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アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-02

ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ

 グレート・ビワ・ベイは文明が崩壊する以前、湖であったと記録に残されている。環境破壊による気候変動、全ての国家が滅び去った大戦争、そして地殻変動により巨大な湖は溢れだして外海と接続、周囲を山に囲まれた穏やかな内海となった。現在は貴重な海上交易の拠点、そして数少ない“安全な”海として、周辺地域を支えている。


 アオとマダラの運転するバン、そしてタチバナが運転する町役場のトラックがナカツガワの子どもたちと海水浴のための荷物を満載してカガミハラ・フォート・サイト前にたどり着くと、二両立ての大型トレーラー・トレインが停まっていた。メカヘッドが両手を広げて一行を出迎える。

「皆さん、ようこそお越しくださいました! さあ、トレーラーにどうぞ……」

 アキとリンを先頭に、ナカツガワ中から集まった子どもたちがワラワラとトレーラーに乗り込んでいく。アオとマダラ、そして巡回判事の滝アマネは荷物を運び込んだ。レンジが乗ってきたバイクを荷台に積み込み、トレーラーに乗り込むと、灰色の軍事車両は16輪のホイールをゆっくり回転させて動き始めた。

 皆がトレーラーに乗り込んだのを見送ると、タチバナもトラックに戻った。走り出すトラックを、二人掛けになっている助手席からメカヘッドが見送る。

「タチバナ先輩、結局行かないことにしたんだな」

「『店を閉めるわけにはいかないから』って言ってました。おかげで車を出してもらえて、助かったんですけどね」

 並んで腰かけたレンジが答えた。

「まあ、仕方ないな。マギフラワーも招待したかったけど、連絡がつかなかったし……」

「正体を隠す魔法少女だから、それも仕方ないんじゃないですかね」

「マダラ君にもそう言われたよ。なにがしかの形で礼ができればいいんだけど……」

 レンジは後ろの列を振り返る。原色の花が描かれた派手な開襟シャツを着て大きなサングラスを頭にのせたアマネはすっかりバカンス気分で、子どもたちとおしゃべりしながら窓の外を見ていた。

「これで十分なんじゃないですかね」

「そういうものかい……?」

「それよりメカヘッド先輩、何で俺のバイクも持っていかなきゃいけないんですか?」

「ほら、せっかくの海なんだし、海岸線を走ったら気持ちいいだろう? “ストライカー雷電”としても、いい映像が撮れると思うんだが……」

「雷電の映像を撮るためですか! おやっさんと話を通してたのも、それで……」

 役者に無断でヒーロー・ショーの撮影計画を進めていたことにレンジは呆れるが、メカヘッドは悪びれる素振りもなく両手を合わせた。

「済まんな、事後承諾で」

 レンジはため息をついて、背もたれに体を預ける。

「いいですけどね、皆が喜んでるし、それくらい……」

 後ろの列から、子どもたちとアマネがはしゃぐ声が飛んできた。

「そうか、そうか。それはありがたい! 一緒に頑張ろうな」

「はあ……」

 機械部品の頭がずい、と迫り、緑色のセンサーライトが瞬いた。レンジはライトの点滅を間近で見ながら不安に襲われ、曖昧な相槌を返すのだった。


 カガミハラ・フォート・サイトを出発したトレーラーは、タイヤで踏み固められた道を西へと進む。ところどころにある崖崩れや陥没を迂回し、狂暴なモンスターは雷電スーツを着たレンジと、カガミハラ軍警察の随伴員たちが迎え撃った。

 “ストライカー雷電”がトレーラーから飛び出すと、子どもたちとアオが歓声をあげる。援護射撃を受けながら牙山猫の群れに殴りかかっていく雷電を見た運転手が、助手席のメカヘッドに話しかけた。

「凄いですね、あの人は。おかげでこれまでにないペースで進んでますよ」

 メカヘッドは自分のことのように、嬉しそうに笑った。

「そうだろう。向こうでも、うまくいってくれるといいんだが……」


 モンスターを避けるために、運転手を交代しながらトレーラーは走り続けた。大人数のため点在するサテライト・コロニーにも立ち寄らず、前を通りすぎながら。雷電がモンスターを退けた時には元気な声で応援していた子どもたちも、山と森が続く景色が夕闇の中に沈んでいくにつれて静かになり、一人また一人と眠りに落ちていった。

 翌朝、山並みがひらけると朝陽が水面に照り返して、窓いっぱいに光が溢れた。真っ先に目を覚ましたアオが前髪の下で目を輝かせて、窓ガラスに貼り付いた。

「わあ……!」

「何? これ……海か!」

 光を顔に浴びたアキは目を覚ますなり叫んだ。他の子どもたちも目を覚まし、窓の外に広がる光を見ながら興奮した声をあげている。皆の前に立ったメカヘッドがツアーコンダクターのような身振りで、大仰にお辞儀をして話し始めた。

