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“ままならぬこと”とともに。

自然環境リテラシー学 海コース 第1回 2022/6/18~19

まえがき

 先日のこと、私は三重大学において開講されている「自然環境リテラシー学」という講座の実習に参加した。以下は、その時に思ったことや感じたこと、後から振り返って考えてみたことなどを綴った、「ノンフィクションエッセイ、のようなもの」である。

プロローグ

 前日の夜は、よく眠れなかった。0時過ぎには床に就き、予定では7時間は睡眠時間を確保できるはずだった。けれども、翌朝目が覚めたのは4時30頃。眠ろうとするも叶わず、結局4時間ちょっとの睡眠時間で初日の実習に臨むこととなった。今思えば、これがまず良くなかったのだと思う。先に事の顛末を話すと、初日の実習で私は船酔いに見舞われ、ひとり早々に陸に上がることとなったのである。

Day1 : 6/18

 その日は午後から天気が崩れ、風が出てくるという予報だった。そのため前日の時点で大幅な予定の変更が決まり、受講者はそのままカヤックに乗艇できる格好で集合するようにとの連絡が入っていた。実習場所の最寄りである千里駅に到着すると、スポーツ用のレギンス姿に大きな荷物を背負った人物の姿が他にもちらほらと見受けられた。改札を出ると、みんな実習拠点のマリーナ河芸がある海の方へと歩いていく。間違いない、今日から2日間をともにするメンバーである。

写真1:今回の実習においてお世話になったマリーナ河芸.
なお、この写真は2日目の朝に撮られたものである.

 千里駅から徒歩8分ほどで目的地に到着すると、自己紹介もそこそこに、さっそく浜までカヤックを運ぶことになった。カヤックの本体、及びスプレースカート(註1)にPFD(註2)といった初めて見聞きする道具についての説明を受け、これらを身に着ける。続いてカヤックのペダル(註3)を調節し、乗り降りの仕方、パドルの漕ぎ方を教わる。「えっ、今からもう海に出るの?」と面食らっている暇もなく、私たちはカヤックに乗り込みいきなり海へと漕ぎ出すこととなった。初めて海に飛び込む子ペンギンのようだと思った。

写真2:これから海に漕ぎ出でんとする子ペンギンたち.
  先輩ペンギンからカヤックについてレクチャーを受ける.

 初めのうちはなかなか気持ちがよかった。海の上を滑るように進む感覚と、ほどよい波の揺れ。些か不安定さはあったものの、心地の良い乗り物だと思った。少し沖の方まで出た頃には、「これなら何とかなるんじゃないか」と思い始めている自分がいた。「漕いで進むこと自体は別にさほど難しくはない」。そう感じた矢先のことだった。
 次第に気分が悪くなってきて、私は吐き気を催し始めた。船酔いである。波を受けてカヤック自体も揺れているのだが、それとはまた異なる周期で自分の身体が揺れているような感覚に襲われた。気持ちが悪い、ふらふらする、しんどい、吐き気がする……。ひどい眩暈にも似たその感覚はみるみる強くなり、これはまずいと思った私は周囲に助けを求めた。

 他のコースに参加した学生の中には天候不良のために港の外に出られなかった受講者もいたと聞いたが、船酔い経験者として、老婆心ながら私からひとつアドバイスを。カヤックに乗っていて船酔いの感覚に襲われたら、迷わず周囲にそのことを伝えてほしい。それも、なるべく早いうちがいい。船酔いはしばらく我慢していればじきに治るというものではない(少なくとも、私の場合はそうだった)。洋上で我慢を続けているとその分余計にしんどくなるし、結果として他の参加者に迷惑をかけることにもなりかねない。些か言い出しにくいかもしれないが、事前の説明で話があったように、体調が悪くなったらその旨を周囲に伝えることが大切である。偉そうに聞こえるかもしれないけれど、いや、これはマジで大事。

 話を戻そう。船酔いに見舞われた私はコーディネーターを務める坂本先生に先導されて陸へと上がった。激しく体を動かしたわけでもないのに呼吸が浅くなっていた。身に着けている装備を外し、砂浜に腰を下ろす。沖に目をやると、他の受講生たちが自在にカヤックを操っているのが見えた。”みんな”が先に進んでいくのを後ろからじっと見ている……。何だか私の人生を象徴するような眺めだと思った。塗りつぶしたようなのっぺりとした灰色の空の下、私はひとり惨めな気持ちになっていた。打ち寄せる波に巻き込まれた気泡と鉄錆色の赤潮が入り混じり、波打ち際は毒々しい淡紅色に染まっていた。海が血を流しているようだと思った。

写真3:赤潮発生時の汀の様子.

