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アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-14

ティアーズ オブ フェイスレス キラー

 レンジとアマネは、画面が真っ暗になるまで黙っていた。アマネが口を開く。

「これは、あのおじいちゃんの見た……?」

「そう。アマネが持ってきたメモリチップをメカヘッド先輩がチェックして、切り出したやつだよ」

 画面の中央に表示される“再生を終了しました”の文字を見た後、レンジはマダラに視線を移した。

「つまり、例の……アマネが会ったってサイバーウェア技師が、“マスカレード”と“ブラフマー”に関わってるって証拠、か?」

「うん。だけど、それだけじゃない」

 マダラはそう言い、映像データを巻き戻し始めた。画面が激しく変化し、黒尽くめの男たちが大写しになって表示される。レンジは画面に視線を戻した。

「この人たちなんだけど」

「“ブラフマー”のエージェントって名乗ってたっけ?」

「うん。“ブラフマー”のエージェント……要するに、関わってるそれぞれの企業から遣いに出された人たち」

「じゃあ、こういう人たちって会社員なんだ!」

 マダラの説明に、アマネが目を丸くした。

「……まあ、こういう人は荒事担当っていうか、“ブラフマー”の仕事専門みたいだから、フツーのサラリマンとはちょっと違うんだろうけどね。でも会社員には違いない。“ブラフマー”は悪の組織でもなんでもない、ただの企業連合だからね。実動部隊は、それぞれの企業の社員が担当してるんだ」

 説明を聞きながらレンジがぴくり、と眉を動かす。

「もしかして、最近殺されてる人たちってのは……!」

「そう。これもメカヘッド先輩が調べてくれたんだけど、ここに映ってる人たちは全員、ここ数日の間に殺されてる。……間違いなく、“マスカレード”の手によって」

 マダラは手にしていた資料の内、一枚をテーブルの上に置いた。太字のミンチョー・テキスタイルで羅列されているのは被害者の前と享年、所属する企業の名前……

「“マスカレード”が殺した人は、これだけじゃない。でも、その誰もが“ブラフマー”に関わりがある人じゃないか、っていうのが、メカヘッド先輩の推理だ」

「どうして、そんなことを?」

 アマネが被害者のリストに目を落とし、一人ひとりのプロフィールをなぞるように目で追いながら、マダラに尋ねる。

「“ブラフマー”への、復讐……?」

「いや、多分、これは……」

「口封じ」

 マダラがもごもご言いかけたとき、画面に視線が釘付けにされたままのレンジがぼそりと言う。ハッとして顔を上げ、マダラと目が合うと身振り手振りで発言を譲った。

「うん、レンジが言う通り。“忘却措置”っていうのが破られた……“マスカレード”のことを知ろうとしたから……」

「“マスカレード”に関わった、“ブラフマー”のエージェントたちが殺されてる……ってこと?」

 アマネが僅かに声を震わせながら尋ねる。

「それで、“マスカレード”本人が、命令されてその人たちを殺してるの……?」

「そうだ。多分、エージェントが言っていた機密抹消命令、ってやつだろう。奴らなら、それくらい……」

 レンジはむっつりとした顔で虚空を睨みながらアマネに返し、ふと気が付いてマダラに視線を戻した。

「それじゃあ、この画面に映ってる以外の被害者も……?」

「うーん、多分……」

 マダラは答えると犠牲者のリストに視線を落とし、一人ひとりの名前を指でなぞっていった。

「メカヘッド先輩の推理によると、だけど。機密抹消命令で動いてるって考えたら、他の被害者たちも“ブラフマー”の関係者……それも、“マスカレード”に直接かかわった人たちじゃないか、って」

「結局、自業自得……」

 アマネは呆れたようにそう言いかけ、首を横に振った。

「いえ、そんな言い方はよくない。殺してる側だって、同じ“ブラフマー”だもの。……それに、“マスカレード”自身に殺させてるっていうのがもっとタチ悪い!」

 腹を立てるアマネを見て、レンジの表情が少し和らぐ。

「そうだな。とにかく、これ以上の殺しをやめさせなくちゃ……マダラ、他に狙われそうな人たちの目星はつきそうか?」

「うーん……」

 マダラは大きな頬に手を当てて唸る。

「狙われている人たち、一人ひとりを特定できるわけじゃない。だから、この連続殺人事件を食い止めることはかなり難しい……でも、一人だけ、確実に狙われるってわかってるところがあるんだ」

 そう言いながら、背後のホワイトボードに一枚の画像を貼り付けた。それは人物の顔写真ではなかった。
 大穴の断崖――ナゴヤ・セントラル保安部の本部同様、この地下積層都市における“一等地”――に張り付くように建てられた、白い壁の建物だった。

「ここは?」

「“イセワン重工”……ナゴヤ・セントラル・サイト西部地区を拠点にした大企業だよ。ハーヴェスト・インダストリとも技術協力をしてるらしいんだけど」

 テーブルの上で充電ケーブルにつながっていたナイチンゲールがぴりり、と鳴いて首を回す。

「私のボディに使われている特殊焼成セラミックも、“イセワン重工”が復元した技術を元にしています」

「……そういうこと。特に、旧文明時代のハイテックを発掘や復元する分野に強い、けっこう老舗の会社なんだって」

「ふーん……」

 レンジはマダラとナイチンゲールの説明を聞きながら、指先でセラミック製の小鳥の頭をなでくり回した。
 ぴりり、ぴりり。ナイチンゲールは若干不満そうにさえずるが、なでられるままになっている。

