アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-4
ティアーズ オブ フェイスレス キラー
拘束されたアマネは目隠しをつけられて、黒尽くめの呪術的フォックス・マスク集団に誘導されるまま歩き始めた。非常灯がちらつくスラムの路地から、真っ暗なトンネルへ。入り組んだ道を歩き続け、スロープを上へ、下へ。
当初は目隠しをつけたまま道順を覚えようとしていたアマネが、あまりに長い道のりに努力をすっかり放棄した時、
「一旦、止まりなさい」
一本角のリーダーの声が飛んできて、黒尽くめの一団は足を止めた。目隠しの黒布が外される。頭上から降り注ぐ陽の光を感じて、アマネは声を漏らした。
「おお……」
連れてこられたのは、吹き抜けの半地下空間。四角く切りとられた青空の下、ツタに覆われた巨大な門構えがそびえ立っている。
「これが、オオス・アンダーグラウンド・テンプル……!」
「いかにも」
素直な感嘆の声をあげるアマネに黒尽くめの構成員たちは「こいつ、どこまで知ってるんだ」「何が狙いだ……?」などとざわつくが、一本角の男は気にしていない様子でうなずいた。
「申し訳ないが、自由な観光は許可されていないのでね。このまま、付いてきてもらおう」
「わかりました」
アマネもにこやかに答えると、一行はオオス寺院の敷地内に足を踏み入れた。
ミュータントの子どもたちが歓声をあげながら路地を駆けていく。首の長い子、いくつも腕が生えている子、緑色の子、紫色の子……犬耳の生えた子、全身を鱗に覆われた子……
「あれ?」
見覚えのある姿を視界に捉えた気がして、アマネは思わず振り返った。フォックス・マスクの一人が声を荒げる。
「よそ見するな!」
一団の動きが止まり、フォックス・マスクたちが一斉に銃口をアマネに向ける。一本角の男は手をポン、と叩いた。
「諸君。……紳士的に、な」
フォックス・マスクたちは構えていた銃を下ろした。一本角のリーダーはアマネに声をかける。
「何か、ありましたかな?」
「ああ、いえ。知り合いがいたような気がして……」
アマネが再び路地に目をやると、子どもたちの姿は既に見えなくなっていた。
「気のせいだったみたいです」
「左様ですか」
黒尽くめの一団は、無言のまま再び歩き出した。アマネも一緒に歩きながら、きょろきょろと辺りを見回す。
苔むした石垣と、ツタにまみれた土壁。その上に架けられたカーボン素材の支柱と、ゆらゆら揺れる白い洗濯物の旗。行き来するミュータントたち。そしてミュータントではない人々。路上の市、世間話をする人々。遠くから子どもたちの笑い声。
ネオンサインの光も、コマーシャルのけたたましい売り文句もない。遺跡の町の中には穏やかな時間が流れているようだった。
「着きましたよ」
一本角の男に声をかけられ、アマネは立ち止まる。遺跡の町・オオスの中心部。一際古く、大きな屋敷が目の前に建っていた。
「ここから先は、貴女と私だけで参ります。……さあ」
促され、アマネは敷地の中に足を踏み入れる。住人達は出払っているのか、門をくぐると静まり返った空気に出迎えられる。玉砂利を踏む自らの足音が、やたらと耳につくようだった。
よく手入れされた庭には樹々が根付き、過ぎ行く春を惜しむように咲く花々が静かに揺れている。庭の中央を通り抜け、縁側から屋敷に上がり込んだ。クラシカル・スタイルなショウジ・ドアの前で一本角がひざまずく。
「“お客様”をお連れしました」
「入りなさい」
若い娘の声。自分よりも年下かもしれない、とアマネが思っていると、するりとショウジが開かれた。模造タタミ・シートが敷き詰められた大部屋がぽっかりと広がっている。
「よくいらっしゃいました、巡回判事さま」
部屋の奥に座るピンク色の髪をした娘が、ゆったりとした声で呼びかける。
「さあ、中へ……」
「お邪魔します……」
促されるまま、アマネは部屋の中に入った。おっかなびっくり、という様子でそろり、そろりとピンク色の娘の前に近づいていく。
角を生やした召使がザブトゥン・クッションを置いてくれたので、アマネはぺこりと頭を下げるとクッションに腰を下ろした。目の前には静かに微笑む、ピンク髪の娘。
「ありがとうございます。ええと」
「わたくしは“みかぼし”。貴女方の呼び方では、“反政府組織”と言うそうですが……悪の結社、“明けの明星”の首領を務めております」
よしなに……と頭を下げ、ゆっくりと顔をあげる。穏やかな笑顔の下で、両目が妖しくも鋭い光を発していた。アマネは眼光を正面から受け止めると、自身も深く頭を下げる。
「ありがとうございます。私は滝アマネ。ナゴヤ・セントラル保安局所属、巡回判事を拝命しております」
顔を上げると、胸ポケットから取り出したIDカードをかざす。五弁の花を象った紋様が、“みかぼし”の眼光を浴びて輝いた。
「なるほど、拝見いたしました」
悪の結社“明けの明星”の女首領は頷くと、刃のように鋭い視線をアマネに向けた。
「それで、巡回判事さまは、なぜこちらに? この町を探していたようですが……どこでお知りになったんです? セントラル保安局の管理が及ばない、この町を?」
“みかぼし”の問いかけに、室内の空気が緊張の色を帯びて引き締まった。一本角の男も、固唾を飲んで返答を待っているようだった。
「紹介してもらったんです。タチバナ……“アカオニ”のトウベイさんから」
「アカオニ? あいつが、なぜ……?」
「アオオニ」
思わず食いついて尋ねそうになった一本角……アオオニを、“みかぼし”が静かに静止する。
「申し訳ありません」
