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【短編小説】イン・ザ・ガール




 先生の話ってどうしてこうもつまらないんだろう。きっとしょうもない人生を送ってきたからなんだろうって私は思う。なんていうか、内容に重みがないっていうか、それこそ言霊みたいなものが宿ってないって思う。だからクラスの皆が好き放題くっちゃべったり、スマホでゲームなんかをしちゃうのもしょうがないよね、って感じ。まあ、私はきちんと先生のほうを見て真面目に聞いたりしちゃってるんだけど。
 べつに私だってこんなしょうもない話を聞きたいわけじゃないけど、くっちゃべるような相手もいないし、なんていうか、先生にもちょっと悪いかな、みたいな。割と良い子なのかもね、私って。先生の話が終わると、みんな一斉に教室を出て行った。残ったのは私を含めて五人。この五人には共通点があって、それはなにかっていうと、全員ドがつくほどの隠キャって事。陽キャ達は放課後にやる事とか行く場所とかがたくさんあるんだろう。だからさっきみたいに飛び出して行ける。うちら隠キャ達にはすぐにでも教室を飛び出してまでやりたい事とか行きたい場所なんてないんだ。
 そうは言っても隠キャにもレベルがあって、何かやるべきことがある隠キャっていうのもいる。例えば美術室で絵を描いたり、友達とバンドを組んだりするような人達。私から言わせたら彼らは隠キャとしてまだまだ。隠キャレベル5、みたいな。
 今いるメンツって本当に毎日変わらないんだよね。私達、少なくとも私は隠キャレベル200は超えてるって自負してる。この五人が残った教室の空気ったら酷い。あれ? 人ひとり死んだ? ってくらい陰鬱な空気を漂わせてる。それでも私は他の四人が出て行くまで教室に残る。どうしてかって言うと、私って本を読むのが好きなんだ。主に小説なんかを。夕飯どきになるまで教室でひとり本を読んでる時間が大好き。べつに家に帰りたくないとかじゃなくって、なんだか放課後の教室って落ち着けるから。べつに自分の部屋でもいいんだけど、改めて考えるとなんでなんだろう。まあ、とにかく好き。だからいつも、早く帰んないかな、どうせあんた達やる事なんてないでしょ? なんて思いながら図書室で借りた本を広げる。本って読んでるとあっという間に時間が過ぎるでしょ? 作品の世界に没頭する頃には、気付いたら教室は私だけになってる。
 私にもひとりだけ友達がいるんだけど、その子もちょっと前までは教室に残る派だった。つまりこの前までパーティは六人だった。その子も友達は私だけだったはずなんだけど、いつの間にか陽キャ達とつるむようになってた。今日だって、バイバイってお互い手を振ったらとっとと教室を出て行っちゃった。
 廊下から知能指数2みたいな男子のふざけ合う声が聞こえてきた。そんな声も、今の私には良いBGMになる。カフェとか、ある程度雑音が聞こえてきたほうが落ち着く、的な? たぶん、そんな感じなんだろうね。時計を見たらもうすぐ十九時を回る頃で、あ、やっちゃった、って思った。できれば十九時には家に着きたいんだ。お母さんが夕飯を作り終える頃だから。お母さんの作るご飯って、本当に美味しいんだ。

 食卓ではお母さんと弟がもう夕飯を食べ始めちゃってた。お父さんはいつものように仕事で遅くなるんだろう。最後に四人揃ったのはいつ頃だろ。覚えてないくらいに昔ってことは確か。でも仕事だから仕方ないね。お父さんのおかげで私達は生活が出来てるんだし。夕飯を済ますと、ご馳走様、って言って二階の部屋に上がった。
 我ながら現役JKの部屋とは思えない。JKの部屋っていったら、カーテンは可愛いレースなんかが付いたものだったり、香水やら化粧品が並んでたり、とにかくオシャレ感強めな部屋をイメージするでしょ? 陽キャJKの部屋だったらそうかもしれない。でもここは隠キャレベル200の部屋だからね。壁一面に本棚が並んで、あとはベッドと机しかない。書斎かっつーの。でも本当、ベッドがあるからまだ部屋感があるけど、ベッドがなかったらマジで書斎。それもおっさんの書斎って感じ。茶色だとか黒だとかの物しかなくて、パステルカラーの物なんてどこにもない。でも私だって一応は女の子だから、可愛いものにも興味はある。でも、それを私が持っててもなあ、って思っちゃう。なんかその可愛いものが可哀想に思えちゃうから。例えばぬいぐるみなんかを欲しいって思うときもあるけど、きっと私の部屋に置かれたぬいぐるみは、なんでこんなおっさんの書斎みたいな部屋に置かれないといけねえんだよ、もっとかわいい部屋に置いてくれよ、なんて思うだろう。そう考えるとやっぱり、適材適所ってあるよね。