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アウトサイド ヒーローズ:エピソード8-05

スクランブル ストラグル スカイハイ

 電撃はメタリック・オレンジの装甲に突き刺さった。作業着姿のカジロは、バイザー越しに自らの胸を見下ろす雷電をせせら笑う。

「ははは、どうだ! 殺しちまったかな? ……あががが!」

 雷電は無言のまま手を伸ばし、カジロの腕をひねり上げる。

「くそ! 電撃が効かないのか? ……ああ! 放せ!」

 軍曹はもがいて振りほどこうとしたが、雷電はがっちりと腕を固め、抑え込んでいた。

「そいつの掌からは、高圧電流が流れるみたい。でも雷電スーツならへっちゃらさ!」

 雷電スーツのモニターをしながら、ドットが得意そうに言う。

「お前がハイジャック犯か! 確保する!」

「ちくしょう! 放せ! ……また、モンスターが来るぞ!」

「ええ?」

 雷電はカジロを放さずに顔を上げる。耳に残る、笛のような鳴き声が再び近づいていた。

「……すまない、彼を解放してくれないか」

 しがみつくように操縦桿を握る作業着の男の横で、制服姿の副操縦士が雷電に言った。

「彼らはハイジャック犯だが……今は運命共同体なんだ!」

 部屋の隅には軍服姿の男が二人、ぐったりして横になっている。

「……こんな空の上じゃ、これ以上無茶はできねぇよ」

 押さえつけられたカジロはぼそりと言う。雷電が手の力を緩めた時、窓の破れ目から嘴を持った頭が突っ込んできた。

「このヤロウ!」

 腕を振り払ったカジロが怪鳥の頭に飛びかかり、両手から電撃を迸らせる。感電して怯んだトンビドレイクが「ギャッ!」と叫んで首を引っ込める。窓の外からは幾つもの笛の音がこだまのように、重なりあって響いていた。

「モンスターたちが、また集まってきた……!」

 副操縦士が怯えた声をあげる。窓の傍に貼りついたカジロが、外を警戒しながら雷電に叫んだ。

「お前! 乗員を助けに来たんだろ。手を貸せ!」

「言われなくても!」

 カジロを追う雷電の肩からドットが飛び降りて、操縦する作業員と副操縦士の間に収まった。

「事情はわかったよ。協力するのも構わない……けど、この飛行機をカガミハラに向かわせる、って条件付きだ」

「それは……!」

 カジロが渋い顔で、交渉を仕掛けてきたぬいぐるみ型ドローンを睨み付けた。

「もちろん、君たちの罪が軽くなるように、出来る限りの弁護をするよ」

「おい、“マダラ”! 勝手に話を……」

 雷電も振り向いて声をあげる。副操縦士はオロオロして、作業着の男たちを見た。

「……わかりました」

 口を開いたのは、操縦桿を握っていたミワ曹長だった。ぐり、と機体が大きく旋回し、カジロと雷電は壁に貼りついた。

「ミワ、てめえ!」

「……カジロさん、モンスターが多すぎる。このままだと、墜ちるのは時間の問題です」

 ミワの言葉にカジロは舌打ちして、雷電を睨む。

「吐いたツバは戻せねえからな!」

「……仕方ない、俺も約束するよ」

 内心でマダラを罵りながら、雷電はカジロに返した。

「俺は外に出る。あんたは、窓際を頼む!」

「奴らは後ろにもとりついてる! 乗員は無防備だ、そっちもなんとかしてくれ!」

「まったく、要求に遠慮がないな……できる限り、どっちも引き付けてみせるさ!」

 雷電は叫びながら、元来た窓の割れ目から外に飛び出した。


 ジェットエンジンの音が轟く。足元はるか下には瓦礫で満たされた道の遺構が、深い緑の絨毯の中に細く伸びている。ボロボロになった機体はいよいよ力を振り絞り、周囲を取り囲むモンスターをかき分けながら、西に向かって飛び始めていた。

 屋根にのぼった雷電に、怪鳥たちの鋭い視線が突き刺さる。レンジもバイザー越しに、群がって飛び交うトンビドレイクたちを睨みつけた。空気の塊が押し当てられるような風圧を受け、メタリック・オレンジの装甲に電光が走る。

「『雷電、ウインドパワーフォームは風の力を受けて充電できるんだ!』」

 ヘルメットのインカムから、ドットの声が呼びかけた。

「『必殺技の消費は少ないから、風を受けているなら何発でも打てるはずだよ。ガンガンいっちゃえ!』」

「よっしゃあ!」

 バイザーに必殺技の“発動コード”が表示される。雷電はコードを読み上げながら、飛び掛かってきた一羽に向けて脚をふりかぶった。

「“トルネイドエッジ”!」

「『Tornado Edge』」

 雷電が叫ぶと、ベルトの電子音声が応えた。振り抜いた足先から風の刃が飛び出し、トンビドレイクの大きな翼をざくりと切り裂く。怪鳥は「グエッ」と呻くと、真逆様に地上へと墜ちていった。

