短編「ロボット修理工」

【まえがき】これを書いた当時、治す(直す)ことと労働について考えていました。



 ファミリーレストランは、今日も大勢の客で賑わっている。ここでは、特に夕刻から夜中にかけて、多くの客が訪れる。その客というのも、一人暮らしの若いサラリーマンから、部活帰りの学生、家族連れなど、年齢や性別ともに様々である。様々な背景を抱えた様々な人間が、この場所でひとときの時間を過ごし、どこかへ去って行く。


 さて、そんな店内は、当然のことながら常にてんてこまいである。ひとつ注文を捌いたかと思えば、ふたつの新たな注文が入る。二つの注文を捌いたかと思えば、四つの注文が入る。そんな具合で、気付けば閉店時間を迎えているということも日常茶飯事であった。

 そんな状態ではありつつも、どうにか店を回すことができているのには、一つの大きな要因がある。その要因とは、テクノロジーである。すなわち、業務の大半をロボットに任せているために、この店舗が成り立っているのだ。通常発生する多くの仕事は細かく分業化され、配膳ロボから、調理ロボ、受付のロボットというように、それぞれの業務をそれぞれのロボットたちが受け持っている。


 そんなこの店で働いている人間は、私と、店長と、雑用のアルバイトが数名だけである。後は、すべてロボットが業務を行っている。とはいえ、我々人間の仕事も決して楽なわけではない。例えば、閉店後のレジ締めなんかはロボットはやってくれないし、客の細かい要望に臨機応変に応えるのだって、人間でなきゃだめだ。また、客から何らかの謝罪を求められたときには、ロボットではなく人間が直々に頭を下げに行く。だから、店長もアルバイトも、常に店内を動き回っている格好になる。ロボットが取り残したミスを、人間が上手くリカバリーすることで、この店は上手く回っているのだ。


 さて、店長やアルバイトがそうしたロボットのフォローにまわる中、私はというとそれとは少し異なった業務を担当している。すなわち、私はロボットの修理工であった。仕事の名には「修理」とついているが、なにも修理だけを担当しているわけではない。例えば、日々のメンテナンスも大切な業務である。店内は常時大忙しなので、定期的にメンテナンスをしていないと、すぐに何らかの異常が発生してしまうのだ。


 今日も、閉店前の少し客足の落ち着いた時間に、店長から修理とメンテナンスの依頼を受けた。配膳用のロボが二体と、調理用ロボが一体が小さな不具合を起こしているとのことだった。「明日までに直せるかね?」と店長が問う。

 「任せて下さい。すぐにでも直してみせます」

 私はそう言うと、早速修理に取りかかった。修理を始めてすぐ、配膳ロボの胴体の下のほうが小さくへこんでいるのを見つけた。客とぶつかったか、もしくは乱暴ないたずらでも受けたのだろう。私はすぐさまその補修のための道具を取り出した。


 次の日も、その次の日も私は新たな修理とメンテナンスに明け暮れた。よくもここまで毎日毎日不具合が生じるものだと思ってしまう。今日も閉店後の照明の落ちた店内で、専用の器具を取り出し、部品が正常であることを確認していく。

 そのとき、バックヤードに続く扉が開き、店長が姿を現わした。扉の向こうから漏れる明かりが部屋の障害物に当たって、ぼんやりとした影を生じさせる。

「いやぁ、君は働き者で助かるよ」

 店長は私の側まで歩み寄って、よく冷えた缶コーヒーを差し出した。

 私は礼を言ってそれを受け取ると、プルタブを上げた。軽快な音が静かな店内に響く。

 スチール缶を傾けると、口の中に心地のよい苦みが広がった。身体の中で、奮い立つ感覚がする。私はそれを飲み干すと、再び業務に取りかかった。

「コーヒー美味しかったです。あとの仕事も早々と終わらせますね」

 私がそういうと、店長は私の修理しているロボットをまじまじと眺めてから微笑んだ。

「これでこのロボにも、明日から、またしっかりと働いてもらえるね」

「もちろんです」

 私は胸をはった。

「きちんとロボットを修理をして、業務に戻ってもらうのが私の仕事ですから」


 そんな生活も長く続き、気づけば季節がひとつ変わろうとしていた。

 閉店後の店内にこもるような日々も多く、次第に自分の身体に疲弊の跡を強く感じるようになっていった。そこで私は、予めロボに万全のメンテナンスを施したうえで、店長のもとを尋ねることに決めた。


「少しご相談がありまして、ただいまお時間大丈夫ですか」

 閉店後、私は後片付けをしている店長の背中に話しかけた。

 作業の手を止め、店長が振り返る。

「勿論だよ」

「ありがとうございます。それで、相談の件なのですが──、実は、少し休暇を頂きたいのです」

 私がそう言うと、店長はすこし驚いたような表情を浮かべた。

「ほう、構わないが、それはまたどうしてだね」

 店長の問いかけに、私は少しうつむいた。

「それが、この頃仕事続きだったものですから、夜もほとんど眠れない日々が続きまして。どうも少し体を壊してしまったみたいで、医者にかかりたいのです」

 私が神妙な面持ちでそう訴えると、店長は労いの言葉を口にし、それから私の申し出を快く承諾してくれた。


 翌日、医院を訪れた私は、医師の前の丸椅子に腰をかけていた。

「どうも、最近仕事続きでして────」

 私が症状を伝えると、医師はうんうんと頷き、いくつかの薬を処方することを提案した。

「幸い、あまり重篤な状況ではないようです。この薬を飲めば、大分マシになるでしょう」

 胸をなで下ろした私に、医師はにこやかに微笑み、こう言った。


「これで、明日から、またしっかりと働くことができますよ」





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