとは、今夜の俺の強運は尋常じゃないなあおい。後厄を終えて人生の次のフェーズへ進んだような気がしている近頃の自分の自意識を、これでもかと刺激するようなこの光景に浮かれ、ポケットにしまいかけた携帯を持ち替えて、またしてもシャッターを。なかなか出会えないこの光景から目を離せず、しばらく色んな角度から2匹の蝉の神秘を眺めていました。

 とはいえやはりこんな所にずっと立っていれば、神秘とは程遠い、この季節特有の例の小さい嫌な虫に刺されまくるだろう事は相変わらず明白なわけで、そろそろ立ち去ろうかと思った矢先、すぐ隣にまさかのまた別の神秘が。

 1でもだいぶ神秘なのに、2で、なに?!さらに3?!
 突然目の前に現れた神秘の連鎖に驚き後退りをしつつ、夢でも見ているかのような気分で3つの神秘を眺めました。もはや神秘や怪奇とかそういうレベルの状況ではないだろうこれはと恐ろしさすら感じながら、さらに視線をずらした時、信じられないような状況の中に既に自分が立っているという事が分かりました。

 まだおる!!めちゃめちゃおる!!

 ひとロープにひと神秘。たまに間のポールにも神秘。同じタイミングで土から這い出てきたのか、同じような神秘が先の方まで続いていました。

 しばらく動けなかったはずなのに、ここから立ち去る事しかもはや考えていませんでした。

 神秘。

 神秘もあれだけあると、さすがに気持ち悪い。こんな事あんのか。羽化したての蝉が同時にこんな所にこんな風にこんなに。
 もうなんか虫じゃんか。よく考えたら。
 早よ飛び立て!早よ仕事せえ!!

 過ぎたるは猶及ばざるが如し。
 蝉は、虫です。なんかそんな気分になりました。

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