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アウトサイド ヒーローズ:エピソード8-04

スクランブル ストラグル スカイハイ

 バイクに跨がったレンジは、レバーのついた鈍い銀色のバックル、“ライトニングドライバー”を取り出していた。自らのへその下、丹田にバックルを押し当てると、左右から飛び出したベルトが腰に巻き付いた。

「“変身”!」

 叫びながら拳を叩きつけてレバーを下ろす。

「『OK! Let's get charging!』」

 電子音声が応えると、エレキギターの音色とベースの響きが轟いた。音楽に合わせて、人工音声がカウントを始める。

「『ONE……TWO……THREE……』」

 カウントをやめると共に音楽が鳴りやんだ。

「『Maximum!』」

 レンジの体とバイクを、銀色の装甲が覆っていく。金色から青色にグラデーションするラインが装甲に走り、陽の光を浴びてぎらりと輝いた。

「『“Striker Rai-Den”, charged up!』」

 変身完了を宣言する人工音声を聞きながら、雷電は拳を自らの手のひらに打ちつけた。

「よし! マダラ、行けるぞ!」

 雷電が呼び掛けると、バンのドアが開いた。

「オッケー、それじゃ行こうか」

「げえ!」

 可愛らしい声が返ってきて、雷電はうんざりした声をあげる。

「マダラ……それで行くのか?」

 薄ピンク色のドレスをまとった魔法少女が、オレンジ色の丸いぬいぐるみを抱えてやって来たのだった。

「げえ、って何だよう! マダラが生身でついてくわけにはいかないから、ボクの出番じゃないか!」

 丸いぬいぐるみがもぞり、と動くと口をパクパクと動かし、可愛らしい人工音声でしゃべりだす。それはマダラが操縦する、ぬいぐるみ型のドローンだった。

「なんてったってボクは、広域無線の中継機も兼ねてるハイテク・ドローンなんだから! ……むぎゅう!」

 胸を張るぬいぐるみを掴むと、雷電はひょいと取り上げる。

「性能の話じゃない!」

「ふみゅう……」

 ぬいぐるみ型ドローンが、雷電の手の中でわしわしと揉みしだかれた。運転席の窓からマダラが顔を出す。

「おい雷電、“ドット”に乱暴なことするなよ」

「わーん、マダラぁ!」

 ドットという名前のドローンは雷電の手を振りほどいて跳びはね、マダラの手の中に収まった。

「ドット、大丈夫か?」

「うん……心配してくれて、ありがとう!」

 マダラを見て、雷電がうんざりして肩をすくめる。

「ドローン動かしてるのもマダラだろ! 自作自演で気持ち悪いんだよ!」

「役になりきるって大事じゃないか! なあ?」

「うん!」

 腹話術のようにドローンを持って話すマダラに、雷電はため息をついた。

「はあ……まあ、いいよ、もう……」

 ピンク色の魔法少女、“マジカルハート・マギフラワー”は二人のやり取りを後目に歩いていき、さっさと装甲バイクの横に立っていた。

「話は終わった? それじゃあ、行きましょう!」

「マギフラワーは……当たり前のようにいるよなあ。一応聞いておくけど、どうしてここにいるんだ?」

 正体を隠している……はずの魔法少女は胸を張った。

「マダラから連絡を受けて、滝巡回判事と交代で飛んできたんだから!」

「ああ、そう……ありがたいよ……」

 雷電は口から出かかった「それで、アマネはどこに行ったんだ?」という意地悪な質問を引っ込めて、魔法少女になった巡回判事に礼を言った。

「それで、『行く』ってどうやって行くんだ? 飛行機はまだ、空を飛んでるんだろう?」

 マダラの腕からドットがぴょんぴょんと跳ねて、バイクのハンドルの上に飛び移る。

「雷電の新しいフォームが、早速役に立つんだよ! さあ、ボクがナビをするから、マギフラワーと一緒にバイクに乗って!」


 車体を弾ませながら、瓦礫の道を装甲バイク、“サンダーイーグル”が飛ぶように走る。

 雷電はハンドルを握って前方を見据えながら、ハンドルの中央にしがみついているドットに声をかけた。

「“丸いの”、状況はどうなってる?」

「メカヘッド先輩からの話だと、ナゴヤ・セントラルを出発してカガミハラを目指していた飛行機は、ナゴヤとカガミハラの境界あたりでハイジャック犯数名に襲われたって。それでハイジャックされた飛行機は、ナカツガワの方向に飛んでいってるって!」

