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20,08,28。Tさんの思い出①

自分がまだ小学校低学年だった頃、近所に「Tさん」と言う方が住んでいました。

歳は現在の自分より少し上だったかもしれません。初老で独身で物腰が穏やかでいつも和服を着ていた記憶があります。

自分を含めた数人の子供達の間ではTさんと名前で呼びかける子はおらず、もっぱら「本のおじさん」と呼ばれて親しまれていました。

Tさんの家は小さな二階建ての一軒家でしたが、すべての部屋が難しそうな本で一杯だったのです。部屋の壁はすべて本棚で部屋によっては壁以外にも本が積み上げられており、風呂場まで本に占領されていました。

「おじさんお風呂は入らないの?」と聞いた所ニコニコ笑いながら「本に占領されているから銭湯に行ってます」との事。そんな大量の難しそうな本は決して乱雑に置かれてはおらずきちんと分類されて並べられており、自分を含む読書が好きな子供が遊びに行くと「こんな本はどうかな?」と持ってきてくれました。

小学生の男の子ですから静かに本を読むのが好きな子は少数派です。
自然とおじさんの家に遊びに行くのは静かに本を読むのが好きで、その年頃にしては本を丁寧に扱える子供達になり、おじさんの家で唯一日常生活がおくれそうな応接間を数人の子供が占領して本を読んでいる状態でした。

Tさんはたまに出かけている時はあるものの基本的にいつも家にいる人でした。その為近所の主婦達からは「仕事もしないで本ばかり読んでいるいい歳した独り者」としてあまり評判は良くありませんでしたが、和服でいつも身ぎれいにしていて穏やかな物腰ながらも知性の高さを感じる雰囲気から表立って子供が遊びに行くことをとがめる親はいませんでした。

遊びに行くとTさんは子供でも読める数冊の本と飲み物やお菓子を出してくれて、自分は寝室兼書斎にしている部屋で過ごしていました。何度も遊びに行っていた自分は数回その部屋を見せてもらいましたが、大量の本の真ん中に和机があり原稿用紙が積まれていました。

「おじさんは作家なんだ!」と自分の中で決めつけていましたが、その部屋には机以外にもう一つ目立つ物がありました。

自分の家には仏壇がありましたから「ちょっと立派で高い所にある仏壇」と認識していましたが、後になってそれは仏壇ではなく神棚だったことが分かります。

「おじさんが好きなのはどんな本?」と聞いてみた事があるのですがおじさんの返事は「本はみんな好きだけどよく読むのは歴史の本とものの考え方の本かなぁ」と言う答えでした。

Tさんが自分達に持ってきてくれる本は写真の豊富な百科事典的な本から少し難しめな歴史の本、イラストや写真で子供が眺めて楽しめる海外の書物などでした。

「おじさんは子供が遊びに来て邪魔じゃないの?」という問いには
「君たちが色々な本を読んで世界の文化や歴史や考え方を知ってくれる手伝いが出来るんだから邪魔になんかならないよ」とニコニコしながら答えてくれた答えてくれたTさん。

自分が中学生になる頃「あまりに本が増えすぎた」と言う理由で地方の大きめな家に引っ越してしまったTさんがどんな人だったのかを知るのは自分が高校生になった頃でした。

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