 砂浜で休んでいる間、坂本先生と少し話をした。先生曰く、酔いとは身体が感じる揺れと脳が認識する揺れがずれることによって起こる現象であるらしい。また、視野を狭め近くの海面ばかりを見ていると酔いやすく、水平線などの遠くを眺めていると比較的酔いにくいのだという。
 後から思えば、私は酔いやすい体質だったのだと思う。私は乗り物に乗っているときに本を読んだりスマートフォンを操作したりするのが苦手で、特に自動車の中でこれをやるとかなりの確率で乗り物酔いの症状に見舞われる。手元の字を追うことに意識が集中し、身体が感じる揺れと脳が認識する揺れとの間に齟齬が生じていたのだと思われる。実習においてカヤックに乗っている間も、私は自分の近くの海面ばかりをみていた。船酔いに陥った原因はいくつも考えられるが、恐らくこれが一番良くなかったのだと思う。
 また、言語化するのは些か難しいのだが、同様の体験をしたある人の表現を借用すると、ときどき私は”自分の体が少しだけずれているような感覚”に陥ることがある。「空間の中である位置を占めている延長としての身体と、意識のはたらきによってそこに重ね合わされる身体像が、ぴたりと重なっておらず、僅かに乖離している」かのような感覚である。経験のない人には何を言っているのかよく分からないかもしれないが、要するに私は身体知覚と脳認識がずれやすい人間であり、従って乗り物酔いを起こしやすいタチだということである。
 更に思いつく理由を挙げると、スプレースカートやPFDを装着する際にきつくし過ぎたのも良くなかったのだと思う(私は締めつけられるような感覚が嫌いで、タイトな服は普段あまり着ない)。もちろん、これらの装備(特にPFD)が緩過ぎるのは大変危険であるが、あまりきつく体に密着させると酔いを助長することになるため、その機能をきちんと果たすことができる範囲であるならば、これらは必要以上にきつくしない方が良いと思われる。
 また、これは船酔い対策としてだけではなく、カヤックに乗る上で極めて重要なことなのだが、海に出る前にカヤックのペダルの位置を適切に調節しておくことを怠ってはいけない。ペダルの位置が合っていないとカヤックの本体に自分の体がしっかりと固定されず、姿勢が安定しない、力をうまく伝えることができない、余計な体力を消耗する、酔いやすくなる、といった多くの弊害を生じるためである。決しておろそかにしたつもりはなかったのだが、後から思えば私のペダルの調節は不十分であった。その結果姿勢が安定せず、酔いやすくなったのだと思う。

 再び話を戻そう。私の酔いがある程度収まるまでの間、坂本先生はその傍らにずっと立っていた。少し離れてはいるが、遠すぎるということもない、程よく離れた辺りに立っていた。坂本先生の風貌を一言で表現すると、”「海の男」という言葉が似合いそうな、恰幅のいい、灰色のモジャ髪のオヤジ”である。坂本先生は腕組みをしつつ仁王立ちの姿勢で海の方を見ていた。船酔いについての会話は少ししたが、その間、特に何かをしてくれたという訳ではない。ただ、少し離れた場所にずっと立っていた。立っていてくれた。それが心強かった。

 浜で休んでいると、ぽつりぽつりと雨が降り出した。最初のうちは気持ちよかったのでしばらくそのまま雨に打たれていたが、次第に肌寒さが心地よさを上回るようになった。濡れた状態で風に当たると潜熱輸送により体温が奪われるためである。船酔いの症状もある程度落ち着いてきた頃、坂本先生は「どうする?もう1回海に出るか?」と私に尋ねてきた。かなり考え込んだ末に、私はひと言「やめておきます」と答えた。今思うと、これは賢明な判断だった。あの状態で出て行っても、きっとまたひどく酔っていたと思うから。

 降り始めた雨は次第に強まり、ほどなくして沖に出ていた他の受講生たちも陸に上がることになった。雨は強弱の変化を伴いつつ降ったり止んだりを繰り返し、結局夜になるまではっきりしない天気が続いた。

 その日の夕ご飯はレトルトの白米とカレーだった。「空腹は最高のスパイスである」とはよく言ったものだと思いながらそれらを味わっていると、ある女子学生から悲鳴にも似た声が上がった。見ると、何かが一直線に地面の上を這っている。オケラである。

写真4:夕飯時の闖入者、ケラ (俗称 :「オケラ」).

