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アウトサイド ヒーローズ:エピソード13-1

ディテクティブズ インサイド シティ

 アンティーク風の調度が、オレンジ色の照明に浮かび上がる。酒場の奥に設けられた“VIPルーム”と呼ばれる個室で円いテーブルを挟んで、二つの人影が向かい合っていた。
 テーブルの上に置かれたタブレットの画面が青い光を散らし、二人の顔を白く照らした。

「探偵さん、あのう、それで……どうでしたか、息子の様子は……?」

 ふさふさとした毛並みに垂れ下がった長い耳を持つ、年老いたミュータントの女性がおずおずと尋ねる。向かい側の席の男は深刻ぶった表情を浮かべて老女の話を聞いていた。

「ええ、まあ……」

 もったいぶった調子で相槌を打ちながら、テーブルの上に置いたタブレットを操作する。画面が切り替わり、“ケースファイル01a051601”とタイトルがつけられたフォルダを展開された。

「まずは、こちらの写真をどうぞ」

「ごめんなさい、ちょっと失礼……」

 老女はタブレットに手を伸ばした。画面を指でなぞると、次々と画像が現れていく。全て、この城塞都市“カガミハラ・フォート・サイト”の市街地で撮影されたものだった。
 どの画像にも写されていたのは鱗に覆われ、尖った鼻先と2本の牙を持つ、屈強なミュータントの男。日中の公園でベンチに座り込み、ショッピング・モールをぶらぶらと歩き、モールの屋上でサンドイッチにかじりつく……。堂々とした体躯の若者は背中を丸めて首を縮め、しょぼくれた表情を浮かべているようだった。
 若者の表情と立ち居振る舞いから全てを察したのだろう。画面を操作する老女の指先が、細かく震えていた。

「ああ、これは……!」

「お気の毒ですが……」

 タブレットの横に、白い封筒を置く。“息子”の行動を事細かに書き出した、一週間の調査レポートだった。取り出した紙束にざっと目を落とすと、母親は深くため息をついた。男は眉間にシワをよせながら話を続ける。

「息子さんですが、1カ月ほど前に退職なさったそうです。その後は離職者保障制度を使いながら、日中はカガミハラ市街で過ごしているようです。5日間尾行しましたが新たな職場を探している様子はなく、職業訓練を受けている様子も」

「いえ、いえ! ありがとうございます」

 老女は探偵の説明を遮るように礼を言った。手指は強く力をこめ、握った紙片にはひどくシワが寄っている。

「それで、どうして辞めたかというのは……?」

「ええ、そうですねえ。詳しくはわかりませんでしたが、職場で何かしらのトラブルがあったのではないか、と……」

「ケホ、ケホ! ゴホッ!」

 若者の振る舞いから、今の境遇が本意ではないことは十分に想像がつく。言葉を濁しながら話すのを聞いて、年老いた母親は激しく咳込んだ。
 探偵が慌てて背中に手を当てる。強張った背をさする、金属製の手のひら。男の左腕は、旧式のサイバネ義手に置き換えられていた。

「大丈夫ですか?」

「……ええ、ありがとうございます」

 老女は呼吸を落ち着けると、口元を手で隠しながら顔を上げた。

「ごめんなさいね、元々身体が弱くて」

 “VIPルーム”から酒場のホールに戻ると、年老いた母親は深く頭を下げた。

「探偵さん、どうもありがとうございました」

「いえいえ、このぐらいお安い御用です。では……」

「ええ、報酬は明日までに振り込みます。それでは……」

 礼を言い、小さく微笑むと老女が歩き去っていく。探偵が目を細めて、出口に消える丸い背中を見送っていると、

「仕事は順調そうですね、探偵さん」

 凛とした声が死角から飛んでくる。

「げっ!」

 義腕の探偵・キリシマが振り返ると、スーツ姿の女性がカウンター席に腰かけていた。まだ年若いが、その目には鋭い光が宿っている。娘は不満そうに頬を膨らませた。

「“げっ”とは何ですか」

「いや、その、刑事さんに急に話しかけられると、びっくりするじゃないですか。こんなやくざな仕事してると、ねえ……」

「刑事じゃなくて、巡回判事なんですけど……」

 新人巡回判事・滝アマネはため息をつきながら、カウンターテーブルの上に置いていたワイングラスを小さく揺らす。

「それで、さっきの人が依頼人なんでしょう? プライバシーや守秘義務を暴き立てるつもりは一切ないですけど、大丈夫かなぁ、と思いまして。……吹っ掛けたりとか、脅したりしてません?」

