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アウトサイド ヒーローズ:エピソード4-05

ボーイ、ガールズ アンド フォビドゥン モンスター

「リン! 早くこっちに来て!」

「嫌!」

 アオの呼びかけをリンは拒否して、後ろで身をすくめるケモノを抱きしめた。

「この子を、連れていかないで!」

 アキもアオにすがりつく。

「ボロボロだったんだ、この子。大人しいし、全然危なくないんだ! だから連れていかないで! おっちゃんに見せるなら、僕たちも一緒に行くから!」

 巡回判事の顔になったアマネは、胸ポケットから銀色の小箱を取り出した。

「二人とも、それは危険な生き物なの。すぐに大きくなって、増えて、この町の人をみんな、食べてしまうんだよ。早く離れなさい」

「そんなはずない!」

 リンはきつく目を閉じてケモノを抱き締める。アキはアオから手を離さなかったが、ちらりとリンとケモノに視線を向けた。

 白いケモノは丸くなったまま、毛を逆立ててアマネとアオを睨む。額の珠がうっすらと光った。

 アマネは手にしたオイルライターをかざし、蓋を開けて火を灯した。アキはアオから手を離す。アオとアキが通路をあけると、アマネはケモノに火を向けたまま、部屋の中に足を踏み入れた。

 壁際に固まっている一人と一匹に向かって、1歩、2歩、3歩。ジリジリと間合いを詰めていき、部屋の中央まで入り込んだ時、


 パン、と音をたてて、風船のようにケモノがはぜた。


 透明な液体が飛び、白い煙のような蒸気のようなものが立ち込めた。アマネは口元を覆う。アオはアキをかばって、部屋から背を向けた。

「何? リンちゃん!」

「リン!」

 爆発はすぐに鎮まった。アマネとアオが部屋の中に視線を戻すと目を丸くしたリンが二人、並んで立っていた。


「どうして……? 私?」

「私が二人いる……?」

 二人のリンは互いに向き合い、相手をまじまじと見つめている。

 アマネは再び、オイルライターの火を近づけた。擬態しているであろう、若き“ミミックの女王”はここが正念場と悟ったのか、どちらのリンも身をすくめる素振りすら見せなかった。

「やられた……!」

 ミミックの擬態能力は見事といってよかった。顔かたちのみならず、衣服も全く同じ鱗肌の少女が二人、全く同じタイミングで全く同じ身ぶりをしてみせる。

 鏡写しの二人はしばらく一緒に手足を動かし、跳び跳ねたりにらめっこをしていた。 

「何これ、気持ち悪い!」

「あなたこそ真似しないでよ!」

 リンたちは遊ぶのをやめて睨み合い、互いに罵りあう。

 困り果てた顔のアオに「二人から目を離さないで、入り口を塞いでいて」と指示を飛ばし、アマネは腕を組んだ。


ーー頼りにしていた火にも反応しないなんて! どうやって見分けたらいいの……? マダラなら何か、いい道具を持っているかもしれない……けど、二人を連れてこの部屋を出るにも、目を離して他所にコンタクトを取るにも、リスクが大きすぎる……!


 アマネとアオが固まっていると、アキが二人のリンに近づいた。

「アキ……?」

 アキはすんすんと鼻を鳴らしながら、二人の匂いをかぎ回った。

「ちょっと……もう!」

「恥ずかしいじゃない!」

 1歩退くと、片方のリンを指さした。

「こっちのリンちゃんからは、服の洗剤やシャンプーの匂いがしない!」

「えっ?」

「……それって!」

 アマネが動く前に擬態が解け、リンに化けていたヒトガタの全身から無数の触手が突き出した。

「アキ!」

 アオが手を伸ばし、アキを掴んで引き寄せると、伸びてきた触手は空を切って引っ込んだ。

「リン!」

 鱗肌の少女は、透明な塊になった“ミミックの女王”に呑み込まれかけていた。アオが跳びつく前にゼラチンのような塊はリンを包んだまま弾み、天窓を突き破って外に飛び出した。

