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【uku kasaiインタビュー】音に温度を宿す――オンリーワンなサウンドは「手持ちの音」から

※この記事は2023年11月をもって閉鎖した音楽メディア・Soundmainからの再掲記事です。連載企画「エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて」では、2021年10月から2023年6月にわたり、DAWを主要機材として先鋭的な音楽制作に取り組む若手アーティスト全17名(番外編含め全18回)にインタビューを行いました。主に作り手に向けて、詳細なDTM Tipsを取り上げる企画ですが、音楽的な原体験や制作哲学なども含め、ほぼ毎回1時間強お話を伺っています。
今回は、独特の浮遊感あるプロダクションで注目を集め、tofubeatsYUKIのリミックス提供などでも知られるSSWのuku kasaiさんの記事を再掲。※一部編集済

(初出:2022.2.9)

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

第6回目のインタビューはuku kasai。2020年から現在の名義で音楽活動をスタートし、同年UNIVERSAL MUSIC ARTISTSとCINRA.NETにより開催された新人発掘プロジェクト「XX AUDITION」第1回にて優秀賞を受賞。2021年7月にはMaltine RecordsからEP『SIINA』をリリースし、12月には『aslightfever』を自主リリースするなど精力的な活動をみせている。

ポスト・フューチャーベースともいえるようなケレン味のあるトラックを背景に、正体不明のサウンドが細かくリズムを刻み、遠くで囁くようなボーカル・ワークが困惑と安堵をもたらすuku kasaiの楽曲。今回キーワードとなったのは、サウンドと歌声のバランスから生まれる「温度」だ。これまでのキャリアや音楽遍歴、そして具体的な制作手法をヒントに、uku kasaiの作る世界を探っていく。


身体的接続のない音楽

―音楽にまつわる原体験を教えてください。

3歳の頃からクラシックピアノを習っていたこともあり、音楽自体にはずっと触れていたと思います。でも、ピアノをずっと弾かされてきたからか、むしろ音楽を聴くという体験が習慣になっていたことがなくて。

それから、私は中学生の頃に「カゲロウプロジェクト」が直撃した世代なんですけど、本当にボカロしか聴かない時期がありました。特に影響を受けたのは、すでに亡くなってしまっているのですが、椎名もたというアーティストでした。

その当時、人の抑揚とか歌い方に内面が見えちゃう感じがして、気持ち悪くて聴けなかったんです。本人が「売れたい」と思って歌っていると、「売れたい」というのが聞こえてきちゃうというか。中学生の頃の話なんですけどね。

だから、その頃ボカロにハマったのは、「ボカロがボカロである」ということだけが理由だったと思います。sasakure.UK、ピノキオピー、DATEKENなどを聴いていましたが、実際に作っているものを聴けばジャンルは幅広いし、ボカロを使っていることしか共通点がないんですよね。自分がジャンルを意識する前に「その場所が好き」みたいな感覚がありました。

―それからuku kasaiとして、自身のボーカルを用いて活動するようになったのはいつ頃でしょうか?

音楽制作自体は3,4年続けていたのですが、20歳になった時に自分で歌を入れるようになりました。声を入れたら音楽も変わるんじゃないかと思ったことが、そもそものきっかけでした。私は声の質感に合わせて音を組んでいくタイプなんだと思います。

だから、「普段の自分」と「音楽を作っている自分」の身体的な接続がない感じがします。自分の声をシンセと同じ素材としか思っていないところがあります。誰かの歌を使ってもよかったんですけど、せっかく歌ってもらったデータを切り刻むなんてできないし。

―〈TOKIO SHAMAN〉や〈K/A/T/O MASSACRE〉などのイベントにも出演されていますが、実際に人前に出ることに対してはどのように考えていますか?

〈TOKIO SHAMAN〉で初めて、学校の合唱以外で人前で歌いました(笑)。一番最初こそ、「自分が前に出ることに意味があるのかな」と悩んでいました。でも、存在することによって生まれる愛着もあるかもなと思って出演しました。何かしら存在している実感が欲しかったのかもしれません。

サウンドと歌声がつくる「温度」

―uku kasaiさんの楽曲では、エクスペリメンタルな音像を使ったIDMのようなニュアンスもありますが、トラック全体としてはポスト・フューチャーベースといえるようなキャッチーさもありますよね。これはどういったアーティストからの影響があるのでしょうか?

大学生になってから本格的に音楽が好きな友人ができて、XL RecordingsやWarp Recordsのリリースなども聴くようになりました。この頃から好きになったのは、Jaime xxやSBTRKT、Arca、Floating Points、Oneohtrix Point Neverなどのアーティストです。こうして聴いていた尖ったサウンドが、もともと好きだったボカロ楽曲のキャッチーさと混ざって、自然発生的に今の形になっている……みたいな感じです。

―その両者が素直に融和したのはどうしてなんでしょうか?

