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アウトサイド ヒーローズ:エピソード14-6

ティアーズ オブ フェイスレス キラー

 “マスカレード”による新たな殺人が発覚したのは、翌朝のことだった。

「被害者はナゴヤ・セントラル自治政府、技術開発局の次長だそうだよ」

 大穴の断崖に建てられたナゴヤ・セントラル保安局の片隅、普段は使われていない会議室は、すっかり連続殺人事件の捜査本部となっていた。
 朝陽がうっすらと室内に射している。メカヘッドは保安局のコスギ室長から受け取った資料を手に、新たな被害者の顔写真をホワイトボードに貼り付けた。

「死因は溺死。ガイシャは浴槽に顔を突っ込んだままの恰好で見つかっている。現場はグランドゲート地区……いわゆるスラム街の近くの、安い宿やいかがわしい店が並ぶエリアだね」

 会議室の隅で仮眠をとっていたところをメカヘッドに叩き起こされたマダラは、まだ眠そうに大きな両目を瞬かせていた。「ふわああ……」と大きな口をあけてあくびをした後、ホワイトボードに追加された写真を見やる。

「スラム街、ですか。そういうのとは、あんまり縁がなさそうに見えるんですけどね」

 写っていたのは少し気弱そうだが穏やかな表情の、恰幅のいい壮年男性だった。身なりは粗末ではない、しかし決して上等とはいえない。良く言えば真面目で誠実そう、悪く言えば仕事以外は何も目を引くものがなさそうな、そんな印象を受ける。

「人は見かけによらない、って事だね。マダラ君、君だって俺と初めて会った時、こんなに真面目なお巡りさんだとは、思わなかっただろう?」

「えっ、はあ……?」

 これはどうやって答えるのが正解なんだろう……とマダラが戸惑っていると、メカヘッドは「おほん!」とわざとらしく咳払いをした。

「冗談だよ。まあ、そんな事はどうでもいい」

 メカヘッドは大真面目な調子で言い切ると、保安局から横流しされてきた捜査資料をめくった。

「それに、今回の被害者について言うと、スラムとはあまり関係がなさそうだ。彼が見つかったのはいわゆる、その……会員制の秘密クラブというやつでね。被害者は下着姿のまま両手をオモチャの手錠で拘束され、目隠しをつけた状態で発見されている。脱いだ衣服は丁寧に折りたたまれて室内のカゴに収められていたので、その、ええと……」

「そこまで気を使ってもらわなくていいですよ。オレだって別に、コドモじゃないし……」

 言い淀むメカヘッドの姿に、すっかり眠気も吹っ飛んだマダラは苦笑いした。

「つまり、オレが最初に言ったのとは別の意味でアンダーグラウンドの趣味をお持ちだったってことですね」

「……まあ、そういうことになるね」

「それじゃあ、その……プレイがエスカレートして、一線超えちゃった、とか、そういうことは……?」

「それはないだろうな」

 メカヘッドはあっさり否定して、もう一枚の写真をホワイトボードに貼り付けた。写っていたのは悪趣味な室内。緑色の床面に金色の浴槽、そして湯舟に頭を突っ込んでうつ伏せに倒れる、半裸の男……。

「うわっ……」

 事件現場を生々しく捉えた写真を目にして、マダラの顔が青ざめる。メカヘッドは特に気にしていない様子で、指示棒を取り出して被害者の後頭部をコツコツとつついた。

「被害者の後頭部は激しく損壊している。遺体の近くに転がっていた花瓶……コレだね」

 そう言いながら指示棒が写真の上をさまよう。行き当たったのは、セラミック製の白い、大きな花瓶だった。黒みがかった濃褐色の血痕がべったりとこびりついている。

「損傷し、陥没した傷口と、この花瓶の血痕が一致したそうだよ。そしてこの傷は、被害者が亡くなる前につけられたものだそうだ。……いくらプレイがエスカレートしたとしても、こんな事は明確な殺意がなければ起こらない、そうだろう?」

「そうでしょうねえ」

 凄惨な死体から必死に目を離そうとして、マダラは花瓶をまじまじと見つめる。

「それにしたって、かなり重そうですよね、この花瓶」

「ああ、コスギ室長から聞いたが、部下の女性捜査官の皆さんも振り回すには骨が折れそうだ、と話していたそうだよ。つまり、犯人は……」

「筋肉モリモリマッチョで、アンダーグラウンドなプレイがお好き……冗談ですよ」

 ここぞとばかりにやり返そうとするマダラの言葉を軽く聞き流して、メカヘッドは話を続けた。

「おそらく、これも“マスカレード”だろうね」

「ちょっとお! ……まあ、オレもそうだろうと思いますけれども。ただ、何だかこれまで殺されてきた人たちとは、印象が違うような……」

「そうだね。これまで殺されてきた人たちは保安官以外、行政とか、経済……言ってしまえば、カネや権力に直接関わるような人たちばかりだった。ところが、今回の被害者は技術官僚だ。その中では高い地位についているといっても、決して華やかな仕事じゃあない」

 マダラはホワイトボードに貼られた、一連の被害者の写真を眺めた。執政官の関係者、企業や市場の監査役、物流管理部門のトップ、高等税務官、法務官、保安官……再右端に貼られた技術官僚の顔は、一連の人々の中ではどうにも“浮いて”いるように見える。