「なんでナカツガワなんだ……それで、バイクでどうやって飛んでる飛行機に追いつくんだ?」

「飛行機はオールド・チュウオー・ラインを目印に飛んでるみたいなんだ。だからバイクで近付いて、ジャンプして飛び移る」

 雷電は青い空をちらりと見上げる。わずかにちぎれた白い雲が、ゆったりとした風に吹かれて浮かんでいた。

「本気か?」

 ドットがもぞり、と動いて振り返った。

「もちろんだよ! さあ、新しいジェネレート・ギア、“ウインドホイール”を試してみるんだ!」

 雷電の踵には、拍車のようなメタリック・オレンジのホイールがとりつけられていた。

「変身は、いつもと同じでいいんだな?」

「うん、大丈夫だよ」

 ハンドルから片手を離した雷電が、バックラー正面のレバーを引き上げ、再び倒す。

「重装変身!」

「『OK! Generate-Gear, setting up!』」

 ベルトの合成音声が応えると、陽気な青空を思わせるフォルクローレ・ギターの音色が鳴り響いた。そして雷電スーツの周囲を、強い風が取り囲むように吹きすさぶ。

「きゃっ!」

 後部座席のマギフラワーが声をあげた。ドットは風圧でぬいぐるみの体が雑巾のようにしぼりあげられながら、短い足の先についたフックでがっちりとハンドルにとりついていた。

「マギフラワー、しっかりつかまっていて!」

「『……Equipment!』」

 ベルトが叫ぶと音楽が止まり、激しい風の流れが収まった。相変わらずバイクのハンドルを握り続けていた雷電の装甲は、メタリック・オレンジに染まっていた。

「『“WIND-POWER form, starting up!”』」

 ベルトの音声が、変身完了を高らかに宣言する。

「やった! “ストライカー雷電・ウインドパワーフォーム”、変身成功だよ!」

 ドットが嬉しそうに叫ぶ一方、後部座席のマギフラワーは不満そうに口をとがらせている。

「これで雷電の変身は3つ目かぁ……私はマギフラワーも入れて2つしかないんですけど! ねえドット、私にも新しいドレスをちょうだいよ!」

「そんなオモチャを欲しがるみたいに言われても……」

 運転席を挟んでわいわいとやり取りする一人と一体に、雷電はため息をついた。

「お前たち、のんきだよなあ……来たぞ、あれだな!」

「あれが……? ねえ、あれ!」

 マギフラワーが空を飛ぶものを指さした。丸みを帯びた白い機体の周囲を、大きな翼を広げた褐色の生き物が無数に飛び回り、とりついては両脚の爪で飛行機に襲い掛かっている。つるりとしていた機体の表面には既に痛々しい穴がいくつもあき、ところどころの装甲がめくられ、はがれかけていた。