私はベットに寝転んで、友達のマナミンの事を考えた。そういえばあの子、すこし前から化粧なんてするようになったなあ、なんて。私と同じで今まで化粧なんてした事なかったのに。思い返したらその頃からなんだよね、マナミンが陽キャ勢とつるむようになったのって。まあ、マナミンが楽しいならそれでいいんだけど、あの子も元の隠キャレベルが割と高めだから、彼女達の中で上手くやってけてるのかなってちょっと心配。ていうか、もしマナミンが陽キャに変異するなんてことになったら、それでも私と友達でいてくれるのかな、不安。もしそれで切れるような仲だったらそれまでの仲ってことなのかもしれないけど。でもそうなったらやっぱり悲しい。明日少しお話でもしてみようかな。最近あんまり話してなかったしね。

 昼休み、私は学食でひとり昼食をとってた。
 ぶっちゃけ結構辛いものがあるのは事実だよね。なんだか惨めったらしいから。あ、こいつ友達居ないんだな、って思われるの。まあ、実際いないんだけどさ。前まではマナミンが居たからひとりになることはギリギリなかった。遠くの席に陽キャちゃん達と一緒に居るマナミンが見えた。なんだかんだで上手くやってそうな感じ。よかったよかった。ただ、たまには私とも一緒に食べて欲しいな。この惨めな私の姿、マナミンにも見えてるはずだし。それともマナミンがいなくなった事で隠キャレベルが更に上がっちゃったのかな。隠キャを極めた者って透明化するって聞くしね。実際いるんだ、うちのクラスに。私を超える隠キャっていうのが。男子なんだけど、えっと、名前はなんだっけ? 忘れちゃった。彼は隠キャレベル測定不能ってくらいの隠キャ。例えば、コミュ力0な私だって、ふいに陽キャに話し掛けられる事がある。今日って何曜日だっけ? みたいなしょうもないことだけど。でも彼って話し掛けられてるところなんか一度たりとも見たことがない。陽キャが、五限の科目なんだっけなあ、とか、彼の隣で言ってたわけ。周辺には彼と陽キャ、本を読んでる私しかいなかった。普通隣にいる彼に聞くでしょ? なのにその陽キャ、わざわざ私に聞いてきた。私はそのとき、彼の隠キャレベルは私を遥かに超えてるって察知した。上には上がいるもんだなって。私はその日から彼を心のなかでマイスター(隠キャマイスターの略。)って呼んでる。だから名前も忘れちゃったのかもね。マイスターにまでなると、透明化するスキルを会得できるんだって私はこのとき学んだ。なんだかちょっと羨ましい気もするスキルだけど、そこまでいっちゃうと、なんていうか、ヤバい気がする。一線を越えちゃってるっていうか。ただ今こうしてひとりで学食に居るときなんかには使いたいスキルかも。私は昼食を終えると教室に戻った。
 五限まではまだ時間があったから、私はいつものように本を広げて読んだ。もし私が本を好きじゃなかったらって思うと恐ろしい。本のおかげで私は教室内で、『いつもひとりで本を読んでる奴』っていうキャラで居れるわけだし、ひとりで居る事もそこまで辛くない。ほんと、本が友達って感じ。ふとマイスターの事を思い出して、前の席に座る彼を見た。彼は背筋を伸ばした綺麗な姿勢で目の前の一点をずっと見つめてた。いや、怖えよ。普通、適当にスマホ弄るとか、読みたくもない教科書を適当に開くとか、隠キャ特有の、私何かしてます、的な自分を演出するものでしょ? さすがのマイスターって言ったところだよね。もはや彼は隠キャを超越した何者かなのかもしれない。読書に戻ろうとしたら、陽キャちゃん達と一緒にマナミンが教室に入って来るのが見えた。私達の友情ってもしかして終わっちゃったのかな。今のマナミンには話しかける隙もないんだ。
 マナミンとは今年高校に進学して同じクラスになって出会った。私がいつものようにひとりで本を読んでたら、その本、面白いよね、わたしもだいぶ前に読んだよ、なんて話し掛けてくれた。そのときの私はコミュ力0を発揮して、あ、そうなんだ、しか言えなかった。それから三日くらい経った日かな、その本を読み終えた私は違う本を読んでたんだけど、あの本、読み終わったんだね。どうだった? なんて聞いてきた。私って本の話になると、急に早口になって熱弁しちゃうところがあるらしいんだ。弟によくやっちゃうんだけど。弟は私と違ってどちらかと言うと陽属性だから、姉ちゃん、そのキモオタみたいな喋り方やめたほうがいいよ、ガチでキモいから。なんて言う。そのときの私もそのキモオタしゃべくり全開で彼女に本の感想を語ってた。そしたらマナミン、ヒナタさん、本当に本が好きなんだね、よかったら今日、放課後にファミレスでも行かない? って笑顔で誘ってくれたんだ。クラスメイトになにかを誘われるのって、たぶん小学生の頃以来だったんじゃないかな。めちゃくちゃ嬉しかった。あ、ヒナタってのは私の名前。いつも日陰にいる私には真逆な名前。クラスメイト達に陰で、お前ヒナタってキャラじゃねえだろ、なんて言われてるかもしれないね。でもお母さんとお父さんが付けてくれたこの名前、私はすごく気に入ってる。話が逸れちゃったね。私は、うん、行こ、なんて言って、マナミンとガストに行くことになった。
