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アウトサイド ヒーローズ:エピソード2-03
エントリー オブ ア マジカルガール
柱や梁のところどころに浮き彫りが施されたアンティーク調の室内に、優美な曲線を描く脚をそなえたテーブルや椅子が並ぶ。シャンデリアがオレンジがかった光で照らす中、卓上にはモニターが並べられてデジタルな光を放っていた。カエル顔のマダラがモニター群に向き合ってソファに腰かけ、キーボードとトラックボールをいくつも手元に並べながら、オーケストラにタクトを振る指揮者のように画面を見回している。
尻ポケットからピロリ、と呼び出し音が鳴った。端末機を取り出す。アキとリンに持たせていた迷子タグが、二人が近づいていることを伝えていた。
「あいつら、何で……?」
マダラはすぐさまキーボードを叩き、タグの反応があった第一地区にドローン数機を向かわせた。
アマネがパステルブルーのスクーターを押してカガミハラ・フォート・サイトの正面ゲートに入ると、武装した軍警察官たちが門の左右から出迎えた。アキとリンはアマネの後ろに隠れる。
「現在、カガミハラ・サイト全体に戒厳令が敷かれております。一般の方の立ち入りは、お断りしております」
口元を強ばらせながら警官が言う。巡回判事は相手を真っ直ぐ見ながら、胸ポケットからIDカードを取り出した。
「この度、ナカツガワ・カガミハラ間の巡回判事を拝命いたしました、滝アマネです。こちらに滞在している、ナカツガワ・コロニーのタチバナ正保安官に挨拶を、と思い、ナカツガワの子どもたちと共に参ったのですが」
「……少々お待ちください」
警官たちは目配せし合い、一人がインカムで通話を始めた。アマネが間髪いれずに迫る。
「軍警察の行政への指導に対して、いたずらに干渉する意図はありません。ただ本官は、管区内におけるあらゆる警察権の行使を監督する義務があることを、ご理解いただきたいのです」
「……どうぞ、案内いたします」
警官たちがアマネを取り囲み、先導して歩き始める。子どもたちはアマネにしっかりくっついた。四角い窓が並ぶ白い廊下が続いている。
薄明かりの中で画面を見ながら、マダラが頭を掻いた。
「何やってんだ、あいつら……ん? あれが巡回判事か?」
カメラの画面に加え、更にアプリケーションを立ち上げる。表示された数値に目を通すと、マダラは小さく笑った。
「どこで何が幸いするか、分かったもんじゃないな。さあ、やってみるとするか……!」
手元にトラックボールを数基並べると、手首をほぐしてからドローンの操作を始めた。
アマネたちが廊下を歩いていると、窓の外から強い光が射した。警官たちが身構える。アキとリンも怯えてそちらを見やった。すると子どもの視線の高さに、文字が投影されて浮かび上がる。
“三人でトイレに行くんだ”
リンが叫んだ。
「おしっこ!」
警官たちが動揺する。少女はしおらしくうつむいて、アマネのズボンをつかんだ。
「お姉さんにも、ついてきて欲しい……」
心細そうに言うと、アキは切羽詰まった声で叫んだ。
「僕もトイレ! 我慢できない!」
「少し先にトイレがあるので、三人で行ってきてください」
警官たちが警戒体制に入る中、インカムで通話していた警官がアマネに告げた。
男女共用トイレの洗面所に入って扉を閉めると、流し台の上の空間に輪郭線が立ち上がり、そこに色がついて、浮かび上がるようにドローンが現れた。
「わっ!」
アキは驚くが、子どもたちは気にしなかった。
「マダラ兄ちゃん?」
「新しい発明?」
ドローンのスピーカーがザリザリと小さく音を立ててから、マダラが話しはじめた。
「『立体プロジェクタを使った、光学迷彩の実験だよ。……"お前たち、なんで来ちゃったんだ"、とか、"巡回判事さん初めまして"、とか色々言うべきことはあるが、今はとにかく逃げろ』」
「どういうことです?」
アマネがドローンのカメラに顔を近づけて迫った。
「『すまない、説明は後だ。このドローンで誘導するから、軍警察署を出るんだ。すぐに作戦を始めるから……』」
「だから、何が起きているの!」
アマネが更に問い詰めようとすると、廊下から軽い炸裂音がした。続いて警官が指示を飛ばす声、軍靴が駆ける足音。
ドローンが舞い上がり、トイレ奥の“キンキュウ”と書かれたハッチの前に翔んでいく。
「『あれはただの花火だ! 今のうちに、非常口から外に出るんだ』」
「行こう!」
「早く!」
子どもたちが両側から手を引っ張り、アマネは立ち上がった。歩きかけた時、廊下から続く扉が大きく開く。
「わ!」
アキは小さく声をあげ、リンは怯えて固まった。アマネは両手で二人をかばい、扉を睨みつけた。
顔を出したのは、武装した警官だった。右腕に黄色と黒が縞模様を描くバンドをつけている。警官はヘルメットとマスクの間から覗く目を開き、眉毛を大きく上下に動かした。すぐに振り返って廊下に叫ぶ。
「トイレには誰もいない!」
そうして三人に目配せすると、再び大きな音を立てて扉を閉めた。
「『行こう!』」
呆けていた三人は、マダラの声にはっとして動き出す。非常口のハッチを開くと、地下に続くはしごを降りはじめた。
マダラはドローンを自動操縦に切り替えてマイクを切ると、通信端末の通話回線を開いた。
「すまない、デリバリー中に事故った。お宅のボーイさんにヘルプに入ってもらったんで助かったよ」
「『これもウチの仕事だ、礼には及ばないさ』」
スピーカーから、加工された音声が答えた。
「『だが、派手に事故ったみたいだな。“皿”を何枚か割ったろう?』」
マダラはため息をつく。
「“5枚”ってとこだな……。まあ、これも必要経費さ。第一地区でお宅の業務をサポートできなくなったのは、痛い出費だけどな」
「『気遣い感謝する。だが、ウチは人手があるし大丈夫だ。むしろこれからは、お宅のデリバリーを頼らなければ仕事を回せないだろう。お宅に何かあったらウチからヘルプを出す。無理してバテる、なんてことがないようにしてくれ』」
「了解。こちらこそ気遣い、痛み入るよ。では、現場に戻る」
「『了解。安全運転でな』」
どちらとなく回線が閉じられた。マダラがモニターを確認すると、照明灯を点けたドローンは地下道の縦穴を下から上へ、ゆっくり浮上していた。子どもたちとアマネは、はしごを使ってドローンを追いかけている。リンが泣きそうになって、はしごにしがみついている。アキは歯をくいしばって、無言でのぼっていた。アマネは顔に焦りの色が見えたが、子どもたちを励ましながら殿を務めていた。マダラはドローンの通話回線を再び開いた。
「三人とも、お疲れ様。リンとアキは、しんどかっただろうがよく頑張った。もう少しで地上に出る。巡回判事さんも、子どもたちを引率してくれてありがとう」
アマネが顔を上げてドローンを見た。
「『外は安全? 私たちは、どこに連れていかれるの?』」
「カガミハラの市街地に出るが、まだ危険地帯だ。地上に出たら、セーフハウスに誘導する。くれぐれも、ドローンの通ったルートから外れないように。……さあ、ハッチを開けるんだ」
ドローンが照明灯をつけながらホバリングすると、頭上を塞ぐ蓋と、その端に取り付けられた小さなレバーが浮かび上がった。
(続)
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