「モンスターに、襲われてる!」

「あれは、トンビドレイクだね。高い山に巣を作って、空の高いところで暮らしているモンスターだ。地上近くには、滅多に降りてこないって聞くけど……」

「そんなことより丸いの、どうやってあそこまで飛び移るんだ?」

 飛行機は低空を飛んでいるものの、もちろん周囲の木々よりもはるかに高かった。雷電の質問を聞いて、ドットが弾むように揺れる。

「サンダーイーグルを遠隔操縦に切り替えるよ。合図するから、タイミングを合わせてジャンプするんだ」

「了解」

「マギフラワーはバイクを回収して、カガミハラに向かってほしい。最終的にはカガミハラ基地に着陸させるからね」

「わかった!」

 ドットの指示に、雷電が「げっ」と声を漏らす。

「……ちょっと待て、このバイクをマギフラワーが運転するのか?」

「何よ、その言い方!」

 心配そうな雷電の背中を、不満そうなマギフラワーがつついた。

「心配しないで! 運転はマダラがやるから大丈夫だよ」

「うーん、まあ、それなら問題ない、かな……」

「二人とも! 私が運転するのが、そんなにイヤなの?」

 魔法少女の拳がヒーローの背中をゴツゴツと打つ。もちろん戯れ程度の力だったが。

「まあ、まあマギフラワー! ……もうすぐだよ雷電、準備を!」

「了解だ」

「ちょっと……もう!」

 さっさと切り替えた雷電と、むくれながらも抗議をあきらめたマギフラワーを乗せ、装甲バイクは加速をつけて怪鳥の群れに突っ込んだ。


 シーツが飛ばされているかのような大きな翼が宙を舞う。響き渡る笛の音のような鳴き声は、近づくにつれてますます大きくなっていった。

 飛行機に追いすがり、まとわりついていた怪鳥の群れのうち、数羽が向かってくる装甲バイクに気づいたようだが、モンスターたちはバイクの上空までやって来て旋回するだけだった。

「こっちにも来たぞ……!」

「トンビドレイクは空を飛んだり、滑空することは得意だけど、歩いたり急に飛び上がったりするのは苦手なんだ。だから今は大丈夫、飛んでからが本番だよ」

「わかった」

 遠隔操縦のバイクが更に加速し、飛行機の真下に向けて突っ込んだ。ドットがハンドルの上から跳ねて、雷電の肩にとりついた。

「……雷電、いくよ!」

「おう!」

 走行バイクがバッタのように跳ねる。小さく2回、3回……

「今だ!」

 ドットの掛け声とともに、バイクは大きく跳ね上がった。ハンドルを離し、サドルの上にしゃがんでいた雷電は、装甲バイクの描く放物線の頂点でサドルを蹴り、大きく跳ね上がった。

「ウラァ!」

 メタリック・オレンジの雷電はバイクから、弾丸のように飛び出した。すぐさまトンビドレイクが舞うように飛び、高速で突っ込む雷電を取り囲む。

「おい丸いの、周りはモンスターだらけだ! 加速して振り切れないか?」

「雷電、パワースーツに飛行機能なんて、付けられるわけないじゃないか」

 当たり前のように言うドットに、雷電は苛立ちを抑えて尋ねる。

「じゃあ、どうするんだよここから!」

「飛んでくるトンビドレイクを足場にして、飛び移りながら飛行機に近づくんだ!」

「はあ?」

 雷電は思わず「ふざけるな」と言いかけたのをぐっとこらえた。

「簡単に言ってくれるなぁ!」

 文句を言いながらも、とびかかってきた一羽を殴りつける。電光をまとった拳にひるんだ怪鳥を踏みつけ、蹴り落とすと再び雷電は跳んだ。

「いいぞ雷電、その調子!」

「やればできるもんだな!」

 “ウインドパワーフォーム”のボディはしなやかで軽く、雷電は次々にモンスターを踏み台にして宙を駆ける。

「よっしゃあ、これで……ゴールだ!」

 雷電は白い飛行機の上に飛び乗った。卵を思わせるシンプルな曲面からなる機体は、飛び掛かってくるトンビドレイクの鉤爪と嘴により、すっかりガタガタにへこみ、ところどころに穴が開いていた。しかし乗員たちは抵抗を続けているようで、窓や乗降口にはロックがかけられている。

 入り口を探して這い回る雷電の頭上を、怪鳥たちの爪がかすめていった。

「くそ! どこから入ればいい……?」

「雷電、あそこ!」

 ドットが尻尾で指したのはコクピットブロックだった。窓の一部が割れ、数羽のトンビドレイクがひっきりなしに入れ替わりながら、中に爪や嘴を突っ込もうとしている。

「あれか! 突っ込むぞ」

 雷電は拳を振り回して飛び交う怪鳥を追い払いながら、コクピットの窓に近づいていった。


「よい……せっと!」

 コクピットの中に雷電が飛び込むと、操縦桿を握っていた作業着姿の男と副操縦士らしき制服を男が、ぎょっとして侵入者を見た。

「え! ……ええ?」

「人……?」

「ああ、すまん、俺はナカツガワから来たんだ、この飛行機を助けに……」

 雷電が二人に説明を試みようとしたとき、視界の外から手を伸ばす、もう一人の影があった。

「おらあああ!」

 雷電が振り返る。作業着の男は銀色の両手を侵入者に向けて突き出していた。

「何……?」

「痺れろやああああ!」

 銀色の指先から火花が散り、小さな稲妻が雷電に向けて飛び出した。

(続)

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