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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;18(エピローグ)
ナゴヤ:バッドカンパニー
掛け時計が時を刻む音を響かせる、昼下がりの保安官事務所・第14分署。
唯一の職員である保安官見習いを保安局のヘルプに送った後、残った保安官は携帯通信端末を立ち上げた。しばらく“接続中…”と表示されていた画面が、“不明な発話者”に切り替わる。
「『もしもシ? アキヤマ、回線に問題はなさそうかイ?』」
スピーカー通話にした端末をテーブルに置くと、ズノの声が呼びかけてくる。アキヤマはコーヒーカップを手に、イスに腰かけた。
「ああ、問題ない。……しかし、わざわざ時間を指定してくるなんて珍しいな、ズノ」
「『ははハ、まあネ』」
ズノは楽しそうに笑う。ピロリ、と端末が音を立て、“新しい発話者です”という文字が画面に表示された。
「おいおい、時間指定したのはこのためか? 誰を呼んだんだよ、ズノ」
「『ふふフ……』」
ズノは楽しそうに笑っている。スピーカーから、「ゴホン!」と野太い声の咳払いが飛び出した。
「『ああ、うん……久しぶりだな、アキヤマ』」
呼びかけてきた声に、アキヤマはイスから飛び上がった。
「アカオニか? 20年ぶりじゃないか? ええ!」
「『お、おう……すまんな、音沙汰なしで』」
少し恥ずかしそうな男の声が、アキヤマの問いに答える。
「カガミハラに行ったきり音沙汰なしだったから、もしかしたらくたばってんじゃないかって思ったが……元気そうで安心したよ」
「『おいおい、ひでえ言いぐさじゃないか』」
アキヤマが笑うと、スピーカーからアカオニの笑い声が返ってくる。二人がしばらく笑い合った後、ズノが口をはさんだ。
「『久しぶりのやりとりが、無事に終わってほっとしたヨ。何せ君タチ、これまでずっとケンカばかりだったからネ』」
「『おいおいズノ、そりゃあ20年前の話だろう?』」
笑いの混じった声でアカオニが返す。
「まあなあ……けどアカオニよ、声だけだから何とも言えんが、随分落ち着いたじゃないか。20年前のままだったら、やっぱりケンカを始めてたと思うぜ、俺たち」
「『うん、確かにそうかもしれん。俺もこんなに気楽に話ができるとは思わなかったよ』」
アキヤマは一口すすったコーヒーを、テーブルの上に戻した。
「ところで……ズノ、アカオニを呼び出したのはどういうことだ? 20年前が懐かしいね、って話をしたいわけじゃないんだろう?」
「『まあネ。それじゃア、本題に……今回、ワタシと君がリークしたデータを、カガミハラの防衛軍に持ち込んでくれたのがアカオニなのサ』」
「へえ!」
アキヤマは目を丸くした。
「ありがたいことだが……なんでアカオニがそんなことを? って言うか今何してんのお前? 防衛軍の厄介になってんじゃないだろうな?」
「『ははハ、アキヤマならそう言うと思っタ!』」
ズノの愉快そうな声が返ってきた。
「『まア、ウチで最強の喧嘩屋だったからネエ、“アカオニ”トウベイは。……でもネ、アキヤマ、今は違うんだゼ。なんト、彼ハ……』」
「『おいおいズノ、その妙な煽りはやめてくれよ! 俺が言うからさ』」
アカオニが慌ててズノを遮った。
「『ええと、だな……俺は今、保安官やってんだよ』」
「保安官! お前が? あの泣く子も黙る喧嘩屋の、“アカオニ”トウベイが?」
「『ははははハ!』」
素っ頓狂なアキヤマの声を聞き、ズノが楽しそうに笑う。
「『そこだヨ、アキヤマ! なんと彼ハ今、4人の子持ちなんダヨ!』」
「は? はああああああ?」
アキヤマはますます混乱して、叫び声をあげた。
「先代の“みかぼし”に首ったけだった、あの、アカオニが? 4人の? 子持ち?」
「『タワケかお前ら! 調子に乗るのも大概にしろ!』」
盛り上がる二人に、すっかり現役時代の気迫をまとった声でアカオニが吼えた。
「すまん、すまん」
「『ごめン、調子に乗り過ぎたネ……』」
二人が謝ると、アカオニも「まあ、いいさ」とすぐさま角を引っ込めた。
「『確かに4人子どもがいるが……皆、それぞれ事情があって引き取ったんだ』」
「そうか……すまんなアカオニ。すっかり立派になったな、お前……」
アカオニは照れ隠しで「ハハハ」と笑った。
「『いやいや、どれもこれも成り行き、ってやつさ。それに今じゃすっかり、上の二人はしっかりしちまってな。俺の方が助かっているのさ』」
