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アウトサイド ヒーロー:4

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ユージュアル アフェアズ オブ ア ユージュアル タウン

「今日の仕事って、どんなことをやるんですか?」

 レンジは口直しとばかりに水をがぶ飲みしているタチバナに尋ねた。

「ウチのについて行って、顔見せがてら近くの温室で野菜を仕入れたり、山で茸を採ったり、だな」

 タチバナはそう言うと、店内を見回した。

「そういえば、マダラはどうしたんだ?」

 コップを片付けに来たアオに尋ねる。

「朝ごはんを食べてから、バイクを診る、って言って外に出たきりですね」

 店の外で子どもが「わーっ!」と元気な声をあげているのが聞こえる。レンジは外に飛び出した。


 店の前にレンジ愛用のバイクが置かれ、ところどころの部品が取り外されて地面に並んでいた。青い斑模様がついたオレンジ色の肌の青年が、部品を調べては拭いたり、油をさしたりネジを留め直したりと、せわしなく手を動かしている。近くに子どもが二人並んで、バイクをいじる青年を見ていた。

「おい、何を勝手にやってるんだ」

 レンジが戸を開けるなり、バラバラになったバイクを見て怒鳴ると、部品を持っていたカエル顔の男が顔を上げた。

「あんた、ちゃんとメンテナンスしてないだろ。セッティングが滅茶苦茶でひどいじゃじゃ馬だ。昨日の夜、ここまで運ぶのに苦労したんだぜ」

「だからってお前……」

 腹をたてるレンジの前に、アオが割って入った。

「レンジさん、兄が勝手をしてごめんなさい。けど、兄は機械いじりの腕だけはいいんです。任せてみてもらえませんか」

「俺、ひどいこと言われてないか」

 不満げなアオの兄をタチバナが肘でつついて黙らせる。

「わかりました。アオさんが言うなら、お任せします」

 カエル頭の男はバイクの部品を置いて頭を掻いた。

「まあ、声をかけずに始めちゃったのは悪かった。俺はマダラ。よろしくな」

「俺はレンジだ。今日からこの店で働かせてもらうことになった。よろしく頼む」

「つまり、“ストライカー雷電”を続けてくれるってことだな。そいつは何よりだ」

 マダラが右手を差し出す。レンジは雷電には気乗りしなかったが、こたえて握手を交わした。それまで警戒していた子どもたちも、レンジの近くに寄ってくる。

「ねぇ、お兄ちゃんって"ストライカー雷電"なんだね!」

 目を輝かせて犬耳の少年が話しかけてくる。

「昨日はありがとう!」

 腕や頬に鱗が生えている少女も、顔を赤くしながら言う。

「すっごくかっこよかった!」

 二人が声を合わせて言うと、レンジは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ありがとう……タチバナさん、あれをこの子たちに見せちゃったんですか?」

「おう、子どもらの反応が見たくてな」

 子どもたちは、嬉々としてヒーローごっこを始めた。

「いくぞ、“でんこうせっかで、けりをつける”!」

「“サンダーストライク”!」

「ちょっとリンちゃん、雷電が二人もいたら、ヒーローごっこにならないじゃないか」

「何よ、アキちゃんが勝手に始めたんじゃない。あたしだって雷電やりたい!」

 言い争い始めたアキとリンの前に、両手をワシワシと動かしながらアオが立ちはだかった。

「はっはっは! ヒーローが二人になったところで、このディーゼル皇帝に勝てるかな?」

 アオに相手をしてもらった二人が夢中になってヒーローを演じているのを、タチバナは目を細めて見ている。

「この調子なら、他の子どもたちにも受けるだろうよ」

「おやっさんもアオもひどいよ、俺がみんなの避難誘導してる間に、雷電のリアルバトルをじっくり見てたんだろう」

 バイクの部品を組み付けながら、マダラがぶつぶつと文句を言う。

「あの時にはお前さんが当番だったから仕方ないだろう」

「そうは言うけどさ、俺の調整がうまく行ったか、気になるじゃないか。パワーアシストのリミッターを外すとかさ、デリケートな部分もあったんだから。サポートなしでぶっつけ本番なんて危ないに決まってるだろ」