 実物を見たのはこれが初めてだったが、捕まえて見てみるとこれが存外に可愛いらしい。つぶらな瞳と人間の手のひらのような形をした前脚がチャームポイント。小さくともその力は思いのほか強く、前脚でガシガシされると少しだけ痛かったりする。

 夕食が終わったころ、午後から波が高くなるという予報を受け、初日に引き続き明日の予定も大幅に変更する旨が受講者に伝えられた。「朝の6時半に、そのままカヤックに乗艇できる格好で集合せよ」とのことであった。昨晩はよく眠れなかったこともあり、「今日こそしっかりと睡眠をとらねば」と思った。けれども、結局その日の夜も夜半に目が覚めて熟睡することはできなかった。初日に続き、私は4時間ほどの睡眠時間で2日目の実習に臨むこととなった。

Day2 : 6/19

  二日目の早朝。テントの外に出ると、東の空には既に太陽が昇っていた。辺りを覆う薄い霧が、まっすぐ伸びた陽光を柔らかく包み込む。昨日の雨を吸い込んだ地面はまだしっとりと濡れていて、空気は僅かながらひんやりしているように感じられた。幻想的な光景の広がる、気持ちのいい朝だった。

写真5:2日目の朝,マリーナ河芸にて.

 少しだけ時間があったので浜へ向かうと、そこには朝日を反射してきらきらと光る美しい海原の姿があった。オレンジ色に滲んだ太陽光線の束が波列の輪郭を浮かび上がらせる。緩やかに弧を描いた光の帯が、ゆったりと海面を渡っていく。

写真6:2日目の朝, 浜辺にて.

 朝霧の 河芸の海に のぼる陽の 光をあびる 今日がはじまる

 太陽の温もりを背中に感じつつ、貝殻を拾おうと帯状に打ち上げられた漂着物のラインに沿って砂浜を歩いていると、薄桃のはかなげな二枚貝を見つけた。サクラガイである。

写真7:朝の浜辺で見つけたサクラガイ.
     “映え”を意識してみたものの、いまひとつ.    

 拾い上げて朝日にかざしてみると、その貝殻の薄さがより一層際立って見えた。寝不足のまま迎えた二日目であったが、なかなかどうして、幸先のいい一日の始まりだと思った。

 つかの間のビーチコーミングを終えベースキャンプに戻った私は、手早く朝食を済ませると、すぐさま海に出られるよう身支度を整えた。昨日と同様、少し離れた浜までカヤックを運び、スプレースカートやPFDを身に着ける。カヤックのペダルを調節する。コックピットに下半身を収める。そして、パドルを両手に海へと漕ぎ出す。

 昨日のこともあり、「また船酔いに襲われるのではないか」と内心不安だった私は、前日の反省を踏まえ、思いつく限りの船酔いの原因の排除を試みた。PFDとスプレースカートは昨日よりも僅かに緩め、カヤックのペダルの位置は入念に調節しておいた。海上ではできるだけ遠くの方を、水平線のあたりを見るように努めた。また、両脚をカヤックの内壁に密着させ、できるだけ身体と船体がひとつになるよう心掛けた。上体を起こし、意識的に良い姿勢を保とうとした。無論、酔い止めも事前に服用しておいた。兎に角やれるだけのことはやった。

 どれが功を奏したのかは分からない。或いはそのすべてが効いたのかもしれない。いずれにせよ、結果から言えば、この日私は前日のようなひどい船酔いに襲われることは無かった。
 今思うと、初日にひどい船酔いの症状に見舞われた要因のひとつに、精神的緊張があったように思う。初めての場所で、見知らぬ人間に囲まれ、慣れないことをする。それは、私のような人間が最も苦手とするところである。二日目に船酔いの症状があまり出なかったのは、私がこの実習の環境にある程度慣れてきたことの表れだったのかもしれない。

 閑話休題。初日とは打って変わり、二日目の空は青く、また海の水は澄んでいた。

写真8:2日目の海. 沖に向かって漕ぎ出したところ.

