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アウトサイド ヒーローズ:10-10

フェイクハート ドリヴン バイ ラヴ

 視覚センサーを失ったはずの“ベルセルク”はしかし、雷電への狙いを外すことはなかった。首無しの残骸は四本の腕を我武者羅に振り回しながら、雷電めがけてまっすぐ突っ込んできた。
 恐るべき密度の拳の嵐が、視界を埋め尽くさんばかりに迫る。しかし雷電スーツのバイザーには、拳の隙間を縫うような青い光の帯が投影されていた。

「マスター、予測される安全地帯をバイザーにマーキングしました」

 ナイチンゲールが告げる。雷電はその前に、青い光の帯に飛び込んでいた。サイバネ義腕の嵐をすり抜けながら狂戦士を迎え撃つ。
 メカヘッドと“イレギュラーズ”の兵士たちは圧倒され、ヒーローと狂戦士の闘いを見守っていた。

「す、すごい、避けてる……!」

「頑張ってくれ、雷電……!」

 “ベルセルク”の四本腕が更に勢いを増す。全身が軋み、腕甲に仕込まれていた単分子カッターが飛び出した。刃が空を切り、踏み固められた大地を走ると、容易く切り裂いた。
 雷電はそれでも、足をとめない。勢いよく振り抜かれた切っ先が白磁の装甲を掠め、そのまま腕甲から抜け落ちた。
 細長い単分子カッターの刃は回転しながら飛んでいき、兵士が持っていたシールドの上端を切り落とすと、軍警察庁の重厚な外壁に突き刺さった。

「ひい!」

 盾を構えていた兵士が腰を抜かして崩れ落ちた時、雷電と“ベルセルク”は、互いに真正面から向かい合っていた。
 至近距離から拳の四本の拳が迫るが、雷電は素早く腰を落として身構えていた。
 青い帯が飛び交う雷電スーツのバイザーに、ピンク色の点がいくつもマーキングされる。それが、ナイチンゲールが予測した狙うべき“点”であることを、レンジはすぐに理解した。ならば……!

「ウラア!」

 折りたたんだ腕から放つ一撃が胸部装甲を打て、首無しの狂戦士がよろめいた。

「オラアア!」

 雷電はすぐさま振りかぶった両の拳を打ち下ろし、単分子カッターを備えた左の義腕を打ち砕く。
 たたらを踏んだ“ベルセルク”はうめき声のような、ノイズのようなモーター音を腹部から響かせた。右の義腕を振り回すと、仕込まれた小銃が弾丸を乱れ撃つ。無数の銃弾が空に向けて放たれた後、銃身から爆炎が噴き出した。

「うおっ!」

 雷電がとびのくと、狂戦士は炎をまとった右腕を大きく振り回した。雷光を帯びたかがり火が弧を描く。

「くそ、次から次へと……!」

「マスター、ターゲット再補足しました。回避軌道、攻撃目標、いずれも再計算完了……出します!」

 バイザーに投影された映像が切り替わる。雷電は再び、青い帯が示す“安全地帯”に足を踏み入れた。炎を帯びた拳をかわす。
 激しく暴れるサイバネ義体に、マッピングされたピンク色の光点がめまぐるしく動き回った。

「ここで、一気に決める!」

 雷電の全身に走るラインがいっそう輝き、全身に電光が迸った。

「マスター……!」

 ナイチンゲールはバイザーの視界に、必殺技の発動コードを表示する。雷電はコードを読み上げながら、白磁の装甲に包まれた拳を突き出した。

「ウオオオオ、“サンダーストーム”!」

「“Thunder Storm”」

 発動コードの音声入力に、ナイチンゲールが応える。拳に走る稲妻はいっそう激しく光り、異形の義体に突き刺さった。
 雷電の勢いは止まらない。反対側の拳にも電光をまとい、“ベルセルク”を殴りつける。

「オオオオオオオオ!」

 量の拳を撃つ、撃つ、撃つ。バイザーの視界に、無数に表示されたピンク色のターゲット全てを穿たんばかりに。
 敵を打ち、雷電スーツに電光が走るたびに、雷電の拳は速度と威力を増していった。

「オオオオオオオ! ……オラア!」

 狂戦士は全身の装甲を撃たれ、その場に釘付けになっている。
 腹部装甲の隙間から火花が散ったのを見た雷電は、とどめとばかりに放ったアッパーカットでサイバネ義体をかちあげた。

「ハアッ!」

 宙に浮いた“ベルセルク”を、電光を帯びた右足がさらに蹴り上げる。
 異形の義体は打ち上げられ……上空で爆発、四散した。霰のように、灰のように散り散りになった装甲が、裏庭の地面に降り注ぐ。

「ふう……」

「バッテリー残量、20%に低下しました。セーブモードに入ります」

 ナイチンゲールが告げると、雷電スーツに走るラインはオレンジ色に戻っていた。メカヘッドと“イレギュラーズ”たちが、雷電に駆け寄ってくる。

「雷電、やったな!」

「ありがとう、おつかれさん!」

 声をかけられた雷電が皆を見回す。視界の端には、“ベルセルク”にならなかったサイバネ兵の残骸たちが転がっていた。
 上空から降ってきた装甲の灰が、倒れ伏したサイバネ兵の上に落ちる。その時、活動を停めていた義体はぴくりと動くと、痙攣をおこしたように震えはじめた。