「とんでもない! いくら何でもそんなことは……!」

「そうですか? ならいいんですけど」

 慌てて否定する探偵を後目に、巡回判事はぐい、とワイングラスをあおった。赤みがかった濃紫色の液体が半分ほど、口の中に吸い込まれて消えていく。

「……ふう」

「刑事さんはこんなところで、そんなに飲んでていいんですか?」

「いいんですぅ、今夜はもうおしまいですし、明日は非番ですからね」

 言葉の端に不満の色を溶かして探偵が返すと、巡回判事は何食わぬ様子でもう一口ワインを飲んだ。「ふぅ」とため息をつくと桃色に染まった頬が緩む。既に酔いが回り始めているようだった。

「そうっすか、それじゃあ俺は、この辺で……」

 そそくさと背を向け、逃げ去ろうとするキリシマ。探偵の背後で残ったワインを一気にあおると、音をたててグラスをカウンターテーブルに置いた。

「探偵さん、それより私が気になってるのはあなたですよ!」

「えっ、えっ、俺?」

 立ち止まって振り返り、目を白黒させるキリシマに、アマネはずいと顔を近づける。

「うっ、酒くせえ……」

 顔を背けようとすると、アマネは正面に回り込んだ。酔いが回って瞳孔が開き、すっかり目が座っている。どうやらワイングラスを開ける前に、既にずいぶん飲んでいたようだった。

「目を反らすなんて、怪しいですね」

「刑事さん、酔ってるでしょ! 何なんですか一体……」

「それは、こちらのセリフですジョウジ・キリシマ。あなたはただの作業員だったのに、ブラフマーのコネや機密を掴んでいた。今も情報を握っているのに、こんな片田舎の町で探偵の真似事をして、こそこそ隠れて生きている! メカヘッドさんはわざと無視してるみたいですけど、これはきっと……」

 話し始めたアマネの声は少しずつろれつが回らなくなっていくが、同時に熱がこもり、語調も激しくなっていった。

「わーっ! わーっ!」

 探偵は慌ててアマネを静止する。

「刑事さん、ちょっと、落ち着いて! ほら、他のお客さんも見てますから!」

 実際のところ、客たちの中で二人のやり取りを気にしている者はほとんどと言っていいほどいなかった。けれども周囲を見ていなかったことに気づき、巡回判事がハッとして固まる。その隙をつくように、アップライト・ピアノからこぼれ出すピアノの音。
 ピアニストが自らの指と耳を慣らすために、そして楽器の調子を確かめるために鍵盤に手を触れたのだった。店内に作られたステージでは、店員たちがマイクスタンドや、水の入ったボトルを並べている。ミュータント・バー“止まり木”恒例の、夜のライブ・ショーが近づいていた。

「あっ、ほら、今夜のショーが始まりますよ!」

「むう……」

 アマネは唸るような不満の声を漏らしながらも探偵から離れて、自らの席に戻る。ホールの中がゆっくりと暗くなり、スポットライトに照らされたステージが視界に浮かび上がった。
 ステージの上に、黒いドレスに身を包んだ歌姫が現れる。収容人数が多いとはいえない客席から一斉に拍手が巻き起こって、ホール内を満たした。
 歌姫がしなやかな翼を広げ、客席に一礼すると拍手の嵐が静まり返る。弾むピアノの音色にのって響く、柔らかな歌声。

「やれやれ……」

 探偵は低くつぶやき、背をかがめて店の奥に消えていく。巡回判事は歌声を聴きながら、小さくなっていく探偵の背中を目で追っていた。
 その視線には“しらふ”の時と同様の、鋭い光が宿っていた。

(続)

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