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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-01

ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ

 カガミハラ・フォート・サイトの繁華街にあるミュータント・バー“止まり木”。昼下がりの店内には、所属するピアニストが指慣らしがてら演奏するエチュードが流れている。

 ランチタイムの営業は間もなく終わる時刻で、客はナカツガワ・コロニーからやって来たレンジとマダラ・アオ兄妹だけだった。

 三人はナカツガワ産の貴重なオーガニック・野菜やモンスター肉の加工品を馴染みの店に卸し、ナカツガワ住民がリクエストした品物を買い集める“買い出し”を終えたところで、カガミハラの知り合いから「これから会えないか」という連絡を受けたのだった。

 待ち合わせは「ランチタイムの“止まり木”で」という指定だったが、用事を済ませて店に入って食事を終え、待てど暮らせど相手は現れなかった。

 アオは大きな両手をテーブルにのせ、足をパタパタと動かしている。レンジは模造麦茶のグラスをゆるりと動かした。カラン、と氷が音を立てる。

「お二人さん、フライド・ビーンズはいかが?」

 店の女主人にして歌姫のチドリが、フライド・ビーンズの皿をテーブルに置いて腰かけた。

「ありがとうございます」

 アオが大きな指先でそっと豆粒をつまみ上げて口に入れる。

「美味しい!」

「ナゴヤ・セントラルから来たお客さんにジェネレータのレシピを教えてもらったの。このフライド・ビーンズは正真正銘の“ナゴヤ・トラッド・スタイル”というわけ。レンジ君もどうぞ」

「ありがとうチドリ姉さん……うん、うまいよ」

 年上の義弟がフライド・ビーンズをつまむのを、美貌の歌姫は嬉しそうに見ていた。レンジが視線に気付いて手をとめる。

「もうランチタイムは終わる時間だよな。チドリ姉さん、いつもごめんよ」

「いいのよ、レンジ君にも、ナカツガワの皆にも、いつもお世話になっているんだから。私も、店の子たちも喜んでるしね」

 チドリがホールの隅を見やると、レンジとアオも振り向いた。

 テーブルを女給たちが囲み、華やかな声をあげている。彼女達は四肢の変形や欠損、多腕に多脚といった変異だけでなく、獣のような、虫のような、あるいは植物の実や花のつぼみのような、様々に変異した頭をしていた。

 いわゆる“重度変異”、“重篤変異”と呼ばれる娘たちの輪の中心には、オレンジ色に青いぶち模様が入った肌をした、カエル頭の男が腰かけている。アオの兄・マダラが機嫌よく話すと、娘たちは黄色い声をあげた。

「マダラ君が来るとあの子たちが張り切ってくれるから助かるわ」

 女給達を見ながらチドリが言う。

「あいつ、すごくモテるんだな」

「重ミュータントは同じくらい変異した人を好きになる、というから。私はよくわからないのだけど」

 そう言いながらチドリもフライド・ビーンズをつまむ。歌姫は首筋や手先が羽毛に包まれ、振り袖のような羽が手首から伸びているが、顔立ちは“非ミュータント”と同じだった。