アオオニが慌てて頭を下げると、女首領もアマネに頭を下げる。
「失礼しました。アカオニは、アオオニの古い友人でしたので。……ですが、猶更わかりませんね」
顔を上げると、凶星のように光る“みかぼし”の両目がアマネをまっすぐに見据えている。
「アカオニがなぜ我々のことを話したのか、そして、貴女がなぜ単身で乗り込んできたのか……」
「それは……」
穏やかな中にも険のある気配。“みかぼし”が、アオオニが、そして角の生えた召使がアマネの返答を待っている。アマネは深呼吸すると、“みかぼし”の両目を見返した。
「ナゴヤの町で起きている連続殺人事件を解決するために、協力をお願いしたくて来たんです。アカオニさん……タチバナ保安官は、困ったときには皆さんが頼りになるから、と」
「保安局が、我々“明けの明星”に助けを求める、と?」
“みかぼし”の顔から笑みが消えていた。両目の光はますます鋭く、刃のように突き刺さる。しかしアマネも、“みかぼし”から視線を外さなかった。
「タチバナ保安官からの紹介でも、難しいですか?」
「おっしゃる通り、アカオニは既に“そちら側”の人間ですから。保安局の関係者が何事もなくオオスの町にたどり着いただけでも、十分な価値があると思いますが」
食い下がって投げかけられた言葉を、あっさりと斬る“みかぼし”。冷徹な表情を崩さない女首領を前に、巡回判事はスーツの内ポケットに手を入れた。
「貴様、何を」
「お待ちなさい」
飛び掛かろうとするアオオニを“みかぼし”が静止する。
アマネが懐から取り出したのは、コンタクトレンズの保管ケースだった。両目にケースを当てると、身につけていたカラー・レンズを取り外す。
顔を上げ、“みかぼし”に向けられたのは金色と銀色のオッド・アイ。妖星のような“みかぼし”の両目と視線が衝突すると、大きく開いていた黒い瞳孔がピンホールのように収縮した。通常の人間を超えた、異質な動き。
それまで余裕を崩さなかった“みかぼし”が驚いて声をあげる。
「あなたも、ミュータント……!」
「ええ。でも、ナゴヤ・セントラル保安局にミュータントの巡回判事は所属していないことになっている……」
アマネは自らの金銀妖瞳を見せつけるように胸を張りながら、女首領と対峙する。
「これが、私からお出しできる交渉材料です。そして、これは、保安局とは直接関係のない話です」
アマネは深く頭を下げた。
「力を貸してください。どうか、お願いします」
地下回廊をネオンの光が走る。そこかしこで通行人の前に飛び出す立体広告が、思い思い謳い文句を並び立てる。それらを気にしない風で通り過ぎる、人の波。
ナゴヤ・セントラル・サイト、中枢部に口を開けた大空洞に、張り付くように作られた繁華街“ステーション”上層。行き交う人々も少なく、人の流れの“淀み”のような、通称“裏ステーション”。深層に比べて、どこか投げやりな空気が漂う区画。
めくるめくように、とりどりの色に切り替わりながら光を発する珍妙なオブジェの前に、赤いドレスを纏った女性が一人。
「なあ、なあ」
足元のおぼつかない、真っ赤な顔の男がふらつきながらやってくる。
「ねえちゃん、いくらだ」
ぼろぼろの服を着た男がそう言うなり、小刻みに震えながら手を伸ばす。ドレスの女は鋭い視線を向けると、男の手を払いのけた。
「お呼びじゃないよ、失せなくそじじい!」
「ちくしょう、お高く留まりやがってよう!」
吐き捨てるような言葉を浴びせかけられ、男も喚くように言い返す。しかしその後はあきらめて、すごすごと歩き去るのだった。
「くそ、俺だって、俺だってなあ……」
ぶつぶつと言い、よたつきながらしばらく歩くと、尻餅をつくように路上に座り込む。
「俺だってなあ! なめんじゃねえぞクソタワケがよう!」
わめきたてるが、アルコールと電子ドラッグに意識をかき回された浮浪者には、それ以上のことはできないのだった。男はしばらくわめいた後、うつぶせに倒れ……大きないびきをかきながら眠り始めた。
“ステーション”から居住区画に帰る人々、深層の商業区画に向かう人々、そして“ステーション”の外の、スラム地区に歩いていく人々……あらゆる年齢層の人々が、浮浪者を気にせず通り過ぎる。
もちろんドレスの女も、既に浮浪者の事など気にも留めていなかった。時折コツコツと路面を長いヒールで打ち、ぼんやりと“ステーション”の中枢部に繋がるゲートを見つめている。
そろそろ、待ち合わせの時間だ。腕時計に目を落として時刻を確かめた時、
「おーい!」
背広姿の壮年の男が、手を振りながらやってくる。赤いドレスの女は顔を上げ、微笑みながら小さく手を振った。恰幅の良い男は小走りで駆けてくると、女の前で「ふう、ふう」と小さく息をついた。
「済まないね、もっと余裕をもって着くはずだったんだが」
「あら、構いませんわ。だって、ほら」
女がそう言うと、鐘の音が鳴り響いた。“ステーション”のシンボルである金銀細工の時計が、区画全体に向けて鳴らす“時報”。そして、2人の待ち合わせ時間になったことを意味していた。
「ちょうど、時間通りですもの」
赤いドレスの女はしなやかな腕を伸ばし、男に絡みつく。
「そうか、はは……」
だらしのない笑みを浮かべる男の顔を、女はじっと見つめていた。大きな瞳の中に、幾筋もの光が流れ星のように走っていく。
「ええ。それじゃ……行きましょう、ねえ?」
「ああ、ああ……!」
女が先導して、2人は地下回廊の薄暗がりの中に消えていった。
(続)
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