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アウトサイド ヒーローズ:エピソード13-12

ディテクティブズ インサイド シティ

「うおおお!」

 男たちの太い叫び声が路地に響いた。雨に濡れたアスファルトが投光器の光を浴びてギラギラと輝く。 足元に揺れる光の帯を踏みつけて水しぶきをあげながら、プロテクターに絶縁装備を重ね着した“イレギュラーズ”の班員たちが一斉に駆け出した。

「がああああ、あああああ!」

 包囲されていることに気づいた有鱗ミュータントが、怒り狂った声をあげる。振り回そうとした両腕に、踏ん張ろうとした両脚に黒尽くめの戦闘員たちが一斉に取りついた。 振り払おうと、鱗に覆われた巨体がもがく。四肢に数人が取りついても尚、狂暴化したミュータントの動きを止めることはできなかった。尻尾がしなって水溜まりを打ちつけると、勢いよく水しぶきがあがる。

「くそ、全員で押さえつけろ! 尻尾もだ!」

 カジロが慌てて叫ぶと、様子を見ていた班員たちもミュータントを取り押さえた。激しくうねる尻尾も、数人がかりで抑え込む。

「ぎぎぎ……!」

 剥きだした牙を噛み合わせながら、狂暴化したミュータントが唸る。“イレギュラーズ”の班員たちが総出で組み付き、動きを封じることはできたが……

「カジロ班長!」

 右脚にとりついた班員が叫ぶ。

「すんません、もう、限界です……!」

 ミュータントは全身の筋肉を軋ませ、死に物狂いで抵抗している。一方の班員たちは昼からの連戦に、気力の限界を迎えつつあった。

「もう少し、もう少し粘ってくれ!」

 指揮を飛ばしていたカジロはミュータントを睨みながら、両手の絶縁グローブを脱いだ。両手の先から電光が走り、火花となって雨の中で弾ける。

「これで決める! うりゃああああああ!」

 カジロは雨の中、一直線に駆ける。班員たちのスクラムに動きを封じられたミュータントに向けて、電流を放つ両手を突き出した。

「はああああっ!」

 叫び声をあげながら力をこめると、両腕の電撃はいっそう激しく迸る。電流は有鱗ミュータントを貫き、絶縁装備をまとった班員たちに走り抜けた。

「ああaaaaaaaaaaaaaaAh!」

 声にならない叫びを放ち、固まりつく有隣ミュータント。そしてカジロの耳に収まったインカムから発せられる無数のビープ音。班員たちのスーツが許容限度量を越えた電流に晒されて、一斉に悲鳴をあげたのだった。

「くそ、全員離れろ!」

 カジロは慌てて絶縁グローブを身につけると、動きを止めたミュータントを見下ろした。

「まったく、手こずらせやがって」

 巨漢のミュータントは膝をついて、両目を固く閉じている。全身を覆う鎧のような鱗はひび割れ、ところどころが崩れ始めていた。

「感電して動けない奴はいないな? 目標を拘束するからロープを……いや、待て!」

 強烈な電撃を浴びて気絶しているはずのミュータントの全身が、小刻みに震えている。ミュータントを睨みながら指示を飛ばしていたカジロが異変に気付いて皆に呼びかけようとした時、有鱗ミュータントの全身が弾けた。