 マダラは手が動くほどに口も回るたちのようだった。

「タチバナさん、俺そんなに危ない状況で戦ってたんですか」

「マニュアルがあったし、サポートはできた」

 タチバナがむすっとして言うと、作業を終えたマダラが顔を上げた。

「無事にライトニングドライバーの初運転ができたことは認めるさ。でも、次からは俺もサポートに入るよ」

「おう」

 二人の話が終わると「『午前9時をお知らせします……』」と町内放送の時報が流れた。

「もうそんな時間か。マダラ、レンジ、早速出発してくれ」

「はいよ。レンジ、バイクはとりあえず部品を戻して動かせるけど、調整が終わるまでもう少しかかるんだ。これからもちょくちょくいじらせてもらうぜ」

「了解。よろしく頼むよ」

「よしレンジ、まずは変身だ」

 タチバナが大きな背負子を持って言う。

「ここでですか?」

「仕方ないよ、変身したら身に付けてるものは皆、スーツの一部になっちゃうんだから。これはすごいんだぞ、分子再構成システムっていう、ミールジェネレータにも使われてる旧文明の技術で……」

 語り始めたマダラに付き合うのが面倒臭くなって、レンジはライトニングドライバーを腰に巻き付けた。

「“変身”」

 突っ立ったままレバーを引き下げると、力強い音楽が流れ始めた。

「『OK, let's get charging!』」

 子どもたちとアオが雷電ごっこをやめて、「変身してる!」と言いながらやってきた。

「『ONE!』」

 テンションの高い声がカウントを始める。

「変身する時に棒立ちってのはどうなんだ?」

「テレビ放送してた“ストライカー雷電”のデータがうちにあるんで、後でレンジに見せて、変身ポーズを練習してもらいますよ」

 タチバナとマダラがぼそぼそと話し合っている。

「『THREE!』」

 アオはわくわくしながら見ているが、子どもたちは冷静になっていた。

「何だか地味だね」

「うん、変身はかっこよくない……」

「『Maximum!』」

「二人とも、始まるよ!」

 ボディスーツと装甲がレンジの体を被い、全身に雷光を思わせるラインが走った。

「『"STRIKER RaiーDen", charged up!』」

「やった!」

「やっぱり、かっこいい……!」

 変身の終わった雷電は、背負子を受け取った。

「農家のみなさんによろしく頼むぞ」

「承知しました。じゃあ、行ってきます」

 銀色に輝くヒーローは黒く磨きあげられた木の枠を背負い、カエル男の案内で山に向かう道を歩いていく。

「なんか、あまりかっこよくない……」

 ぼそっと言ったリンの頭が、アオの大きな手に包まれた。

「働くってかっこよくないことばっかりだよ、リン」

「ふぅん」

 リンは口を尖らせる。タチバナがポンポンと手を叩いた。

「さぁ、俺たちも店を開ける準備をしよう。手伝ってくれたチビには、アオのおやつが出るぞ」

「今日はプリンもどきに桑の実シロップをかけちゃうよ」

 子どもたちは「わあー」と歓声をあげ、先を争って店の中に入っていった。アオとタチバナも微笑みながら店に戻った。


「俺はひ弱なんだからな、力仕事は期待するなよ」

 山道をひょいひょいと歩くマダラが、振り返って雷電に声をかけた。

「どこがひ弱だよ、スーツ着てても追い付けないんだけど」

「そりゃパワーアシストとは関係ない。慣れの問題だよ。……着いたぞ」

 山道の途中に、ふいに開けた空間が広がった。ここはナカツガワ・コロニー周辺に点在する農業プラントの一つ。中央には壁に覆われた巨大な温室が建ち、その周りに物置小屋や休憩所やらが並んでいる。