「そいつはうらやましい。それに比べてうちのは……いや、あいつはあいつで頑張ってるか」
アキヤマのつぶやきに、アカオニがからからと笑う。
「『おいおい、あまりけなしてやるなよ。聞いてるぞ、最後に“サナダ砲”を空に向けてぶっ放させたのは、息子さんのお手柄なんだろう?』」
「そりゃ、そうなんだが……おい、ズノ」
アカオニから息子をほめられると、アキヤマは口の周りもモゴモゴさせながら、黙って話を聞いていたズノに呼びかけた。
「『なんダイ、急に?』」
「“明けの明星”がヒサヤ遺跡に建ててたのは、砦とかバリケードじゃなくて……マイクロウェーブ・シールドの発生装置だろう?」
「『そうだヨ。結果的にハ、必要のないモノだったけどネ』」
あっさりと答えるズノに、アキヤマが深くため息をついた。
「結局、あいつがジタバタしなくても何とかなったんじゃないか……」
「『そうは言うがなアキヤマ、お前の息子さんが必死に動いたから、相手側の心を動かすことができたんじゃないのか?』」
「まあ、そうなんだろうけどなあ……しかし、そんな言葉が出るなんて。本当にあのアカオニと同じ人間だなんて、信じられないな」
「『おいおい、まだ言うか』」
アキヤマが感心して言うと、アカオニは笑った。
「『とまあ、そんなことで、カガミハラの軍警察に伝手がある俺が、お前さんらのデータを軍警察や軍の技術開発部に持ち込んだのさ』」
「なるほどなあ。ありがとうよ」
「『……“みかぼし”を助けるためだ。礼には及ばんよ』」
礼を言うアキヤマに、アカオニも静かな声で返す。
「『しかシ、何だネ。こうしてまた力を合わせテ、今度は“みかぼし”を助けることができたのハ、よかったネ、ということで一席設けたかったのサ。……まア、結局通話回線越しになってしまったがネ』」
「『それは構わんよ。俺はそっちに行けないけど、こうして話ができるのはありがたい』」
アキヤマはコーヒーカップを手に取った。黒い水面から、白い湯気がふわりと立ちのぼる。
「……やっぱり、“みかぼし”に会うのはためらいがあるのか?」
「『おいおい、そういうわけじゃないさ! お前の方が先輩なんだし、わかるだろう? 保安官の仕事は!』」
アカオニは笑いながら返した。
「『……実際、ちょっと前にナゴヤには顔を出したんだ。アオオニにも会ってきた』」
「おい、俺は?」
不満そうにアキヤマが口をはさむ。
「『お前は別だよ。……いや、ナゴヤに行ったのも色々事情があってな。そんなに時間もなかったから、勘弁してくれや。今代の“みかぼし”……お嬢とは……まあ、うん、ちゃんと話はできてないな』」
アキヤマはゴトリ、と音を立ててカップをテーブルに置く。
「ほら、やっぱりだよ! 意識しまくってるじゃねえか、お前!」
「『うるせえな! ……まあ、だが、そうだな。ちらっと見かけたが、どうしても先代を思い出しちまってよ……』」
もごもごと言うアカオニに、アキヤマは苦笑いした。
「しょうがない奴だな……」
「『まあデモ、余計なちょっかいが入らない方がいいだろウ、ミカにも、キョウ君にもネ?』」
いたずらっぽく言うズノに、スピーカーの向こうでアカオニが騒ぎ始めた。
「『はあ? キョウ……って、アキヤマの子の名前だろ? それって……おい! アキヤマ! てめえのところのガキが、お嬢にコナかけてるってのか?』」
「おいおい、カッカすんなよ。当人同士の問題だろ、それは!」
アキヤマがぴしゃりと言うと、アカオニはすぐに大人しくなった。
「『そうだな。すまん、頭に血がのぼってしまった……』」
「全く、先代を意識しすぎて、重すぎるんだよお前は」
「『面目ない……しかし、そうか、今代の“みかぼし”も、そんな年頃か。……キョウ君の母親、というかお前の奥さんが亡くなったのも、もう20年前なのか』」
冷静になったアカオニが、思い出してぽつり、と言う。
「そうだな。先代夫妻とウチのかかあが亡くなって、20年だ。……ありがとよ、アカオニ」
「『へ? 今度は何だよ、アキヤマ?』」
保安官は壁時計を見やりながら、コーヒーをすすった。
「あの事件の後、お前はカガミハラに行って……3人のかたきを打ってくれたんだって? アオオニから聞いたよ」
過去の重みをにじませた、「ふん……」というかすかな鼻息がスピーカーから漏れる。
「『……いや、そんなかっこいいもんじゃないさ。命がけで事件を追いかけていたお巡りを、ちょっとばかし手伝っただけだ。だから犯人は……どうなってるだろうな? ミュータントが標的だとはいえ大量殺人犯だ。死刑か、終身刑か……まあ、いずれにせよ俺の手からは離れてるし、それ以上詳しく知りたいとは思わないな』」