 二人してドリンクバーを頼んで、私達は色々と語った。マナミンは私と同じで友達なんかいないって言ってた。確かに彼女も、基本的にひとりでいる事が多かった。たまにクラスメイトと話したりもしてたけどね。私は彼女と話すうちに、あ、この子とだったら上手く喋れるかも、なんて思った。フィーリングっていうか、なんか私と通じるものを感じたんだよね。私はやっぱりそのとき読んでた小説の話を熱弁しちゃったりしてね。彼女は、ヒナタちゃん、また弟くんの言うキモオタ感が出ちゃってるよ、なんて言って、ふたりして笑った。楽しかったな。友達とお喋りするのって、こんなに楽しかったんだっけって思った。その日から私とマナミンは友達になった。
 彼女にLINEで、放課後にご飯でも行かない? って送ろうとしたけどやめた。彼女はきっと今日も陽キャちゃん達と遊ぶんだろうし、断られるのを考えたら怖かったんだよね。そんな彼女達を眺めてたら、マナミンがバッグから取り出したお財布に私は驚いた。マナミン、それヴィトンじゃん、って。さすがの私もヴィトンくらいなら知ってる。私はスマホでヴィトンの財布っていくらくらいするんだろうって調べた。そしたら中古でも三万円、新品だとその倍はするって金額がつらつらと並んでた。マナミン、いつの間にバイトなんか始めたんだよ。それともお小遣いを貯めて買ったのかな。でも、マナミンの家ってそんなにお金持ちじゃなかったはずだし……。ていうかさ、陽キャ達ってどうしてああもブランド物が好きなんだろうね。私らブランド物持ってるから。あんたらよりランク上だから。みたいなマウントでも取りに来てるのかな。それとも単純に可愛いから? でも可愛い財布なら安いものがいくらでもあるもんね。ていう事はやっぱりマウントか。だとしたら心底くだらないて思う。そんなマウントで上位に立てたからなんだっての。そんなことよりももっと大事なものっていうのがあるんじゃないの? まあ、それがなにかって言われたら私にもわからないけど。ただ、マナミンにはそんなくだらない子にはなって欲しくないって思った。私なんかがどうこう出来る事じゃないんだけどね。
 帰り道、私はマナミンにLINEした。今日見たんだけど、マナミンのお財布、ヴィトンでしょ? アルバイトでも始めたの? って。返信はすぐに来て、うん、バイトっちゃバイトかな。って。バイトっちゃバイトってなんだよ。まさかなんか怪しい仕事でもしてるんじゃないだろうな、ってちょっと心配になった。私はやっぱり久々にマナミンと話したくなって、今週の土曜日、ひま? って送った。お昼なら暇だよ! って返信。お昼ならって、まさか夜遊びでもするのかなって思ったけど、さすがにね。でも陽キャちゃん達と一緒なら有り得なくもないのかな? なんて色々と考えてたらなんだか余計に心配になってきた。クラスの陽キャ勢のなかでも、ちょっと悪めなグループの子たちなんだ、マナミンがつるんでるのって。前に持ち物検査でグループの子のバッグからタバコが出てきた事なんかもあったし。私は、久しぶりにお昼ご飯でも食べに行こっ! って送った。彼女は、オッケー(サムズアップ絵文字)って。なんだかんだで楽しみにしちゃう自分がいた。

 土曜日、私は駅前でマナミンを待った。ニューデイズのガラスに映る私の服装は、我ながら本当にダサかった。チェック柄のワイシャツにジーパンとスニーカー、みたいな。それでも今日はコンタクトな分、まだマシかもね。これでメガネなんて掛けてたら壊滅的。私だってもう少しオシャレな格好をしてみたいって気持ちもあるけど、休日に家を出る事なんてほとんどないし、洋服にお金を掛けるくらいならそのお金で本を買いたいって思っちゃう。今の自分に満足しちゃってるんだ、結局。待ち合わせ時間の五分前、横断歩道の向こう側で手を振ってるギャルが見えた。なんていう服なのかわからないけど、オーバーサイズのセーターをワンピースみたいにして着るやつ。高めのヒール付きブーツなんかを履いてるせいもあってか、脚はすらりと長く見える。これから彼氏とデートですか、いいですね。なんて思いながら赤信号を待つ彼女を暫く見て私は気付いた。あのギャル、マナミンじゃん! って。どうしちゃったってのよ、マナミン。前に会ったとき、ほんのニヶ月前くらいまでは私と同じような格好してたっていうのに。髪も巻いたりなんかしちゃって、化粧までばっちりキメてる。陽キャ、恐るべし。マナミンをここまで変えてしまうなんて。信号が青に変わるとマナミンは横断歩道を渡った。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然。なんていうか、変わったね、マナミン」
