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アウトサイド ヒーローズ:エピソード13-7

ディテクティブズ インサイド シティ

「盾はいらん、プランA! 直接確保だ!」

 PMC特殊部隊のリーダーが叫ぶと、ほころびかけた警ら隊の防壁をすり抜けて、黒い影たちが走る。
 黒尽くめの傭兵集団は透明シールドの前に飛び出すと、一斉に大口径の銃を構えた。

「KShaaaaAAAarh!」

 粘液に覆われたミュータントは血走った目で周囲を見回すと、鋭い声で叫ぶ。

「総員、距離取れ! 一斉に……」

 リーダーは包囲網の周囲を走りながら、部下たちに指示を飛ばした。興奮し、暴徒と化したミュータントは身震いすると、目の前に立つ兵士に狙いを定めた。

「AAAAaaarh!」

 粘液の糸を引きながら大きな口を開き、駆け出そうとした時、

「撃てェ!」

 対ミュータント戦闘チームのリーダーが叫ぶ。特殊銃から一斉に放たれたネット弾が展開し、幾重にも重なりながらミュータントを包み込んだ。

「AAaaaarh! UrrrAaaaaarh……!」

 ごわつく強化繊維製ネットに押しつぶされながら、ミュータントがもがく。警ら隊が組んだスクラムの隙間から顔を出し、戦闘を見守っていたクロキ課長が思わず叫んだ。

「やった!」

「いや、まだです! ……うおおお!」

 ネットの塊は激しく波打ち、のたうつように暴れ続けている。“イレギュラーズ”のリーダーは、ミュータントの背後側から走り出していた。
 銀色の絶縁手袋を脱ぎ去ると、やはり銀色の外骨格に覆われた手が露わになる。手のひらと指から放たれて弾ける、白い電光。

「何! 君は……?」

 クロキ課長は立ち止まり、目の前を走る男の手に釘付けになっていた。一見すると常人のようだったが、傭兵部隊のリーダーもミュータントだ。発電器官となった外骨格に電光を纏わせながら暴れ続けるミュータントめがけて突っ走ると、電流の走る右手をネットの塊めがけて叩き込んだ。

「おりゃあああああっ!」

「GyAAAaaaaaaArhhhhh!」

 電気ショックを浴びたミュータントは叫び声をあげると、ネットの中で動かなくなった。リーダーは顔を上げて、銃を構えていた隊員たちに叫ぶ。

「確保ーッ!」

 黒尽くめの傭兵たちはネット発射銃を捨てると、一斉にネットの周りに駆け寄った。皆でネットを引き剥がすと、気絶しているミュータントの手足を手早く拘束して担架に乗せる。
 部下たちの仕事ぶりを見守ると、リーダーは脱ぎ捨てた手袋を拾い上げて「ふう……」と息を吐き出す。警ら隊も盾を片付け始めていた。
 クロキ課長は一仕事終えたリーダーに話しかける。

「“イレギュラーズ”の皆さん、ご協力に感謝します。」

「お疲れ様です。取り押さえたミュータントの方は、こちらである程度の処置を済ませ次第、軍警察の皆さまに引き渡しますので」

 “イレギュラーズ”のリーダーが説明するのを頷きながら聞いていたクロキは、引継ぎを終えると改めて、リーダーに向けて敬礼した。

「カガミハラ軍警察、一般捜査課長のクロキ警部三佐です」

「ありがとうございます。“イレギュラーズ”実動部、第1班の班長を務めております、カジロです」

 “イレギュラーズ”のカジロ班長が敬礼を返すと、クロキは握手しようと右手を差し出した。カジロは握手に応じようと自らの手を伸ばそうとして、ハッとして絶縁手袋をはめ直す。