「そうか」
穏やかな口調で話すアカオニに一言だけ、アキヤマは返した。三人とも黙り込む。
黙とうするようなわずかな間の後、再びアカオニが口を開いた。
「『そういえばくだんの、息子さんはどうしてる? 時間があれば、ちょっと話ができないかと思ったんだが……』」
「ああ……すまん。今、ちょっと外に遣ってるんだ」
アキヤマはそう言って、デスクトップ端末の画面を立ち上げた。
「保安局から人手を出せとのお達しでな。何でも、危険な現場の交通整理をするんだと。現場のカメラから、映像を見られるようになってるんだが……ズノに頼んで共有してもらおうか? もうじき、アクションショーが始まるみたいだからな」
黄色のテープが張り巡らされた“ヤナギバシ・マーケット・エリア”。本来なら一仕事終えてまどろむ昼下がりの市場が、市民たちであふれかえっている。青い制服姿の職員たちが、慣れない透明シールドを装備して人波の整理に追われていた。
「線から出ないでください! 危ないですから、手を伸ばさないで!」
キョウも歩き回りながら、すっかり観衆となった人々に向かって叫ぶ。テープで区切られたラインからあふれ出しかけた人の群れを抑え込むと、保安官見習いは深いため息をついた。
「勘弁してくれよ……ほんとは警ら隊の仕事なんだろ、これ……」
ナゴヤ・セントラル各地から集められた保安官事務所の職員たちは、前回のヒサヤ遺跡攻防戦で負傷した警ら隊員たちの代わりだった。
「危ないんだから、さっさと帰ってくれよ……」
「キョウさん、お疲れ様です」
ハリのある元気な声に呼びかけられ、保安官見習いは顔を上げた。目の前には赤いヒーロースーツに身を包んだ女性が立っている。
「ソラ……ああ、いや、シグナルレッド!」
「その名前で呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしいですね。いい加減、慣れなきゃいけないんですけど」
そう言って、ヘルメットの下で「えへへ」と笑う。
「大丈夫なのか、ヒーローがこんなところで、俺としゃべってて?」
緑色のスーツと、黄色のスーツの二人もレッドの後ろから顔を出した。
「大丈夫だと思いますよ。みんな私たちを見に来たって言うよりも、警ら戦隊と悪の組織の戦いを見に来てるだけですから」
ブルーの言葉にハッとして周囲を見回すと、野次馬たちは警ら戦隊と親しく話すキョウのことを気に留める者は誰もいないようだった。それどころか「まだ始まらねえのかよ……」と不満を漏らす声や、「凶悪怪人って、どんな奴なのかなあ」などと楽しそうに話し合う声が聞こえてくる。
「そうそう! だから気にしないでいいですって! そんなことより……お久しぶりです、キョウさーん!」
「こら、仕事中でしょう?」
キョウに手を伸ばそうとするイエローを、ブルーがひょいと引っ込める。
「きゃん」
「あはは……そういうわけで、私たちものんびり待ってるんですよ。あの子たちのことだからどうせ、来たらすぐにわかると……」
レッドが説明している途中で、マーケット・エリア中に高笑いの声が響いた。
「『あーっはっはっは! 随分ものものしいことね、“警ら戦隊トライシグナル”!』」
観衆たちがざわつく。
「あっ、あそこ!」
一人が気づいて指さすと、皆がそろって指の先を目で追った。商店の屋根の上、上層階から垂れ下がるように伸びてきた連絡ハッチの真下に、ピンク色の妖しい光が浮いている。
「何なんだ、あのライト?」
「あれが、悪の怪人?」
「そう、我々はナゴヤの闇に生きる、悪の軍団! しかしてこの光は、ライトでもなんでもない! とうっ!」
ピンク色の光を帯びた人影は屋根から飛び上がると、宙返りをしながらマーケットの路上に降り立った。
ピンク色の髪をなびかせる若い娘は、ひざまずいて着地した姿勢から、マントを翻して立ち上がる。目深にかぶった帽子の下で、両目が妖光を放っていた。
「自己紹介いたしましょう。わが名は“みかぼし”……この明けぬ夜に輝く、暁を告げるまがぼし! そして我らこそナゴヤを征服し、ニホン全土に覇を唱える、悪の結社……“明けの明星”である!」
“みかぼし”の宣言に続いて、天井の連絡ハッチから三体の人影が降りて来た。三本腕の男、全身を鱗に覆われた男、そして継ぎはぎだらけのパワードスーツ……いかにも怪人然とした集団に、野次馬たちが歓声をあげる。
