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アウトサイド ヒーローズ:エピソード4-03

ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター

 岩頭のゲンは松明を手に、サテライトの正門に仁王立ちになっていた。

「おういゲン、お疲れさん!」

サテライトの奥から戻ってきたタチバナが声をかけると、ゲンも視線を上げて、四人が歩いてくるのを見た。

「おやっさん、皆さんもお疲れ様です。話は一緒に聞かせてもらってました」

 そう言いながら、イヤホンのついた通信端末を取り出す。

「よし、話が早いな。こっちはどんな感じだった?」

「相変わらず、人間サイズの“ミミック”は来ませんね。たまに小さな奴はチョロチョロしてますけど。……あれは放っておいていいんですよね?」

 ゲンが指さす先、近くの建物の塀に、“ミミック”が擬態した小動物がちょこんと座っている。大きな円い目で“ミミックの女王”を討ち取った侵入者たちを、じっと見つめていた。

「ああ。あいつらは見聞きしたものを近くの仲間に知らせるだけの分体だ。次の世代を作れるのは女王だけだし、戦闘用の分体は全部倒した。あとは個体の寿命が来るか、他のモンスターに食われるか……じきに消える」

 話しながらタチバナが松明を近づけると、小さな“ミミック”は四つ足で立ち上がり、炎をキッと睨んだ後、塀の後ろに跳び去った。

「動きは完全にちっちゃいケモノなのになあ。コロニーの中のあれこれを見なかったら、今でも信じられなかったと思いますよ」

 雷電スーツのマスクから顔を露出させたレンジが、小動物が消えていった先を見ながら言う。

「無害な生き物に、すっかりなりきっているんだ。"ミミック"は獲物を麻痺させる細かい毒針を全身に持ってるが、あの小さな分体にはそれもない。人間に警戒されないように、徹底してるんだ」

 説明を聞きながらゲンが顔を曇らせる。

「……あのう、おやっさん、さっき僕が食べたモーニングって、もしかして……」

「ああ! あれも“ミミック”だな。人間に食べさせることで、体の中から麻痺させるんだと。全く、色んな手を覚えるもんだ」

 ゲンは自らの首に手を当ててゲーゲーとえずいた。

「何てもの食べさせるんですか! 全部食っちゃいましたよ」

「すまんな、お前さんは口の中まで頑丈だからな。奴のやり口を真正面から乗りきるには、どうしてもアレを食べる必要があったんだ」

「僕が必要だって、そういう理由だったんですか? それならそれで、説明してくださいよ!」

 目を円くして怒るゲンを見てタチバナが愉快そうに笑っていると、車を調べていたメカヘッドが戻ってきた。

「先輩のところのバンも、俺の車もダメですね、見事に4輪ともパンクですよ」

「そうか、本当に徹底してるな! ……どれぐらいで直りそうだ?」

 話を振られたゲンが、気を取り直して答える。

「修理キットは1つしかないですからね、手作業で2台とも直すとなると、数時間はかかるでしょうね」

 機械頭と二本角、ヒーロースーツ姿の男三人は、額をつきあわせてため息をついた。

「とにかく、パンク修理始めてますね」

 解決策の浮かばなかったゲンは早々に根を上げて、パンクしている車に戻っていった。

「困りましたね、急いで戻って、カガミハラに知らせないといけないんだけど……」

「バイクは無事ですから、俺が行きましょうか?」
「いや、いくら“ストライカー雷電”がカガミハラの恩人だといえ、コロニー間の問題に一般人が一人で首を突っ込むのはまずい。証拠映像を渡すのも難しいんじゃないか?」

