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アウトサイド ヒーロー:7

イヴェント:シェイド オブ フォート カガミハラ

 ナカツガワ・コロニーを出発した一行は、オールド・チュウオー・ラインのでこぼこ道を西に走っていた。

 列の最後尾を走るレンジのヘルメットに内蔵されたインカムが電子音を鳴らし、着信を知らせた。

「『タチバナだ。感度どうだ?』」

「レンジです。よく聞こえてます」

 レンジが答えるとアオ・マダラからも問題なしとの返信があり、タチバナは短く「よし」と皆に伝えた。

「『レンジ、ナカツガワまで来る時にカガミハラを通ったと思うが、あっちからどれくらいかかった?』」

「夜更けに出発して次の日の夕方に着いたんで、大体丸一日ですね」

「『オールド・チュウオー・ラインはあちこち崩れてるから、道に沿って行ったら確かにそれぐらいかかるだろうなあ』」

 マダラがそう言うと、すぐにタチバナが続ける。

「『これから俺たちはオールド・ラインから離れた道を通ってカガミハラに行く。四、五時間くらいで着くだろう』」

「そんなに早く着くんですか!」

 驚くレンジに、通信機の向こうのタチバナは得意気に「ふふん」と笑った。

「『途中で分かりにくいところもあるから、しっかりついてきて覚えてくれよ』」

「了解」


 しばらく瓦礫の道を進んだ後、トラックは道路脇の茂みに突っ込んだ。バンとレンジのバイクも後ろに続く。地面には2本の太いわだちが刻まれ、道が先まで伸びていることを示していた。

 時折顔にかかってくる枝を押しのけながら進むと林が途絶え、荒れ野が広がっていた。等間隔に打ち込まれた虎縞模様の杭をなぞるように、拓けた原を駆けていく。途中に横たわる川には旧文明期の橋が残されていた。ところどころ補修されている橋を渡り、岩だらけのはげ山を越え、再び荒れ野を行く。

 やがて森が見えてくると、隊列は再び緑のトンネルの中に入った。わだちをなぞって走り続けて森を抜けると、再びオールド・チュウオー・ラインのに戻っていた。瓦礫の道の先には、暗灰色の城壁がそびえ立っていた。


 カガミハラ・フォート・サイトは港湾コンビナート群を抱えるナゴヤ・セントラル・サイトの北に位置する、旧文明期の軍事基地跡に建てられた城塞都市である。ナゴヤ・セントラル防衛軍によって実質的に運営され、同軍の本拠地として、地域の治安維持と凶暴化したミュータント獣を駆除する拠点として機能していた。


 タチバナが重厚な正門の前にトラックを停め、インターホンでやり取りを済ませると門がゆっくりと開いた。バンとバイクを門のそばにある駐車場に停め、車を降りた3人はトラックの荷台に乗ってにぎやかな大通りをゆっくりと進んだ。

 ナカツガワ・コロニー産の作物やモンスター肉を卸すのは、大通り沿いに大きなビルを構える老舗、“会津商店”。店の前にトラックを停め、タチバナを先頭に一行はビルに入った。

 店のカウンターには大型ミールジェネレータが連なり、食料品を買い求める人々が列をなしていた。部屋の隅にはテーブルが置かれ、取引のある企業のエージェントが店側の担当者と話し込んでいる。

 にぎやかな中で、「ミュータント」と誰かが小声で言う。ささやきは波のように広がり、スーツ姿の企業エージェントから買い物袋を提げた主婦まで、店内にいた客の視線が3人のミュータントに集まった。店内には他にミュータントはいなかった。タチバナ一行の周りから、静かに人が退いていく。