 沖の方に出ると辺りは静けさに包まれていて、凪いだ海面には晴れた空が映り込んでいた。薄い雲と朝霧によって空と海との境界線はぼかされて、まるで世界が一つに繋がったような神秘的な光景がそこには広がっていた。

写真9:水平線が消失した世界. うろこ雲の隙間から
レンブラント光線が差し込む.

 天地の境目が失われた光景と言えばボリビア南西部に位置するウユニ塩湖が思い出されるが、自分の身体をしっかりと支えてくれる大地の存在を両足の裏に感じる以上、恐らくウユニ塩湖に行っても”世界の真ん中に浮かんでいるような感覚”は味わえまい。静かな水面の上、輪郭のない海に浮かび、分け隔てのない広々とした世界に身を置く感覚を、この時私は味わった。この実習に参加してよかったと思った。こんな体験、そうそうできるものではない。

 シーカヤックを堪能し、目的地の浜に上陸しようとした時のことである。コックピットから左右の脚を出して立ち上がろうとした私は、盛大に尻餅をついて転倒した。生まれたての小鹿のように両脚が戦慄いていた。ひどく痺れていたのである。再び立ち上がろうと試みたが、またしても尻餅をつくことになった。こんな風に転んだのは、一体いつぶりであろうか。転んだ拍子に砂利に手をついた私は手のひらに軽い擦り傷を負った。途中でリタイアすることもなく無事に隣の浜まで一人で来ることができたと思ったのも束の間、最後の最後で何とも締まらない結果となった。

 目的地に到着した私たちは二手に分かれ、私が振り分けられた班は先に千里湿地で生物観察をすることとなった。折しも満潮の時刻と重なっていたため、湿地は満々と水を湛えていた。岸辺の方から近づいていくと、幾匹ものカニが足早に水の中へと逃げ込んでいった。アシハラガニ、という名のカニらしい。砂泥で覆われた水底にはおびただしい数のウミニナの仲間がいた。これほどの密度で生息している光景は初めて目の当たりにした。
 ひとしきり探索を終えると、私たちは岸壁に腰を下ろしてしばらく休んだ。マリンシューズを脱いで素足を海に浸すと、ひんやりとして気持ちが良かった。どこかで鳴いているイソヒヨドリのさえずりを聞きながら、たまにはのんびりするのも悪くないと思った。

 湿地での生物観察を終え、私たちの班がレスキューの訓練をする番となった。まずは二人一組で行うグループレスキューに取り組む。一人が転覆し、もう一人が協力しながらこれを助けるという訓練である。
 初めに私が転覆して助けられる側になった。訓練だと分かっていても、カヤックに乗ったままひっくり返り海に投げ出されるのは勇気がいる。暫しの躊躇いの後に呼吸を整えると、すぐさま外せるようにグラブループ(註4)に手をかけた私は、意を決して自らを海に投げ出した。
 PFDを身に着けているので決して溺れることはない。しかし、そうと分かっていても足がつかない海のただ中に放り出されるのは些か怖いものがある。別に足を動かさなくても浮いていられるのだがついつい足で水を掻いてしまう。そういえば頭の先まで海水に濡れたのは一体いつぶりだろう。
 海に落ちた私はカヤックに捕まりペアを組んだ子が隣に来てくれるのを待った。パドルを相手に預け、二人で協力してカヤックに入った水を抜き、ひっくり返して船体を起こす。船首と船尾が互い違いになるように二艇のカヤックを密着させる。そして、上半身を一気に後部デッキに乗せ、船体を跨ぐような格好で腹這いになる………のであるが、これがなかなか難しい。腕力が必要になるだけでなく、バランス感覚も要求される。そして、その後はコックピットに脚を入れるべく船体に抱き着いたまま船首方向に少しずつにじり寄っていくのであるが、洋上に浮かぶ不安定なカヤックの上でこれを行うのが更に難しい。僅かな重心の偏りが転覆を招く状況の中、私のカヤックを抑えていた子がバランスを崩し、そのまま私たちは二人で仲良く河芸の海へと落っこちた。なお、カヤックでは転覆して落水することを「沈(チン)する」と言うらしい。
 ミイラ取りがミイラとなったためグループレスキューどころではなくなった私たちのチームは、各々リーダーやインストラクターを務める先輩に引き取られることとなった。気を取り直してグループレスキューに再チャレンジする。しかし、船体にしがみつきながら重心を移動させる際にどうしてもバランスを崩して沈してしまう。「岸が近いからいったん離れよう」という先輩の声で振り返ると、すぐ後ろに浜があった。沖の方まで出ていたにも拘らず、いつのまにか押し戻されていたのである。午前中はあんなに穏やかだった海面に、気づけば波が立っていた。
 仕切り直して再び海へ漕ぎ出す。2回目になるともう沈することに対してもさほど抵抗を感じなくなる。潔く海に落ち、再乗艇を試みる。しかし、波は高くなりはじめ、訓練を始めた頃よりも海況は悪化していた。腕力をはじめ、体力も消耗していた。どうにかデッキに上体を乗せるところまではできるのだが、そこから先がやはり難しい。すぐそこにあるコックピットにどうしてもたどり着けない。バランスを崩し、再びの沈。そして沈………。そうこうしているうちに気づけばテトラポッドが近くにあった。流されていたのである。これ以上は危険であるという先輩の判断により、私はカヤックごと曳航される形で浜へと引き上げられた。波が高くなってきたことを受け、他のグループも続々と浜に引き返してくる。結局、訓練は以上をもって終了となり、これ以上波が高くなる前にキャンプ地前の浜まで戻ることとなった。本来であればグループレスキューの後にセルフレスキューの訓練も行うはずだったのだが、私たちのペアはグループレスキューすら成功させることができなかった。

