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肥薩線とくま川鉄道、鉄路再開への道#6

6、念願のブルートレインに宿泊

ブルートレインたらぎでの1日は、とにかく日常では味わえない昔懐かし夜行列車の空間を味わうことが出来た。自身、夜行列車に乗った回数はブルートレインよりも583系の方が多く、ブルートレイン乗車については、数えるほどしかないので挙げておく。

・はまなす 青森→札幌(鉄研の合宿の往路)

・北斗星 札幌→上野(鉄研の合宿の復路)

・銀河 横浜→大阪(帰省)

振り返っても、2015年の定期列車廃止までに乗ったのは僅か3回のみである。これらの3回はいずれもB寝台であったから個室で泊まること自体が初めての経験であったのだ。最も、北斗星では個室も部で確保をしていたのだが、1人だけB寝台しか確保できなかったのに加えて、じゃんけんで負けてしまい、B寝台になってしまったという苦いエピソードも思い出した次第である。多良木での宿泊は、取材での必須事項と捉えていたので、泊まれること自体、鉄道ファンにとっては有難いことなのである。

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ブルートレインはくま鉄の多良木駅から目と鼻の先にあり、バス停からも至近なのでアクセスは非常に良好。

客車は3両(B開放寝台とB個室、交流スペース兼フロント)で14系客車をJR九州から譲り受けて多良木町が宿泊施設として活用をしている。旅館業法の定めで簡易宿泊施設扱いになっているが、3140円で泊まれるのは有難い。現役時代はB寝台料金(個室または下段の価格)が6300円したのだからそれを考えると破格である。これにブルートレインから至近のえびすの湯での入浴券が1泊あたり1枚ついてくるので、さっぱりと汗を流してから寝られるのでこれも旅行客にとっては嬉しいサービスである。

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宿泊をしたのは1人用個室のソロで、定期運行の最末期に東京~熊本、大分間のはやぶさ・富士で使われていた客車である。当日は下段が宛がわれたので上段ユニットに頭がぶつかり、かがまないといけない位の低さだったが、昨年乗車したサンライズ瀬戸・出雲のソロよりは広さがあるので、それなりの居住性は感じられた。シーツと枕、掛布団は既にセットされているので、チェックインを済ませ、個室に入ると荷物を置いてからシーツを敷き、枕をセットする。

それからは撮影や翌日の朝食の調達で近隣のスーパーに行ったり、宮崎への高速バスの予約のためにコンビニに寄ったりと諸々の用を済ませることに。多良木町は駅や役場の近隣に色々な施設が集中していて、使い勝手が良く、コンパクトシティの見本例だと感じた。スーパーやコンビニまではブルートレインから徒歩で5分圏内であるので、何かあったときの買い出しにも便利である。また、食事を摂れるお店が数件あり、詳しい情報もフロントでもらえるので是非宿泊の際は活用をしてほしい。

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この日宿泊したソロを外から撮影したもの。客車は塗り直しが行われたばかりで、往時の姿が蘇っていた。

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B開放寝台の出入口。星が3つついているが、これは2段B寝台を表していて、星が多いほど居住性が快適なサインでもあった。

買い出しから一旦戻り、車内を撮影する。もう今は日常的な光景ではないが、静かな車内が往時の旅情を引き立たせる。

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ソロの上段寝台。開放的であり下段よりもやや圧迫感が和らいでいる。

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上段寝台のベッド部分。基本的には下段とほぼ同じ。

車内は宿泊施設としてある程度の整備がなされており、車内のコンセント増設やウォシュレット付きのトイレなど使い勝手は良好である。ただ、改造当初に設置されたラジオについては受信が出来ないのでスマホのアプリなどをダウンロードする必要があるのは時代の流れであろう。

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洗面台もそのままの状態で残されていて、鏡の部分には九州の地図が貼られている。

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新幹線や長距離列車でお馴染みだったウォータークーラー。紙コップで飲むのが旅の定番となっていた。

