アウトサイド ヒーローズ:エピソード7-11
ロケットブラザーズ ラン
轟音をたてる色とりどりのバイクの群れをすり抜けて、白い機体が矢のように飛ぶ。ツバサ・ラボラトリ製の最新鋭大型バイク、“ムラクモ”はボディに走る赤いラインを長く後ろに伸ばしながら地下サーキットを駆け抜けていた。
ハンドルを握るコウジの目には、他のチームのバイクたちは実にのんびりと散歩しているように見えた。周回遅れのグループに突っ込むと、緩やかな曲線を描きながら次々とバイクを追い越していく。ヘルメットのインカム越しに、チーフ・メカニックの声が呼びかけてきた。
「『コウジ、大丈夫か? お前が指定してきたセッティング、あまりにピーキーで心配だったが……』」
エンジンの回転数は水準値を大幅に超え、バイオマス燃料の残量標示は恐ろしいスピードで減り続けている。強靭なバネが仕込まれているかのように反発するハンドルを押さえ込んで、コウジは叫んだ。
「問題ない、やれる!」
ーーこの程度、乗りきらなければ勝負のリングにすら上がれない!
バイクの群れを引き離す。目の前が開けて、照明灯の光を浴びる地下トンネルが広がった。
「くそ、まだ見えない……!」
インジケータに“Caution!”とオレンジ色の文字が表示されても、なお白い“ムラクモ”はスピードを落とさなかった。
「『落ち着け!』」
歯を食い縛るコウジに、チーフ・メカニックが話しかける。
「『想定していた駆動限界を超えた。これ以上はロスになるだけだ!』」
「……わかった、ペースを落とすよ」
アクセルをゆるめると、インジケータの警告表示も消えた。
「『よし、このままいけば4時間後にはストライカー雷電を追い越せる……はずだ、計算通りならな。焦るなよ、コウジ』」
コウジは前方に、次のバイク集団のテール・ライトが瞬くのを見た。
「そうだな、今はプラン通りに進めるだけだ……」
白い機体はスピードを落とさずにバイクの狭間に潜り込み、するりと追い抜かしていった。
ドラム缶の山を崩したメカヘッドが激しく息を吐く。
「ひい……はあ……! これで12、3はやったか……? まさか、ポイントごとに……仕掛けをこさえるとはな……」
「『お疲れ様です、メカヘッド巡査曹長』」
「ありがとう、ございます……」
メカヘッドは暗闇の中、“八事”と書かれた古い駅名表示板の横にしゃがみこんで「はあ……」と大きく息を吐き出した。
「巡回判事殿、レースは……レースは、どんな状況です……?」
「『スタートから4時間経ち、相変わらずトップは雷電です。オーサカのチームが2位なのも変わりません……が、差が1、2周縮まってきていると、実況の人が興奮して言っていました』」
話を聞きながら、胸ポケットの内側に仕込んだスイッチを押す。作業着の内部を通る冷却水のチューブが口元に延びていて、水を口の中に流し込む仕組みになっていた。
「……ぷは! ふう……」
喉を潤して、メカヘッドは一息つく。アマネが心配そうに声をかけた。
「『……大丈夫ですか?』」
「ああ、すみません、水分補給しただけですよ。それで、VIPルームの中はどうです、客や従業員たちは?」
「『客はほぼ全員が、レースに見入っています。ただ、そのうち半分に満たないくらいの者たちは時々端末をいじったり、部屋の隅に行って誰かと通話していますね』」
メカヘッドは立ち上がり、肩を大きく回す。
「ふむ……恐らくオーサカ代表にベットした方々でしょう。何か意図して端末をいじっているようだったり、他に何か新しい動きが出てきたら教えてください。従業員たちはどうです?」
「『従業員たちの方が変化はないですね。皆さん、真面目に働いておられます。……時々、足をとめて画面を見ていることもありますが、それくらいです』」
「なるほど、ありがとうございます。従業員たちのことも引き続き、気にかけておいて下さい。こっちは……そろそろ、次に行きましょうか」
