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これまでも読み、これからも読む

読むことで必要な情報を得てきた。
じゃあ今後は何が必要になる?

それはね…


自分は今まで何を読んできたのだろう。

絵本、教科書、漫画、小説、
エッセイ、論文、専門書、自己啓発本、
確かにいずれも読んだことがある。
しかし、時期によって読むものはまちまち。

例えば絵本。
小学校低学年くらいまでは読んだだろうが、
大学の休み時間に読んだ記憶はない。

教科書は長い付き合いだった。
小学生の時から大学にいる間まで、20年以上は触れていただろうか。
人生の半分以上は共に過ごしたが、残念ながら親友にも家族にもならなかった。

少し前には論文や専門書も読んでいたっけ。
大学では博士課程まで進んだ身である。
研究のヒントや知識を得ようと毎日のように読みあさっていた。
膨大な知識のおかげで頭でっかちになった。

じゃあ現在進行形で読んでいるものは何か。
それはnoteで見ているエッセイ、
図書館で借りてきている自己啓発本だろう。

こうして自分も文章を書いている以上、
他の人が何を書いているかは気になる。
そしてメンタルを崩してからは自分で自分のご機嫌取りをするがため、自己啓発をしようと試みている。
おかげで今は自分・他人関わらず、人の頭の中を覗いた気になっている。

こうして列挙してみると、わかることがある。
自分が読んでいる対象物は流行り廃りがある。
自発的に読みたいと思っているかは別だが、
読むものには自分なりのトレンドがあるということだ。

自分にとっての書くことは、気持ちの移ろいがリンクしていた。
しかし、読むことはそういうマインド的なことではない。
その時その時の自分に何が必要か。
その求める何かを吸収するために読むのだ。

大金持ちになりたくなったら富豪の書いた本を読むだろう。
ユーモアセンスを磨きたかったら面白い人の本を読むだろう。
探偵になりたくなったら推理小説を読むだろう。

世の中に読み物は星の数ほどある。
そのうちの大抵は手に取ることができる。

さて、1年後、10年後、30年後、
何を欲して、何を読んでいるのだろうか。
自分のこととはいえ、未来を読むことはできない。

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