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アウトサイド ヒーローズ:エピソード6-02

ガールズ、ライズ ユア ハンズ

 滝アマネは恋を知らぬ。


 軽微ミュータントの彼女は、変異のある両目を隠しながら生きてきた。ナゴヤ・セントラル・ガレッジでは巡回判事の資格試験に邁進していたため、盛り場に顔を出すこともなく青春を過ごした。

 もともと“おぼこい”ところがあったので、恋愛というものに関わらなくても気にならなかった。自分が恋をするなど考えたこともなかったのだった。ましてや、人様の恋愛に口出しなどと……


 あっけに取られて、目の前で真っ赤になり、モジモジしている女給を見る。


ーー化粧っ気のない、どちらかといえば地味な娘だ。けど、顔立ちは悪くないと思う。少し彩りを足すだけで見違えるんじゃないかな。……そんなことは私よりもチドリさんの方が上手なんじゃない? だとしたら、私にアドバイスできることなんて、何もないんじゃないだろうか……


「あの、せっちゃん? アマネちゃん?」

 真っ赤になって固まっていたセツとぼんやり考えていたアマネは、チドリに声をかけられてびくりとした。

「はっ、はい!」

「ごめんなさい、ママ!」

 二人の反応を見て、チドリはクスリと笑う。

「いいのよせっちゃん。……それで、どうかしらアマネちゃん、話を聞いてあげてもらえない?」

「いいですけど、その……私にどんなアドバイスができるかな、と思って……」

 チドリが促し、セツもアマネに向かい合ってテーブルについた。まだ固まっている女給を見て、チドリは話を続ける。

「この子、恋愛事に“うぶ”なんだけど、ミュータントじゃない男の子と話をする事自体にも慣れてなくてね。色々話を聞いてあげてほしいのよ。アマネちゃんは、ナゴヤやナカツガワで色々な人と会っているでしょう? 何か、この子の緊張をほどくきっかけになれば……と思って」

「お願いしますっ!」

 背筋を伸ばしたセツが、カラテのトレーニングを受けるような調子で頼む。アマネはぎこちなく微笑んだ。

「話はわかったんですけど、他に向いている人はいないですかね、ほら……レンジ君とか?」

 穏やかなチドリの眼差しに、僅かに翳りが見えた。

「……チドリさん?」

「あっ、ごめんなさいアマネちゃん!」

 刹那、記憶の底をさ迷っていた目に、すぐさま光が戻る。

「レンジ君は、難しいわね……ほら、恋バナなんだし、女の子同士の方がいいんじゃないかしら?」

「女の子って、私もう25なんですけど……アオに聞いてみる、とかはダメなんですか……?」

「今夜中に話を聞いてもらいたかったから、ごめんなさいね。……でも、アマネちゃんだって、とっても素敵な女の子なんだから、大丈夫よ。ドリンクも晩ごはんも用意するし、ちょっと話を聞いてもらえないかしら?」

 手を合わせて頼むチドリと思い詰めたようなセツの顔に、アマネは「わかりました」と頷いた。

 しどろもどろ話すセツの言葉を繋ぎ合わせると、以下のようなことだった。

 ひとつき程前から、セツに言い寄る客がいた。身なりのいやしからぬ非ミュータントの青年で、店に来る度に親しげに話しかけてくるのだった。その客からデートに誘われたのが3日前、デート予定日は明日……

「ど、どうしたらいいんでしょう? 私、こんなこと初めてで……!」

 話を聞いていたアマネは、「ふーん」と鼻を鳴らす。

「その、せっちゃん? はどうなの?」
 

「えっ、私……ですか?」

「急なデートの誘いで困ってるのはわかった。でも、その人が好きなのかどうか、あなたがどうしたいのかが、聞いててわからなかったんだよね」

 アマネの言葉に、セツはうつむいた。

「それは……正直に言うと、よくわからないんです。私、こんなこと初めてで、舞い上がってしまって……」

「本当に好きになれるかわからないんなら、試しにデートしてみるのも悪くないんじゃない? デートプランは、その相手ががっちり組んでるんでしょ?」

「はい。結局私、デートと言われても何もできなくて……」

 セツは申し訳なさそうに、ますます小さくなる。

「ああ、いや、あなたを責めてるわけじゃなくって! ほら、あなたってデートの経験がないわけじゃない?」

 アマネは「私もないけど!」と言いかけたがやめておいた。

「……だから、何もできなくても仕方ないじゃない! 相手が出してくれたプランに思いきって乗ってみて、それで『ダメだ』ってなったら断るなり、蹴っ飛ばして逃げちゃえばいいんだから!」

