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アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-15

ティアーズ オブ フェイスレス キラー

「フン……?」

 イクシスは考え込むように声を漏らした。
 指先まで意識が繋がるまで、どうしてもコンマゼロゼロ秒単位でラグが起こる。性能を追求し過ぎたせいか……あるいは、装具技師の腕か。
 それ以外にも不満ばかりだが……仕方あるまい。ここから先は使用者の腕だ。せいぜい、私なりのやり方で使いこなしてみせよう。
 調子を確かめた後、新しい両腕に視線を落とすサイバネ義体の傭兵に、背中を丸めた小男がにじり寄って来た。

「い、いかがですか、“イクシス”=センセイ、我が社が新開発した武装義腕の調子は?」

 出っ歯の小男がもみ手をしながら、猫なで声で傭兵に呼びかける。サイバネ傭兵は怯えきったネズミのような男の顔を一瞥すると、「フン」と人口声帯を鳴らしてそっぽを向いた。

「よくない」

「ええっ、そんなあ……!」

 小男は小刻みに体を揺らしながら、傭兵の正面に回り込む。

「わが社の技術の粋を結集し、徹底した軽量化を図りながら剛性、耐久性を高度に両立させることに成功したこの義腕に! 失礼ながらセンセイが装備されていた物よりも遥かにグレードの高い商品となっておりますが……」

 下手に出てへつらってきた男の表情に、隠しきれない不満がじんわりとにじんでいる。

「もしや、大変失礼ですが……これを依頼料の代わりにするには、まだ足りない、と、そういうことで……ひい!」

 灰色の義腕を額に突きつけられ、男は悲鳴をあげた。

「勘違いしないでいただきたいのだが、常務殿」

 拳をぴたりと静止させたまま、イクシスが言う。

「私はそちらの依頼を受けるつもりはない。既に一つ、依頼を受けているのだから。ここにいるのは、あくまで『“マスカレード”を始末する』という仕事のためだ」

「えっ、ちょ、ちょっとお! どういうことかね、私がどうなっても、いいっていうのかい?」

「そちらの生死は、私が関係するところではない」

 “マスカレード”に大掛かりな仕事を依頼した、今回の事件の“元凶”……イセワン重工の常務は、イクシスの態度にすっかり血相を変えた。
 未だに拳を突きつけられたままだったが、それでも意地と言うものがある。小男は青筋を立て、破れかぶれになって叫んだ。

「そ、そんな! ……それならねえ、まずカネを払いなさいよ、文句ばっかり言ってないで!」

「カネは払う」

 イクシスが拳を引っ込めると、常務は「ほっ……」と大きくため息をついた。

「だが今はあいにく持ち合わせがない。仕事中は余計なものを持たない“たち”なのでね」

「はあ?」

「今回の仕事が終わったら、またあなたと商談を持とう。……それまで、互いに生きていればの話だがな」

「く、この……!」

 のらりくらりとしたイクシスの言動にあおられて、常務は自らの拳を握りしめた。
 ノックの音が響く。

「入りなさい」

 不機嫌を露わにしながら常務が告げると、青い作業着の清掃員が入ってきた。帽子を目深にかぶったまま会釈すると、手にしたモップで床を拭き始める。
 常務は清掃員を一瞥すると、再びサイバネ傭兵に向き直る。

「だいたいねえ、ウチの商品への不満点って何なんだ? 自信作にただケチがついたままじゃ、こっちも納得がいかないよ。凄腕の傭兵センセイから見て、何がそんなに悪いんだい?」

 開き直り、喧嘩腰でまくし立てる常務。イクシスは“X”と“Y”を象ったアイ・バイザーを赤く光らせながら、すっかり強気になった小男を見下ろしていた。

「何とか言ってみなさいよ、さあ!」

 サイバネ傭兵は無言のまま、啖呵を切る常務に向けて右腕を突きつけた。

「何だよ、やるってのか……!」

 義腕の手首に仕込まれた小口径銃が光る。乾いた破裂音が響いた瞬間、僅かに銃口が上を向いた。イクシスの狙いは目の前の小男ではない。……後ろで作業していた、清掃員だった。

 弾丸が清掃員を貫く……と思われた瞬間、金属製の甲高い音が響いた。
 清掃員の姿にノイズが走り、粉々になって崩壊する。思わず後ろを振り向いていた常務は這う這うの体で逃げ出し、イクシスの後ろに隠れた。