「お楽しみいただき、何よりですわ。本日は我が軍団の新たな幹部……“怪人戦隊”の恐ろしさをお見せしましょう……あなた達、やっておしまいなさい!」
「イエス、ユアマジェスティ!」
三本腕が威勢よく応える。パワードスーツに身を包んだ男は、もじもじとスーツの手足を動かしていた。
「何でこんなことになってるんだよ……俺はミュータントじゃないのに……」
「グズグズ言ってんじゃねえよ! 幹部になりたいって言ったのはお前だろう!」
有隣の男がパワードスーツの背中をバシバシと叩いた。
「だって……ミュータントじゃなくても務まる仕事だと思ったんだよ! 裏方の手伝いとかさあ……」
「諦めろよ、覚悟を決めろ! せっかく掴んだチャンスだ、俺はやるぜ! ……イエス、ユアマジェスティ!」
有隣の男も叫ぶと、パワードスーツも右腕を突き上げた。
「くそ……わかった、やるよ! ……いえす、ゆあまじぇすてぃ!」
“怪人戦隊”が気炎を上げるのを見て、女首領は高笑いした。
「あははは! さあ、“トライシグナル”! あなたたちが止めない限り、“怪人戦隊”が街を破壊しつくしますわよ!」
「そうはさせない!」
封鎖された大通りの、“みかぼし”たちの反対側に3人の人影が立っている。
「赤い閃光、“シグナルレッド”!」
「黄色い電光、“シグナルイエロー”!」
「緑の燐光、“シグナルブルー”!」
ヒーロースーツに身を包んだ三人が大振りのポーズをとると、周囲に立体映像の爆発が巻き起こった。
「私たちは、ナゴヤを守る三つの光! “警ら戦隊、トライシグナル”!」
「出たわね、“トライシグナル”!」
三人が声を合わせて叫ぶと、“みかぼし”が嬉しそうに応える。
「何なんだよ……ブルーなのに緑……?」
「“アイアンアーマー”殿、油断めされるな」
ブツブツ言うパワードスーツに、三本腕の男が注意する。有隣の男は自らの拳を打ち合わせた。
「ヒヨッてんじゃねえよ”スリーハンズ”……! あれはカミマエヅでボスにあっさりやられた連中じゃねえか! よっしゃあ、やってやるぜ!」
「ああっ! “スケイルアーマー”殿、お待ちくだされ!」
「ああ、もう! ……ちくしょう、やってやらあ!」
威勢よく飛び出した有隣の男を追いかけ、三本腕も、パワーアームも駆けだした。“トライシグナル”たちも電磁警棒を構えて迎え撃つ。マーケットの中央にある広場で、戦隊と怪人たちの乱戦が始まった。
「がんばれ、“トライシグナル”!」
マーケットの周囲から、観衆たちが声を上げはじめる。
「がんばれ!」
「がんばれ!」
声援を受けたトライシグナルたちは、電磁警棒を振るって大いに奮戦した。“アイアンアーマー”……もとい、非ミュータントの男がまとう継ぎはぎだらけの大型パワードスーツに、イエローとブルーが打ちかかる。
「くそ! やらせるかよ!」
“スケイルアーマー”と“スリーハンズ”がパワードスーツに駆け寄ろうとするが、宙を舞う電磁警棒に阻まれてたたらを踏む。レッドが警棒のストラップを手首に巻き付け、ムチのように振り回しているのだった。
「させないよ! 私が相手だ!」
「我々二人を抑え込む、と?」
右から2本、左からもう1本の腕を広げた“スリーハンズ”が、電磁警棒ムチを振り抜いた後のレッドに襲い掛かる。
「ははは、隙を晒したな! この三本腕からは逃れられまい!」
レッドは慌てる素振りも見せず、空いた左手で減圧レーザー銃をホルスターから抜いていた。
「何? 撃つ気か、ここで!」
レーザー光線が“スリーハンズ”の足元を焼き払う。三本腕の怪人はレーザーに焼かれる寸前で飛び上がり、レッドから距離をとった。
「威嚇射撃だ。市民は、巻き添えになんてしないよ!」
「なら……上はどうだ!」
“スリーハンズ”の後ろに近づいていた“スケイルアーマー”が、前を歩く仲間を踏みつけた。
「うぎゃっ!」
三つ腕怪人が踏みつぶされ、間抜けな声を上げて倒れ伏す。有隣怪人は更に高く跳び、レッドに頭上から迫った。
「ひゃははは! がら空きだぜええ!」
左右にあごを開き、刃のような歯をむきだして笑う怪人の顔を、ストラップにつながれた電磁警棒がかすめた。レッドが右手でムチを引き寄せ、ヨーヨーのように放り投げたのだ。
「ふんっ」
伸ばした右手を引っ込めると、警棒がストラップに引っ張られて手元に戻ってくる。たわんだヒモに括り付けられた電磁警棒はふらふらと不規則に揺れながら、レッドの手元に向けて落ち始めた。
「ひいっ!」