「正直言うと、私もよくわからないんですよ」

 アオは常人の二倍ほどはあろうかという大きさの手と、オレンジ色の斑模様が入った青色の肌を持つが、顔の造作はやはり“非ミュータント”と変わらなかった。

 女給達の中でも、変異の度合いが少ない者達は輪に加わらず、離れた場所で思い思いに休憩をとっていた。

「ナカツガワの友達に聴いてみたら、“ちょっと可愛いところがある、甘い雰囲気のイケメン”だって言ってましたけど」

「それで機転がきいてユーモアがあって、凄腕の技術者で雷電・チームの一員だものね。モテるはずね」

 二人が話すのを聞いて、レンジも感心して「ふーん」と声を漏らした。

「なるほど、色々と“やらかす”奴だと思ってたけど、人柄も能力も、言われてみれば大したもんだな。見方を変えると、こうも印象が違うのか」

 散り散りになっている女給のうち、数人からレンジに視線が向けられているのに気づいて、チドリはにっこりした。

「レンジ君も、来てくれたら張り切っちゃうのは、私だけじゃないんだけどな」

「えっ……?」

「あわわ……!」

 チドリの眼差しがかすかに艶を帯びたのを見てとって、レンジはどきりとした。隣でアオが青い肌を真っ赤に染めてあたふたしている。

「ごめん、チドリ“さん”、俺は……」

 答える前に、入り口のベルが乾いた音を立てた。

「すまない、遅くなってしまって!」

 扉が勢いよく開き、機械部品の頭を持った男が駆け込んできた。レンジ達一行を待たせていたカガミハラ軍警察の刑事だった。自らをメカヘッド“先輩”と人に呼ばせる男は、テーブルを囲んで座っていた三人に声をかけた。

「準備に手間取ってしまってね……あら、何かあった?」

 レンジは季節外れの北風を浴びたような顔で、隣のアオは夕陽にあたったように真っ赤になっている。チドリは少しさびしそうに笑いながら答えた。

「たいしたことではないのよ。いらっしゃい、メカヘッドさん」


「慰安旅行……?」

 メカヘッドの説明を聞いたレンジが要領を得ないようで尋ねた。

「何でメカヘッドさんが、私たちにその話を?」

「メカヘッド“先輩”で頼みますよアオさん。この前、近くのコロニーから危険なモンスターが出て雷電が退治したでしょう? 軍警察から感謝状が出ましてね。それで雷電・チームの皆さんにはいつもお世話になっているから、何かお礼できないか……とイチジョー課長、いや、副署長から相談を受けまして。俺が提案したんですよ」

「いいんじゃない? タダで旅行できるなんて、ラッキーだよ」

 女給達とのおしゃべりをやめてテーブルにやって来たマダラが真っ先に賛成したが、レンジはまだ賛成しかねなかった。

 目鼻の代わりに緑色のセンサーライトを光らせる目の前の男は、関わり合いになって以来、腹に一物を抱えていないことはなかったからだ。

「おやっさん……タチバナさんには、了解を取ってるんですか?」

「大丈夫、この前タチバナ先輩とイチジョー副署長に、話は通したからね」

 チドリが小さくうなずく。“止まり木”で呑んだ時に、三人で話をしていたらしかった。

「それなら大丈夫かなぁ……それで、どこに行くんです?」

「よくぞ聞いてくれた!」

 メカヘッドは待っていたと言わんばかりにポン、と手を叩く。

「グレート・ビワ・ベイの中心、オーツ・ポート・サイトだ! カガミハラとツルガ、マイヅルの軍警察が共同管理している海水浴場を使えることになってね」

「へえ……」

 疑いの眼差しを向けていたレンジも心が動き、思わず声をあげた。アオはすっかり行くつもりになっている。

「やった! アキやリンも連れて行っていいですか?」

「もちろん」

「私もあの子たちも、海を見るのは初めてなんです。きっと、すごく喜ぶと思います!」

 アオはすっかり舞い上がって、「何を持っていけばいいですか?」とレンジに尋ねている。メカヘッドは咳払いをして、チドリに向き直った。

「えーと、それで、その……チドリさんもいかがですか? ご一緒に……」

「ありがとうございます、でも、ごめんなさいね。お店を閉めるわけにはいかないから……」

「そうですか……」

 あっさり断られたメカヘッドががっくりと肩を落とす。チドリは小さく笑った。

「私が行くとなったら、店の子たちも黙ってないでしょう? せっかくの海だし……ね、アオちゃん!」

「えっ?」

「頑張ってね!」

「えっ? ……ええっ!」

 チドリが声をかけてウインクすると、アオは再び真っ赤になったのだった。

(続)

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