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正しい方向へ。空へ。

「倉庫に鳥が落ちてる」

勤め先はキジが目撃されるような、都会の喧騒とは縁遠いたいへんのどかな場所にあるため、当然キジ以外の鳥もいる。駐車場をとことこ歩いているのを見かけては、あはは鳥ちゃんかわいいねえあははと笑いながら追いかけたりする。とんだいやがらせだし、はたから見たらガチでイカれたひとっぽい。鳥ちゃんは本当に嫌そうだが、必死に走って逃げるよりとっとと飛び立てばいいと思う。

倉庫に用事があって、戻ってきた社員さんがわたしに言ったのだった。「倉庫に鳥が落ちてる」シャッター全開の倉庫である。鳥ならそらあ自由に出入りできるだろう。だが飛びまわるとかどこかにつかまってとまるとか、とことこ歩くとか走るとかするはずで落ちてるわけがないと思った。「でも動いてるんだよ。ちゃんと生きてる。けど近づいても全然動かないんだよ」と社員さん。じゃあ非正規雇用のわたしがちょっくら見てきますよと事務所を飛び出した。

鳥ちゃんは資材置き場のダンボールの上にいた。まんまるだった。ヒナなのかもしれない。近づいてしゃがみ込んでよく見てみた。怪我はないように見えたし、しっかりと2本の足で立っていた。「鳥ちゃん、こんなところにいると危ないよ。鳥なんだから飛ぼうよ」わたしは動物に話しかけるタイプの人間である。「暑くて具合悪くなっちゃったのかな?でもここにいるとダンボールの下敷きになるかもしれないよ」倉庫には普段誰もいないので話しかけ放題っちゃあまあそうなのだが、はたから見たらガチでイカれたひとである。鳥ちゃん的に危険を察知したのか意を決したように飛んだ。よかった。よかったよと思ったのは束の間である。飛べたのはよかったのだが方向的に違うそっちじゃない。そしてまた落ちた。うわあ鳥ちゃん!

大騒ぎしていたら、別の社員さんが通りかかった。「何してるんですか?は?鳥?」
わたしはこれまでの経緯を説明した。「で、また動かなくなっちゃって……」
「え、この倉庫に住み着いてる鳥じゃないかなあ。朝とかすげえ鳴いてうるせえの」
「えぇえ……どうします?」
「名前つけて会社で飼うとか?」
「ピーちゃん一択ですね」

人間がそばにいたらさぞかしストレスになるだろうと一旦距離を取ってみた。しばらくするとピピピピピピピピ激しく鳴く声が。どうした!壁から半身を出して伺い見ると、外で羽ばたきながら激しく鳴いている鳥ちゃんが。フォルムがまんまるではないので、別の鳥ちゃんに違いない。まんまる鳥ちゃんは飛んでいった。正しい方向へ。空へ。結局わたしはひとりで大騒ぎしただけだったし、事務所に戻ったら机の上がFAXでてんこもりになっていた。だがピーちゃんはかわいかった。それで十分だった。

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