「全部、“マスカレード”の仕業だとして……何で、この人たちは殺されたんでしょうねえ……?」

 メカヘッドがポン、と手を叩いた。

「それだ!」

「えつ、どれです?」

 ぽかんとしているマダラに、メカヘッドはずい、と顔を近づけた。

「君が言ったろう。“何故、彼らは殺されたのか”だよ。もちろん普段の捜査では、我々は理由をまず追及する、ということはない。大事な要素ではあるけれど、それよりも誤認逮捕を避けるため、ありとあらゆる証拠を集めることが何よりも大切だ。でも、今回は少なくとも、我々は正式な捜査本部じゃない……」

「まあ、捜査のやり方とかには、ある程度自由が効きますけど」

「そうだね、そして今回は、下手人について目星はついている。これが見当外れだったら仕方ないが……」

「でも、そんなことができるのは、“マスカレード”だけ……」

「そうだ。そして、“マスカレード”は報酬を得て殺人を行う、プロの殺し屋。なら……」

 メカヘッドはホワイトボードに貼られた“クエスチョンマーク”の“マスカレード”像の上に、更にマーカーペンで“クエスチョンマーク”を書き入れた。

「“マスカレード”に依頼した奴がいる。もちろん、全ての殺人が同一の依頼人かはわからない、けど、彼らは何らかの理由があって殺された。それは間違いないはずだ」

「殺された理由……」

「カネか、恨みか、まだわからないけどね。でも、それなら被害者たちの背景を調べることで、何かが見えてきそうじゃないか?」

 マダラは目を輝かせて端末機に向かう。

「やってみます! 保安局のデータベースに潜り込んで、データを引っ張り出してみせますよ!」

「”アシ”がつくと困るからな。あんまり、やりすぎないように頼むよ。俺はオフィシャルの情報を調べてみる」

 そう言って、メカヘッドも自分に宛がわれた端末機のスイッチを入れた。
 まだ、自分たちにできることがあるというのは有難いことだ。どれだけ突拍子もない殺人だといえども、理由なく起こることなんてないはずだ。
 後は、そんな突拍子もない犯罪をやってのける相手……“マスカレード”の正体に迫るための、なにがしかの手があれば……
 メカヘッドが画面を見ながら考え込んでいた時、ポケットに入れていた携帯端末が激しく鳴り響いた。

「おっ! ん、巡回判事殿か」

 携帯端末機の画面に写された呼び出し元の名前を見ると、メカヘッドはスピーカー通話にして回線を開く。

「もしもし。おはようございます、巡回判事殿」

「『おはようございます、メカヘッド巡査曹長!』」

 スピーカーから元気のいい声が返ってくる。聞き耳を立てるつもりはなかったマダラも思わず顔を上げて、メカヘッドと携帯端末機を見つめていた。

「おはようございます。大変お元気そうで何よりです。どうしました? 昨日は急に飛び出して行かれましたが……」

「『ふふふ、よくぞ訊いてくれました!』」

 端末機の向こうで、巡回判事・滝アマネが得意そうな声をあげている。

「『“マスカレード”の正体がわかるかもしれない手がかりを、ようやく手に入れたんですよ!』」


 いくつも並んだ大穴の壁面に街が築かれ、穴同士の街が地下回廊で横に繋がって地層となり、地底に向かって深く、深く続いていく地下積層都市、ナゴヤ・セントラル・サイト。その中枢部に開いた大穴に沿って作られた盛り場“ステーション”の深層に位置する、薄暗い区画。
 崩れかけたネオンサインが点滅し、立体広告にもノイズが走る。人通りもまばらなうらぶれた通りに、スーツ姿の若い女性が仁王立ちしていた。

「『手がかりだって?』」

 スピーカーから飛び出したのは、驚き、思わず叫ぶメカヘッドの声。

「『なんなんです、それは? だいたい、一体どんな捜査を……?』」

 問いかけに若い女性……巡回判事・滝アマネはニヤリと口角を上げた。

「それは、ナイショです」

 アマネの頭上でぴりり、ぴりりと小鳥がさえずる声。機械仕掛けの小鳥が白磁色の翼を広げて、アマネの肩に降り立った。

「……まあ、場所をつきとめたのはナイチンゲールですけどね」

「『ナイチンゲール? レンジについて行ったんじゃなかったっけ?』」

「今はマスターと別行動をとるべきだと判断いたしましたので」

 端末機の向こうから尋ねたマダラの質問に、機械仕掛けの小鳥に仕込まれたAI、“ナイチンゲール”はきっぱりと返した。

「『……もしかして、ケンカでもしたの?』」

「総合戦術補佐AIに、そのような機能は搭載されておりません」

「『うん、それならいいや、それで……』」

 にべもなく返すナイチンゲール。マダラはさらに突っ込むことを諦めて、話を先に進めることにした。

「『二人で見つけ出した“手がかり”っていうのは、何なのさ?』」

「ふふふ、それはね……サイバーウェアよ!」

 そう言いながら、目の前のおんぼろな店構えを見上げる。ところどころが錆びついた看板。ネオンサインは大きく傾いでいたが、かろうじて“さいばあうゑあ施術院”と読むことができた。店の前には中身が入っているのかどうか、定かではない段ボールがいくつも、雑然と積み重ねられていた。

「見た目はちょっと……いや、かなり怪しいけど……でも、何事も体当たり、ってね! それじゃ……行ってきます! 頼もう!」

 白磁色の鳥を肩に載せたアマネは深呼吸を一つすると、建付けの怪しい“さいばあうゑあ施術院”の引き戸に手をかけた。

(続)

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