「な、何だ……!」

 鱗の欠片が紙吹雪のように飛び散る中、黒い影が跳び上がる。路上駐車されていた配送用のミニバンの上に飛び乗り、車体のサスペンションを沈ませるのは巨漢のミュータント。

「しゃあああああああああっ!」

 大きな口を開き、牙を見せつけるように吼える。全身を覆う鱗は一新され、サーチライトを浴びると金属光沢にも似た艶を放っていた。

「だ、脱皮した……!」

 腰砕けになった班員がへたりこむ。カジロはすぐに強化ゴム弾銃を構えていた。

「諦めるな! 今は雷電もいないんだ、俺たちだけでやるっきゃない!」

 班員たちもゴム弾銃をミュータントに向ける。

「撃て!」

 一斉に放たれた銃弾は狂暴化したミュータントの鱗に跳ね返されて路上に散らばった。

「がああああああ!」

 ミュータントは叫び声をあげるとミニバンから飛び降りた。地を蹴ってアスファルトを駆け、銃口を向ける班員たちに突っ込んだ。

「ひっ、ひい……ぎゃあっ!」

 銃弾の雨をものともせずに走り込み、両腕で班員たちを薙ぎ払う。次々と巻き起こる悲鳴。

「くそ、またダメなのかよ!」

 カジロが叫ぶ。ミュータントの暴れっぷりは、全身の疲労も脱皮と共に脱ぎ捨てたかのようだった。班員の半分以上を打ち倒すと、有鱗のミュータントは勝ち誇るように吼える。

「うあおおおおおおお!」

 そのまま大きく飛び跳ね、停められている乗用車を飛び石にして走り去っていく。

「畜生、待て!」

 カジロが叫ぶ。あっけにとられて固まりつく軍警察のバリケードを軽々と飛び越え、ミュータントが夜闇の中に消えていこうとした時、鈍い音が響いた。

「ぎゃっ!」

 ミュータントの悲鳴。宙を跳んでいたはずの巨漢がバリケードの向こうからはじき返されて、盾の壁の前に転がった。軍警察の警ら隊たちがざわめく。

「落ち着けお前たち!」

 警ら隊員たちをかき分けて、クロキ課長が叫んだ。

「何が起こっている!」

 軍警察部隊の背後で轟く爆音。噴きあがる薄青色の爆炎。よろめきながら起き上がったミュータントも、爆発の方向に向かって吼えた。

「があああああああっ!」

「誰だ、味方か……?」

 慌てて駆け寄ったカジロが目を凝らす。爆炎が消えると街灯の上に立っていたのは、細身の長剣を構えたショートカットの女性だった。

「あれは……!」

 普段はしかめ面しく口をきつく結んでいるクロキ課長が、少年のように顔を輝かせる。紺色のボディスーツに白い胴衣、光のヴェールがスカートのように広がり、夜闇の中に長い尾を描いていた。

「魔法少女だ! 助けに来てくれたのか……!」

 薄青色のショートヘアの下で、金銀妖瞳が燃えるように光る。カジロの声を受けながら、魔法少女は剣をかざして名乗りを上げた。

「“嵐を砕く光の大波! マジカルハート・マギセイラー!”」

 背後の空中に再び弾け飛ぶ、薄青色の爆風。魔法少女は剣を構え、街灯から飛び降りた。

「はああああっ! はあっ!」

 細身の剣を振るい、ミュータントを打つ!

「はあっ! はあっ! ……はあっ!」

 打つ、打つ、打つ! マギセイラーのスカートが光の粒子となって、濡れたアスファルトに飛び散った。 ミュータントは鎧のような鱗をまとった両腕で自らの体をかばいながら、じり、じりと後ずさっていった。闘いを見守っていたクロキが握りこぶしをつくる。

「いいぞ、マギセイラー!」

「いや、まだだ……気をつけろ、マギセイラー!」

 カジロが叫んだ時、ミュータントの尻尾がうねって激しく水を打った。槍のように走った尻尾はマギセイラーの腕を絡めとる。剣を取り落とした魔法少女は片腕を封じられて縛り上げられた。

「マギセイラー!」

 カジロとクロキが叫ぶ。ミュータントが拳を振り上げて殴りかかろうとした時、魔法少女は縛り上げられた手で、相手の尻尾を掴んだ。

「“展開”!」

 ナノマシンの音声コマンドを叫ぶと、路面にできた小川が激しく揺れ始める。光のスカートからアスファルトの路面に散っていったナノマシンたちが、路面に流れる雨水を集めて動き始めたのだった。 小さな水流は寄せ集められて巨大な水球となって、ミュータントを包み込んだ。

「やった……!」

 クロキもカジロも、軍警察の警ら隊員たちも目を丸くして、ミュータントを閉じ込めた水球を見つめている。

「がが、がががが!」

 有鱗ミュータントは尚も藻掻く。水球が内側から突き出された四肢や尻尾によって、激しく揺さぶられた。吹っ飛ばされそうになったマギセイラーがしっかり踏ん張って、水球の形を保ち続ける。

「ぐっ……せめて、もう少し光があれば……」

「光……?」

 マギセイラーのつぶやきに、クロキが怪訝な顔をする。

「魔法少女のスーツは、ソーラーエネルギーで動いてるんですよ。といっても、もう夜だしなぁ……」

 クロキに教えた後、カジロがぼそっと言う。インカム越しに話を聞いていたのだろう、タイミングよく、通りの向こうからミワが叫んだ。

「カジロさん、これ!」

「何だ? ……それは!」

 カジロは目を見開き、慌てて駆け出した。応急手当を終えたイレギュラーズの班員たちが、投光器を引っ張りながらやって来たのだった。

(続)

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