「え、なにが?」
 なにが? って。
「いや、その、ファッション、とか?」
「ああ、うん。ちょっとイメチェンしてみたんだ」 
 いや、イメチェンって言うレベルじゃないよ、それ。割と別人だよ。
「ご飯、サイゼでもいい?」
 私は訊いた。
「うーん、せっかくだしたまにはもうちょっと良いところ行こうよ。最近よく行くハンバーガー屋さんがあるんだ。友達のお兄さんがやってるお店で、すっごく美味しいの。あ、お金なら大丈夫だよ。今日はわたしが奢ってあげる」
 私は彼女に言われるままにそのハンバーガー屋さんに向かう事になった。
 駅から十分くらい歩いたところにそのお店はあった。普段学校と家の往復しかしない私は街の事情にめちゃくちゃ疎い。こんなオシャレなお店、いつの間に出来てたんだろ。外装は、なんていうか、ハワイアンって感じ? お店の前に大きなヤシの木が一本植えてあった。扉に掛かった看板を見ると、カラフルに「ALOHA」って書いてある。やっぱりハワイアンだ。私はマナミンに着いて行くようにして店内に入った。店内もやっぱりハワイアン。天井に木製のプロペラみたいなものが付いてくるくる回ってる。私とマナミンは窓際の席に着いた。お客さんは私達を含めて三組だった。土曜日のお昼どきにしては少ないのかな? 初めてだからよくわからない。席を案内した店員さんが今日も可愛いねえ、なんてマナミンに言った。マナミンは照れた顔で、またまた〜、なんて言った。
 ? 私の知ってるマナミンじゃないんだけど? 私の知ってるマナミンは、照れた顔で男にまたまた〜、なんて言わないんだけど?
 それにしてもこの男、The 陽キャって感じ。いらすとやが陽キャを描くなら彼をモデルにするんじゃないかなってくらいに。
「今日は皆と一緒じゃないの?」
 男は言った。
「皆とは後で合流するんです」
「あ、そうなんだ。この子、マナミンの友達?」
「はい、今日久しぶりにご飯でも行こうってなって」
「そっか。注文はどうする? いつものでいい?」
「はい、いつもので。ヒナタはどうする?」
 え? あっ、ちょっ、まだメニューも見てないんだからそんないきなり。やばい、きょどっちゃうじゃん。
「じゃあ、わたしもマナミンと同じもので」
「飲み物はどうします?」 
 いやだからまだメニューちゃんと見てないんだって。
「アイスティーってあります?」
「ありますよ。以上で大丈夫っすか?」
 はい、大丈夫です。ってマナミン。久々に他人と会話した。これを会話って言っちゃうあたりがヤバいよね。ただハンバーガーとアイスティーを注文しただけだもん。
 私はマナミンに、最近どう? なんて聞いた。
「どうって?」
「なんか、二人で話すのって久しぶりじゃない? なにか変わった事とかあったかなって」
「ううん、特にはないよ」
 そんなわけあるかい! 変わりに変わりまくってるじゃんかい! 服装とかメイクとか髪型とかっ! って私は思ったけど、
「そっか、ならよかった」
 なんてよくわからない事を言った。
「ヒナタは? なにか変わった事とかあった?」
「なんにも変わらないよ。ほんと、いつも通り」
「そっか。お互い、なんかもっと生活に変化が欲しいよね。華のJKなんだからさ」
 ちょっと待ってマナミン、本当に自分はなにも変わってないって体でいこうとしてるの? それは無理だって。無理があるって。なにがあなたをそうさせてるんだよ。素直に、「なんかわたし最近ギャル化してない? ウケるよねーっ!」とか言ってくれたら話進められるのに、そっちがそんな感じじゃ、私が今日話したかった事とか話せないじゃん。しょうがないから私は言った。 
「なんか、雰囲気変わったよね、マナミン。なんていうか、化粧とかもしてるし、ファッションも」
「あー、確かにちょっと変わったかも」
 なんなの? その頑なに自らの変化を認めない姿勢は!
「……最近、ミキちゃん達とよく遊んでるよね。あの子達、ちょっと悪いイメージがあったから、なんていうか、マナミン大丈夫かなって」
「大丈夫って?」
「マナミンに限ってそんな事ないって思うけど、悪い事とかしてないかなってちょっと心配になったっていうか」
 マナミンは笑った。
「皆いい子だよ。心配してくれるのは嬉しいけど、ヒナタはもっと自分の心配をしてもいいんじゃない?」
 ……は?