「みんな、まだだ!」

 雷電が駆けだそうとした時、乾いた破裂音が響く。近くに転がっていた残骸が銃弾を浴びて吹き飛び、うかれかけた兵士とメカヘッドはその場に固まりついた。
 放置されかけていた機関銃の引き金をひいたのは、アオのエスコートから戻ってきたミワ班長だった。

「サイバネ兵の残骸が動き出そうとしてる! 皆、念入りに無力化するんだ!」

 ミワの声に周囲を見回した兵士たちは、裏庭のそこかしこでうごめき始めた義体の残骸に目を見張った。小さく悲鳴をあげる者もいたが……兵士たちは慌てて機関銃で義体を撃ち抜き、その銃座で義体を叩き潰しはじめた。
 雷電は再び”イレギュラーズ”たちを見やると、ベルトのレバーを引き上げて変身を解除した。

「ふう……これで、ようやく一件落着かな?」

 ナイチンゲールが腕輪から鳥の姿に変形に、レンジの肩にとまる。機械仕掛けの鳥は首をぐるりと回転させ、裏庭一帯を見回した。

「はい、この周辺一帯に展開したサイバネ部隊は、無力化された可能性が高いでしょう」

 レンジの尻ポケットからピロリ、と呼び出し音が鳴る。携帯端末機を取り出すと、マダラからの通信回線が開いた。
 スピーカー通話にすると、マダラの声が端末機から飛び出す。

「『レンジ、お疲れ様。うまくいったみたいだね』」

「おう、マダラも全部隊のオペレーション、お疲れさん」

「『ほんとだよ、なんとかなったけど……正直な話、もうやりたくないなあ』」

「ハハハ……」

 情けない声にレンジが笑っていると、新しい通話回線が開く。
 端末機の画面には“マジカルハート”と名前が表示されていた。凛とした声が、スピーカーから飛び出す。

「『こちら、マジカルハート。任務完了しました』」

「……あれ? そういえばマジカルハートは、今までどこに行ってたんだ?」

「『ちょっと、人をサボってるみたいに言わないでよ。こっちは軍警察庁から逃げ出したサイバネ傭兵を追っかけてたんだから!』」

「『結局、逃げきられちゃったけどね』」

「『マダラ! ……コホン!』」

 レンジにムスッとした声で返し、茶々を入れたマダラに怒鳴ると、魔法少女はわざとらしく咳払いした。

「『まあ、そっちはうまくいかなかったんだけどさ。でも、その後で他の地域を回って、放置していたサイバネ義体の残骸をチェックしてたんだから。そっちでは首をもがれた義体が暴れ回ってた、て聞いたからね』」

「そうだったのか。後始末ありがとう。……それで、どうなってた?」

「『他の地区の残骸は、変化なしね。頭はやっぱり、気持ち悪い叫び声をあげてたみたいだけど……』」

「そうか、後は鑑識の結果待ちだね。……ひとまず、ありがとうマジカルハート。協力に感謝するよ」

 話を聞いていたメカヘッドが、レンジの端末機に話しかけた。

「『いえ、どういたしまして、メカヘッドさん。それじゃあ、一足先に失礼しますね』」

「『それじゃあ、オレも休ませてもらうよ。ホッとしたら、急に眠気がきちゃって……ふわあ』」

 魔法少女の通話回線が切れると、マダラの大きなあくびがスピーカーから漏れた。

「ああ、マダラ君も本当に苦労をかけた。しっかり休んでくれ」

「『了解です。それじゃ、失礼……』」

 メカヘッドに返すと、マダラの回線も切れる。レンジは端末機をポケットに戻すと、大きく伸びをした。

「うーん!」

 ナイチンゲールが肩から飛び上がり、レンジの頭の上で再び羽を休めた。

「お疲れ様でした、マスター」

「ああ。ナイチンゲールも、ありがとうな」

 メカヘッドが、レンジに手を差し出した。

「お疲れ様、レンジ君。まだ、後処理やらなんやらは残ってるが……ひとまず、今回もよくやってくれた。本当に、感謝しているよ」

「いえ、仕事ですから……」

 レンジは答えて、メカヘッドと握手を交わす。

「俺も役目を果たすことができて、ホッとしてます」

「そうか」

「……ところで、一つ気になってることがあって」

 互いに手を離した後、レンジは“イレギュラーズ”を見に行こうとしたメカヘッドを呼び止めた。

「なんだい?」

「例のチップって、今どこにあるんです? 話を聞いてた限り、滅多なところに隠しておくわけにはいかないだろうな……と思うんですけど」

 振り返ったメカヘッドは肩をすくめた。

「そうだね。“奴”の言う通り、軍警察の中にも、まだ“ブラフマー”の協力者が残ってるだろう。そこで俺は、まずバレないだろう、という、とっておきの場所に隠しておいたんだが……おおい、ミワ班長!」

「ウス」

 裏庭を動き回っている“イレギュラーズ”の一団に声をかけると、眼帯を身につけた大柄の男が顔を上げた。

「任務完了だ。……“アレ”、返してもらっていいか?」

「……ウス」

 答えたミワ班長が、のっそりのっそりとやってくる。
 レンジとメカヘッドの前に立つと、ミワは自らの眼帯を外した。
 普段は隠している、眼窩にできた“第二の口”が露わになった。口の中から長い舌が伸びる。

「あっ!」

 レンジは声をあげた。
 舌の上にのった小さなメモリチップが、いよいよ明るく輝き始めた朝陽を浴びてキラリと輝いていた。

(続)

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