 マダラは温室の入口にあるインターホンを鳴らした。

「『はいはい、どちら様?』」

 スピーカー越しに年配の女性が尋ねてくる。

「白峰酒造の者です。水曜日までの分の野菜を頂きに参りました」

 マダラが社員証を見せながら言う。

「『あらまあマダラちゃんじゃないの。今日はアオちゃんはいないんだねぇ。野菜持って帰れそうかしら?』」

「今日は新人を連れてきたので、大丈夫ですよ」

「『あら、そうなの! それじゃあ、入口を開けるわね』」

 大きなシャッターがきしむ音をたてながらゆっくり開くと、中は民家風の土間になっていた。野菜が積まれたリヤカーが置かれ、無数の赤い角を生やした緑色の肌のお婆さんが立っていた。

「お疲れ様。お茶くらいしか出せないけど」

「いや、ありがたいです。いただきます」

 女性が魔法瓶から湯呑みに模造麦茶を注ぎ、マダラに手渡した。

「あっ、これって俺、飲めないんじゃない?」

「右耳の辺りをなぞるように、ぐるっと指を回してみな」

 マダラが言った通りに雷電がヘルメットの上をなぞると、顔の周りの装甲がぱかりと開いた。レンジは「おお、開いた!」と嬉しそうに声をあげて、マダラから渡された湯呑みを受け取った。

「おかみさん、紹介します。今日からうちで働くことになったレンジです」

「よろしくお願いします」

 マダラに紹介してもらい、レンジもあわてて頭を下げる。

「まあまあ、タチバナさんから聞きましたよ、片眼の暴れオニクマを退治してくださったんですって! ありがとうございます。それにしても、面白い格好をした方なのねぇ」

「実はですね、このたび、うちの保安官事務所でヒーロー事業を立ち上げることになりまして……」

 マダラは二杯目の茶を受け取って説明を始める。プラントの女性が「あらあら」と言いながら話を聞いているのを、レンジはよく冷えた麦茶を飲みながら見ていた。

「ヒーローショーというのはよくわからないのだけど、孫が喜びそうだねぇ。タチバナさんのとこの若い人が町を守ってくれるのも心強いし、さすが、面白いことを考えなさるねぇ」

「ありがとうございます」

 マダラが頭を下げると、レンジも一緒に頭を下げた。

「頭を上げてくださいな。いつもお世話になってるのは私たちですよ。今日の分のお野菜も、持っていってください」

 そう言ってリヤカーの上の野菜の山を手でさした。

「でも、これだけの量のお野菜、アオちゃんもいないけど運べるかしら? 他のプラントにも行くんでしょう?」

 マダラが雷電の背中に、袋詰めになった野菜を積み上げていく。

「雷電のスーツがあれば大丈夫ですよ……ほら!」

「まあまあ、すごい力持ちなのねぇ。それじゃあ、タチバナさんとアオちゃんにもよろしく言っておいてちょうだいね」

 雷電はマダラと一緒に麦茶のお礼を言うと、背負子に野菜袋を積み上げて温室を出た。


「これは雷電のスーツがないと運べないな」

 山道を歩きながら荷物の重さを感じないことに、レンジは驚いていた。マダラは得意気に「ふふん」と鼻をならす。

「このまま、あと三ヶ所プラントを回るぞ。場所も覚えてもらうから、しっかりついてこいよ」


 二人は十数分、時に数十分山道を歩いてプラントをはしごした。どのプラントもマダラと雷電を丁重に出迎え、大量の農作物を持たせてくれた。
 四つ目のプラントを出る時には、雷電の背中には軽トラック一杯分かと思われるほどの荷物が積まれ、マダラもキャベツではち切れそうになった袋を背中に担いでいた。