「いつまでもひとりで本ばっかり読んでて、たった一度の高校生活、本当にそれでいいの? JKで居れる時間って長い人生でほんの少ししかないんだよ? もっと楽しまないと損だと思うけどなあ」
 このとき私は、プチンときた。
「わたしは今の生活に満足してるよ。マナミンみたいに毎日のように友達と遊ぶのもそれはそれで楽しいのかもしれないけど、わたしは本を読んでる時間が好きなの。なんだか、わたしより自分のほうが上、みたいに思ってない? 高校生活の過ごし方なんて人それぞれだし、どっちが良くてどっちが悪い、なんてことはないと思う」
 なんだかこんなに喋ったのは久しぶりで、ちょっと疲れた。
「え、なになに怒らないでよ。わたしはただ、他にも楽しい事はたくさんあるよって言いたかっただけなんだから」
 そんな事は知ってるよ。知った上であたしは今の生活をしてるんだよ。私はマナミンの言い草に、更に頭にきた。
「……マナミン、最近結構お金持ってるみたいだけど、なにか始めたの?」
「まあちょっとしたバイト、みたいな? パパ活ってあるでしょ? おじさんとデートしてお金をもらうってやつ。お金はそれで稼いでるの」
「……それって、そういうこともしてるってこと?」
「そういうことって、エッチのこと? わたしはしてないよ。さすがにそこまでする勇気はなくって。みんなは全然やってるんだけどね。マナミも早くやんなよっていつも怒られてる。そろそろやらなきゃなのかなあ」
 マナミンは笑って言った。私の知ってるマナミンはもういなくなっちゃったんだって思った。なんだか怒りとか悲しさとかが入り混じって涙が溢れてきた。マナミンは、ちょっとどうしたの、なんて言った。涙が頬を伝った。二人分のハンバーガーと飲み物が運ばれてきて、陽キャ男が、なになに、どうしちゃったの? なんて言った。あたしはテーブルにお金を置くと、お店を飛び出した。私は涙を拭いながら家に向かって歩いた。

 ベッドに寝転がって暫くして、私はようやく落ち着いた。ほんと、変わっちゃったよ、あの子。本当のマナミンはあんな事を言う子じゃないはずなんだから。パパ活だって、絶対にミキちゃん達に流されてやっちゃってるんだ。このままだと、本当に最後までいっちゃうかもしれない。ふたりで本の話をして笑い合ってたマナミンはどこにいっちゃったんだよ。べつにミキちゃん達と一緒に居ることを悪く言うつもりはないけど、もしマナミンがあの子達と一緒に悪い事をしてるんだとしたら嫌だし、パパ活なんて危ない事もやめさせたい。でも私になにが出来るっていうんだろう。マナミンが自分で今の道を選んだっていうのなら、私に口を出す権利なんてないじゃんか。

 あの日以来、私とマナミンは教室で会っても前みたいに手を振る事すらなくなった。ほんと、なんの関わりもないクラスメイトみたいになった。正直あの日のマナミンの言葉には今でもムカついてるけど、友達だもん、どうなってもいいや、なんてやっぱり思えないよね。
 五限が終わった休み時間、私は借りた本をちょうど読み終えて、ぼうっと目の前を見つめてた。そしたら、誰もいなかったはずの空間からいきなり男子が現れた。私はびっくりして思わず椅子を引いて後ずさりした。その男子はマイスターだった。さすがの彼も動けば透明化スキルは解除されるみたい。目の前の彼がボソッとなにかを言った。声が小さすぎてなに言ってるのか全然わからない。
「え? なに?」
 彼はまたボソッとなにか言った。だから全然聞こえないんだって。
「え? なに? 聞こえない」
 そう言うと彼はようやくギリギリ聞き取れる声で言った。
「最近変わったよね、イケウチさん」
 イケウチっていうのはマナミンの名字。たぶん彼の声初めて聞いた。わりとイケボ。
「え、マナミンの事?」
「そう。前までは僕らみたいにユキワリソウのような存在だったじゃないか。今の彼女はまるでサルビアだ。いや、正確にはサルビアになろうとしている他のなにか、かな」
 ……なに言ってんの?
「ごめん、何を言ってるのかよくわからないんだけど」
「つまり、ユキワリソウからサルビアに彼女は生まれ変わろうとしているように僕には見えるんだ」
 いやだからそのユキワリソウとかサルビアがわからないんだって。
「ユキワリソウとサルビアって?」
 私は苛つきながら訊いた。
「ユキワリソウは日陰に咲く花。直射日光を当てると枯れてしまう。サルビアはその逆。日向に咲き、強い日光にも負けない」
 あー苛々する。つまりどういう事よ。前のマナミンはユキワリソウで、今のマナミンはサルビアになろうとしてるって? 彼の言う事を私なりに解釈してみた。
「……要するに、マナミンが隠キャから陽キャになろうとしてる、みたいなこと?」
「わかりやすく言うと、そう言うこと」
 最初からそう言えっての。なにがユキワリソウとサルビアだよ。
「それで、結局なにが言いたいの?」
「僕にはまるで、ユキワリソウが日向に咲いているようにしか見えないってこと。日向に咲いたユキワリソウはすぐに弱って枯れる。本来咲くべき場所じゃないからさ」
 そう言うとマイスターは自分の席に戻って、また姿勢正しく一点を見つめ始めた。それ怖いからやめたほうがいいよ、マイスター。
 つまりマナミンは無理してミキちゃん達とつるんでるって事? だとしたらなんのためにそんな事するんだろ。私には楽しそうにしか見えないけど。
