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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;17

ナゴヤ:バッドカンパニー

「わっ、ととと……!」

 宙を舞うジュラルミンケースを追いかけて、ブルーが両手を広げて走り出した。放物線の下り曲線を描き始めたケースめがけて手を伸ばし、大きくとびあがる。

「……やった!」

 両手にケースが収まった瞬間。ブルーの真下の、ボロボロになった床材がはじけ飛んだ。

「ブルー!」

 レッドが叫ぶ。遺跡の地面に開いた大穴から黒い影が飛び去り、銀色のしぶきが噴きあがった。ミルククラウンのような無数の筋が舞い上がった後、うねうねとうごめく触手となって、落下を始めたブルーに襲い掛かる。

 触手に絡めとられる前に、ブルーは手にしていたジュラルミンケースを思い切り放り投げた。

「……イエロー!」

 銀色の触手塊に包まれながらも叫ぶブルーの声に、イエローが走った。

「オッケー、任せて!」

 イエローの背中に伸びる“みかぼし”の手を、レッドの電磁警棒が阻む。

「やらせない! ”みかぼし”、私が相手だ!」

「一対一でやるというのね。……いいでしょう!」

 レッドと女首領が激しく打ち合い始めた時、ブルーをすっぽりと包んだ銀色の粘土塊がぐねりと動いた。獲物を体内に取り込み、身動きが取れない“流体怪人シルバースライム”が口を開ける。

「くそ、“ザナドゥ”、しくじった!」

「任せておけ」

 ブルーが投げたケースは砂埃をあげながら、遺跡の床面を滑るように転がった。闘いから抜け出したイエローが、ジュラルミンケースを回収しようと駆け寄る。

「よし、これを……」

 手を伸ばそうとした時、宙を跳ぶ黒い影がイエローの背中を追い越した。

「させん!」

 叫んだのは、“シルバースライム”の体内に潜んでいた“両面怪人ザナドゥ”だった。有角の魔女は空中で鋭く尻尾をしならせると、横たわるジュラルミンケースに叩きつける。

「『ああっ!』」

 モニターで監視していた室長が叫ぶ。ケースは砕かれ、破片が飛び散った。しかしイエローは執念深く、破片と共に宙に浮いた赤色の銃器を目で追いかけていた。

 着地した“ザナドゥ”も中身が無事であることに気づく。体をひねって振りかぶるが、再び尻尾を打ち付ける前にイエローが駆け出していた。

 イエローはためらわずに、手にしたままだった電磁警棒を振り抜く。警棒はその芯で赤い電磁銃を捉え、ホームランボールよろしく打ち飛ばした。

「『イエロー! なんてことを!』」

「このまま盗られたり、壊されるよりましですよ」

 室長が悲痛な声で叫ぶが、イエローはどこ吹く風で返す。

「……レッド、お願い!」

 レッドは“みかぼし”との打ち合いを演じ続けながら、イエローの呼びかけを聞いていた。右手で電磁警棒を振るい、左手を腰のホルスターに伸ばす。

 女首領の打撃を受け止めながら、減圧レーザーガンを引き抜いた。片手で安全装置のレバーを引き下ろし、更に押し込む。エネルギー残量を表示するために銃身に取り付けられたインジケータに“EMERGENCY”の赤い文字が表示された。

「撃たせないわ」

 “みかぼし”の手がレッドの左手を打ち払う。こぼれ落ちたレーザーガンが床面に打ち付けられた途端、閃光と爆煙を噴き上げた。

「なっ……!」

 女首領が手を離した隙をついて、レッドは駆けだしていた。

 旧文明のオーパーツである身体能力拡張機能。ナゴヤ・セントラル防衛軍が解析し、限定的ながら“トライシグナル”のスーツに搭載することに成功したその機能が、レッドの脚力を、視力を動体視力を強化していた。


――見える! 見える!


