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アウトサイド ヒーローズ:エピソード2-01

エントリー オブ ア マジカルガール

 消灯した深夜のオフィスに、キーボードを叩く乾いた音が響く。煌々と光る端末機のディスプレイに照され、頭を機械部品で覆った男の姿が闇の中に浮かび上がった。

 カガミハラ軍警察の最先任巡査曹長、自らを「メカヘッド“先輩”」と人に呼ばせる男は、センサーライトを光らせながら、目鼻のない顔で次々と文字列が表示される画面を睨んでいた。

 警告文のウィンドウが現れる度、パスワードを打ち込んで消していく。段階を踏む毎に長くなっていくパスワードを打ち込み、現れるウィンドウを消し続けると、とうとう「処理が完了しました。反映までに時間がかかる場合があります」と書かれたウィンドウが表示された。

 メカヘッドは大きくため息をつき、イスの背もたれに上体を預けた。

「ククク……フフ、フフフ……」

 スクリーンから発せられる青白い光に照され、声を忍ばせながら一人笑う。

 端末機が小さくピロリ、と呼び出し音を鳴らした。

「ん?」

 起き上がって画面を見ると「以下のプログラムにより、システムエラーを引き起こす恐れがあります。消去しますか?」というメッセージが現れた。

「おいおい、何だ……?」

 メカヘッドは画面に並ぶプログラムのリストに目を通していった。

「こいつは……」

 プログラムを一つずつ立ち上げると、書き換えるために再びキーボードを叩く。操作を終え、「変更を反映しています」と書かれたウィンドウがいくつも飛び出してくるのを見ながら、メカヘッドは腕を組んだ。

「もう一工夫、ってとこだな。……またヒーローにご足労願うかね」


 チュウオー・スパインを跨いで東西に延びる瓦礫の道、オールド・チュウオー・ライン。早朝のひんやりとした空気の中を、バイオマス式エンジンの小型スクーターが東に向かって走っていた。

 大きな瓦礫を避けたり、小石を乗り越えるたびにスクーターは上下左右に激しく揺れる。パステルブルーの車体が向き合う朝陽を反射して艶やかに輝いた。

 車体の後ろにブリーフケースと革張りの小さなトランクをくくりつけ、運転するのは若い女性だった。

 ストリート・ジェットと称されるシールドのない、丸いヘルメットと、レンズの大きなゴーグルを身につけている。スーツを纏い、ヒールの低い靴を履いた垢抜けた装いは、自然の中を駆けるよりもセントラル・サイトの表通りを走っているほうがふさわしい。

 彼女は肩まで届く黒髪を後ろで括って風になびかせながら、口を固く結んでいた。両目はゴーグルの中から、目指す先にあるナカツガワ・コロニーを見据えていた。


 文明が崩壊し、国家が事実上解体された現在、かつては街道の中継地に過ぎなかったナカツガワ・コロニーは瓦礫の道の東の果てに位置し、住み処をなくして新天地を求めたミュータントたちが集まる町となっていた。

 ナカツガワ・コロニー唯一の酒場、“白峰酒造”では、朝から従業員たちが掃除と片付けに追われていた。

「おはよう……」

「おはよう! ……アオ姉、どうしたの?」

 従業員寮に住む子どもたち、犬耳のアキと鱗肌のリンが朝食にありつこうとホールにやって来ると、給仕服を着たアオが慌ただしく店内を動き回っていた。長身と大きな両手を活かして壁全面を拭く。更に机や椅子を磨き上げ、床全面にモップをかけていった。酒場の看板娘は、歳の離れたきょうだい分のあいさつを聞いて顔を上げ、長い前髪の間から微笑んだ。

「おはよう二人とも。ごはんはできてるから、厨房に取りに行ってね。今朝はオムレツとサラダ、バターのついたトーストだよ」

「オムレツ! ベーコン入ってる?」

 眠そうにしていたアキがぱちりと目を開けた。

「入ってる、入ってる」

「やったー!」

「アキちゃんったら、単純なんだから……」

 両手を上げるアキを見て、リンがあきれて言った。

「何だよう、いらないならリンちゃんの分ももらっちゃうからな!」

「いらないなんて、言ってないでしょ!」

 二人が言い合いを始めた時、“STAFF ONLY”と書かれた扉が開く。この町に唯一暮らす非ミュータント、レンジが両手に料理の載ったプレートを持ち、足で扉を開けてホールに入ってきた。

「二人とも、おはよう。ケンカしてないで、冷めないうちにどうだい?」

「レンジ兄ちゃん!」

「わーい! いただきます!」

 リンは真っ赤になり、アキは大喜びでプレートを受け取った。いそいそとリンも料理を受けとると、二人で並んでテーブルについた。「いただきます」と言うなり、ガツガツと食べ始める。