 その日、マナミンは珍しくミキちゃん達と一緒に教室を出なかった。クラスメイトが次々と教室を出て行って、いつもの5人とマナミンが残った。つまり、3ヶ月ぶりに元々の6人が残った。私はマナミンに声を掛けようとして席を立った。そしたらマナミン、私を避けるようにして教室を出て行った。マナミンの目が少し潤んでいるように見えたのは気のせいかな。私はマナミンにLINEを送った。この前は急にお店を飛び出しちゃってごめんね、って。既読は付かなかった。支度を済ましたマイスターが、帰り際に私にボソッとなにかを言った。全然聞き取れなかった。でもなんか、良い事を言ってるような気がした。聞き取れなかったからわからないけど。
 私はいつものように本を広げた。なんだか内容が全然入ってこなくって、私ももう帰る事にした。
 翌日からのマナミンは休み時間もミキちゃん達とは絡まなかった。ひとりで席に座ってスマホを弄ってた。ミキちゃんたちはマナミンの横をまるで知らない人の横を通るみたいに素知らぬ顔で通った。喧嘩でもしたのかな。私は、そのまま絶交でもして欲しいような、でもマナミンが仲良くしてる友達なら仲直りして欲しいような、どちらとも言えない気持ちになった。
 三限の授業で先生がいきなり、グループワークをするから好きな者同士で集まって、なんて言った。私は、うわー、終わった、って思った。グループ分けほど私達隠キャを苦しませるものってない。だって友達なんていないんだから、好きな者同士もなにもない。私は呑気にそんな事を言える先生の神経を疑う。私からしたら、おい、お前今からハブられろーって言われてるようなものなんだから。グループ分けでハブられてるときほど惨めったらしい気持ちになる時ってないんだ。なんだか、普段出来るだけ見えないように隠してる部分を、クラスメイトの前で強制的に曝け出される感じ。惨めさと恥ずかしさで消えたくなる。前のグループワークの時にはマナミンがいたからどうにかなったけど、もう彼女も居ないしね。クラスメイト達はあれよあれよとグループを作っていった。そして、いつものメンツが取り残された。グループを作り終えた皆は残った私達を見て、あいつらまた余ってるよ、って悪意の目で見てくる。あー消えたい。ってあれ、マナミンもグループに入れてないじゃん。やっぱミキちゃん達と喧嘩しちゃってるのかな。先生は、お前ら余ったのかー? そしたら余った者同士でグループ作れー、なんて死体蹴りみたいな事を言う。本当、無神経過ぎる。私達は先生の言うように余った六人でグループを作った。私は隣に座ったマナミンに、ミキちゃん達と喧嘩でもしたの? って聞いた。マナミンは答えなかった。
 グループワークの内容は、古文をグループで解釈して代表者が皆の前で発表するってものだった。隠キャとグループワークほど相性が悪いものってない。水と油。融和する事なんて絶対にない。他のグループの皆が話し合いを始めるなか、私達はまるでお通夜状態。誰もなにも喋らない。誰かなんか喋れよ、誰かが切り込み隊長やらないと本当にこのまま終わっちゃうよ? とか思ったけど、それならお前が喋れって話だよね。私にも、そんな勇気はない。どんどん時間が過ぎていくなか、マイスターが言った。
「僕達もそろそろ始めようか。時間がなくなってしまうからさ」
 おーっ! さすがマイスター!
「そうだね」
 って女子Yちゃん。
「じゃあ、最初のこの一文から」
 って男子Sくん。私もがんばって、
「えっと、この単語は確か素晴らしいって意味だから……」
 なんて発言した。あー、本当に緊張する。なんか的外れな事言ってないよね? 私。マナミンはグループで唯一一言も喋らなかった。なんか、そもそも参加する気なんてないって感じだった。なんとか纏まってきて、これでいいんじゃないかな。ってマイスター。
「あとは代表者だけど、誰かやりたい人はいるかな?」
 いるわけないよね、そんなの。
「誰もいないのなら僕がやろう」
 前々からちょっと思ってたけど、マイスター、君はやっぱり只の隠キャじゃない。隠キャとは違う、隠でもないけど陽でもない、なんかそんなキャラ的なやつだよ、きっと。隠とか陽を超越した存在。これからは君の事、マイスター改め超越者って呼ぶ事にするね。
 話し合いの時間が終わると、グループごとの発表が始まった。よくもまあこんな大勢の前で喋ったりなんかできるよなあ、皆。もし私が発表なんてしたら、声は小っちゃくて、更に震えちゃったりなんかしてみんなに嘲笑されちゃうんだろうって思う。私達のグループの番が来て、超越者が発表を始めた。超越者、すごく堂々と喋った。他のグループの皆はどこかダルそうに発表してたけど、彼は違った。彼、実は普通に有能なんじゃ? って思った。一匹狼なだけで。先生はクリハラのグループの発表が一番良かった、なんて言った。つまり、あたしたちのグループ。そうだ、彼の名前、クリハラっていうんだった。発表した内容はほとんど彼がカバーしたものだったから、私達の成果じゃないんだけどね。

 お昼休み、私はいつものように学食でひとり、エビフライ定食なんかを食べてた。遠くの席にミキちゃん達が見えたけど、やっぱりそこにマナミンは居なかった。なんだかやっぱり気になって、放課後にでも話し掛けてみようって思った。マナミンになにがあったとしても、力になってあげたいって思う。
 それにしても失敗した、このエビフライ定食。初めて食べたけど、衣はべちゃっとしてて、エビなんか衣の三分の一しか入ってない。もしそこらのスーパーで売ったりなんかしたらSNSに上げられて炎上するレベル。高校の学食だからって適当やってんのかな、全く。