クラシックの延長として現代音楽を聴いていたことがあったので、新しく聴いた音楽が抵抗もなく、違和感なく入ってきましたね。Aphex Twinを初めて聴いた時もどこかで椎名もたを感じていたし、(現代音楽の作曲家の)Pierre Schaefferを聴いてもhyperpopと通じるものを感じる、みたいな(笑)。自分の中でジャンルの線引きがあまりないから、全てが同じ質量で、フィルターがかからず入ってくるように思います。

―既存のジャンルにあまり執着がないという姿勢が、楽曲にも影響しているんですね。その中でも特に影響を受けたアーティストはいますか?

高校生の時から聴いていたtofubeatsさんにはすごく影響を受けていて。リミックスの仕事を聴いても、本人のアルバムを聴いても、声とトラックのバランスがジャストなんです。私が一番大事にしているのが曲の「温度」をどう操るかということで、そういった意味でtofubeatsさんは今の名義でのロールモデルになっていますね。Ableton Liveを使うようになったのも、tofubeatsさんと椎名もたさんの影響があります。

―先ほども「声の質感に合わせてサウンドを組んでいく」と仰っていましたが、制作時に声とトラックのバランス、つまり「温度」を調整するために取り組んでいることはありますか?

自分の声との相性を考えると、チェロとかピアノとかの生楽器の音源を混ぜた方がまとまりが生まれると思っていて。『SIINA』を作った時はホルンの音源を使っているんですけど、Floating Pontsが『Crush』でやっていた、生楽器を処理した中間的な音を参考にしています。

自分の声もありえないくらい重ねているので、ピッチ補正がかかっていてもあまりケロケロして聴こえないようになっています。感覚的なものではありますが、生楽器とバランスをとれるように調整しています。

―声の処理についてもう少し詳しく教えていただけますか。

自分の声質と歌の上手さを考えると、歌声一本では勝負できないという自己分析をしています。なのでとにかく重ねつつ、ある種、気持ち悪い音を作ろうとしていて。たくさん重なっている中に、EQやコンプレッサーなど基本的な処理を全くしないボーカルも含まれていて、私らしさというか、下手な部分をあえて残すこともしています。

あと自分の声をサンプラーに入れて使うこともあるんですけど、そうすると高い方が速く、低い方が遅く鳴るじゃないですか。その状態でユニゾンを弾くと速度にズレが生まれて、変な高低差ができるんですよね。「大気を食す」のドロップで鳴っている音は、そうやって作ったものでした。

―声を印象的に使うことで独自の表現を生み出そうとしていると。「温度」というキーワードについて、tofubeats以外にも参照しているアーティストはいますか?

その時ごとに全く異なるものを参照しているんですけど、『aslightfever』の「秘密を」という曲を作った時はquickly, quicklyの「Feel」と、VALENTINEの「Run So Fast」を目指す温度感として参照しました。

DAWでできる限りのDIYを

―生っぽいサウンドといえば、たとえば「WHITECUBE」では女性ボーカルの声ネタが使われています。あれは何からサンプリングしているんですか?

あれは2つのネタが組み合わさっているんですけど、どちらも探せばLiveの中にあります(笑)。組み合わせているといっても、ほとんど弄っていない状態のものを左右に振っていて。そのせいで脳が拾うメロディラインが勝手に書き換わったり、もともとなかったグルーヴが生まれたりして別物になっているんだと思います。

―そんなに身近なものだったんですね……。「秘密を」ではパタパタパタ……と柔らかいハンドクラップが用いられていますが、生っぽい音が印象的でした。

あれもAbleton Live付属の素材です……。ビートを作るのがあまり得意でないので、「生っぽいネタがある!」と思って使いました。Soundmainのインタビューでphritzさんが仰っていたみたいに、自分で実験して録ることはあまりないですね。

―ビート関連で、「眩しい、眩しい!!」のブレイクビーツはどうなんでしょうか……?

Ableton Live付属の素材です(笑)。もちろんディストーションなどで処理していますが、ループ素材ですね。エフェクトもほとんど付属のものです。

―ほとんど確信のように「サンプリングにこだわりまくっている」と思ってインタビューに臨んだので、打ちのめされた気分です……。

近場にあるものを工夫して使う、という方針ですね(笑)。

シンセもMassiveとSERUM、FM8、あとはAbleton Live内蔵のものでほとんどの曲を作っています。出音の帯域を削って、組み合わせて使っていて。超高い音域しか出ていないトラックもあったり、組み合わせることで聴いたことのない音を作ろうと心がけています。

この4種類だけでも組み合わせたら無限に音が出せますし、今のところ使っていませんが、アナログシンセのGrandmotherを持っているので、もしかしたら今後使うかもしれません。

実際にシンセを重ねて使っている画面(uku kasaiさん提供)

―ボーカルもシンセもビートも身近なものでやりくりしていると。こうしたサウンド作りの際に意識していることはありますか?