「確かに先輩の言う通り、レンジ君一人じゃ難しいな。俺が車を置いて、後ろに乗せてもらうか……」

 愛車を置いていくことに躊躇いながらメカヘッドが話していると、得意そうな顔をしたアマネがやってきて、「はい! はい!」と手を上げた。

「私が行きますよ! こんなこともあろうかと、足を用意してますからね!」

 タチバナは「ふむ」と言ってあごを撫でた。

「そういえば、アマネ殿のスクーターをバンの後ろに載せていたな……」

「タチバナ保安官、私がカガミハラに映像データを渡した後、そのままナカツガワに向かう、っていうのはどうです?」

「……うん、いいんじゃないか? ゲンも一緒に乗せて、連れて行ってくれ」

「了解です! ……おーい、ゲンさーん!」

 アマネは元気よく敬礼し、大股で作業しているゲンに声をかけに行った。メカヘッドがほっと息をついた。

「やれやれ、うまくいきそうですね」

「そうだな、アマネ殿ならいきなり映像を渡しても受け取ってくれるだろうよ」

 並んでうなずいている二人の横で、レンジが青くなっていた。

「……この前ジローを追いかけた時、アマネの車にマダラが乗ったそうなんですけど、その、運転が……」

「……アレなのか?」

「アレ、だそうです」

 タチバナもすっかり青くなった。ベコベコと外装が凹み、タイヤがバーストした状態で回収されたアマネのスクーターを直しながら、ぶつくさと文句を言うメカマンの姿を思い出していた。

「行ってきまーす!」

 元気のいいアマネの声が飛んでくる。

「レンジ、アマネ殿のスクーターを追いかけてくれないか?」

「……了解です、すぐ行きます」


 幽霊街と化したオーガキ・サテライトからパステルブルーのスクーターが飛び出すと、矢のように駆けてカガミハラ・フォート・サイトに向かった。あっさり城塞都市に到着すると、アマネは巡回判事のIDカードをかざしてカガミハラ軍警察署に乗り込んだ。

 恐る恐る出迎えたイチジョー副署長に、雷電スーツから抜き取った映像メモリを叩きつけるように渡すと、「先を急ぎますので!」と言い放ち、巡回判事は踵を返す。ぽかんとした顔の副署長が応接室に取り残された。


 うららかな陽が射す昼前のナカツガワ・コロニー。正門には“担当者不在のため、訪問者への対応を休止しています”と貼り紙され、フェンスが下ろされていた。門の向こうから、子どもたちの弾けるような笑い声が聞こえてくる。