「失礼しました、自分で発電をコントロールできないもので……。ですが、これで大丈夫です」

 改めてがっちりと握手を交わす。クロキの手には、絶縁手袋の布地越しに分厚いキチン質の堅い感触。

「大変失礼でとは思いますが、あなたは、その……」

 ためらいながら発せられる問いかけ。手袋に向けられる視線を感じて、カジロは小さく笑う。

「構いませんよ。ご想像の通り、私はミュータントです」

 カジロ班長は手袋を脱いでみせた。白い電光が小さい火花を散らす。2発、3発と電光花火を弾けさせると、班長は自らの手を再び絶縁グローブで覆った。

「なるほど、すごいものだ」

 感心するクロキに、カジロは首をすくめる。

「私の使える電気の力は、これくらいが関の山ですよ」

「いやいや、ヒギシャを無力化できたのは、皆さんと班長さんのお陰ですから」

「そう言っていただけると、ありがたいですね」

 対ミュータント戦闘部隊のリーダーは、謝礼の言葉を聞くと小さく微笑んだ。

「ミュータントがトラブルを起こすことを野放しにしていては、ますますミュータントとそうでない者のミゾが深まるばかりですから。我々としても、それは都合が悪い……」

「それでは、今回応援に来ていただけたのはカジロさんの口利きで……?」

「いやいや、そうじゃないです!」

 カジロは慌て手を振り、クロキの問いを遮った。

「今話したのは私自身が作戦に参加する理由ってだけで、他の方はもっと、職務に忠実ですから」

「ちょっと隊長、我々だってミュータントとそうでない者の関係が悪くなることを気にしてるんですよ!」

 残務処理を終えた“イレギュラーズ”の隊員たちがカジロの周りに集まってくる。一人がカジロとクロキのやり取りに口を挟むと、他の者たちも次々に口を開いた。

「そうですよ! 俺たちだって、社長や隊長たちの役に立ちたいと、思ってるんですから!」

「ミュータントの人たちには、何度もお世話になってますしね!」

「俺だって彼女はミュータントだし、他人事じゃないんですよね……」

 カジロは目を丸くして、部下たちを見回す。

「お前たち……」

「良いチームのようじゃないですか、カジロ班長」

 クロキ課長は再び手を差し出した。

「まだしばらくこの状況は続きそうだ。お互い、頑張っていきましょう。……よろしく頼みます」

「こちらこそです! よろしくお願いします」

 二人が固い握手を交わすと、周囲から歓声があがった。カジロは鷹揚に笑いながら部下たちを見回す。

「はっはっは! ……さっき、どさくさ紛れに彼女さんのノロケをほざいた奴、今日の報告書係な」

「そりゃないっすよ、隊長!」

「ハハハ……」

 皆に釣られて、クロキ課長も笑う。
 大通りに敷かれた道路封鎖も解除され、警備車両も撤収を始めていた。和やかな雰囲気包まれた中、軍警察の通話端末がけたたましい呼び出し音を鳴らす。

「今度は何だ、一体……」

 クロキが端末機の通話回線を開くと、スピーカーがザリザリと音を鳴らした後、オペレーターの声が流れ出した。

「『第5地区周辺の捜査員に出動要請。現在、第6市民公園近辺で暴徒が現れたとの通報を受けています。被疑者はミュータントの男性。外骨格性ミュータントで、4本の腕を振り回し、大変危険な状況とのことです。第4地区周辺の捜査員は至急、応援に向かってください。繰り返します……』」

「おいおい、またかよ。仕方ないな……」

「我々も向かいます、準備を……」

 頭を抱えるクロキ課長の横でカジロ達が準備を始めた時、“イレギュラーズ”のインカムからも呼び出し音が鳴り響いた。

「はい、こちらAチーム、カジロ班。……はい、その話はこちらでも。……えっ?」

 PMC側のオペレーターと話し込んでいたカジロは顔を上げ、警備車両に乗り込もうとしていたクロキに向かって叫んだ。

「クロキ課長!」

「どうしました?」

 助手席から顔を出したクロキに、カジロは慌てて駆け寄る。

「第5地区のミュータント、鎮圧完了したとのことです!」


 十数分前、住宅街の第5地区。木々に覆われた児童公園は軍警察の警ら隊に取り囲まれ、物々しい空気に包まれていた。
 公園内ではミュータントが金属音のような悲鳴をあげながら、四本の腕を振り回して樹々や看板をなぎ倒して走る。そして、それを追う黒尽くめの集団。

