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賢者のセックス / 第11章 二人ですることと一人ですること / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

違和感

 ディスカッションはその後も続いた。

 僕は一番気になっていることを口にした。

「でも、何でこんなことが起こってるのかな? 僕は何かの病気なのかな? それとも超自然現象ってやつが来てる? 魔法とか呪いとか」
「それは何とも言えないね。そもそも君なのか、私なのか、私たちなのかさえ、まだはっきりしないし」
「僕じゃないの?」
「もちろん、風景を見てるのは君だよ。だから君に起こったことなのは確かだね。でも、前にも言ったけど、機序ね。ものごとが起こる仕組み。それは、まだわかっていないことばかりでしょ。だから、まだまだ調査は続くよ。今、お医者さんで言えばやっと症状の全体像が掴めたくらいじゃないかな。でも、熱が出ます、咳が出ますって言ったってそうなる原因はいっぱいあるものね。風景がどう見えるのかは何となく掴めてきた。私と君の祈り。そしてコミュニケーションと生殖。そうしたものが、風景の見え方を決定している独立変数らしい。じゃあ、そこに至る仕組みはどうだろうね?」
「難しいなあ」

 ソラちゃんは羊がいっぱい描かれたマグカップでアールグレイを飲みながら、傍らに立つ僕を上目遣いでちらりと見た。

「5W1Hって知ってるよね?」
「はい、存じております」
「今、何が起きているのか、つまりWHATは概ねわかった。WHEN、いつ起きるのかもわかってるよね。私たちがセックスしてる時だもん。わかっていないのはWHO、WHERE、WHY、そしてHOW」
「WHOは僕でしょ?」
「君、他の子とセックスして風景が見えたことはある?」
「ないと思う」
「最近、他の子とセックスした?」
「してない」

 僕は真顔で首を振った。ソラちゃんが微笑む。

「私も最近は君としかしてないんだよ。そうなるとさ。誰が何をした時に風景が見えるのかが特定出来ないじゃない? 君に風景を見せているのは私の力なのかもしれないし、君と私がセックスした時にだけ君が風景を見るのかもしれない。君は他の子としても風景を見るのかもしれない」
「たしかになあ……」
「これ、結構重要なんだよね、小説を書く上では。この辺の設定を私が全部考えちゃうのもアリだけど……出来ればもう少し詳しく調べたいとこだなあ。でもなあ。どうするかなあ……」
「どうするって?」

 思わず僕は聞き返した。

「小説では街が夢を見ているという設定にするでしょ。その夢は、街がこうなったら良いなっていう願いね。街の願い。その願いは君に向けられているのか、私に向けられているのか、《《私たち》》に向けられているのか」
「それって何が違うの?」
「君が、つまりあの街で生まれた男の子が不思議な力を手にする夢なのか、それとも私が、つまりあの街で生まれた女の子が不思議な力を手にする夢なのか、あるいは私たち二人が、なのか。それによって、街が何を求めているのかが違ってくる」
「どんな風に?」
「男の子主人公だったら、そうだなあ、「炎炎ノ消防隊」とか「ハリー・ポッター」みたいなのかな」

 主人公がめちゃくちゃ苦労するやつばかりだ。

「女の子主人公だったら「風の谷のナウシカ」とか「魔法少女まどかマギカ」とか」

 でも、女の子の主人公の方が大変かもしれない。

「男女二人が主人公だとどうなるの?」
「新海誠の「君の名は。」みたいな」
「ああ、そういうことか」

 僕はそれが断然良いです。

「だから、もう少しヒントが欲しいんだよ」

 ソラちゃんが目を閉じて眉根を寄せた。

「……今までの私だったらさ、ここは簡単に諦めて先に進んじゃってたと思うんだ。時間をかけてもしょうがないって。でも、それじゃあんた何も変わらないじゃないかって、今、もう一人の自分が言ってるんだ」
「もう一人ソラちゃんがいるの?」
「最近、いるんだよ。ここに」

 ソラちゃんは目を閉じたまま自分の右肩の後ろ辺りを親指で指した。

「私が諦めようとすると、あんた、またそうやって逃げるんだ。人には偉そうなこと言ってるくせに、カッコ悪! って笑う私がいるの。それが辛くてね。こいつ、どっこまでも追いかけてくるから」