音を映像としてイメージすることが多いですね。たとえば一枚の布を敷くとして、小石をたくさん置いてから布を敷いたら面白いんじゃないか、というふうにレイヤーありきで考えているところがあります。

化粧と同じ感覚で、高いファンデーションを塗ったからといってそれだけでオッケーではなくて。「肌の赤みを隠したいから緑を使おう」といったふうに、部分ごとに考えてレイヤーを重ねていくイメージです。

―ちなみにサウンド作りはどのようにして学びましたか?

とにかくたくさん聴いて、作りながら真似ていくという感じです。「How to make ◯◯」といった動画を見ていた時期はあったけど、それって作りたいジャンルが明確じゃないと意味がないというか。だから、見よう見まねでDAWをいじることの繰り返しですね。

DAWをいじっていた中での副産物として、MIDI解析を使った変な音作りも発見して。

―どういったものでしょうか?

Ableton LiveはオーディオデータをMIDIに変換できる機能があるんですけど、それって少しだけタイミングとか音高がズレたMIDIができるんですよね。そのMIDIにピアノなどの明瞭な音を入れるとさすがに気持ち悪いんですけど、自分の声とか効果音とかをサンプラーに入れると、オートマティックに作られたものでも打ち込みでもない、絶妙ないい感じのグルーヴができるんです。こうしたものを後ろで鳴らすというのはよくやっていて、先ほど挙げていただいた「眩しい、眩しい!!」でもやっていますね。

どこにもいないからこそ、できること

―最近はどのように音楽を探していますか?

サブスクが多いですね。THE音楽友達、みたいな人があまりいないので、ひたすらサブスクのアルゴリズムに沿って、ピンときたものをプレイリストに入れるというのを2年くらい続けています。

―気になったアーティストがいれば教えてください。

D.Danというテクノの方とか。これはYouTubeでDJプレイを見つけて、立ち振る舞いも含めてかっこいいなと思っています。

あと、LUCKYMEというレーベルで見つけたHIRAという方のこの曲もよかったです。昔からJai Paulが好きなんですけど、通づるものがある気がします。

国内だと、自分にないものを持っているな、というので好きなのがYUNG HIROPONさんです。ラッパーなんですけど、自分でもトラックを作っていて。接点もあまりないんですけど、かっこいいなあと。

―かなりジャンルレスに聴いているんですね。ラッパーの名前が挙がって思い出しましたが、そういえば釈迦坊主のリミックスもリリースしていましたよね。

そうですね。自分がファンだったからリミックスをしたら本人にも届いたんですよね。おかげでTOKYO SHAMANにも出させてもらうことになって。

―昨年末(※2021年)にTwitterで「来年は誰かと何かやってみたい」と仰っていましたが、何か今後の展望はありますか?

まだ具体的なものはないんですけど、音楽に限らない出力として「場所」を作りたいなあと。インスタレーションでもいいし、ビジュアルアートでもいいし、何でもできるようなものをイメージしていて。たとえば「おいしいごはんのレシピができたから、ここで発表します!」ということも許されるような、閉塞感のない場所が作れたらいいなと考えています。もしかしたらブランドという言葉が一番近いかもしれません。

―レーベルなどではなく、用途が限定されない「場所」。どうしてそのような発想に至ったのでしょうか。

自分がどこかに属しているという事実も感覚もないし、どこにもいないからこそできることがあるんじゃないかと思っていて。音楽を始めたきっかけでもあるボカロのシーンを見ても、「初音ミク」という共通点だけで全然異質なものたちが共存できた、あの雰囲気が私は好きなんですよね。大きく言ってしまえば、「初音ミク」みたいな何かを作りたいということかもしれないです(笑)。

―所在のなさを抱えているクリエイターがゆるく集まれるような空間、ということですかね。ちなみに、音楽は続けていくんですよね?

はい。

―直近で作る予定のものはありますか?

10分くらいの長い一曲を作ろうと今は考えています。

これまでEPを作る時は全体の物語を先に作っていて、その物語にむしろ甘えてしまう自分がいました。だから一曲で完結させられるような作品にしたいなと。

嬉しいことに私の作品をCDで欲しいという声もあったので、フィジカルで残したいなと考えています。

―おお、それは楽しみです。音楽も、それ以外でも、今後の活躍も期待しております。本日はありがとうございました。

uku kasai

取材・文:namahoge

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