 次第に出てきた波によって軽い酔いを覚え、何度も沈して体力を消耗していた私は、湿地に面した浜からキャンプ地前の浜まで戻る帰路、先輩と一緒に二人乗りのカヤックに乗せてもらうという選択をした。シットオントップと呼ばれるタイプの二人乗りのカヤックは船体が重く、運ぶのに一苦労する代わりに抜群の安定性を誇り、思い通りの方向に進むことこそ難しかったものの、その乗り心地は極めて快適であった。けれども、一人でカヤックを漕いでいる受講生の姿を見ると、やはり自分の力で最後まで漕ぎ切りたいという思いが湧いてきた。次こそは一人でカヤックを漕ぎ通す。それが次回の実習における私の目標である。

エピローグ

 長いようでいて体感的にはあっという間に過ぎた、二日間にわたる実習を終えたその日の夜のこと。無事に下宿先の部屋まで帰りつき、連日の疲労と睡眠不足によりへとへとになっていた私が、日本海溝の底よりもなお深き泥のような眠りについたことは言うまでもない。

あとがき

 天候をはじめ、世の中には“ままならぬこと”が沢山ある。どんなに気をつけていても体調を崩すことはあるし、怪我をしたり病気に罹ったりもする。この実習中に限っても、目まぐるしく変わる空模様や酔い止めを飲んでもなお襲い来る船酔い、なかなか眠りにつくことのできない環境や二分の一の確率で熱湯が出るシャワーなど、“ままならぬこと”はいくつもあった。二日目に湿地の前の浜に上陸した際には派手に尻餅をついて転んだし、レスキューの訓練に取り組んだ時も何度も沈して結局うまくはできなかった。事前に思い描いていた通りの二日間になったかと問われれば、決してそんなことはなかった。
 けれども、面白くなかったかと言えば、決してそんなことはなかった。むしろ、“ままならぬこと”を含め、この二日間で経験したことは概ねどれも面白かった。生まれたての小鹿のように両脚を震わせながら「どてん」とおしりをついて転んだ時も、レスキューの訓練をしていて幾度となく海中に沈した時も、何故だかそこには心の何処かでその“ままならなさ”を面白がっている自分がいた。
 これは人生についても言えることだと思うのだが、何もかも思い通りに事が運んだのではきっと面白くない。予定と違うこと、予想と異なること、思い通りにいかないことがあるからこそ、何事も面白く、そして奥深くなるのではないだろうか。
 これまでの人生がそうであったように、これから先も、きっとうまくいかないことはたくさんあるのだろう。自分の思い通りにならないこと、“ままならぬこと”に直面する場面が、たぶんこの先何度も訪れるのだろう。だが、そんな時、その“ままらならなさ”をほんの少しでも心の何処かで面白がることができたなら、きっと大抵のことはどうにかなるのではないだろうか。特に根拠はないのだが、何となくそんな気がする。