 ソラちゃんが僕を見上げて苦笑いを浮かべている。

「小説って登場人物がいるでしょ。小説を書き始めた頃の私って、登場人物を自分の都合で動かしてたんだよ。ここでこいつがこう動いたら話が進むなって思ったら、そう動かすわけ。それで出来上がったものは小綺麗にまとまってるんだけど、読んでても全然燃えない代物になってるのね。何でこうなるんだろうって思いながらずっと書いてて。そしたら二年前かな。深夜ラジオに浦沢直樹が出てきてね。浦沢直樹、知ってるよね?」
「漫画家の?」
「そう。彼がね、自分のマンガの中でそのキャラクターらしくないことをさせようとすると、キャラクターが文句を言うって話してたの。キャラクターが、自分はそういうことはしないって言ってくるって。これ、意味わかる?」
「わからない」
「でしょ。私もずっとわからなかった。でも、この一年くらいかな、やっと少しわかってきた。登場人物は、ちゃんと人間として扱わなきゃだめなんだって。登場人物から逃げずに一人の人間として扱って、話をじっくりと聞いて、どうするか一緒に決めていかないと、物語に生命が宿らないんだよ。ってなると、今度の小説の鍵になるのはあの街だし、私があの街と話し合うには、あの街の考えていることをもっと色々知らないといけない。もっと色々なことを調べて知った上で、あなたどうしたいの、何考えて私たちの夢なんか見てるのって話をしないとね」

 ソラちゃんはため息をついた。

「でも、これは今は調べようがないよね……他の人とセックスするのはね……」

 最後の言葉を口にした瞬間、ソラちゃんはふっとモニターから目をそらして下を向いた。

 僕の中に小さな違和感が生まれた。

今夜だけ

 何だろう? これは。

 僕は胸の中がざわつくのを感じた。

 たしかにこの新型コロナウイルスのパンデミックの中、パートナー以外とセックスをするのはあまりにもリスキーだ。常識で考えれば、すべきではない。しかし、その常識は常に僕たちを支配するだろうか? 僕はその時、ソラちゃんを包む気配の変化をたしかに感じ取っていた。

 何かがおかしい。

 でも、これがおかしいと言葉にすることも出来なかった。

 この違和感は、ディスカッションを終えて夕食を食べている間も続いた。いつもなら思いつくままに色々な話題に花を咲かせるソラちゃんなのに、この日は何故か言葉少なで時折ふっと黙り込んでしまう。二人の会話が盛り上がらない。

 僕は、小説のことを考えているんだろうと思った。今のソラちゃんが、それ以外のことにこれほど囚われるとも思えない。

 奇妙な違和感は、僕が風呂から出てきた時に一つの明確な形を取っていた。

「ごめん、今日は一人で寝たい」

 そう僕に告げたソラちゃんは、そのまますたすたとパジャマ姿で書斎に消えていった。

 これはソラちゃんが小説の構想を練るためなんだと、その時の僕は自分に言い聞かせていた。

 今夜だけなんだ。

 今夜だけのはずだ。

 でも、僕の期待は裏切られた。月曜日の夜もソラちゃんは書斎で寝た。

 火曜日。僕はいつもと同じように振る舞ったつもりだけれど、そのために必要なマジックポイントの量は、前回ソラちゃんが書斎に一週間籠もった時よりもかなり多かったと思う。

 火曜日の夜もソラちゃんは書斎で寝た。その夜、僕はベッドルームの床の上で色々なことを考えた。

 水曜日。この日のソラちゃんはオフィス出勤日だった。僕は家で仕事をしながらソラちゃんの帰宅を待った。今日こそはソラちゃんと話をしようと思っていた。でも、ソラちゃんはなかなか帰って来なかった。そろそろ夕食の準備を始めようとしていた午後六時前に、ソラちゃんからこんなメッセージが届いた。

ごめん、先に食べてて。
 
 午後八時にはこんなメッセージ。

まだ帰れません。ご飯は外で適当に食べて帰るね。

午後一一時。

先に寝ててください。鍵は持ってます。

 僕は平静であろうと努力を重ねていたけれど、ついに限界が来たと思った。

 スマートフォンのスリープを解除した僕はインスタグラムを開き、フォローしていないソラちゃんのアカウントを探した。鍵付きアカウントではなかったから、ソラちゃんの投稿は僕でも見ることが出来た。

 最新の投稿は先週木曜日だった。ストーリーも公開されていない。次に僕はソラちゃんのツイッターを探した。これも共通の知人のアカウントを経由して見つけることが出来た。でも、こちらも最新の投稿は先週の金曜日だった。