「ひっ! 何なんだね、あれ?」

「立体映像を投影することによる視覚偽装。光学迷彩の応用だ」

 すっかり動転している相手を気にする様子もなくイクシスは答えると、ノイズまみれになっている立体映像に向かって義腕の仕込み銃を構える。

「き、君、どういうことなの? 最初から気づいてたのかね?」

「影が不自然だったのでね。撃ってみれば、案の定……というわけだ。それよりも常務殿、これだよ」

「へっ、何? どれ?」

 訊き返す常務には答えず、再び仕込み銃を撃つ、撃つ。
 連射された銃弾は、再び金属製の音を立てながら弾かれた。立体映像が消える。そこに立っていたのは柄の長いハンマーを持ち、オレンジ色の衣装をまとった少女だった。顔を上げると、金色と銀色のオッド・アイが光る。
 少女が口を開こうとする前に、イクシスは走り始めていた。

「この距離で外すとはな。この義腕は僅かだが、反応が遅い! そして二つ目の問題は……!」

 灰色の拳を振りかぶり、真っすぐ打ち込む。少女は慌てながら、手にしていたハンマーの柄で拳をいなした。

「ちょっと待って! この……!」

 連続して放たれる拳を弾き、打ち落とすと、少女は後ろ跳びで傭兵と距離を取る。

「と、まあ、このように軽量化を追求した腕では打撃が軽すぎる。接近戦ではお話にならん」

「どういうつもりですか、いきなり撃ってくるなんて!」

 ドレス姿の少女がハンマーを構えたまま文句を言うと、イクシスは「フン……」と人口声帯を鳴らす。

「姿を隠している相手を、警戒しないはずがないだろう」

「そりゃ、そうだけど……」

 少女は腕を組むと、不満そうに口を尖らせた。

「でも、もう、私が"マスカレード"じゃない事くらいわかってるでしょう?」

「そうなの?」

 常務が目を丸くして、少女とイクシスを交互に見やる。サイバネ傭兵は肩をすくめた。

「フン……」

「ちょっと、センセイ、困りますよ……ええと、すみません、あなたは……?」

 新しくやって来た相手の方が、イクシスよりも話が通じるかもしれない。そう思った常務は、思い切ってオレンジ色のドレスを着た少女に話しかけた。

「私は……"暗闇照らす祈りのともしび! マジカルハート・マギランタン"!」

 尋ねられた魔法少女がハンマーを構えて見栄を切ると、背後からオレンジ色の爆炎が噴きあがった。……もちろん、実際の爆発ではない。立体映像と音響でそれらしく見えているだけだ。

「へっ、へえ……?」

 目を丸くしている常務に、“決め口上”を終えた魔法少女がにこりとほほ笑む。

「爆発は気にしないで! 勝手にそうなっちゃうだけだから」

「また、変なのが来ちゃった……」

「また、とはどういう意味だ」

「いや、それは、その、ね……?」

「それより……」

 目の前で繰り広げられる常務とイクシスのやりとりを気にせず、マギランタンの金銀妖瞳がくるりと回るように表情を変えた。
 鋭い光を帯びた視線が、目の前の小男に突き刺さる。

「あなたは"マスカレード"に殺しを依頼して、今は"マスカレード"に狙われている……間違いありませんね?」

「えっ! それは、その……まあ、成り行きといいますか、業務の引継ぎ上、そうなったというか……」

 しどろもどろに答えるイセワン重工の常務。魔法少女は「はあ……」と小さくため息をついた。

「そこらへんの話は、保安局でじっくり聞かせてもらうとして……そこのサイバネさんを見つけて、マークしておいてよかったわ」

「ちょっと! センセイのせいで、よくわからないのが増えたってこと?」

 常務に責められたイクシスは、「フン」と不満そうな声を漏らしてそっぽを向いた。

「命が惜しいのならば、向こうを頼るんだな」

「えっ、ちょっとぉ! ここまで話をしておいて、見捨てるんですか!」

「情けない声を出すな」

 イクシスは再び、銃が仕込まれた自らの義腕を常務に突きつける。

「あちらなら、貴様の命は守ろうとするだろう。“私と違って”」

「ひいっ……!」

「その代わり、貴様らがこれまで散々やってきたことを洗いざらい白状することになるが、な」

「それは、その……」

 身の安全を取るか、悪行を隠し続ける道を探すべきか。
 常務は必死に頭の中で計算を巡らし、目の前の二人を見比べる。

「まあ、今言っても言わなくてもいいですけどね。そっちの常務さんには、後で色々聞かせてもらうとして……」

 マギランタンはあっさりと告げると、再びイクシスに向き直った。

「サイバネさんの方は……今だけは休戦して、私たちと手を組まない?」

(続)

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