 タチバナの営む酒場“白峰酒造”に引き取られている子どもたち、鱗肌のリンと犬耳のアキは、酒場のお遣いをさぼってヒーローごっこに夢中になっていた。

「“黒雲散らす花の嵐、マジカルハート・マギフラワー!”」

 長い枝を持ったリンが、魔法少女になりきってポーズを決める。

「ハーッハッハ! ここがきさまの墓場だ、マギフラワー!」

 悪のマッドサイエンティストになりきって、迎え撃つアキが高笑いした。

「見せてやろう、このドクター・スマートの最高建設を!」

「アキちゃん、“最高傑作”」

 素に戻ったリンが訂正すると、アキは演技を続けながら「最高傑作を!」と言い直す。

「行け、改造人間56号! ……ウガー!」

 アキは素早く役柄を切り替え、凶暴な改造人間になりきって叫んだ。

「負けないわ! “ブロッサムシューター”! バシュン! バシュン!」

 手にした枝を銃に見立てて、リンーーマギフラワーが改造人間を撃つ。

「グオオオ!」

 見えない光線を浴びて尚、改造人間アキは両手を上げて吼える。素早くくるり、と回転すると、アキは再びマッドサイ、ドクター・スマートになった。

「ハーッハッハッハ! そんなビーム、我が改造人間に効くものか!」

「何ですって!」

「改造人間56号は、雷電のファイアパワーフォームにも負けないのだ、フハハハ! ……ウガー!」

 ドクター・スマートは高笑いし、再び改造人間の役になって雄叫びをあげる。

「めちゃくちゃじゃない、そんなの!」

「ウガッハッハ!」

 アキは改造人間とも、マッドサイエンティストともつかない笑い声をあげた。

「こうなったら……マギフラワー、ハイパワーモード! バシューン!」

「リンちゃんだって、そんなものないじゃないか!」

「言ったもん勝ちよ! バシューン! バシューン!」

「くそう、改造人間を再改造して、パワーアップだ! ウガオーン!」

 最早ただの口げんかになってしまい、二人が終わることのないパワーインフレ・ゲームを演じ始めた時、二人の足元から、弱々しく「みゃあ……」と鳴く声が聞こえた。


 換気扇が低い音を立てて回り、鍋がふつふつと音を立てている。

「ふふふーん、ふふふーん……」

 “白峰酒造”の厨房では留守を任されている看板娘のアオが鼻唄まじりで、“日替わりメニュー”の鍋をかき混ぜていた。大鹿の肉から作ったソーセージがたっぷり入っているポトフが、白い湯気をあげる。近隣の農業プラントから仕入れた野菜とモンスターのジビエ肉を使い、“ミールジェネレータ”に頼らずに自分の手で料理を作ること。そしてそれを客に振る舞うことに、彼女は遣り甲斐を感じていた。

 入り口の扉が開くのに反応して、壁にかかったベルがチリン、と鳴る。アオはコンロの火を止めて、ホールに顔を出した。

「……アキ? リン?」

 店から従業員寮に向かって、パタパタと軽い足音が走っていく。

「ただいま、アオ姉!」

 階段の上から、リンが答えた。

「リン、アキもいるの? 頼んでいたのは、どうなってる?」

「アカメおじさん、明日の昼までに箸を20個作って、持ってきてくれるって!」

 アキも階上から返す。

「アキちゃん、箸は“個”じゃなくて“膳”だよ」

「そっか! 20膳、明日までに間に合うって!」

「ありがとう! 二人とも、お昼できてるよ!」

 アオは言い間違えたアキと、それを訂正するリンのやり取りにくすりと笑った後、大きな声で階上に返した。

「はーい、後でいく!」

「取りに行くから、私たちの分を残しておいてね!」

 普段なら飛び降りるようにやって来る二人が妙に大人しいことに、アオは違和感を覚えながらも「わかった!」と返したのだった。


 数分後、従業員寮の「子供部屋」では、アキとリンはアオ特製の鹿ソーセージ入りポトフを食べながら向かい合っていた。

 四角いちゃぶ台の脇には空になったスープ椀が置かれ、傷だらけの白い毛玉が転がっている。

「……こいつを見た時から、どこかで見たことがある気がしてたんだ」

 しゃべりながらアキは、映像メモリ再生装置のリモコンを操作した。壁に貼られた画面に、旧文明期の特撮ドラマ、“ストライカー雷電”の映像が映し出される。

 アキが流したのはアクション・シーンではなく、日常の場面だった。文明崩壊前の街並みを背景に、登場人物たちが動き回っている。

「ほら、ここ!」

 指さした先に、小柄なケモノが映っていた。“ダガーリンクス”の大牙を抜き、そのまま小さくしたような生き物だった。

「うん、よく似てる……!」

「でしょう?」

 ドラマの主人公、“住公太郎”がその生き物を撫でると、小さなケモノはゴロゴロと喉を鳴らし、青年の手に顔を擦り付けた。リンがにっこりして、両手を合わせる。

「可愛い!」

「うん!」

 白い毛玉がもぞり、と動き、三角形の耳が二つ飛び出した。顔を上げると、黒く艶やかな瞳が二人を見た。額には宝石のような珠が収まっている。小さなケモノは「にゃあ」と一声鳴くと、リンのひざの上に乗った。リンが「きゃー!」と言いながら撫で回すと、小さなケモノは気持ちよさそうに目を閉じた。

「ところで、何でこの子のことをアオ姉にも言わなかったの?」

 撫でる手をとめずにリンが尋ねる。

「だって、アオ姉だったら『どんなモンスターかわからないから、まず調べなきゃ』って言うだろ。おっちゃんも帰ってきてないし、待ってたらきっと、こいつ弱って死んじゃってたよ」

「そうね……」

 ケモノは目を閉じて横になっている。額に収まっている宝石が、妖しく輝いた。

(続)


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