“スケイルアーマー”は空中で強引に身をよじり、降ってくる警棒の射程から逃げ延びた。電磁警棒は火花をまといながら、倒れ伏せていた“スリーハンド”の左肩を打ちすえる。
「ぎゃあああ!」
三本腕の怪人は叫び声をあげてのけぞり、再び倒れ込む。着地した“スケイルアーマー”も無事とは言えず、ヒリヒリと痛む頬に手を当てた。ゴム弾もはじき返すうろこ状の外骨格も、電気ショックを遮ることはできないようだった。
「ぐぎ……! 痛えなあ、このアマがああああ!」
左右に開いた口から緑色の泡をこぼし、怪人が吼える。商店の屋根の上に立つ“みかぼし”は落ち着き払った様子で、手にしたメモ帳にペンを走らせていた。
「“スリーハンズ”は戦闘不能。“スケイルアーマー”、不適切発言のために、減点3、と……」
レッドが怪人2人を抑え込んでいるうちに、ブルーとイエローはパワードスーツを取り囲んでいた。
「くそ……! ちょこまかと……!」
パワードスーツがよたよたと動き、走り回る二人を追い回す。小回りの利かない巨体はすっかり翻弄され、両腕を振り回しながらきりきり舞いを演じていた。
走りながらスーツの外装を観察していたブルーが声を上げた。
「イエロー、関節を狙って! 膝の裏のパイプ!」
「りょうかーい!」
「ちくしょう、やらせるかよ……!」
パワードスーツは、真正面から突っ込んできたイエローに拳を突き出す。しかしイエローはパワードスーツの反応を引き出したと見ると、急ブレーキをかけて立ち止まった。
「あはは、ごめんねえ!」
「なにっ……! くそ!」
巨体が慌てて振り返ると、ブルーが電磁警棒を手に立っていた。
「引っかけやがって!」
パワードスーツが巨大な腕で薙ぎ払うと、ブルーは大きく飛びのいた。
「この程度のブラフに、かかる方が悪いわ」
「そういうこと」
スーツの背後をとったイエローが、警棒を大きく振りかぶる。
「畜生、やっぱりこっちか……!」
「やあああ!」
猛烈な腕力をこめて真横に振り抜いた電磁警棒が、パワードスーツの装甲を引き裂いた。膝の裏側を動力パイプごとえぐり取ると、“アイアンアーマー”の巨体がバランスを崩して倒れ込む。パワードスーツのハッチが開く前に、ブルーが素早くスーツの背中によじ登った。
「……これで、二人目」
バックパックに備えられたコンソールを操作し、“緊急停止プログラム”を立ち上げる。パワードスーツはうつ伏せになったまま機能を停止し、全身を硬直させた。
「くそ……出せ! 出してくれよ!」
動かなくなった機体から、情けない男の声が漏れだしてくる。観衆たちは喝采をあげた。
「やった!」
「いいぞ、“トライシグナル”!」
「怪人なんか、みんなやっつけろ!」
観客たちの興奮する声は、追い込まれた“スケイルアーマー”にも向けられていた。
「虫みたいな顔! 気持ち悪いわ!」
「早くくたばれ怪人! やっちまえ、“トライシグナル”!」
「……グググ! うるせえぞ、真人間どもがああああ!」
“スケイルアーマー”が緑色の泡を噴きながら吼えると、周囲から一斉にブーイングがあがった。
「帰れ! 帰れ!」
大合唱の中、「死ね!」「バケモノ!」などの罵声も飛ぶ。
「くっ……!」
向かい合っていた“シグナルレッド”が歯ぎしりする。
「あなた達……!」
電磁警棒を強く握り、観衆たちに呼びかけようとした時、小さい影が人波から飛び出した。
「頑張れ! 頑張れ、“スケイルアーマー”!」
必死に叫び声をあげるのは、野球帽をかぶった少年だった。よく通る高い声に観衆たちはざわめき、一斉に少年に視線を向けた。
「ひっ……!」
全方向から突き刺さってくるような気配を感じて、野球帽の少年が顔を上げる。その両目は白目も瞳もなく、吸い込まれるように底の知れない黒色が満たしていた。
「こいつ……“半化け”だ!」
“半化け”、中途半端なバケモノ……それは真人間の中に溶け込める程度の、軽微な変異を持ったミュータントの蔑称だった。
「ミュータントだ、奴らの仲間だ!」
「バケモノが、ここにも隠れてたんだ……!」
観客たちの矛先が少年に向けられる。罵声と怒号が飛ぶ中、真っ黒な目の少年は体を丸め、ガタガタと震え出した。騒ぐ群衆をかき分けて、キョウが少年を抱きかかえた。
「君たち、やめなさい! 彼には罪はないだろう!」
人々は保安官事務所の制服にたじろいだが、非難の視線を保安官見習いに向け続けている。シグナルレッドは警棒を構えて“スケイルアーマー”に向き合いながらも、暴徒になりかけている人々に意識を向けていた。
――どうしよう、このままでは、大変なことになる……!