追記

 「「エピローグ」と「あとがき」があるにも拘らず、そのうえ更に「追記」までつけるとか、構成どうなってんだよ」という突っ込みは、誠に申し訳ありませんがこちらの窓口では只今受けつけておりません(笑)。これだけ長々と書いてきて、それでも書き忘れたことが、そして書かねばならぬことがまだあったのだ。どうかもう少しだけお付き合いください。
 実は、上記の文章には構成の都合と〆切の関係上割愛した部分がいくつかある。その主だったものが、他の受講生やリーダー・インストラクターとしてこの実習に参加した先輩方との関わりである。
 私が参加した海コースには特に私が所属している学科の学生が多く参加しており、同じ学科とはいえ、その中にはいまだに話したことがないような学生も少なからずいた。しかし、この二日間の実習を通じ、私は彼ら・彼女らと話す機会を得た。いや、実際にはそれほど多く言葉を交わしたわけではないが、何より二日間にわたり同じ時間を過ごし、苦楽をともにしたという事実が、私と彼ら・彼女らとの間に横たわっていた心理的距離を縮めるのに大きな役割を果たしたことは確かである。普段の大学生活ではなかなか見ることのできない意外な一面も垣間見ることができ、中にはその印象が(いい意味で)変わった学生もいた。「同じ釜の飯を食う」ということの偉大さを改めて感じた(註:物理的には別の釜の飯です。そこら辺の感染症対策はきちんと取られています。念のため)。
 また、リーダー・インストラクターを務める先輩方は概して大変頼もしかった。私はこれまで「先輩」に当たる学生とがっつり関わる機会はあまりなかったのだが、この実習を通じ、「「先輩」というのはやはりすごいのだなぁ」と感じた。もちろん、そんな風にすべての「先輩」について無条件に一般化できる事柄でないことは理解している。しかし、実感としてはそのように思った。果たして1年後には私もあんな風になれているのだろうか。まったくできる気がしねぇ(笑)。

謝辞

 最後となったが、コーディネーターを務める先生方、そして、リーダーやインストラクターとしてこの実習を支えて下さる先輩方に、改めて(というか、初めてになるのか…)感謝の言葉を伝えたい。得難い経験をさせて頂き、また、受講者の目に触れない部分での活動も含め、様々なサポートをして頂き、本当にありがとうございました。そして、第2回以降もよろしくお願いします。体力的には正直キツかったですが、それでもやはり楽しかったです!
 加えて、実習の場を提供して頂いたマリーナ河芸様にもこの場をお借りして感謝の言葉を述べたい。短い間でしたがお世話になりました。貴重な体験の場をご提供頂きありがとうございました。

註釈

註1:
 スプレースカートとは、着用した状態でカヤックのコックピットに乗り込み、その開口部の外周に被せることによって、コックピットの内部に水が入るのを防ぐはたらきをする装備である。形状としては、スカートとエプロンをくっつけたような格好をしたものである。

註2:
 PFDとはPersonal Floatation Deviceの略で、シーカヤック等をはじめとするマリンスポーツの場面において用いられる救命胴衣(ライフジャケット)のことである。その機能は、浮揚性、クッション性、視認性、保温性の四つに分けられ、適切に身に着けていれば海に落ちても決して溺れないことは言うに及ばず、水に濡れた状態で風に吹かれて身体が冷えてきたときなど、上にこれを着ているだけでも結構暖かく感じる。

註3:
 カヤックのコックピットの前方には足裏をそこにくっつけることによって身体を固定するための装置があり、これをペダルという。本文中でも述べたように、ペダルの位置が適切でないと踏ん張りが効かず、「船体の安定性が低下する」「パドリングがうまくできなくなる」「余計な体力を消耗する」といった事態に見舞われる。よって、ペダルの調節はマジで大事。カヤックにご乗艇の際はしっかりとペダルの位置をご確認のうえコックピットにお乗り込み下さい(笑)。

註4:
 スプレースカートの前方には輪の形をした帯状の取っ手がついていて、これをグラブループという。沈した際には素早くこれを掴んで引っ張ることによりスプレースカートをコックピットから外してカヤックからの脱出を図る。よって、乗艇前にスプレースカートの外縁をコックピットの外周に装着する際には、必ずグラブロープが上になっていることを確認しなければならない。これは命に直接関わることなので、本当の本当に大事。

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