 アオはモップをバケツに突っ込むと、レンジの隣に立った。

「レンジさん、ありがとうございます」

「厨房の片付けは終わったから、ついでに持っていこうと思って。ホールはどんな感じ?」

「こっちも、大体終わりました」

「それはよかった。お疲れ様」

 オムレツを食べ終えたアキが顔を上げる。

「それで、何で二人とも朝から掃除してるのさ」

 サラダを先に平らげたリンも尋ねた。

「レンジ兄ちゃんは雷電になって見回りに行ってる時間じゃない?」

「今日は巡回判事さんが来るのよ」

「だからヒーローの仕事は休みで、皆で店の中を片付けてるんだ」

 子どもたちは首を傾げる。

「巡回判事……?」

「……って誰?」

 尋ねられるとアオも答えに困って、レンジを見る。

「えっと……何て言ったらいいんでしょう、レンジさん?」

 レンジも言葉を探して宙を見た。

「保安官がちゃんと仕事してるか、チェックする人……かな」

 バックヤードに続くドアから、物を倒す大きな音が響いた。「痛!」「おやっさん、ごめん!」などと声が聞こえる。

「このタワケ! ヤバいブツはとっとと処分しとけって言ってるだろうが!」

 酒場の店主にしてこの町の保安官を勤めるタチバナが、地下室の片付けに追われるマダラに怒鳴りながらホールにやってきた。

「マダラの奴、外までジャンクパーツを並べやがって……!」

 額から生える二本の角の先まで赤くなって怒りながら、ブツブツ文句を言っている。

「部下にぱわはら……」

「証拠いんめつ……」

 子どもたちは、目を見開いてタチバナを見る。

「おっちゃん、もしかして……」

「クビ……?」

「ん? 起きてたのか、二人とも。随分な挨拶じゃないか。何の話をしてたんだ?」

 タチバナはすっかり怒りも収まり、困ったように笑いながら子どもたちに尋ねた。

「だって、来るんでしょ、その……」

「瞬間バンド!」

「はあ?」

 アキが言った言葉に、ますますタチバナは混乱する。アオが吹き出した。

「違うよ、アキ。おやっさん、実は……」

 レンジもくすりと笑いながら、タチバナに説明を始めた。


「何だ、巡回判事のことか!」

 タチバナは話を聞いて笑う。

「そうだな、レンジの説明で大体合ってるぞ」

「おっちゃん大丈夫?」

「捕まらない……?」

 子どもたちはまだ心配そうにしていた。

「まあ、大丈夫だろう。マダラの作業場が目をつけられるかもしれんが、よっぽどのことがない限り、そんなことでクビになったり、捕まったりすることはないさ」

 マダラがバックヤードの入り口からカエルのような顔を出す。

「こんなに雷電や皆のために道具を作ったり直したりしてるのに、その扱いはないんじゃないの」

「雷電スーツが旧文明のロストテクノロジーだって事の重大さを分かってんのかお前。第一、物を貯めすぎだ! 『他にヤバいもん作っててもおかしくない』って思われても仕方ないんだぞ! やるならこっそり、荷物も整理、だ」

「はーい」

 マダラは不満を隠さずに返事した。

「わかったらとっとと動け! 後はお前のところだけだぞ。それとも、アオに手伝ってもらうか?」

 誰よりも容赦のない実の妹をけしかけられると、マダラも分が悪かった。

「さっさとやります!」

 勝手に物を処分されては堪らぬとばかりに、慌てて首を引っ込める。

「何よ、兄さんたら!」

「まあまあ……」

 兄の態度にお冠のアオを、レンジがなだめた。

「巡回判事は今日来るそうだが、朝からってことはないだろう。コーヒー淹れるから、ちょっとのんびりしようや」

 タチバナが言うと、食事を終えたアキとリンが手を上げた。

「はい、はい! 僕はココア!」

「私も!」

 アオがポンと手を叩く。

「準備してくるから、二人とも食器を片付けてきてね」

 子どもたちは声を合わせて「はーい!」と元気に答え、食器の載ったプレートを厨房に片付けていった。

 タチバナの携帯端末がメッセージの着信を告げる。

「何だ?」

 ポケットから取り出すと、画面に“メカヘッド”と表示されている。メッセージを開けようとした時、酒場のドアベルが鳴った。

「はーい」

 レンジが応対する前に、扉が勢いよく開いた。

「おはようレンジ君、タチバナさん」

 コロニー正門の守衛、ゲンが勢いこんで入ってくる。

「おう、おはようゲン。どうした、そんなに慌てて?」

 ゲンは岩山のような顔をぴしゃぴしゃと叩いた。

「ごめんよ、タチバナさん宛に急ぎの手紙があって……これを」

 タチバナが受け取った封筒には、“ナゴヤ・セントラル・サイト防衛軍 カガミハラ分団”と緊張感のあるミンチョー・テキスタイルで印字されていた。


 パステルブルーのスクーターがナカツガワ・コロニーの正門をくぐったのは、すっかり陽が沈んだ後だった。スーツ姿のライダーは町の中に入るとスクーターを押し、足早に中央通りを歩いていった。

 灯りの漏れる“白峰酒造”の前に立つ。ヘルメットとゴーグルを脱ぎ、少しくたびれたスーツの袖で額の汗を拭った。

 一呼吸置くと、“CLOSED”の札が掛けられた扉を開いた。ホールに入るなり、姿勢を正して最敬礼する。

「夜分遅くに申し訳ないです! ナゴヤ・セントラル保安部所属、この度ナカツガワ・カガミハラ間の巡回判事を拝命致しました、滝アマネと申します!」

(続)

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