「畜生! 畜生……真人間ども!」
ますます激しく怒り狂う“スケイルアーマー”が天に向かって吼える。緑色の液体をこぼしながらレッドに襲い掛かろうとした時、マーケットの床面を突き破って伸びる銀色の触手が怪人をからめとった。
「はーい、ここまで。ちょっと頭を冷やそうな」
「くそ! 放しやがれ、ぎんじ!」
怪人を包み込んだ丸い塊が、ぐねぐねと動く。
「暴れんじゃねえよ! それと、作戦中はコードネームで呼べよ!」
銀色の粘土塊から“流体怪人シルバースライム”の顔が突き出して声を上げた。
「どういうつもり……?」
驚いた観客たちが低いざわめきの声を漏らす中、電磁警棒を構えたままのレッドが“シルバースライム”に声をかけた。イエローとブルーもやってきて、レッドを中心に隊形を組みなおす。
「どうもこうもないよ、俺たちの負けだ、ってこと。……なあ、ボス?」
「何っ……?」
ハッとしたレッドが、“シルバースライム”が呼びかけた先に視線を向ける。目に飛び込んできたのは大型トラックだった。荷台にはすでに破壊されたパワードスーツが載せられている。トラックの前に立つ“みかぼし”は、軽々と三本腕のミュータントを抱きかかえていた。
「よい……しょっと」
気楽な掛け声とともに放りあげると、気絶しているミュータントはすぽりとトラックの荷台に投げ込まれた。女首領はポンポンと両手をはたき合わせる。
「よし、積み込み完了」
“シルバースライム”も有隣の怪人を取り込んだままゴロゴロと転がり、トラックの荷台に収まった。“みかぼし”はぴょんと跳びあがり、トラックの屋根の上に仁王立ちした。
「はっはっはっは! 私たちの新しい幹部怪人たちは、“トライシグナル”に及ばなかった、ということだ! 悔しいが今回は、負けを認めよう!」
女首領はあっけらかんと笑って声を上げた。
「だが覚えていろ“トライシグナル”! 次に会うときには、我々が貴様らを打ち破るだろう! その時まで……さらばだ!」
“みかぼし”の声明が終わるや否や、トラックが猛然と走り出す。観衆たちが「逃がすな!」「捕まえろ!」と声を張り上げた。
「うるせー! これでも食らえ!」
荷台に収まっていた“シルバースライム”が触手を伸ばし、荷台に積んでいたものをぽいぽいと放り投げる。床面に転がったのは、導火線のついた紙筒だった。
「爆弾だ!」
観衆たちが騒然となる中、トラックは張り巡らされたテープを突き破って悠々と逃げ去った。残された紙筒の導火線は次々と燃え尽き……ポン、ポンと軽い音を立てて弾け、白い煙を吹き出した。市民たちは一通り騒いだ後、静まり返って爆発した紙筒を見やる。
「何だ……花火……?」
唖然としていた人々は少しずつ落ち着きを取り戻し、一人、また一人と去っていった。保安官事務所の職員たちが黄色いテープをはがしながら、壊された箇所がないかとマーケットを見回っている。
“トライシグナル”の三人娘も変身を解除して、祭りの後のマーケットに立ち尽くす。
「また、ミカちゃんに逃げられちゃったね……」
黄島ヤエがぽつり、とつぶやく。赤池ソラはうつむき、両手をきつく握りしめていた。
「ええ。……ソラ、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫」
緑川キヨノが声をかけると、ソラはゆっくりと顔をあげる。
「ただ……悔しいな、って。ミュータントの子を守るために、あんなにばっちりのタイミングで動いて……私たちは、何もできなかった。それに、今回は新人の怪人を戦わせただけで、“みかぼし”とやり合ったわけじゃないもの……」
悔しそうに漏らすソラの顔を見て、ヤエが明るく笑った。
「でも、今日は私たちの勝ちじゃない! ミカちゃんも、そう言ってたんだし!」
「えっ」
「何言ってるの、あなた……」
ソラは虚を突かれて目を丸くし、キヨノは白い目でヤエを見ている。
「“怪人戦隊”をみんな、やっつけることができたんだし、私たちは頑張った! ミカちゃんも負けを認めた! それでいいじゃない。……私たちが闘うことでミュータントとそうじゃない人の仲が悪くなっちゃうのは、悲しいことだけど……今度はそれもなんとかできるくらい、もっと頑張ればいいじゃない! ……でも、それは、今度の話。今日のところは頑張った、私たちのベストを尽くした! それでおしまい!」
ヤエの言葉にソラとキヨノはくすり、とほほ笑んだ。
「そうね……それでいいわね」
「そういうこと! ……さあ、頑張ったらお腹すいちゃった! カフェによって、お茶しようよ」
「ちょっと、ヤエ」
うきうきとして歩きかけたヤエを、キヨノが呼び止める。
「報告書を先に済ませてから行くわよ。あなた、前回の報告書を三日遅らせたでしょう?」
「ええーっ、そりゃないよ……」
「あはは!」
がっくりと肩を落とすヤエを見て、ソラは白い歯を見せて笑った。