「それで、何でここが狙われる、って?」

「うん、レンジとアマネが“マスカレード”に遭った日に、彼女はもう一件、殺しをしていたんだ……」

 “イセワン重工”の社屋写真の横に、顔写真が貼り付けられる。白髪と深いしわ……それはこれまでホワイトボードに貼られてきた中で、もっとも年老いて、草臥れた男の顔だった。
 アマネもレンジも、老人の顔をまじまじと見つめる。マダラはテーブルに置いていた資料束を再び手に取り、パラパラとめくりながら説明を続けた。

「この人は、西部地区遺跡公園の管理をしていた人だ。近くに女性ものの服がひと揃え脱ぎ捨てられていてね。それで、現場の近くに“マスカレード”が出た。……状況証拠だけだけど、彼女に殺されたとみて、間違いないだろうね」

「何ていうか……これまで殺されてきた人と印象が違うね」

「この人も、“マスカレード”と関係があるのか?」

 レンジの質問に、マダラは首を振る。

「いや、多分“マスカレード”とは直接関係ない。この人が多分、“マスカレード”が元々ターゲットにしていた、最後の一人……」

「公園の管理人の、おじいさんが?」

 アマネが意外そうに声を上げ、「見せて!」と言って資料束をマダラの手から取り上げる。

「……この人、ずーっと同じ公園の管理人をしてるだけみたいだけど、そんな人が、わざわざ狙われるの?」

「そんな人が、わざわざ狙われることに意味があるんだ」

 マダラは資料束を取り返すとメカヘッドを真似たように、もったいぶった素振りで「えへん」と咳払いした。

「この人が管理していた遺跡公園は、旧文明の大きな遺跡が見つかったところだ。ハイテック遺物も沢山出てきて、全部調べ上げるには数十年かかる、かもしれないと技術開発局は判断した。だから公園の研究と遺物の調査はナンセイ重工が担当することになった……」

 説明を続けながら、マダラはこれまでボードに貼っていた顔写真を再び並べ始めた。目を覆うほどの姿で発見された、技術開発局の次長……

「その数年後から、ナゴヤの市場に変化が現れ始めた。ミール・ジェネレータや、ファブリック・ジェネレータ……各種の生産機械のための、安価なペレットが大量に流通するようになったり、かと思ったら燃料ペレットが急に品薄になって高騰したり……」

 次々と貼りだされる、保安局企業監査課のナンバーツーの男、自治政府の物流管理部門のトップ、そして自治政府の外郭団体、市場取引監督委員会のメンバーの顔。

「もちろん、自治政府の関係各所は調査に乗り出した。……すると、この一連の市場の混乱の中で利益を上げ続けている企業を見つけた。その企業自体は実体のないペーパーカンパニーだったけど、本体がナンセイ重工だったのは明らかだった。だから地区担当の保安官が捜査を始めたけど……その捜査は、あっという間に立ち消えになった。まあ、企業側が買収したんだろうね」

 マダラは首をすくめながら、西部地区の担当保安官の顔写真を貼り付ける。後ろ暗いものを沢山抱えた男だ。脅されたのか、あるいは飴に釣られたか……どっちにせよ、企業側からは御しやすい相手だったに違いない。

「ここまでが、今から十数年前の話だよ。この町では、企業連合体の方が自治政府より強い。だからこの体制は安泰だった。……去年まではね」

 含みのある物言いを投げると、マダラは自治政府の高等税務官と、法務官の顔写真を並べて貼り付けた。

「去年、自治政府が管理するレース場でテロ未遂事件が起きて、大規模な賭博行為が暴露された。自治政府は大わらわになって、何人かの役人が役職をクビになったり、自分から辞職したりした。そこで、高等税務官と法務官も代替わりしたんだけど……この二人は任官前から、ナンセイ重工の周りで起きている不正を何とかしたいと考えていたみたいなんだ。テロ未遂事件で都市の一部が水没して、町の再開発をしなきゃいけなくなった。それも、遺跡公園周辺に自治政府のメスを入れるチャンスだ。そこで、色々な企業ともやりとりがあって、顔が広い若手の役人に、ナンセイ重工の周囲を探るように依頼していた……」

 そして、2人の高等官僚の下に、執政官の第4秘書の写真が貼り付けられる。彼は”軽薄な男”と専らの噂だったが……
 ホワイトボードには“ナンセイ重工”を中心に、殺された人々の顔がパノラマのように広がった。
 メカヘッドの指示通りに推理の披露を終えたマダラは、全ての写真を貼り終えると「ふう……」と息をついて書類束をテーブルの上に置く。
 レンジはボード全体を見回した後、中央に置かれた社屋の写真をまじまじと見つめていた。

「なるほど、全ての因縁が重なるのが、ここか。だから……」

「うん。誰が殺しの依頼をしたかは分からないから、狙われている個人を特定することはできないけどね。でも、ここに張り込んだら……」

 マダラの声に、アマネが指を立てた。

「はい! はいっ!」

 レンジとマダラの視線を受けて、アマネは胸を張った。

「その役、私に任せて!」


 光るように白い壁、シンプルな造りのテーブルとソファが置かれた、“ナンセイ重工”の役員室。掃除の行き届いた部屋の中央に立つのは、剣呑な空気を纏った黒いサイバネ義体。
 両腕は真新しい、灰色のパーツに換装されていた。ぎり、とわずかに軋む音を立てて左右のマニュピュレーターを握りこむと、“X”と“Y”を象ったアイ・バイザーが赤く、鋭い光を放った。

(続)

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