 恋に狂った男は無様だなと思いながら、僕はインスタグラムとツイッターを閉じた。

 次に僕はソラちゃんに借りていた『後宮小説』を開いた。でも、全く頭に入って来ない。ふとスマートフォンを見ると、既に深夜零時を一五分ほど過ぎている。いくらなんでも遅すぎるのではないだろうか。僕はコートを着てポケットにスマートフォンと財布を入れ、家を出た。

 マンションのエントランスを出たところで、ハザードランプを点滅させて止まっている黒いタクシーが見えた。タクシーから降りて来たのはソラちゃんだった。

 ソラちゃんはエントランスの外に立っている僕に気づくと、曖昧な笑顔を浮かべた。僕はその笑顔に見おぼえがあった。ソラちゃんではなく、他の女の子がかつて同じ笑顔を浮かべていたのだ。

 それからしばらくして、僕とその女の子の間にあった恋は終わった。

 僕はエントランスの電子ロックを解除しているソラちゃんに近付いて、声をかけた。

「ねえ、ソラちゃん。僕は、何かしたのかな?」
「何かって?」

 ソラちゃんは僕の方を見ずに答えた。妙によそよそしい声で。

「ソラちゃん、怒ってる?」
「私が? 何を?」
「僕に対して」
「何でそうなるの? 怒る理由がないよ」
「じゃあ何で書斎で寝てるの?」
「一人で寝たかったから」
「……僕はもう、ここを出ていった方が良いのかな?」

 ソラちゃんの返事は無かった。

女の子用風俗

 僕たちは無言でエレベーターに乗り、無言で玄関に入った。僕は無言で薄暗いベッドルームに入り、床に敷いてあったゲスト用の布団の上に倒れ込んだ。洗面所でソラちゃんが顔を洗っている水音が聞こえている。それからソラちゃんがお風呂に入っている音。ドライヤーの音。やがてドライヤーの音も止んだ。

 僕はベッドルームの天井を見上げていた。さっぱり眠れなかった。どうせソラちゃんは今夜も書斎で寝るのだろう。今度こそ、ここを出て行こうか。こんな気持ちのままソラちゃんと共同生活を続けるのは無理だ。そんなことを考えていた時だった。

 ベッドルームのドアがそっと開き、パジャマ姿のソラちゃんが入ってきた。カーテンの隙間から入ってくる街灯の光の中、ソラちゃんは女の子座りで僕の顔を覗き込んだ。「起きてる?」

「起きてるよ」
「ごめんね、今日」
「謝る必要はないんじゃないの。ここはソラちゃんの家だし」

 ソラちゃんは僕から目をそらした。

「ごめんね、心配させて。君は何も悪くないよ。悪いのは私だから」
「何が?」
「ずっと考えてたんだ。毎晩一人で。私が他の人とセックスしてみるのは、許されるんだろうかって」

 僕は無言だった。心臓が早鐘のように動いているのがわかった。

「セックスっていうか、その、入れなくても、誰か別の男の人のを手でしてみるとか」
「そうなんだ」
「女の子向け風俗とかね。それで今日ずっとカフェで悩んでて、閉店まで悩んでて、でも結局、決められなかった。何なんだろうね私」

 ソラちゃんの口調はずっしりと重かった。

 でも、正直に言おう。この時の僕はかなり喜んでいた。天にも昇る心地というのは言い過ぎとしても、それに近いものはあった。ソラちゃんが三日間も悩み続けたということは、僕という存在がソラちゃんにとってそれだけ大きいという証だからだ。そしてソラちゃんは一人で先に進むのではなく、僕のところに戻ってきてくれた。

 だからこそ今、僕には言うべきことがあった。

 僕は天井を見上げたまま、そっとソラちゃんの手を握った。

「僕もずっと考えてたことがあってさ」

 ソラちゃんの返事はない。ただ、僕の手の中でソラちゃんの手の甲がかすかに動いた。

「僕が一人でしてみるというのはどうかな?」
「一人ってどういうこと?」
「一人で自分のものを触ってみる。もしも街が僕を……僕の夢を見ているのなら、それで何かが見えるかもしれないから」」
「君にそこまでさせられないよ」
「僕はソラちゃんが悩んでいるのを見る方が辛い」
「そういうことを言わないの!」