「ヤエったら、しょうがないんだから! 私も一緒に書くからさ、三人でパパっと済ませて、その後で、一緒に遊びに行こうよ!」
「……どうだい、落ち着いた?」
自転車を運転しながらキョウが声をかけると、荷台に乗っていた野球帽の少年が顔を上げる。
「うん、だいぶん、まし……ひっ!」
道行く人々から視線を向けられていることを感じると、少年は小さな悲鳴をあげて保安官見習いの背中に貼りついた。
「大丈夫、無理しなくていいよ」
人通りの少ない昼過ぎの居住区域を、二人乗りの自転車がとろとろと走る。再び黙り込んだ少年に、キョウはためらいがちに声をかけた。
「その、お父さんと、お母さんは……?」
「二人とも、仕事があるから……多分、夜まで帰ってこない……です」
少年は体を縮こませながら、ぽつりぽつりと話す。
「連絡先はわかるかい?」
「……ボクが電話しても、出ないよ」
悲しさよりも、あきらめの色が濃い声で少年が答える。
「お巡りさんが電話しても……ボクのことだってわかったら、二人とも怒ると思う……思います」
両親に連絡したくない様子の少年の言葉に、保安官見習いはため息をついた。マーケットで見かけた時の違和感が的中したことを確信する。
――ブランドロゴがあしらわれた、上質な生地のシャツとズボン……けれども丈が彼に合わずに、すっかり短くなってしまっている。両親は少年の成長に無頓着どころか、彼の好みに合った衣服を一緒に買いに行こう、という気すらないのだろう。
――連絡がついたとして……両親は彼を、すぐに迎えに来るだろうか? あるいは彼の話しぶりを聞くと、腹を立てた両親からひどい目にあわされる可能性も否定できない。暴力の痕は見えないが……
少年も、キョウも黙って走り続けた。穏やかな雰囲気を演出するような、上品な音楽が流れる街を抜ける。
自転車は大穴に沿って伸びる大通りを走り始めた。地下回廊のレーンが幾重にも層をなす断崖の吹き抜けに、傾き始めた秋の陽射しが落ちてくる。自転車をこぐキョウも、荷台の少年も目を細めた。
「とりあえず、うちの保安官事務所に一緒に行こう。ご両親が返ってくるまで、事務所で待っているといいよ」
「うん……ありがとう、ございます……」
キョウの言葉に、少年は少し緊張のほぐれた声で返した。喜びの色が薄いのは、帰ってくるであろう両親と会うことを恐れているからだろうか。保安官見習いは、努めて明るく笑った。
「ははは、それなら、夕ご飯のことも考えないとなあ! うちの事務所は男所帯で、ミール・ジェネレータでつくるメシもこってりしたヤツが多いんだけど……」
話し始めた声を、トラックの轟音が遮った。大きな影が自転車の上に落ちる。車道を走ってきたトラックが自転車に追いつき、ピタリと並んで走っているのだ。
「やっほー、キョウ君! それに少年!」
助手席から顔を出したミカが、自転車の二人に向かってひらひらと手を振った。
「ミカ! 何やってんだ、こんなとこで……」
「えっと……お姉さんは、誰?」
少年が恐る恐る、顔を上げて尋ねる。ミカがミュータントだと気づいて、少し気持ちがほぐれたようだった。
「ええっと……そうね、この格好じゃわからないか……」
ミカは車内に引っ込むと、“みかぼし”の帽子を手にして再び顔を出した。
「あっ、その帽子……!」
「ふふふ……」
気が付いて目を丸くする少年の前で帽子をかぶり、“認識阻害装置”を起動させる。
「“みかぼし”だ!」
「そう、私こそナゴヤの闇に輝く、夜明けを告げる星! “明けの明星”の首領、“みかぼし”よ!」
嬉しそうに顔を輝かせる少年に応えて、“みかぼし”が名乗りを上げた。
「保安官事務所の人間の前で、堂々と言うのはやめてもらえませんかね……」
キョウは前方に視線を戻し、運転を続けながらぼやく。
「あら、今回の侵略活動はもう終わったし、下っ端のあなたが勝手に判断して逮捕することはできないんじゃないの?」
“みかぼし”が平然と言うと、保安官見習いは悔しそうに唸った。
「ぐぬぬ……それで、“みかぼし”は何やってるんだよ。帰ったんじゃなかったのか」
「私たちは、その少年を探してたのよ」
「えっ、ボク?」
真っ黒い目の少年がきょとんとして返した。
「そう。あなたを、スカウトに来たのよ。ミュータントだという理由で、周りの人から怖がられ、皆から嫌われてきた、あなた。……私たち“明けの明星”の仲間にならない?」
「こら、ミカ! こんなちっちゃい子を巻き込むんじゃない!」
楽しそうに勧誘する“みかぼし”を、キョウが叱り飛ばす。少年は話を聞いた後も、しばらく黙って考えていた。
「……ありがとう、ございます。……でも、ボク、まだよくわからなくて……」
「いいのよ。無理に仲間にしよう、なんてつもりはないから」
まっすぐに顔を上げて返す少年の視線を受け止めて、“みかぼし”は優しく微笑んだ。
「ただ……マーケットに一人ぼっちで、つらい目に遭わせてしまったから。何か……」