「タチバナ様、いらっしゃいませ。すぐに専務が参ります」

 いかつい黒服の社員が客の波をすり抜けて、慌ててやって来た。

「いや、こちらこそどうも。お心遣い感謝します」

 タチバナが丁寧に返すと、黒服はますます恐縮して小さくなった。

 店の奥から「はい、ちょっと失礼しますよ」と低い声がすると、客と店員が左右に動いた。部屋の中央にできた道を通って、小袖姿の小柄なお婆さんがきびきびと歩いてきた。レンジの身長の半分を超えるくらいだが、全身から気力が溢れ出るようで、身長にそぐわぬ迫力がある。細い目は鋭い眼光を放っていたが、タチバナの前に立つと途端に上品な老婦人然とした微笑みを浮かべていた。

「タチバナさん、ようこそおいでくださいました」

「専務さん、いつも丁寧にありがとうございます。うちの者も毎週お世話になって……」

 タチバナが挨拶を返すと、専務は落ち着いた色遣いの袖を手に当てて「ほほほ」と笑う。

「よしてくださいな。わたくしどもこそ、いつも新鮮な野菜やお肉を卸していただいて、感謝しております。この間の鹿ハムは、食通の方から殊に好評をいただいたんですよ」

「それも、会津屋さんに扱っていただいてこそですから」

「お上手なんですから……今回はどのような物を見せていただけるんですか?」

 専務の目が鋭い光を放った。

「いつも通りにプラント産の野菜と、装甲猪のベーコンをお持ちしました。それと、猪と牙山猫の毛皮も積んでます。病疫と汚染の監査は、うちの者が済ませておりますが」

「まあ、まあ! すぐに運び込ませましょう。毛皮も、うちから付き合いのあるお店に紹介させてもらいますね。今回も、こちらの監査が済み次第の入金になりますが構いませんか?」

「私は結構です」

「ありがとうございます。決算が済むまでカガミハラ市街に留まっていただく必要がありますが、さほど時間はかかりますまい。今回もありがとうございました」

 専務と店員たちに深々と頭を下げられて、ナカツガワ・コロニーの一行は店を出た。客たちがざわめく声を背中に聞きながら、店の自動ドアが閉まった。


 タチバナは「ナカツガワ共有」と大きく書かれたステッカーが貼られた小型端末機をアオに渡した。そして3人にそれぞれ封筒を渡すと、店員たちによって早々に荷台が片付けられたトラックに乗り込んだ。

「ちょっと早いが、封筒は今月分の給料だ。個人的な買い物に使ってくれ。俺はトラックを駐車場に運びがてら、ロケのことを軍警察の人と詰めてくるから、端末に入金されたら先に買い出しを始めていてくれ」

「いつも思うんだけどさ、何で共有財布を俺に持たせてくれないの?」

「お前さんの金遣いが信用できんからだ。売り上げを全部ジャンクパーツに宛てた時には眩暈がしたぞ」

 兄の悪癖を思い出して、アオが渋い顔をしている。

「あの時には発電機と変電装置を直すために、あれだけの部品が必要だったんだよ。実際、部品は余らなかっただろう?」

「修理が必要だったことは認めるし、お前さんの目利きは確かなんだがなあ。断りなしに勝手に進められると困る、ってこった。レンジもよろしく頼むぞ。3人で相談して買い出しを進めてくれい」

 タチバナは話を終えると手を振り、車を走らせていった。

「全く、参っちゃうよな」

「兄さんは反省したほうがいいと思う……」

 珍しく目尻のつり上がったアオに責められ、マダラはぐうの音も出なかった。

「もうしません……報連相大事……」

「全くもう」

 しょんぼりするマダラと頬を膨らませるアオに、レンジが「まあまあ」と割って入った。

「俺、カガミハラの町はよく知らないんだよ。何があるか、とか買い出しって何を買うのか、とか教えてくれないか?」

 兄妹はくすりと微笑んだ。

「それじゃあまず、電気街でジャンクパーツを探すぞ」

「レンジさん、兄は無視してください。まず新聞と雑誌を仕入れに行きましょう」

「なんだよ、冗談だって! あとは服や雑貨かなぁ」

「順番に行こう。俺も自分用に何か買おうかな」

 兄妹がやり合い、レンジは辺りを見回しながら、3人は並んで大通りを歩いていった。(続)

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