 ソラちゃんが少しだけムッとしたような声を出した。

「私、これ以上、悪者になりたくない」
「悪者じゃないでしょ」
「どう考えても悪者だよ。君を都合良く使い過ぎてるもん。だから今度は汚すなら自分を汚そうと思って。あと少しだったんだけど、踏み切れずに戻ってきちゃった」
「僕の都合の良さは、惚れた弱みだからね。こういうのは恋しちゃった方が負けなんだよ」
「それもわかってるよ。わかってるんだよ全部。だからもう、私の中はぐちゃぐちゃです。進むのも地獄。戻るのも地獄。とどまるのも地獄。どうしたら良いのかわからないよ」

 こんな会話をしている間も、僕たちの手のひらはお互いの手を優しく触り続けていた。僕は少しだけソラちゃんの手の甲を強く握りながら言った。

「だからさ。ここは僕が何かしなきゃと思ったんだ。今、動けるのは僕だけなんだし、この小説は二人で取り組んでいるんだから。もしも僕が一人でして何かが見えたら、男の子主人公ってことだよね。何も見えなかったらその線は消えるから、二人主人公か女の子主人公の二択まで絞り込める。……あと、これが一番の本音なんだけど、僕はソラちゃんが僕以外の誰かとセックスすることに、もう耐えられないと思う」

 ソラちゃんはずっと黙っていた。僕はソラちゃんの手を愛撫しながら、ソラちゃんの言葉を待った。どれほどの時間が過ぎたのか、わからない。でも最後にソラちゃんは「わかった」とつぶやいた。それから僕たちは、ベッドの上で長い時間をかけてセックスをした。

 この夜から、ソラちゃんはまたベッドルームで寝るようになった。

一人ですること

 土曜日の午後になった。三月一三日。小説の新人賞の応募締め切りまで三ヶ月半。昨日までの四月のような陽気とは一転して、この日は雨模様で肌寒い日だった。ベッドルームには先程から暖房を入れてある。

 僕がシャワーを浴びてベッドルームに行くと、一足先にシャワーを浴びたソラちゃんはベッドの端に腰掛けて掛け布団にくるまっていた。部屋の中は明るい。カーテンは閉めてあるけれど、シーリングライトが点けられているのだ。

 僕は腰に巻いていたバスタオルを外して全裸になると、リビングルームから持ってきたウインザーチェアに座り、緊張をほぐすために何度か伸びをした。ソラちゃんが掛け布団をそっと脱ぎ、全裸になった。ソラちゃんも緊張しているのがわかった。僕はソラちゃんをリラックスさせるために笑ってみせた。

「何だか緊張するね」
「うん。心臓がやたら暴れてる」
「私たち、もっとすごいこといっぱいしてきたのに、何でこんなに緊張してるんだろ」
「クロス・ブーティとか?」
「ゴールデン・アーチとか」
「なんかわけのわからないの、あったよね。スパイダー?」
「ウィール・バロウとかシーテッド・ウィールバロウってのが一番きつかったな、私。頭に血が下るから」

 僕たちはひとしきり笑った。笑いながらソラちゃんが僕に尋ねた。

「お尻、冷たくない?」
「大丈夫。すぐに暑くなるから」
「そうか。そうだよね。それで私、どうしてたら良いの?」
「そのまま、そこにいて」

 ソラちゃんは両膝の先をキュッと閉じて、両手を膝の上に軽く置いた状態でこちらを見ている。セックスをするときにはいつも外してしまう眼鏡をかけたままなのが、妙にソラちゃんの裸体の艶めかしさを強調している。

「こんなんで良いの? 君、これで興奮出来る? AVとかセクシー女優の画像とかピクシブの絵師さんのイラストの方が良くない?」
「そういうのでも興奮は出来るけど、僕はソラちゃんで射精したいんだよ。ソラちゃんを見ながらイキたいです」
「そうなんだ。ええっと、どうも。その……光栄です」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「あっ、はい。よろしくお願いします」

 ぎこちない会話が続く。僕は無理やり笑ってみせる。

「そのままで大丈夫だよ。ほら。見て」

 僕は自分の股間に目をやった。僕のものは既に限界近くまで膨張して固くなり、上下に脈打っていた。先端部分から透明な液がにじみ出ているのがわかる。これだけでかなり恥ずかしい。かなりというか、これほど恥ずかしい性的経験は記憶にないくらいだ。初めて女の子とした時も、ここまでの恥ずかしさは感じなかった。今日までにあらゆる部分をソラちゃんに徹底的に調査されたペニスなのに、一体どういうことだろう。こんなに明るい場所で勃起したペニスを見られるのは初めてだからなのか。