 飛んでいく赤い大型銃を追って、矢のように走る。

 電磁銃がヒサヤ遺跡の大穴を抜け出そうとした時、レッドは獲物に向かって、手にしていた電磁警棒を放り投げた。

「『あっ! レッドも!』」

 見守る室長はもはや、困り果てた声を上げる他なかった。

 まっすぐ飛んでいく警棒が、地上に飛び出そうとしていた電磁銃を打ち落とす。レッドは電磁警棒と引き換えに、真っ逆さまに落ちて来た新型銃を手に入れた。

 起動スイッチを押すと、各部に取り付けられたセンサーライトとインジケータが黄色い光を放った。室長が力の抜けたため息を漏らす。

「『よかった……生きてた……』」

 銃のインジケータと、銃に同期したスーツのバイザーに“SIGNAL BlASTER”の文字が浮かび上がる。レッドは振り返り、砦の前で仁王立ちになっていた“みかぼし”にシグナルブラスターの銃口を向けた。


「はあ、はあ……ひい……はあ……!」

 小さなヘッドライトを頼りに、キョウがこぐ自転車は真っ黒な坂道をのぼっていく。乱れた息遣いが、トンネルの内側に響いて広がった。行く手に見える出口が、少しずつ近づいている。


――もう、少し……!


 小さな点だった白い光は大きくなり、その先に青い空が見えはじめた。キョウは自転車の上で腰を上げ、立ちこぎになって坂道をよじのぼる。切り取られた空が大きくなっていき、とうとう……

「うっ……!」

 視界が真っ白く塗りつぶされて、保安官見習いは目をつぶった。瞼を貫通して、強い光が瞳に刺さる感覚に襲われる。


――これは、オオス寺院の境内と同じ……


 太陽の光。ナゴヤ・セントラル・サイト市民にとって、最も縁遠いもの。キョウはゆっくりと両目を開いた。目に飛び込んできたのは遺跡の廃墟をくりぬき、鍋のようになった谷の底。その中央には青い空に向かって柱のように伸びる、黒い砦。

 外壁がところどころ剥げ落ち、モザイク模様を呈する砦の根元を、もぞもぞと動くものが取り囲んでいる。新年のオオス寺院で振舞われる、モチ・ライス・ケーキに似た白い塊だった。そしてその前に立ち、向かい合う二人……“みかぼし”と“シグナルレッド”の姿があった。

「“みかぼし”! シグナルレッド!」

 思わず声を張り上げる。レッドの手には、赤い外装の電磁銃が握られていた。キョウは手にした携帯端末で、保存していた“新兵器”のマニュアルを立ち上げた。


――間違いない、あれが……!


「レッド! おおい!」

 呼びかけるが、レッドも、みかぼしも向かい合ったままだった。二人とも、呼びかける声があることはわかっていた。しかし、互いの出方をうかがいながら身動きが取れずにいたのだった。

 砦が内側から青い光を放ち、外装が剥がれ落ちた穴から漏れ出している。ひりついた空気の中、“みかぼし”が小さく、口元で笑った。

「レッド、それを撃つつもりかしら。……後ろにいる、保安局員たちも巻き添えに?」

 銃口を女首領に向けたまま、ここまで互いの距離を詰めてきたレッドは、ヘルメットの下でぎり、と歯を食いしばる。

「彼らを巻き添えにするつもりなのはあなたでしょう? 卑怯なマネを……!」

「卑怯!」

 “みかぼし”は歯を見せて笑った。

「あなた、私たちが何者なのかわかって言ってるの?」

「わかってる! だから……私たちは……私は負けるわけにはいかないの……!」

 動かない女首領に向けた“シグナルブラスター”のグリップを、レッドは強く握り込んだ。

「どうやってでも、悪の組織を倒す……! ……それに、警ら隊は対ビーム兵器装備をしてる。だから、だから大丈夫……」

 “シグナルブラスター”は、これまでの武器とは違う。“みかぼし”の振る舞いに、そして自らの行動に疑問を持ちかけている自分自身を抑え込むように、レッドはつぶやいた。

「“みかぼし”……あなたを、撃つよ!」

 引き金に指をかけた時、再び意識の外から声が飛んできた。

「レッド! ……赤池ソラ! それを、撃っちゃだめだ!」


 保安官見習いの青年に名前を呼びかけられ、ソラの意識に生まれた一瞬の“間”。その隙をつくように、ヘルメットのバイザーに図面が表示された。キョウはソラの個人アドレスに、“画像共有”機能によってコンタクトを取ったのだった。


――なぜ彼がここに? それに、この図面は?