 ホームルームが終わると、クラスメイト達は教室を飛び出して行った。少し遅れて教室を出ようとするマナミンに私は声を掛けた。
「マナミン、ちょっといい?」
「……なに?」
「よかったらさ、久しぶりにマックでも行かない? 最近あんまり話してなかったし、マナミンさえよかったらだけど」
 マナミンは、うん、いいよ。とだけ言った。マックまでの道中、私達は言葉を交わさなかった。マナミンはずっとスマホを弄ってて、話し掛けられる雰囲気じゃなかったから。
 ふたりしてアイスティーを頼むと、二階の飲食スペースに上がった。中高生やらでわりと混んでて、私達は空いたカウンターの席に座った。二階から見下げる窓の外は、やっぱり学生が多い。マナミンは相変わらずにスマホを弄ってた。私はアイスティーを一口吸い上げると言った。
「マナミン、最近も本とか読んでるの?」
 マナミンはスマホを弄ったまま、ううん、とだけ言った。
「そっか。マナミン、最近友達と遊ぶ事が多いもんね。私なんかにはよくわからないけど、JKってどんな事して遊ぶの?」
 私も一応はJKだし、こんな事を聞くのもおかしいんだけど。
「普通に、カラオケとか? あとはたまにお酒飲んだり」
 えっ!? マナミンお酒飲んでるの!? まあ、ミキちゃん達だったら飲んでてもおかしくないか……。
「そうなんだ、お酒って美味しいの? 飲んだ事ないけど、なんだか苦いってイメージ」
 マナミンは黙ってた。会話、全然続かない。やっぱりマナミンはもう陽キャに変異して、私みたいな隠キャの事なんて、どうでもよくなっちゃったのかな。でもだとしたら、マックにだって来てくれてないはずだよね? うーん……。
「特に言いたい事がないんだったら、わたし帰るね」
 言いたい事はあるけど、徐々にそこに持っていこうとしてるんじゃん。
「……ミキちゃん達と、喧嘩でもしたの?」
 マナミンは初めてスマホを弄る指を止めた。
「どうして?」
「なんだか最近あんまり一緒に遊んでないみたいだしさ。どうしたのかなって思って。わたしがとやかく言う事じゃないかもしれないけど」
「……うん、ヒナタには関係ないよ」
 マナミンはストローを一口吸った。
「だよね。余計なお世話って感じだよね。ただ、わたしでよかったらいつでも話聞くからさ。それを言いたかっただけっていうか」
 マナミンは今日初めて私の顔を見ると言った。
「切られちゃったんだ、わたし。ミキちゃん達から」
 マナミンの目が潤んだ。
「やっぱりわたしには、あの子たちみたいにはなれなかった。仲良くなれるように、一生懸命やったんだけどね。ミキちゃん達のテンションに合わせるようにもしてきたし、ファッションだって皆と居ても浮かないようにたくさん勉強した。ようやく皆のなかに溶け込めるようになったかなって思ってたのに、前にミキちゃんに言われたの、やっぱりマナミン、うちらとは合わないわ、って。その一言で終わり。それ以降彼女たちはわたしと遊んでくれなくなった。話し掛けても無視されちゃってさ」
 微笑むマナミンの目からはついに涙が零れ落ちた。マナミンは指でそれを拭った。
「わたし、ずっと陽キャ側の皆に憧れてたんだ。皆、すごくキラキラして見えてさ。青春を謳歌してるっていうか。でも、根が隠キャのわたしだもん。彼女達みたいになるなんて、やっぱり無理だったんだ」
 マナミンはアイスティーの乗ったトレイを持って席を立った。
「ごめんね、泣いたりなんかして。今日は誘ってくれてありがとう」
 マナミンはトレーを戻して階段を下っていった。

 翌日の休み時間、なんだかやたらとミキちゃん達の会話が耳に入ってきた。
「この写真めっちゃ盛れてんじゃん! インスタ上げなよ!」
「えー、じゃあストーリーに上げようかなー」
 勝手に上げろよ、誰もあんたの盛れた写真になんて興味ないんだよ。
「え、結局あの大学生と付き合ったんだー。慶応でしょ? いいじゃーん。 やっぱ大学生って良いよねー」
 大学生のどこがいいのか具体的に言ってみろよ。ちょっと大人に見えてカッコいい、みたいなくだらない理由なくせに。
「それマリトッツォじゃん! かわいー」
 食べ物に可愛いも可愛くないもないだろ。あんなのパンにクリーム挟んだだけじゃん。なんて、私はやたらと彼女達に対して攻撃的になってた。マナミンを悲しませやがって。にしても、私なんかがマナミンになにが出来るんだろう。陽キャになりたいってマナミンに私が出来る事なんてなにもない。こんなド隠キャの私には。マナミンはひとりでスマホを弄ってる。話し掛けに行こうとも思ったけど迷惑だよね、きっと。あーあ、どうしたらいいのかわかんないよ。

 マナミンは今日もひとりで教室を出て行った。一緒に帰ろ、って言おうと思ったけど、やっぱり出来なかった。私も支度を済ますと教室を出ようとした。そしたら、誰もいないはずの空間からボソッとした声が聞こえた。私は驚いてそっちを見た。超越者だった。声を出しても透明化スキルは解除されるのね。まあ、そりゃそっか。 
「超越し、……クリハラ君、なにか言った?」
 彼はまたボソッとなにかを言った。苛つく。
「え? なに? もう一回言って」
 彼はこっちを見て、ようやく聞き取れる声で言った。
「やっぱり彼女は、サルビアに成り切れなかったみたいだね」
 だからいちいち花で例えるなって。つまり、陽キャって事ね。
「クリハラ君、どうしてそんなにマナミの事がわかるの?」
 彼は少し黙って、
「見ていれば大体わかる」
 なんて言った。いや、君いつも教室の一点しか見てないじゃん。透明化以外に多視点スキルも持ってるの?