 僕はソラちゃんをちらりと見た。ソラちゃんも何だか恥ずかしそうに僕を見ている。どうにもきっかけが掴めないので、我ながら間抜けなセリフだと思いながらも、僕はソラちゃんに自慰の開始を告げた。

「ええと、それじゃ、始めますね」
「どうぞ」

 僕は目をつぶって右手で自分のペニスを握り、ゆっくりと手を動かした。緊張しすぎているからなのか、何も感じない。痛いほど勃起しているのに。

 しばらくしてソラちゃんの声が聞こえた。

「ねえ、君が目を閉じてたら、私がここにいる意味って」
「そう……だよね」

 でも、恥ずかしすぎて目を開けられないのだ。

「何か見えた?」
「全然見えない」
「やっぱりそうか。感じる? イケそう?」

 僕は目を閉じたまま首をかしげた。

「わからない。よくわからないんだけど、全然感じない。なんにも感じない。不思議なくらいに」
「いつもそうなの? そうやって一人でするとき」
「いつもはもう少し感じると思う」
「もう止めにして私とする?」
「せっかくだから、もうちょっとだけ頑張ってみるよ」
「ごめんね……」

二人ですること

 その後も僕はなんとかして自分の手で気持ちよくなろうと頑張ってみた。でも、何故かちっとも感じないのだ。

 もう諦めた方が良いだろうか。そう思った瞬間、僕の脳裏に突如として鮮明な映像が浮かんだ。これはどこだろう。どこかの谷戸だ。小さな谷戸。春なのか夏なのか、鬱蒼と生い茂った木々の隙間から太陽の光が差し込んでいる。谷戸の底を埋め尽くす草。草。丈の高い草。草の中を、小川とすら言えないような小さなせせらぎが一筋、二筋。音もなく流れてゆく。

 谷戸の映像が見えると同時に、僕のものを強烈な快感が襲った。僕は必死に耐えた。耐えながらソラちゃんに声をかけた。

「見えた」
「本当?」
「うん。どこかの谷戸」
「行ったこと……ある場所? んっ」
「わからない。探してみないと」
「うん……そうしよう」

 ソラちゃんの声がため息まじりだ。不思議に思った僕は薄目を開けてソラちゃんを見た。

 何かの違和感を感じる。

 さっき見た時とは足の角度が違う。手の位置も。

 ソラちゃんは、僕の前で目を閉じて静かに自慰をしていた。僕は驚いた。ソラちゃんは自慰をしたことがない、自分は自慰が出来ない身体だと言っていたからだ。

 ソラちゃんの口から時々、小さな喘ぎ声が漏れる。

 もしかして、ソラちゃんが自慰を始めたことで、僕の脳裏に映像が映し出されたのだろうか? とすれば、やはり僕とソラちゃんの間には特別な何かがあるのだ。離れていてさえ繋がる何かが。

 僕は思い切ってソラちゃんに声をかけた。

「ソラちゃんもしてるの?」
「うん……はぅっ……」
「気持ち良い?」
「うん……気持ち……良……いよ。君は?」

 ソラちゃんの息が荒い。

「感じてる。もうイキそうだよ」
「良かった。……あぅっ。ああっ」

 ソラちゃんの左手の指先が時に早く、時にゆっくりとソラちゃんのクリトリスの上で揺れ、その度にソラちゃんの肩がぴくりと動く。ソラちゃんの右手は左のおっぱいを揉みしだきながら、その中指の先を乳首の上で絶え間なく蠢かせている。

「ソラちゃん」
「な、何?」
「目を開けて」
「どうして?」
「ソラちゃんの目を見ながらイキたいから」

 目を閉じたままのソラちゃんが笑った。

「もう、しょうがないなあ」

 そう言ってソラちゃんはゆっくりと目を開き、僕を見た。二人の目が合った瞬間、僕はソラちゃんの名前を叫びながら射精した。僕の精液はびっくりするくらい遠くまで飛んで、ソラちゃんのおっぱいに数滴かかった。谷戸の流れは僕が最後の精液を放出するまで見えていた。

 ソラちゃんが嬉しそうに笑った。

「すごい飛んだね。君の精液」
「僕も驚いた」
「私の手でしてあげた時より飛んでるよ」

 そう言われて、僕は不思議な悔しさを感じた。

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