 あっけに取られるソラの目に、“シグナルブラスター”もとい、マイクロウェーブ兵器“サナダ砲”のマニュアルが飛び込んでくる。現地使用のために簡便にまとめられた運用手順、機構説明……そしてその恐るべき威力と、射程範囲について。

「どうしたの、“シグナルレッド”?」

 固まりついたレッドに、“みかぼし”が呼びかけた。キョウは二人の間合いに近づけずに、大声で叫び、携帯端末を操作するとその場に立ち尽くしている。

 わずかな間をおいて、レッドが再び動いた。

 ヘルメット越しの視線で“みかぼし”を捉えた後、彼女に向けていた銃を天に向けて引き金をひいた。

「『おい! レッド! 何をしている、おい!』」

 室長が怒りと絶望と焦りがないまぜになった叫びをあげる中、ロウト状に広がるレーザービームが空に放たれる。丸く、大きくくりぬかれたヒサヤ遺跡の吹き抜けを埋めるような黄色の閃光。……しかし、これはあくまで射程範囲を警告するためのガイドに過ぎなかった。

 ビームが消え去ると、黒い塊が次々と、あられのようにヒサヤ遺跡に降り注いだ。

「わっ! ……ひい!」

 キョウは思わず落ちて来たものをよけ、それをまじまじと見て腰を抜かした。一羽一羽が人間ほどの大きさもある巨大なミュータント鳥が、マイクロウェーブに全身を焼かれ、白い湯気をあげながら落ちてきているのだ。

「何だよこれ……!」

「こいつは“トンビドレイク”だな」

 砦の近くまで歩いてきたアキヤマ保安官が息子に追いついて、並んでトンビドレイクを見下ろした。

「おやじ!」

「こういう鳥のモンスターが、空にウジャウジャいるのさ。地面に降りると素早く動けないから、滅多に降りてこないんだけどな」

 説明しながらモンスターの亡骸を動画撮影し、携帯端末を操作する。

「……よし、送信完了、と」

「おい、おやじ、何やってんだよ」

 保安官は白い目を向ける息子に振り返ると、すっとぼけた素知らぬ顔で肩をすくめた。

「何って……ま、ちょっとした“ダメ押し”さ」

「え?」

「『ありがとうアキヤマ、いい映像だネ』」

 携帯端末から、ズノの声が飛び出した。

「いやいや、俺には“伝手”はないからな。……ま、後は頼むよ」

「『任せてくれヨ。これですべてのピースがそろった、というものサ』」

「はあ?」

 キョウが混乱して、口をぽかんと開ける。

「ははは。ありがとよキョウ、最後の最後で、うまいことやってくれたな」

 ベテラン保安官は息子の間抜けな顔を見て、いたずらっぽく笑った。

「何言ってんだよ! 訳が分かんねえよ!」

「まあ、見てな。後は向こうさんがやってくれるだろうよ」

 そう言って息子に見せた携帯端末の画面は、“不明な連絡先”から“保安局業務用回線”に切り替わっていた。

「『レッド、何をしているんだ!』」

 スピーカーから室長の声が飛び出す。通話を終えたズノが、アキヤマの端末も保安局の通話回線に接続したようだった。

「『威嚇射撃は十分だろう、早く、“みかぼし”を逮捕するんだ! おい! ……えっ? 何です?』」

 威勢よく叱責していた声が急にしぼみはじめる。管制室に外部からの通信が割り込んできたようで、室長は慌てて対応をはじめた。

「『監査局? “サナダ砲”……ええ、はい、“シグナルブラスター”の事ですね? ……いや、非人道兵器だなんて、そんな……通報があったと? カガミハラ……防衛軍の技術開発部から? 何故です、どうして……?』」

 室長はすっかり委縮して、回線を切るのも忘れて話を続けている。都市内部の警察権を司る保安局と、都市外部からの攻撃に対抗するための防衛軍は本来、別系統の組織だ。今回の介入がのっぴきならぬものであることは間違いがなかった。

「『……内部告発があった、ですって? 保安局から防衛軍に? そんな……いえ、はい、確かについ先ほど“シグナルブラスター”を使用しましたが……送られてきた? 動画が……?』」