「あとは、この道を下れば、行きの登山口と反対側の登山口に、出るから……」

 マダラは拾った枝を杖にして呼吸を乱し、体をひきずるように歩いている。

「本当にひ弱なんだなあ」

「お前、スーツを脱いで、言ってみろよぉ」

「スーツがなかったら、こんな荷物運べないんだが」

「そりゃ、そうだ。畜生、なんか悔しいな」

 マダラが両手で杖をついて深く息をついた。レンジも立ち止まる。

「こんなに野菜を仕入れるんだな」

「当たり前だろ、酒場なんだから」

 息を調えながらマダラが答える。

「酒場ではジェネレータ使うんだよな?」

「じゃあ、食うものの材料に食えないものをぶちこむの?」

 尋ね返されて、レンジは言葉に詰まった。

 ミールジェネレータに木の枝を放り込めば野菜炒めもどきができるし、ネズミの死骸を入れたならステーキも出汁巻き卵も、魚の刺身だって作ることができる。材料が腐っていようが重金属や放射性物質で汚染されていようが、安全な食品に加工できる。

 だからこそ、ジェネレータで作られた食べ物は安価で手に入るし、何を原料にしているか分かったものではないのだ。それはオーサカ・セントラルの目抜通りだろうが、タカツキ・サテライトの裏通りだろうが変わらなかった。

「やな言い方して悪かったな、レンジの言うことはわかるさ。俺も違う町でジェネレータ使ってるのを見たことがあるし」

 そう言いながら、マダラはふたたび坂道を下り始めた。レンジも続いて歩く。

「でも、それは『ジェネレータの本来の使い方じゃない』って俺にメカニックを教えてくれたじいちゃんが言っててな。この町じゃ、野菜は充分手に入るんだし、わざわざ変なものを入れることはないさ」

「なるほど、そりゃそうだ」

山道を下った先に、緑のトンネルの出口が見える。

「もうすぐ町に着くぞ」

「荷物が多すぎて茸採りまで手が回らなかったけどな」

「明日に回すさ。それよりも、戻ったら次の仕事が待ってる。俺はちょっと休むけど」

「あっ、ズルいぞ」

「俺はひ弱だって言ってんだろ! お前だって、雷電のスーツを脱いでそれをやってみろよ」

 二人は言い合いながらトンネルを抜け、まぶしい昼下がりの陽射しの中に出ていった。ナカツガワ・コロニーの登山口ゲートがすぐ目の前に建っていた。


 レンジとマダラが白峰酒造に戻ってくると、酒場と厨房の掃除を終えたアオと子どもたちが、行儀よくテーブル席についてプリンを食べていた。タチバナはカウンターの向こうでタブレット端末と格闘している。

「ただいま戻りました」

「レンジさん、兄さんお帰りなさい」

 アオが返すと、子どもたちも口々に「お帰りー」と返した。一仕事終えた満足感からか、二人とも輝くような笑顔を浮かべている。タチバナが作業を終えて顔を上げた。

「お疲れさん。どうだった?」

「どのプラントもいい感じの反応ですね。野菜もいつもより多目に持たせてくれてます。すごい量なんで、とりあえず入口に置いてますよ」

 マダラがカウンターの前まで行って報告する。

「野菜はこのまま、俺が運びます。どこに持って行ったらいいですか?」

「冷蔵庫の場所を教えるよ。ついてきてくれ」

 タチバナがカウンターから出て、雷電スーツ姿のレンジを厨房に連れていく。マダラは二人に声をかけた。

「俺はちょっと休ませてもらいますね」

「はいよ。体力つけろよ」

「兄さん、プリンはどうする?」

「残しといてくれ。次の仕事前に食べるよ」

 アオに言い残し、マダラは店のバックヤードに向かって歩いていった。


 レンジは野菜の山を厨房に運びこみ、タチバナから指示される通りに押し入れのような冷蔵庫に並べて入れた。一仕事終えると、アオがガラスの鉢に入ったプリンを出してくれた。

