私と、あの日の映画館⑤ 映画祭が似合う祇園会館(2011.6記)

 今朝知ったのだが、京都の祇園会館が土日に吉本のお笑い公演を行っている。“映画館が休日の上映を捨てたってどういうことだ!?”と調べてみると、7月から「よしもと祇園花月」をオープンさせるにあたって現在はプレ興行中らしい。はやい話が祇園会館は吉本に奪われたのだ。平日の2本立て上映は続くらしいので、かろうじて映画館の体(たい)は残ったといえるが、祝日も吉本興業の公演が入っている。おそらく盆休みもそうなるだろう。平日休みをとらない限り、もうここで映画を観ることはできない。
 繁華街から離れているとはいえ八坂神社の斜め向かい、白川から岡崎公園へ抜ける遊歩道にも近い祇園会館。周辺は観光客はもとより地元の住民や学生の行き来も多く、賑やかながらゆったりした空間となっている。大阪や神戸とは異なった風情が味わえる劇場だ。昭和33年の開館時から外観や館内の構造は変わらず(名画座として興行が始まったのは昭和40年代らしい)、新京極、西陣界隈など街中の映画館が次々と閉館する中で、地域の映画館としての体制を保ってきた。何と言ってもまわりのビルが小さく見えるほど堂々とした、映画館単独の建物を今に残しているのが凄い。ロビーも広いし、かつての大劇場の基本的なつくりが踏襲されているので、生きた文化財ともいえる。『日はまた昇る』『死に花』『しゃべれども しゃべれども』『オリオン座からの招待状』『最高の人生の見つけ方』…ここで近年観た作品だが、休日は作品の内容に関係なく504席ほとんど満席で、その活況も含めて40年前にタイムスリップした感を味わえる。観客は中高年の夫婦や母娘が目立ち、服装や雰囲気から見て比較的近くから来ている感じだ。推測ではあるが、新聞の宅配所が配る招待券などで鑑賞している人も多いのではないだろうか。
 個人的にここへ行き始めたのは1990年前後だった。兵庫県の人間にとって京都へ足を伸ばすのは日帰り旅行の気分で、勤務帰りに観るのとは全く違った味わいを感じた。売店で売っていた手作り惣菜パンがおいしくて(いつのまにか売らなくなった)、それを2つ買い、映画を観ながら食べるのも楽しみだった。
 しかし、一番の思い出は1994年に東京国際映画祭が建都1200年を記念し、まるごと京都に移して開催されたときの上映だ。会場には新京極の数館と祇園会館が使われ、受賞発表は南座で行われた。
 この映画祭では世界各国の作品、新作旧作の邦画が百本以上上映される。監督や出演者が多数ゲストとして各会場を訪れ、トークショーやティーチインも行われるので会場の熱気は普通ではない。祇園会館も同様だった。『棒の哀しみ』で上映前に壇上で挨拶に立った神代克巳監督は酸素吸入器を付けた姿で登場し、身体の衰弱が感じられたが、それでも映画創作への情熱を語り、現在の製作の場の貧困さを説いた。同じく『タチアナ』の舞台挨拶で故マッティ・ペロンパーとともに京都にやって来たアキ・カウリスマキは作品同様、脱力系リラックスムードで軽く受け答えしていたが、最前列の女性ファンから花束やプレゼントが贈られていたときはニヤけたおっさんに変貌していた。『119』は監督竹中直人ファンもかなり多かったと思われ、祇園会館の客席の特徴でもある桟敷席と花道にも観客が座る状況だった。しかし今も鮮烈に蘇るのは、黒の薄い網目セーターのヒロイン役 鈴木京香の姿である。監督が何を話したかは全く覚えてない。
 映画の上映は各会場で日に4、5本行われたが、好みの作品が同じ劇場で続けて観られることは少なかった。1本終われば次の映画館へ移動…しかし、作品がすごい人気でもう入場できないとか、実は上映時間がかぶって諦めていた作品が前の回のティーチイン延長でまだ入れるとか、予想外のあれこれで混乱する現場もあった。東京と違って会場間に距離があり、その道中ですれ違う映画ファンの友人知人同士、互いが直前にいた劇場のことを伝え合って鑑賞し続けたのも懐かしい。ケータイがある今では想像もできないか。
 映画館を囲むエリアは映画人がうろつくエリアでもあり、9日間の会期中には「一銭洋食(店の名)」で立ち食いするカウリスマキと出会ったり、別の映画館で急に現れた故エドワード・ヤン監督を数名で取り囲んだり、気がついたら客席に石井隆監督を発見したり、本当に映画のお祭に相応しい雰囲気だった(ある友人は著名な男優がある女優とホテルのロビーで密会していたとも言っていた。ロビーじゃ密会にならんだろう…)。
 こんなお祭には立派な緞帳のある祇園会館がやはり一番似合う。その後2年に一度、引き続き京都映画祭が開催されているが、メイン会場は祇園会館である。毎回、大映、東映、松竹など京都ゆかりの撮影所で撮られた映画の上映と俳優やスタッフのトークショーなどが行われており、これは吉本がどう言おうが続けて欲しい。 シネコンに集う時代劇俳優なんて似合わないんだから。 

https://ja.wikipedia.org/wiki/祇園会館

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