 話を聞いていたセツの表情は少しずつ明るくなっていった。威勢のいいアマネの言葉に「そんなあ」と言いながら、クスクスと笑っている。

「ありがとうございますアマネさん、何だかちょっと、安心しました」

 セツは立ち上がって丁寧にお辞儀した。

「料理と飲み物をお持ちしますね。何か、ご希望はありますか?」

「えーっと、それじゃ“日替わりパスタ”とジンジャエールで」

「かしこまりました」

 にこりとして立ち去ったセツは、すぐに料理のプレートを持って引き返してきた。ミールジェネレータを使っているから、当然といえば当然なのだが。

「お待たせしました」

 そう言いながらテーブルに二枚、トマトソースのパスタが並べられた。

「えっ、二つ?」

 一緒に席についているチドリが微笑む。

「ありがとうせっちゃん、片付けは私がやっておくから。……アマネちゃん、ご一緒してよろしいかしら?」

「あっ、はい……」

 セツが頭を下げて退室すると、チドリはニコニコしながらフォークでパスタを巻き始めた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」

 空いた皿二枚を挟んで、二人が礼を言い合う。その後もチドリはアマネをじっと見ていた。

「チドリさん……?」

「ごめんなさいねアマネちゃん、実はあなたに話を聞いてもらったのは、もう一つ理由があって……聞いてもらえるかしら?」


 カガミハラの目抜通りで、給仕服姿のアマネが人を待っている。

「ごめん、遅くなった!」

 駆け寄ってきたのはレンジだった。

「大丈夫、私もついさっき来たところだから」

 本当はもっと早くに着いていたのだけれど、「そう言うもの」だと聞いたことがあった。

「よかった! ……じゃあ、行こう。作戦を立ててきたんだ」

 レンジの大きな手がアマネの手を包み、そっと引いて歩き始めた。

 賑やかな通りを抜け、二人は早足で歩く。景色はいつの間にか変わっていて、再開発地区の廃ビル街に差し掛かっていた。

「……ねえ、ここで合ってるの?」

 先を歩くメカヘッドに尋ねる。いつの間にかレンジと入れ替わっていたが、何故かアマネは気にしていなかった。

「大丈夫、合ってますよ。……ほら、こっち」

 グローブに包まれた手に引かれる。人影のない廃墟の町の、更に奥へと足を踏み入れた。

「本当……? あの、私たち、どこに行くんですか?」

「んー?」

 メカヘッドは曖昧な返事をして歩き続け、廃工場の中庭のような広間に出た。アマネの手を離して立ち止まる。

「メカヘッド巡査曹長? ここでいったい何を……?」

「うん、それはne……」

 振り返った巡査曹長の顔は、壊れかけたオートマトンのヘッドパーツに置き換わっていた。外れかけたカメラアイが赤く輝き、アマネを捉えている。

「ないしょ、ダヨォオオオoooouh……!」

 ノイズ混じりのひずんだ合成音声が叫ぶ。周囲の建物の陰からも、次々に壊れかけたオートマトンが姿を表した。足を引きずり、キイキイと音を立てながら機械仕掛けのゾンビたちが迫る。

「やっ……! いやぁっ!」


 アマネはシーツをめくりあげて跳ね起きた。天井の低い、アンティーク調の部屋だ。シンプルなデザインの家具が、必要最低限という感じで並べられている。アマネ自身も、マットレスが載せられた木の台、という風情のベッドに横になっていた。

 ベッドから出る。ゆったりとしたガウンが寝汗を吸って肌に貼りついた。頭は金槌でガンガン殴られているかのように痛む。……二日酔いだった。

「あー……っと……?」

 鈍く痛む頭を抱える。


ーー思い出してきた。


 夕食の後でチドリから頼まれたのは、セツのデート相手の身元調査だった。

「疑うのはよくないんだけどね。どうしても気になってしまって……せっちゃんの相談にも、私の相談にも乗ってくれそうな人……と考えると、アマネちゃんの他に頼れる人がいなくて……」

 チドリは申し訳なさそうにしながら、しかし押しが強かった。アマネが引き受けると大喜びで、とっておきのオールド・ショウチュウを出してくれた。チドリの酌でしこたま呑み、気持ちよくなってそのまま従業員部屋に泊めてもらったのだった。


ーーまさか一晩で、一人でボトルを空にしてしまうだなんて……歌姫のおもてなし、恐るべし。


 壁につけられたハンガーに、着てきたスーツがかかっている。シャツも洗濯され、アイロンがかけられていた。部屋に作りつけられたシャワールームで汗を流すと、アマネはスーツに着替えて部屋の外に出た。

 ホールではチドリがピアノを鳴らしながら発声練習をしていた。アマネに気づくと、歌姫はにっこりと微笑む。

「おはようアマネちゃん」

「おはようございますチドリさん。朝から練習しているんですね!」

「ショーがあるから、毎日練習しないといけないのよ。アマネちゃんこそ大丈夫? 昨日はいい呑みっぷりだったけど……」

 アマネは照れたように笑って頭に手を当てた。

「まだ、ちょっと頭が痛いですね」

「二日酔いには、ミソ・スープがいいと聞くわ。ミールジェネレータを使える子がいるから、用意してもらうわね。ちょっと待っていて……」

 ミソ・スープにホワイトライス、ベイクドフィッシュにマクワ・メロンのピクルスという朝食を平らげると、アマネは礼を言って朝のカガミハラ市街地に飛び出した。

(続)

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