「この野郎! またコスい真似しやがって!」
“みかぼし”が話しかけると、ほろをかぶせたトラックの荷台が叫び声とともに激しく揺れ、騒がしい物音が響いた。
トラックがじっくりとブレーキをかけて道路脇に停まる。キョウの自転車も並んで停まると、女首領は首を伸ばして、もぞもぞと動く荷台を見やった。
「ちょっと、何をやっているの、あなたたち?」
ほろの隙間から顔を出したのは、三本腕のミュータントだった。
「申し訳ありませんボス! ちょっと、ゲームが盛り上がってしまって……」
有隣のミュータントと非ミュータントの男、そして流体ミュータントのぎんじも、次々に顔を出した。先ほど叫び声をあげた有隣の男が、首を縮こませて謝る。
「すいません、カッとなっちまって……」
「私は大事な話をしていたのだけど……何があったの?」
「それが……その……」
口下手らしくモゴモゴと言う有隣ミュータントに代わって、ぎんじが説明を引き継いだ。
「オオスに着くまで退屈だってんで、みんなでチンチロを始めたんですよ」
「けど、あいつが、いつもの手でイカサマしやがって……!」
有隣の男がカッカしながら、非ミュータントの男を指さした。三本腕の男が慌てて二本の右腕を伸ばし、二人の間に割って入る。
「まあ、まあ……そういうわけで、ケンカになったのです。……なあ、お前も、間違いないよな?」
「はい……すいませんボス、引き立ててもらってすぐに……」
非ミュータントの男はすっかり小さくなってうなだれている。“みかぼし”は呆れ半分でため息をついた。
「まあ、いいでしょう。給料はカットしないけど、二人の幹部昇格は見送るわね。もうしばらく見習いを続けること。後、“シルバースライム”は管理不行き届きなので、明日から3日間、オオス寺院の落ち葉掃除ね。……一人で」
「そんなあ! ……うう、了解」
不満の声をあげかけた“流体怪人シルバースライム”ことぎんじは、後輩たちや少年の顔を見ると、すぐに“先輩”としてふるまうことに決めたようだった。
「よろしい。それでは出発しましょう。荷台の4人は暇つぶしをしていてもいいけど、勤務時間中だから賭けは禁止します。……構いませんね?」
「指示に従います」
「了解」
「わかりやした」
「……異議なーし」
部下たちは口々に答えて、荷台のホロの下に引っ込んでいった。“みかぼし”は小さく笑う。
「やれやれ、困った子たちね。それじゃあね、少年……」
「あの!」
真っ黒の目を持つ少年は思い切って声を上げ、別れを告げようとした女首領を呼び止めた。
「“明けの明星”には、ミュータントじゃない人もいるんですか?」
「ええ。結構多いわ。戦闘員……ヒーローたちと闘う役目につく人は、そんなに多くはないけどね。……闘わない人も、たくさんいるのよ。ミュータントじゃない人も、お年寄りも、君みたいにまだ、小さな子たちも。さっきみたいにケンカすることがあっても、みんなで一緒に暮らしてるの」
少年は両目を大きく開いて、“みかぼし”の話を聞いている。キョウが少年の肩にポン、と手を置いた。
「……なあ、どうだ君、ご両親が返ってくるまでうちの事務所で待つんじゃなくて、“みかぼし”たちの町を見に行ってみないか?」
「えっ?」
保安官見習いの言葉に、少年が驚いて振り返る。女首領はにやにやと笑った。
「あら、いいのかしら? 保安官見習いさんが、いたいけな少年を悪の道にそそのかしても?」
「同じ年ごろの子もたくさんいるし、うちで俺や、おやじと一緒に時間を潰すよりましだろう。俺も監督役で付き合う、ってことならいいだろう。……どうかな?」
「……うん!」
黒い目の少年は明るい声で返した。“みかぼし”はにっこり微笑んで、ぽんと両手を叩く。
「よろしい、“明けの明星”は見学も、いつでも歓迎よ。それに、今から戻れば……おやつの時間に間に合うわ!」
「おやつ……!」
嬉しそうな少年の顔を見て、“みかぼし”はうなずいた。
「ふふふ、それじゃあ、急いで行かなきゃね。……出発!」
女首領の合図でトラックが動き出す。太いタイヤは路面に食いついて重い車体をきしませながら、少しずつ速度をあげていく。
「あっ! こら、ミカ、ちょっと待てよ!」
距離が離れ始めた自転車からキョウが叫ぶと、帽子を脱いだミカは満面の笑みでトラックから顔を出した。
「頑張って! 少年の分のおやつは取っておくけど、キョウ君は間に合わなかったら、おやつ抜きだから!」
「何だって? 聞いてないぞ、こら待て!」
キョウがサドルから腰を上げ、必死に自転車をこぎ始める。
「あはは! お兄ちゃん、頑張れ!」
荷台にしがみつく少年の朗らかな笑い声が、穏やかな秋の青空に向かって飛んでいった。
(ナゴヤ:バッドカンパニー 了)
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