 ブツリ、と音声が途絶える。レッドも“みかぼし”も、すっかり白けた表情で立ち尽くしていた。わずかな間があって、再び通話回線が開く。

「『ええ、オホン!』」

 室長は仕切り直しとばかりに大きく咳払いした。

「『今回の作戦行動は中止する。総員戦闘から離脱し、ただちに帰還したまえ! 繰り返す、総員ただちに帰還したまえ!』」

 通話回線をインカムで傍受していた“みかぼし”が、首をすくめてレッドを見た。

「これでおしまいね。お疲れ様、シグナルレッド」

「仕方ないわ、こんなものを使わされちゃあ……」

 ヒーロースーツを解除したソラは、ずしりと重い“シグナルブラスター”に目を落とした。電源スイッチを切って深くため息をつく。

「だいたい、今回は何か事件が起きたわけでもないし、ね。これ以上やり合う気はないよ。……今日はね」

 そう言って、悔しそうに女首領を睨む。

「ありがとうシグナルレッド。その銃で私たちを撃たないでくれて」

「だって、こんな危険なモノ、使えるわけないじゃない……!」

 ソラがそっぽを向くと、“みかぼし”は鷹揚に笑った。

「あなたたちが敵でよかったわ。さて、私たちも引き上げるとしましょう」

 パチリ、と指を鳴らすと、黒装束の戦闘員たちがいっせいに動き出した。数人ごとのチームに分かれると、手分けして警ら隊員たちからトリモチを引き剥がし、要塞の解体に取り掛かる。

「せっかくの食糧も、もったいないから全て回収してね!」

 “みかぼし”が声をかけると戦闘員たちは慌てて、ところどころに転がるトンビドレイクも回収し始めた。ソラは目を丸くして、瞬く間に片付いていくヒサヤ遺跡を見ていた。

「ちゃっかりしてるなあ……」

「ふふ。あなたたちのボスはちょっと無邪気すぎるかしら。私たちがあなたたちを、このまま帰すだなんて……」

 ソラは女首領の言葉に目を見開き、再び“トライシグナル”の変身ブレスレットをかざして身構えた。

「やっぱり……!」

 “みかぼし”は迎え撃つそぶりも見せずに微笑んでいる。

「……冗談よ。皆、解放するわ。もちろん、ブルーとイエローもね」

  丸い塊だった“シルバースライム”がぬるりと動くと、内側からブルーを吐き出した。先ほどまで激しく打ちあっていたイエローと“ザナドゥ”は、随分前から互いに武器を納めている。それどころか“ザナドゥ”は大人しい少女……ペケ子の姿に戻り、変身を解除したヤエとすっかり打ち解けて談笑していた。“みかぼし”は楽しそうにクスクスと笑う

「あらあら、あの子たち……」

「ちょっと、ヤエ! 何、仲良くなってるのよ!」

 怒りながらヤエに駆け寄ろうとしたソラは、走りかけて立ち止まり、“みかぼし”に振り返った。

「“みかぼし”! 今回は私たちの負けだけど……絶対にあきらめないんだから! 次は、あなたたちを逮捕してみせる!」

「ふふふ、望むところよ」

 睨みつけるソラの視線を受け止めると“みかぼし”は両目を妖しく輝かせ、嬉しそうに笑う。

「それじゃあ、ごきげんよう“ソラ”」

 あいさつの言葉とともに帽子を取ると、認識阻害が解除された。突然現れたミカの笑い顔に、すごんでいたソラが固まった。

「あはは、ソラ、あなた今、最高の顔してるわよ!」

「えっ……! ちょっと、待って……!」

 ミカは再び帽子をかぶると、マントを翻して飛び上がった。アオオニの運転する黒い改造バイクが勢いよく乗り付けると、着地した“みかぼし”はすぽりとサイドカーに収まった。

「あははは! じゃあね!」

 “みかぼし”に戻った少女が高笑いすると、バイクは砂煙を巻き上げて走り出し、遺跡の壁面に開いたトンネルへと消えていった。

 バイクを追いかけ、トンネルの入り口に立ち尽くすソラに、ヤエとキヨノが駆け寄ってくる。

「ソラちゃーん、ごめんごめん、ペケ子ちゃんとすっかり仲良くなっちゃって……」

「どうしたの、ソラ? “みかぼし”と何かあったみたいだけど……?」

 キヨノに尋ねられたソラは、わなわなと震えながらトンネルを指さした。

「“みかぼし”……“みかぼし”が、ミカで……!」

「ええ?」

「どういうこと? ミカって……あの、ミカちゃん?」

 キヨノとヤエが驚いて、すっかり静まり返ったトンネルをのぞき込む。

「ミカ! 今度は、絶対に負けないんだから!」

 思い切り叫ぶソラの声が、トンネルの中に響いていた。

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