「兄さんがジェネレータで作った“プリンもどき”なんですけど」

 そう言いながらアオは笑うが、濃厚な甘味を持つピンクがかった黒いソースが絡んだプリンは舌触りもよく、疲労感を忘れさせるような味わいだった。

「いや、うまいよ。ありがとう」

 ぺろりと平らげたレンジを見て、嬉しそうにアオが笑う。

「お粗末様でした」

 時計を見ていたタチバナが「皆、集合してくれ」と声をあげた。

「これから店を開けるんだが、レンジはバックヤードに回ってほしい。使い終わった食器を洗って乾かして、また厨房に戻すのが主な仕事だが、必要があればゴミ出しとか、他の雑用もやってもらう」

「わかりました」
「アオはいつも通りホールだ。時々厨房で“日替わりメニュー”の様子も見てくれよ」

「はい」

「マダラはどうした?」

 “STAFF ONLY”と書かれたドアが開いて、マダラのカエル顔が飛び出した。

「すいません遅れました! このまま厨房に入ります」

 言うなり首が引っ込み、ドアがバタリと閉まった。

「よし、いつも通りだな。じゃあ開店だ。暖簾を出してくれ」


 店が開いてしばらくすると、レンジは食器の返却口と洗い場、厨房をひっきりなしに行き来していた。食器を受け取って洗い場の食洗機にかけ、乾燥が済んだ皿や碗を厨房に運ぶ。ミールジェネレータの前にいるマダラに渡すと、すぐに新しい料理が機械から滑り落ち、食器に受けとめられたかと思うと整った見た目で盛りつけられていた。それをアオが取って、ホールに運んでいく。代わりに置いていったメモを見て、マダラが次の注目に応えるためにジェネレータを操作する。レンジは返却口にやって来た食器を受け取り、再び洗い場に戻るのだった。


 日付が変わる前に酒場の営業は終わった。客が去ったホールの片付けを終えると、アオは「お疲れ様でした」と言ってさっさと引き上げていった。

 残ったレンジとマダラがテーブルに突っ伏していると、タチバナが二人の前にオニクマシチューの碗を置いた。

「二人ともお疲れさん。“日替わりメニュー”が残ってたから、夜食にどうだ」

 煮込まれてトロトロになったスジ肉が、ドミグラスソースの中に転がっている。レンジは「いただきます」と言うや、ガツガツと食べ始めた。

「俺はやめときます、おやすみなさい……」

 マダラは立ち上がると、ふらふらしながら従業員寮に歩いていく。

「おやすみ」

「おやすみ。明日もよろしくな」

 タチバナはレンジの正面、マダラが座っていた席に腰かけてシチューを食べ始めた。

「お前さん、こういう仕事には慣れてるみたいだな。よく働いてくれて助かったよ」

 レンジはほんの一瞬固まったが、すぐにもう一口シチューをすくって、口に運んだ。

「ありがとうございます」

 黙々と食事を続け、シチューの碗を空にすると「ごちそうさまでした。おやすみなさい」と言って席を立った。

「おやすみ。食器は一緒に片付けとくから、置いといていいぞ」

 タチバナに声をかけられると、レンジは「ありがとうございます」と言って歩き去っていく。

「レンジ、昨日の夜の動画、町内の回線にアップしたぞ」

「えっ」

 振り返ったレンジがぽかんと口を開ける。

「はははっ、皆の反応が楽しみだな」

「勘弁してくださいよ……」

 ばつが悪そうにわらった後、会釈して従業員寮に向かっていくレンジを、タチバナは黙って見送っていた。


 寮の階段を上がり、2階の自室に戻ると、レンジは灯りも着けずに布団を広げ、うつぶせに倒れこんだ。

 ジャケットの上から、内ポケットの指輪に手を当てる。目を閉じると、タカツキ・サテライトの裏通りに建つミュータント・バーのホールや厨房、従業員部屋が次々に、まぶたの裏に浮かんでは消えた。

 柔らかい翼を広げて空に遊ぶような少女の歌声が、どこかから聴こえてくるように感じるのだった。(続)


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