「よし……来やがれ、片っ端から墜としてやるよ!」


 またもや旋回し、加速しながら飛ぶ飛行機の乗員控室では、乗員たちが装甲版を打ち付けた窓を、ハッチを押さえつけていた。

 そこかしこの壁が激しく震える。すべての方向からモンスターが襲い掛かり、機体を破壊しようと爪や嘴を突き立てているのだ。

「絶対に、突破させるな!」

「装甲が薄くなったところに回れ、早く補強しろ!」

 武装を地上に任せていた乗員たちは動き回り、怪鳥たちの攻撃から抵抗している。作業着姿のマキモトも加わって、一緒に装甲版を押さえつけていた。

「頼む、なんとか持ってくれ……」

 一緒に窓を抑えている士官が、目をきつく閉じて祈るようにつぶやく。マキモトが話しかけようとした時、機体後方から一際激しい音が響いた。

「何だ? どうした!」

 窓を守り続けながら士官が叫ぶ。後方から乗員が、這いつくばってやってきた。

「乗り降り口のハッチが破られました! まだモンスターが入ってくるほどじゃないですが……時間の問題です!」

「くそ!」

 モンスターの鳴き声がはっきりと聞こえてくる。そして兵士の叫び声も。血まみれの男が、同僚たちに担ぎ上げられて引き上げられてきた。

「一人やられました! 穴もどんどん、大きくなっています!」

 報告にやってきた兵士に、士官は苦い顔でこたえた。

「ハッチ周りを放棄して、機内にバリケードを作れ! 何とか食い止めるんだ!」

 兵士たちが短く「了解!」と答えて散っていくのを見て、士官はため息をついた。

「……このままでは機内から、食い殺されていってしまう……せめて何か、武器があれば……!」

 マキモトは自らの右腕を見た。作戦決行前に“試し斬り”をしてみたが、この刃の切れ味は見事なものだ。

 そして機内奥、操縦室の手前に寝かされた負傷者に、客席やら資材やらをかき集めてバリケードを作る兵士たちを見る。叫び声が聞こえてくる。男は腕にきつく巻いた包帯に手をかけた。

「俺が行きます」

「何言ってるんだお前、そんな腕で……」

 驚く士官の前で、マキモトは包帯をするすると取り去り、床に放り捨てた。黒みがかった刃が露わになったのを見て、士官が目を丸くする。

「それは……!」

 マキモトは無言のまま並び始めた障害物を縫って、白く光る出口に向かって駆けだしていた。


 ハッチに開いた穴から一羽のトンビドレイクが顔を出し、「クルルル……」と喉を鳴らしながら機内を見ていた。


――獲物たちは奥に逃げたようだ。大した歯ごたえもなく食い尽くせそうな奴らだが……これ以上は首を伸ばせない。狭い穴のお陰で獲物を独占できるはずが、これでは全くアテが外れてしまったな。


 怪鳥は嘴にこびりついた血糊を舐りながら首を傾けた。


――獲物は逃げたが、しかしこの穴を仲間に譲るのは惜しい。周りの連中がそれぞれ穴を穿ち、拡げ始めるまで、いましばらく自分ひとりのものにしておくとしよう。待っていれば獲物が近づいてくるかもしれないし……。


 穴に首を突っ込んだままのモンスターがそのように思っていたかは定かではないが、機体が揺れ、他の鳥たちの叫び声が聞こえる中も、彼は動こうとしなかった。

 ぼんやりとした視界に、近づいてくる者がある。猛禽の瞳からすれば、捉えることは勿論造作もない。


――ヒト?


 トンビドレイクは獲物に焦点を合わせた。


――一匹のヒトなど、大した脅威でもない。やつらは火を噴くものも持っていないようだし。獲物が向こうから寄ってくるなら、それに越したことはない……


 油断していたモンスターの初撃をかわすと、マキモトは転がり込むように肉薄した。

「きええええ!」

 勢い任せの奇声とともに、突き出される右腕。
反応が遅れたトンビドレイクの長い首は、一刀のもとに切り落とされた。断末魔もなく頭は床に転がり、船外の胴体は重力に従って、地面に向かって墜ちていった。

「……ははは! やった!」

 マキモトは全身を震わせ、ぽかりと空いたハッチの穴を見て笑う。

「おい! 気をつけろ、すぐに次が来る!」

 急ごしらえのバリケード越しに、士官が叫ぶ。乗降ハッチの縁は怪鳥の嘴や爪によって今や原型を留めないほどに変形しながら、さらに続く攻撃を受け止めていた。

「おう! いくらでも来やがれ!」

 やけくそ気味に、すべてをあざ笑うように口をゆがめながら、マキモト伍長は目の前を睨む。その時、ハッチがいくつかの破片に分かれてはじけ飛んだ。

 いくつものモンスターの頭が突き出す。鋭く重い刃物のような嘴が、五月雨のように振り下ろされた。

「あああああ!」

 マキモトは声を上げながら身を躍らせた。一羽目の嘴をかわすと、がむしゃらに右腕を振り回す。切り落とされて飛んでいく首、穿たれる眼孔、怪鳥たちの叫び声。

 即死したモノを盾に、ひるんだモノたちに追撃を加えて、男はモンスターたちを斬り続けた。バリケードの向こうで、縮こまっていた兵士たちが顔を上げ始める。

「すごい……」

 しかし士官は、船外で止まない笛の音を聞きながら顔をこわばらせていた。

「だが……数が多すぎる、このままでは……」

 切り伏せても次々と飛んでくるトンビドレイクの群れは、たった一人のミュータントをあっという間に呑み込んだ。

 目の前の一羽に切りつけたそばから、後ろに続く個体が嘴を打ち付ける。マキモトはよけながら斬り続けるが、とうとう左腕に嘴を受けた。

 研ぎ上げられた斧のような一撃に、手首から先が砕かれて消し飛んだ

「ああ……!」

 闘いを見守っていた乗員たちが固まりつく。しかしマキモトは額に青筋を浮かべながら、なおも凄まじい笑みを浮かべていた。

「まだだ……いや、これからだ!」

 左手の先から血ではなく、赤い煙が噴き出したかと思うと、右手同様の刃が突き出す。

「いくらでも来るがいい! 俺は……不死身だあああ!」

 両腕の刃をぎらつかせながら、押し寄せるトンビドレイクに吼える。二刀流となったミュータントは嵐のように両腕を振るい、モンスターたちの群れに再び斬りかかった。

(続)

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