「皆さん、間もなくオーツ・ポート・サイトの宿舎に到着します。荷物を下ろしたら、昼ご飯まで自由時間です。子どもだけで海に入るのはとても危ないので、引率のアオお姉さん、アマネお姉さんの言うことをよく聞いてくださいね」

 アオとアマネが立ち上がり、胸を張って手を上げた。二人とも、メカヘッドからレクチャーを受けてきたようだった。

 トレーラーが海岸線に沿った道を走ると、白い砂浜が長く、帯のように続いている。小魚のような漁船と武装船が並ぶ港町の横を通りすぎ、更にしばらく行くと、無骨な緑灰色の建物が並んでいた。車が停まると、メカヘッドが説明を始めた。

「宿舎に到着しました。アマネお姉さんに続いてトレーラーを降りて、チェックインしてください」

 子どもたちがそわそわし始めると、すぐにアマネが立ち上がった。

「よーしみんな、私に続け!」

 アマネの声に皆は「わーっ!」と声を上げ、列になって車を降りていく。最後尾のアオが降り、レンジも荷物を下ろそうとして立ち上がるとメカヘッドが肩を叩いた。

「レンジ、君とマダラ君は俺についてきてくれ。ドライブに行こうじゃないか」


 海底に朝陽が射し込むと、水中の塵やプランクトンに反射してキラキラと輝いた。太陽光発電パネルが光を浴びると、水没した建物に灯りがともる。

「ん、ううーん……!」

 海水が満たされた室内のベッドで少女が目を覚ました。顔中についた、賽の目のように丸い点がふらふらと動く。寝ぼけてさ迷っていた無数の視線が、明るくなった窓の外に向けられる。


ーーよし、今日もいい天気だ。


 ベッドからふわりと起き上がる。振り袖のような、ヒレのような両腕を上げて「うーん」と伸びた。レーススカートのように細かなヒレをなびかせて浮かび上がり、窓ガラスを開け放った。

「うん、いい天気!」

 爽やかな水流を浴びて、ミュータントの少女は微笑んだ。窓から泳ぎ出すと、建物の周辺や太陽光発電パネルについた水草を取り除いてゆく。

「……ふう」

 掃除を済ませてバイオマス発電槽にゴミを放り入れると、多眼の少女は自宅横にそびえ立つ柱を見上げた。

 地上の古木を思わせる大きな柱は磨きあげられた黒曜石のような陶器のような、艶やかな素材でできていた。各部には小さなライトがあり、薄青や黄、ピンクに黄緑といった光がぼんやり灯っては点滅している。湾内を巡る海流に乗って、銀色の鱗を煌めかせながら小魚の群れが泳ぎ去った。

 インターホンのチャイムが鳴ると、少女の首に巻かれていた骨伝導インカムも呼び出し音を鳴らした。

「はーい!」

 すい、と泳いで家の中に入って、壁につけられた画面を覗きこむと、見知った三つ目の中年女性だった。少女は骨伝導マイクで話しかけた。

「おはようございますおミツさん、今朝もありがとうございます」

 おミツはからからと笑った。

「『おはよう。ハゴロモちゃんこそ、朝からお掃除ありがとうね』」

「管理人ってことになってますけど、発電パネルの掃除くらいしかできませんから……」

「『それが大事なんだよ。あたしらはそこまで自由に海の中を動けないから。それに、サーバーのことだって、今じゃハゴロモちゃんが一番詳しいじゃないか。胸を張りな!』」

 ハゴロモは照れ臭そうに笑った。

「『さあ、今日の料理を持ってきたよ。他に必要なものはある?』」

「今は大丈夫です」

「『じゃあ、勝手口に置いとくから。適当な時に取りに来ておくれよ』」

「『はい。……おミツさん、あの後町長さんは何か、言ってましたか?』」

 おミツは三つの目を曇らせた。画面越しにも、がっくりした様子が伝わってくる。

「『すまないね、結局説得はできなかったよ』」

「そう……」

「『だけど、ハゴロモちゃんをとめるつもりはないって。早い話が、矢面に立ちたくないのさ。……仕方ないところはあるんだ。あの人らは真人間たちに直接会って、嫌な思いもさんざんしてきたからね。許してやってくれよ』」

「はい……」

「『あんたが心配してることもよくわかったよ。また今夜あたり、皆に話してみようよ』」

 しょんぼりするハゴロモに、おミツは明るい声を作って励ました。

「そうですね。その時は、また手伝ってもらえますか?」

「『もちろんだよ。いくらでも言っておくれ! ……それじゃ、今日も頑張ってな』」

「おミツさんも」

 画面の向こうでおミツが手を振る。ハゴロモも手を振り返してから、インターホンのカメラを切った。

 地上で暮らせない“重篤ミュータント”の少女、ハゴロモは開け放った窓から顔を出し、遥か頭上の水面を見上げる。朝の日射しが波に砕かれ、無数の光の粒となって輝いていた。


(続)

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