メカヘッドは再び、闇の中を歩き始める。サーキットの隔壁は、相変わらず駆け抜けるバイクたちによって、激しく揺らされていた。
「『分かりました。引き続き、お気をつけて』」
装甲バイクを駆る雷電は、スピードを落とさずに走り続けていた。装甲パーツの各部に取り付けられたブースターが火を噴く。
レンジは雷電スーツで強化した反射神経と動体視力、そして腕力によって暴れるマシンをコントロールしていた。
「『雷電、まだいけるか……?』」
ヘルメットの通信機越しに、マダラが話しかける。
「ちょっとタイヤに違和感があるな。俺はまだ大丈夫だけど……オーサカのチームが、ペースを上げてきてるんだろう?」
「『いや、ここはライダーの感覚を信じるよ。ピットに入ってくれ。メカニックだって頑張ってるんだ、そう簡単に抜かさせないさ!』」
「了解だ、次のタイミングでピットに入る!」
バイクのインジケータには、“Limitter Off”の文字が赤く点滅し続けている。ピット前の追い込みとばかりに雷電は一層速度を増し、バイクの群れを抜き去りながらサーキットに銀色のラインを描いた。
「『レースはいよいよ、スタートから6時間が経とうとしています! ロケット野郎どもはまだまだ厳しい戦いが続いていますが、観客の皆さんは大丈夫か? レース中継の見逃し配信もあるので、皆さんは適度に休憩を取りながらレースを楽しんで下さいね! 配信はナゴヤ・ブロードキャスト・チャンネルから、お問い合わせはこちらからどうぞ……』」
画面に大きくアドレスが表示され、モニターの前のタチバナはため息をついた。
「やれやれ、何でもコマーシャルが入りやがる。レース中継もこれかよ……」
一緒に応援していたアキとリンは途中でギブアップして、模造タタミ・シートに転がって寝息を立てている。
「そりゃあお前さん、ナゴヤだもの。コマーシャルをねじ込めるなら、どこにでも突っ込んでくるさ」
様子を見にやってきたアオオニはそう言って、ブラック・ミソ・ソースがたっぷりとかかったカツレツのプレートをちゃぶ台に置いた。
「ほれ、うちの台所番からだ」
「すまんな、頂くよ……ん?」
料理に手を付けようとしたタチバナはハッとして、モニターに視線を戻した。
「どうかしたか?」
「今、一瞬だけコースの壁が開いたような……」
アオオニも一緒に画面を見るが、異常は見つからなかった。
「『オーサカ代表ツバサ・ラボラトリ、ここまで少しずつ、少しずつ周回数でナカツガワ・カガミハラチームに近づいてきております。マシンパワー、トップスピードともに、いまだにストライカー雷電が圧倒的に強い! 強いのですが……これはどういうことか! 現在、1位と2位の差は、僅かに1周! ツバサはこのまま雷電に食らいつき、追い越すことができるのか?』」
アナウンサーは相変わらず、高いテンションのまま話し続けている。レースは問題なく続いていた。
「何だろうな、誤作動か? よく見つけたな、お前」
「いや、なに、ちょっと気になることがあってな……ん? おい!」
再び画面の端で隔壁のシャッターが開き、立方体のオイル缶が転がり出た。雷電の装甲バイクが事も無げに踏み潰していく。缶は空だったようで、“サンダーイーグル”が通り過ぎた後には、まっ平らな金属片となって路面に貼り付いていた。
後続のバイクたちも、オイル缶の残骸を踏みつけて走り抜けていく。このアクシデントで被害を受けたチームはなさそうだった。
「とりあえず、無事だったみたいでよかったな」
「ああ、だが……」
タチバナは眉間にシワを寄せて、画面を睨みつける。
「メカヘッドの奴、裏で何をやってるんだ……?」
(続)
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