「リンちゃん!」

 アキが叫んで、階段を駆け降りていく。アオも後に続いた。

「アキ! ……アマネさん、兄さんに伝えてください!」

「わかった、アオも気を付けて!」

 走り去るアオを見送ると、アマネは携帯端末を取り出して素早くマダラを呼び出した。

「『はい、どうした?』」

 通話回線が開き、マダラが応じて尋ねる。

「おちび二人が、“ミミック”の幼体を匿っていたの!」

「『何だって?』」

「今リンを呑み込んだまま、天窓から逃げ出した! アオとアキが追いかけてる!」

「『わかった、アマネも変身して、すぐに追いかけてくれ。俺も追い付くから!』」

「了解!」

 携帯端末をポケットに戻すと、入れ替わりにピンク色の筒を取り出した。ペンライト程の大きさの、“マジカルチャーム”を頭上に掲げる。

「“花咲く春の夢見るドレス、マジカルハート、ドレス・アップ”!」

 屋根裏部屋は華やかな音楽と、まばゆいピンク色の光で満たされた。光がアマネの身を包み、花びらが開くようなドレスに変わる。

 巡回判事は魔法少女・マギフラワーとなって、天窓から飛び出した。屋根の波を見回すと、空間プロジェクタによって投影されたオレンジ色の矢印が視界に現れた。

「あれは……!」

「マギフラワー!」

 足下から可愛らしい人工音声が呼びかける。マダラが操るドローンぬいぐるみの“ドット”が、酒場の戸を開けて外に出ていた。

「リンちゃんの迷子タグを追えるようにしたよ!」

「ありがとう! 先に行ってるね!」

 マギフラワーは矢印を追いながら家々の屋根を蹴り、飛ぶように駆けていった。


「……アマネの運転の荒さには参っちまうな」

 鈍い銀色の雷電スーツを着たレンジが、ゲートの通用口を開けるゲンに話しかける。

「スクーターであんなスピードが出せるとは思わなかったよ! 生きた心地はしなかったけどなぁ……」

  すっかり顔色が戻ったゲンは苦笑いしながら言った。

「“ミミック”のことはちょっと前に、アオが村内放送してたよ」

「そうか。とりあえずは様子見だな」

「あんな厄介なモンスター、やって来ないに越したことはないけどね」

 レンジがゲートの反対側に出たとき、守衛詰所の通信機が呼び出し音を鳴らした。ゲンがスイッチを押して通話回線を開く。

「はい、こちら正門」

「『ゲンさん? マダラだ』」

「何かあったかい?」

「『町の中で“ミミック”が出た。マギフラワーが追いかけてる』」

「何だって?」

「『ゲートをしっかり塞いでおいて!』」

「了解だよ!」

「マダラ、レンジだ。ついさっき着いたけど、俺は……?」

「『そうだな……レンジもわかってるだろうけど、ファイアパワーフォームの炎は威力がありすぎる! “ミミック”の場所は教えることができる、けど最後の手段だと思ってほしい』」

「了解だ」

 レンジがスーツのバイザーを下ろすと、視界にオレンジ色の矢印が投影された。

「それじゃゲンさん、行ってくるよ!」

「うん、気を付けて!」

 岩のような顔をした守衛に見送られて、雷電の装甲バイクはナカツガワの町に走り出した。


 アキを担いだアオは半透明の塊を追いかけ、建築資材が積まれた倉庫に行き着いた。

「アオ姉、あれ!」

 倉庫の扉を開け、中に入り込もうとしている“ミミック”を見つけてアキが声をあげた。アオはアキを下ろし、ミミックからはみ出したリンの足を掴む。

「リンを返して! ……わあっ!」

 ミミックの体から無数の触手が飛び出して、アオの両腕に絡み付いた。

「離して……離せっ!」

 腕を振り回すが、細い触手の群れは指の隙間に潜り込み、がっちりと取りついて呑み込みにかかった。

「きゃっ!」

 アオの腕も、少しずつ半透明の“ミミック”の中に沈んでいく。うねる触手が顔の前に迫り、アオは思わず目をつぶった。


「“アイビーウィップ”!」

 凛とした声と共にピンク色の光を纏った鞭が飛んできて、“ミミック”の触手の上からアオの腕に巻きついた。触手が動きをとめると、アオは“ミミック”を引きちぎって距離を取った。光のムチが戻っていく方向を見上げる。

「マギフラワー!」

 倉庫の屋根の上に、ムチを持った魔法少女が立っていた。金と銀のオッド・アイが半透明の塊を射抜く。

「“黒雲散らす花の嵐、マジカルハート・マギフラワー”!」

 ポーズを取るマギフラワーの背後に、ピンク色の爆炎が立体映像プロジェクタによって映し出された。

「お願いマギフラワー、リンを助けて!」

「了解!」

 花のドレスを翻して、魔法少女は“ミミック”の前に降り立った。

「“ブランチロッド”!」 

 光のムチが、光を纏った杖に姿を変えた。マギフラワーは無数の触手がひしめく半透明の塊に、手にした杖を突っ込んだ。

「やああっ!」

 思いきり引っ張ると、葛餅を切り分けるように“ミミック”の体が裂けた。捕まっていたリンの体が現れると、マギフラワーはぐいと引っ張って引き抜く。気を失っている鱗肌の少女をアオに託して、魔法少女は触手の怪物に向き直った。

「ありがとうマギフラワー!」

 リンを抱えたアオが走り去る。アキはマギフラワーの背中をじっと見ていた。

「ごめんなさいマギフラワー……モンスターをとめて」

 マギフラワーは杖を構えたまま、振り返らずに親指を立てた。

「任せて!」

「うん!」

 アオに促され、アキも駆け出した。打ち捨てられていた触手の塊は身もだえするように震え、細かい触手をうごめかしながら立ち上がってくる。 

 魔法少女の後を追って倉庫街に跳び込んできたドットが叫んだ。

「マギフラワー!」

「ドット、遅いよ! ……これは?」

「ボクもおやじさんとデータを調べただけなんだけど、多分、“ミミックの女王”が闘うために姿を変えてるんだ」

 半透明の触手の塊が、歪な怪人のような姿をとる。ゼリーのような触手の束が手足や胴体を作り、薄緑や水色の燐光を纏う紫色の装甲に包まれる。右手からは毒々しい紫色の粘液にまみれた長槍のような大きな棘が伸び、怪しい光沢を放っていた。

「マギフラワー、来るよ!」

 戦闘形態となった女王は長槍を構え、地を蹴ってマギフラワーに突っ込んできた。

(続)

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