「君は彼女の友達だろう?」
「うん、もちろん」
「なら、どうして助けてあげないんだ?」
「私だってマナミの力になりたいよ。でも私みたいな隠キャにどうこう出来る事じゃない」
「……サルビアという花になれなかったのなら、ユキワリソウとして咲く他ないんじゃないのかな」
「でも、それはマナミの意志に反するよ」
「意志なんてものは無意味だよ。例えば、今君が片腕を失ったとするだろう?」
 急に怖い事言うな。
「君はそれを受け入れずに、ずっと失った片腕を取り戻そうと努力するのかい? きっといずれは事実を受け入れて、失ったなりの生活をしていく努力するんじゃないか。彼女は今、サルビアとしても咲けず、ユキワリソウとしても咲けていない、蕾のような状態だと思うんだ。サルビアとして咲く事が出来なかったのなら、ユキワリソウとして咲けば良いだけの話じゃないかな。どちらも種こそ違えど、咲いた花には違いない。君なら、ユキワリソウを咲かす水を差してあげられるんじゃないかな。いや寧ろ、君にしか差せないのかも」
 ……。マイスター改め、超越者改め、クリハラ君。君、やっぱり只者じゃない。
「ありがとう、クリハラ君」
 私は教室を飛び出した。

 校門の先にマナミンの姿が見えて、私は出来る限りの大声で彼女を呼んだ。他の生徒達が一斉に私のほうを見た。私の事を知ってる人なら、こんなに大声を出した私に驚いているだろう。マナミンは立ち止まってこっちを見てた。私は彼女の元へ駆け寄った。
「……ヒナタ。どうしたの?」
 彼女は異様なものを見るような目で私を見た。私は息切れしながら言った。
「マナミンは、わたしの大切な友達だよ」
 マナミンは黙って私の目を見てた。
「マナミンからしたら、わたしなんて友達になりたいタイプの人間じゃないかもしれないけど、わたしからしたらマナミンは大好きな友達なの。だから、いつでもわたしのところに帰って来てよ。マナミンに他の友達がたくさん出来たとしても、もし、出来なかったとしても、わたしはいつでも居るから。わたしなんかで良ければ、いつでも私は居るから。マナミンが悲しい顔をしてると、なんだかわたしも悲しくなるんだ。なにが言いたいのか自分でもよくわからないんだけど、とにかくマナミンには、もっと笑っていて欲しいって、そう思うんだ」
 マナミンは暫く黙って私を見てた。と思ったら急に笑い出した。
「ありがとう、ヒナタ。ちなみにだけど今のヒナタ、キモオタ口調になってるよ」
「え、うそ」
 マナミンは笑ってた。私も笑った。
「ヒナタ、マックでも行かない?」
 私はうん、って頷いた。
「ハンバーガーでもポテトでも、なんでも奢ったげる」
「でもそれ、パパ活のお金でしょ?」
「バレた?」
 マナミンはバッグからお財布を取り出した。
「この二万円はパパ活で稼いだお金」
 マナミンはそう言うと、重ねたニ枚のお札を真っ二つに切り裂いた。彼女は財布を広げて見せた。中には小銭が数枚だけ。
「やっぱり奢りは無しで。このお財布も後でゴミ箱に捨てちゃおっと」
 私は笑顔で返した。
「……ヒナタ、今までごめん」
「ん、なにが?」
「お昼、一緒に食べなかったし、ヒナタを避けるような事もしちゃったし」
 なーんだ、気にしてないよ、そんな事。二人また仲良くやっていけるって事だし、ノープロブレム。それにしてもムカつくなあ、ミキ。今度学食で見掛けたら躓いたフリして水でも掛けてやろうか。……。仕返しエグそうだし、やっぱりやめとこ。

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