「プランB展開、トラップ隊は回りこめ」

 片目を閉じた巨漢の男が、部下たちに指示を飛ばす。彼がPMC“イレギュラーズ”の対ミュータント戦闘チーム、第二部隊のリーダーだった。
 部下たちが分散して走っていくのを確認すると、リーダーは手にした強化ゴム弾銃を構えた。走りながら暴走ミュータントに向けて引鉄をひく。放たれた銃弾はまっすぐ飛んでいき、暴走ミュータントの赤みを帯びた甲殻にたやすく弾かれた。

「Kyuiiiiiiiiiiiiiiiiiih!」

 外骨格のミュータントは怒りの声をあげて、後ろを気にして振り返る。“イレギュラーズ”のリーダーは外骨格の中からのぞく小さな目と目が合うと、周囲に展開する部下たちに向けて叫んだ。

「今だ!」

 目の前にロープが走る。外骨格ミュータントは足元をすくわれると、バランスを崩して勢いよく倒れ込んだ。後ろを追っていたリーダーはそのまま覆いかぶさるように、暴走ミュータントに襲い掛かった。
 外骨格のミュータントと班長は、もみ合いながら公園の敷地を転がっていく。次々と繰り出される四本の腕を、リーダーは一本ずつ受け止めた。右腕! 左腕!
 無防備になった相手めがけて、3本目の腕が振り上げられた時、リーダーが叫んだ。

「撃て!」

 声を合図に、周囲に待機していた部下たちが特殊銃を構える。
 大口径の銃口から放たれた特大の弾丸は、外骨格ミュータントの腕に直撃すると半透明の塊になり、ガムのようにまとわりついた。強力トリモチ弾だ!

「Kiii! Kiiiiiii!」

 金切声をあげながらミュータントがもがくと、もう一射が4本目の腕を封じた。班長は抑え込んだ二本の腕を掴んだまま離さない。もがく外骨格ミュータントに顔を近づける。閉じていた左まぶたがもぞりと動くと、目玉が収まっているはずの眼窩から、水鉄砲のように液体が噴き出した。

「GYAAAAAA!」

「今だ、確保!」

 刺激性の液体は外骨格ミュータントの両目に噴きかかると、激しい痛みを引き起こした。叫び声をあげて悶えるミュータントに、黒尽くめの集団が殺到する。

「……確保、完了」

 巨漢の班長はミュータントの確保が完了したことを確認すると、ポケットから眼帯を取り出した。毒液を吐き出した後の左まぶたがパクパクと開閉し、内側から鋭い牙が覗いている。彼の左目は、“第二の口”であり、毒液を分泌する内部器官を備えていた。……彼もまた、“イレギュラーズ”所属のミュータントなのだった。
 班長は“第二の口”の周りをハンカチで拭うと眼帯を当て、インカムの通話回線を開く。

「こちらBチーム、ミワ班。作戦は無事終了しました。周囲の状況は……」

 ミワ班長は通話しながら、公園内を見回す。折れた木の枝、切り裂かれた看板のかけら、えぐれた地面……

「一般人の被害はなし。物的被害は……」

 報告の途中、公園の奥の木陰が小さく揺れた。思わず黙って木立を見つめていたミワの耳元では、報告の続きを要求するオペレーターの声が繰り返し呼びかけている。
 木陰はすぐに動きをとめる。ミワはハッとして、オペレーターの声に応えた。

「……すみません、大丈夫です。物的被害は軽微。被疑者を軍警察の担当者に引き渡したのち、本社に戻ります」

(続)

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