撮影を一旦中断し、宿から程近いえびすの湯で汗を流した後は人吉で前もって購入していた栗めしで夕食を摂る。

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食事は個室や寝室での飲食が禁止なので、2号車(元々はB寝台車)の交流スペースに持ってきて食べることになる。ポットやトースター、ミネラルウォーターのサーバーが完備しているので、カップ麺やコーヒー、焼酎の水割り・お湯割り、赤ちゃんの粉ミルク、薬やサプリメントの飲用などにも非常に役に立つ。

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夕食の栗めし。大粒で甘味の強い栗が山の幸の馳走の主役だ。こういった場所での駅弁も乙なものである(^~^)。尚、栗めしについては自身のブログでも紹介をしているので見て頂けるとありがたい。

夕食後は撮影の前に東京五輪のソフトボール決勝、日本 VS 米国戦を観戦。2008年以来の金メダルという慶事を見届ける。コロナ渦で開催が1年延期されるなど開催自体が危ぶまれていたが、アスリートの頑張りには本当に拍手を送りたい。パラリンピックも始まったばかりでパラ選手の活躍にも期待大だ。

夜の撮影の際にはフロントに許可を頂き、解放B寝台を撮影させてもらえることに。本来は団体用であるが、閑散期には1~2人利用でも可能であることから、余裕のある場合は開放寝台を堪能するのも一つである。

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4人用開放B寝台。広角レンズではないので寝台全体が入らないのが難点(>_<)。

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下段部分。3段寝台よりも圧迫感が少なく、居住性が改善されている。

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上段部分。転落防止のひもが設置されているが、寝相が悪いので583系を使っていたときは安全面を考えて下段にしていた記憶がある。現在はこのような寝台車はクシェット(簡易寝台)という位置づけでウエストエクスプレス銀河で残されている。

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通路側の補助いすも現役当時のまま。絶景を堪能するには便利だった。

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B寝台の見学の際には、車掌室にも入ることができる。機器類は往時のままのものが残されていて、現役時代では不可能だった贅沢だ。

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車掌室の後方部分には方向幕の切り替え装置が設置されていて、これも当時のまま残されている。車掌ごっこも出来るなどファンにとってはまさにファーストクラスの設備である。

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交流スペースには実車のNゲージが展示されていて、嘗ての面影を模型でもとどめている。

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車内広告は分割民営化前後のポスターも掲示されていて、国鉄からJRへの変遷の歴史が色濃く残されている。1987年以降に生まれた世代の方にとっては新鮮に映るかもしれない。

撮影を終え、歯磨きを済ませると就寝の時間に。初めての個室での寝泊まりは空調が良く効いているのでぐっすりと寝ることが出来た。1人部屋なのでプライバシーもしっかりと保たれているので、周りの静けさと合わせて快適な1日であった。

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チェックイン時には本物の切符を模したレプリカの宿泊券兼用の乗車券がプレゼントでもらえる。しかも日付とチェックインの時間、利用する車両の号車まで書き込んでくれるから本格的である。

ブルートレインを利用した宿泊施設は嘗ては北海道を含め各地に点在していたが、車両の老朽化とともに廃業となってしまった施設も多く、本年8月現在で現役で残っているのは多良木と秋田の小坂、岩手の岩泉の3か所のみで、小坂についてはコロナ感染症の影響で今年は営業を休止しているので、実質的には多良木と岩泉の2か所となっている。ただ、岩泉は冬季休業なので通年で利用できるのは多良木が唯一の存在だ。しかしながら今秋を目途に四国でブルートレインの宿が復活する見込みで、現在クラウドファンディングを活用して車体の塗り直しや修繕が進んでいる。宿は香川の善通寺(仮称:オハネフの宿)に設けられる予定で、四国の新たな旅の拠点として大きな期待が高まっている。

充実したブルートレインでの滞在を終え、取材の最終日はくま鉄沿線の様子を記録するのと、本社への挨拶が控えていたので9時過ぎに黒肥地保育園の先生の車で多良木から再び人吉へ向けて走り出すことになる。

<#7に続く>

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